第二二話 縁側にて
ΦΦΦ~ジン王国 湖岸沿いの古民家~ΦΦΦ
ステラは縁側に座り、木々に囲われた裏庭で訓練をおこなう子供たちを眺めていた。ときおり、物珍しそうにこちらを見ながら手を振ってくる子もいて、彼女は手を振りかえしていた。
そして、手を振り返してもらったと分かるや否や、急に元気に訓練に励みだす子や、何度も手を振ってくる子もいて、彼女は自然と笑みが溢れていた。また、その一方で彼女には年長者であるサリーフの指揮で規律正しく動く子供たちが、自分よりも大人に見えていた。
子供たちの中に騒いだり弱音をはいたりする者はおらず、耳を澄ましても聞こえてくるのは、足音や地面へ着地したりする音で、たまに怒鳴り声や呻き声が聞こえてくる程度であった。
彼女は、子供たちの真剣さを目の当たりにしながら、現実に叩きつけられていた。
(わたしはもうお城へは帰れない……。フィンたちに迷惑をかけてしまうだけのお荷物になっちゃったわ……)
塞ぎこんでしまいそうになったそのとき、フィンが部屋の戸を引き、中へ入ってきた。
「おはようステラ。といってももうお昼過ぎだけど……。ご飯を持ってきたけど食欲はあるかな?」
「おはようフィン……ごめんね。お腹空いてないわ……」
「そっか……でも昨日もそう言ってたよ……。そろそろ食べなきゃダメだよ」
「そうだね……一緒に食べよう?」
「あぁ、もちろん」
フィンはステラの横に座り、彼女へ食事を差しだした。それはドゥルムというもので、肉やトマト、玉ねぎなどの野菜を、小麦粉で作られたクレープ状の生地で包んだ軽食であった。
「とても……美味しいわ……」
お城で食べていた物よりも味や食感は劣っているはずなのに、彼女には今まで食べてきたどの食べ物よりも美味しく感じられた。それは、彼女が数日間なにも口にしていなかったということだけでなく、フィンたちが必死になって得ている物だと知っているからこそ、ありがたみを感じながら食べていたからであった。彼女は一噛み一噛みを丁寧に味わった。
沈鬱だったステラもドゥルムを食べおえるころには少し元気を取りもどしていた。
「ありがとうフィン。わたしこれとても気に入ったわ」
「口に合わないんじゃないかと思っていたから、気に入ってくれて良かったよ。ステラはルーダン王国ではどういう物を食べていたの?」
「そうね……例えば」
ステラは、ルーダン王国での食事の記憶を思いうかべた。
「この前は、シュパーゲルやファラフェルというものを食べたわ」
それと同時に、彼女はバーバラのことも思いだしていた。数えきれないほどある食事の記憶。その大半にバーバラの姿があったのだ。また、彼女は自分の安否を心配しているであろうバーバラの姿を想像し、不安に苛まれた。
落ちこむステラに気づいたフィンは、彼女に寄りそった。
「ステラ……。良かったら僕に聴かせてくれないかい?」
「ありがとう……フィン……」
彼女はフィンに、胸の内に秘めていた不安をすべてはきだした。そして、自身がルーダン王国の王女であることや、家族のように普段から深く関わっていたバーバラという召し使いがいたことを話した。
「ステラは王女様だったのかい?」
フィンは驚きつつも、どこか府に落ちているようすであった。
「そうよ! といっても複数いる王女の中の一人だけど」
ステラはつづけた。
「楽しかった思い出ばかりだわ……。それに、バーバラは母親のようにわたしに大切なことを教えてくれたわ。家族のように大切な人だった。会いたいけど……もう帰れないのね……」
項だれるステラにフィンが声をかける。
「家族と二度と会えなくなるのが辛いのは分かるよ。僕だけじゃない。この国にいる殆どの子供達はそういう経験をしている……。バーバラとの思い出……もっと聴かせてくれないかい?」
フィンは優しくそう尋ねた。
「バーバラはわたしが物心ついたときからいつも側に居てくれたんだ。わたしね、王家の血筋なのは確からしいんだけど、母親が誰だか知らないの」
「どういう事だい?」
「さぁ……。でも本当に幼いころ、見知らぬ男性に抱えられながら、細身の女性が縫い物をしている姿を見ていたような記憶があるの。多分あれが……本当のお母さんなのかなって思うわ。フィンのお父さんやお母さんはどんな人だったの?」
「僕が覚えているのは父さんだけだよ。強くて賢くて、誰よりも誠実な人だった。僕は父さんを心から尊敬していたよ……」
「わたしたち、少し似てるのね……」
数日前に父を亡くしたフィンに対し、至らぬ事を聞いてしまったと思い、ステラはバーバラとの思い出に話を戻した。
「わたし、お城にある貴重な壺を割っちゃったことがあってね。すなおに謝ったらバーバラは赦してくれたんだ。でもね、そのあとバーバラが偉い人にすっごく怒られてた。その偉い人が、教育係をバーバラから変えるって言ってるのを聞いて、酷く焦ったことがあったんだ」
フィンはステラの話に耳を傾けていた。
「わたしはその日の夜、バーバラに泣きながら、辞めないでってお願いしたわ。そしたらバーバラはこう言った。『私が王女様のお側を離れるのは、王女様が大切な人を見つけ、立派な淑女として嫁がれるときですよ』って」
彼女は顔を上げて、微笑んだ。それを見たフィンも同じように微笑みながら言った。
「バーバラさんは素敵な方だったんだね」
「そうよ! とびっきり! また会えたときに成長した姿を見せられるように、わたし、頑張らなくっちゃ!」
ステラは、そう言いながら拳を握りしめ、満面の笑みを浮かべていた。




