第一七話 適材適所
翌日の昼、フィンは子供たちに裏庭を走らせることで体力をつけさせようとしていた。とくに幼い子供たちは、比較的労働時間が少なく、自由な時間が多いのだ。
「歩くんじゃない! あの木まで休まず走るんだ! 今諦めたら昨晩の筋力強化が無駄になるぞ! それにあと少しで休憩だ。皆頑張れ!」
子供たちはフィンの励ましに応えるように、自身の限界を越えて走った。しばらくすると、家の中で座学に励んでいたサリーフが現れた。
「フィンさん、自分にもやらせてください!」
「どうしたんだい。サリーフ。さっきも話したけど、君には体力強化よりも知識を備える方が有益だよ。頭が回るんだから、適切な判断をする為に知識を……」
「体力強化がやりたいんじゃありません。自分は指揮がしたいのです!」
彼の要望にフィンは少し考えこみ、そして答えた。
「そうか……分かった! やってみてくれ!」
「ありがとうございます……!」
サリーフは、走破したばかりで息も絶え絶えの子供たちの前に仁王立ちし、叫んだ。
「注目! !」
子供たちは、地面に倒れたり、膝に手を突き呼吸をしていたが、彼の突然の号令に、顔を向け反応した。
「休憩はほどほどに、訓練を継続するぞ! 匍匐前進を教える。自分の、次の動作を真似してくれ」
サリーフはそう言うと地面に寝そべった。そして右腕と左足、左腕と右足を交互に前方へ伸ばし、前進していった。匍匐前進を実践してみせた彼は、立ちあがりながら言った。
「全員、今の動作を真似するように! これで狭い場所や目立ってはいけない場面での前進が、可能となる」
そう言って振りかえり子供たちの方を見ると、子供たちは誰も彼の方を見ていなかった。疲労困憊だったのだ。
「おい! 見ろと言ったじゃないか! !」
「ちょ、ちょっと待てよサリーフ……!」
「休憩しながらでも見ることくらい……!」
そのやり取りを遠巻きに見ていたフィンはサリーフの許へ駆けよって伝えた。
「サリーフ。君は威圧して人を従わせることは上手いけど、ちょっと思いやりが足りないな……鞭だけじゃなくて、飴も必須だよ。その二つの使い分けが大事なんだ……」
フィンはサリーフをしばらく見まもったあと、座学がおこなわれている家の中へと入っていった。
そこではクルヴスやルスランといった比較的一五歳に近い子供たちが、基礎教養を学んでいた。
「凄いなフィン……文字を多く知ってるなとは思ってたけど、こんな根気のいることを幼いころからやっていたのかい?」
「そうだね。でも父さんの教え方が良かっただけだよ……。やる気を引き出すのが上手かった……。どうだルスラン。文字は覚えられそうかい?」
「はい……すぐに覚えます! すみません……」
フィンはルスランの真面目さや努力家な性格を高く評価していた。
「急がなくてもいい。繰り返せば嫌でも覚えられるよ。……ルスランの方がクルヴスよりも綺麗な字を書くね。文字を書くことができるのは僕達の中では、まだ僕とポニーしかいない……。これは後々、致命的だ」
ルスランはフィンのことを心から尊敬していた。そのため、目をかけてもらえていることに喜んだ。
ルスランは一年ほど前に起きた火事で、血縁のある家族を全員失っていた。
火事の原因は衛兵による理不尽であった。衛兵が、強制労働をおこなう家政婦の女性を強姦しようとしたところ、抵抗する女性の肘が衛兵の鼻に当たり、衛兵は鼻血を流した。それに腹をたてた衛兵は、酒が入った瓶で女性の体を何度も殴打した。
さらに酷いもので、抵抗したことを詫びる女性を見ながら得意気に一服を始めようとしたところ、その火が酒に引火したことで、家屋を八棟も焼きつくす大火事となったのである。
フィンはその火事を見つけるや否やまっ先に駆けつけ、黒煙の中で方向がわからず、怖くて動けずにいたルスランとサリーフを助けだした。また、そのあと路頭に迷った二人をときおり家に招いては、食卓を囲ったこともあった。
ルスランはそれ以降、フィンに最大限の敬意を払ってきた。彼にとってフィンは兄や父とも言えるような存在で、フィンに認めてもらえることがなによりも嬉しかった。
「もっともっと字を覚えて、フィンさんの側仕えとして活躍できるようになります……必ず!」
「期待してるよルスラン!」
しばらくして座学は解散となった。フィンはそれから、訓練の終わりを伝えるためにクルヴスとともにサリーフの許へ向かった。
外へ出ると子供たちの中には泣いている者もいて、サリーフは対処に困りあたふたしているようすであった。子供たちは家からでてきたフィンの姿を見つけるや否や駆けよってきた。
「たすけてフィン……サリーフがイジメてくる!」
「いっぱい怒ってきてこわいよ……!」
「よしよし……今日はもうこれで終わりだから大丈夫だよ。怖かったね……」
子供たちをあやしてクルヴスに託したあと、フィンはサリーフを呼んだ。
「すみませんフィンさん……」
「やり過ぎだよサリーフ……もうやりたくないと言われたらどうするんだ。泣かせてしまった原因はなんだと思う?」
「やはり怒鳴り過ぎたのでしょうか……あるいは訓練内容が単純にキツくて耐えがたかったのか……」
フィンは腕を組みサリーフを睨んだ。
「キツいのは当たり前なんだ。君は本質を理解していないな」
サリーフは少し萎縮しながら答えた。
「教えてください……。自分の、どこに至らぬ点がありましたか……?」
「少しだけ見ていたが、君は思いやりに欠けている。子供達の息が切れているなら整うまで待てばいいし、途中で休憩を挟んで日陰に座らせてあげるべきだ。自分がされて嫌なことを相手にしてはいけない。常に相手の気持ちになって考えてみるんだ」
サリーフは、深く納得したように唸り、そして頷いた。
「ありがとうございますフィンさん。明日は必ずもっと上手くやります!」
「あぁ、頑張ってくれ。お疲れ様。今後も期待してるよ」
そう言ってフィンはサリーフを労い、見おくった。