第一六話 小さな将軍
XXX~ジン王国 湖岸沿いの古民家~XXX
「おそらく二週間後だろうが……ポニー、君はいつジン王国の王族がリエール王国へ出向くのか調べておいてくれ」
「分かったわフィン。王族の馬車に潜伏してリエール王国へ向かうなら、この情報は作戦の要。情報屋として腕の見せどころね!」
フィンがステラに会った日から彼らの作戦は変わり、最終目的地は森へ変更されていた。そして、その作戦をより確実なものとするための準備をしているところであった。
「クルヴスは、エディルネとその周辺の地図の作成を頼む! 僕は……子供達を纏めて訓練を施すよ」
「人を率いるのは君の得意技だ。子供たちを上手くまとめあげられる点において、君に勝る人はいないよフィン」
「ありがとうクルヴス。さぁて、これから忙しくなるぞ……!」
その日の夜、フィンはアンカラの子供たちを大勢集めていた。それは、彼が森を目指す仲間として選んだ子供たちだ。
フィンがクルヴスとともに、家の外で子供たちの到着を待っていると、淡藤色の髪の少年が暗闇の中から現れた。
「よく来てくれたルスラン。久しぶりだね」
「お久しぶりですフィンさん! またお会いできて……光栄です……!」
「堅苦しい挨拶なんてよせよルスラン……。光栄なんて難しい言葉、どこで覚えたんだ?」
「衛兵がヘンテコなヒゲの相手に、媚びへつらうときに使ってました。だから、人を敬うときの言葉なのだとつい……」
「ヘンテコって……あぁカイゼル髭か。その言葉の使い方は正しいよ。でも僕達に上下関係はないだろう?」
「いいえ、僕は……あなたに畏敬の念を表したいんです……! それはさておき、僕は子供たちが衛兵に見つからずにここにこ来られるか確かめるため先に来ました。他の子供たちはすぐ近くの林でサリーフと一緒に潜んでいます。問題がなければ、すぐに連れてきます!」
地面に片膝をつき、フィンを敬うルスラン。その姿勢や実直な物言いは、フィンへの尊敬の現れであった。困惑するフィンを見かねて、クルヴスはこう言った。
「彼の敬意を受けとってあげるのも優しさだよフィン。それにしても……こんなに篤く慕われるなんて、君はまるで将軍みたいだね」
アミールとはジン王国の言葉で将軍を意味する。フィンは威厳のある身分に例えられたことに不愉快さを感じた。なぜなら彼は自分自身のことを、なにも成せず、父や親友を失っただけの人間だと評価していたからだ。彼は、その潜在的な自己否定から、ルスランに敬わられることに対し抵抗感があった。
「よしてくれルスラン。僕はそんなに敬われるような人間じゃないよ……」
「いいえ、フィンさんは僕やサリーフを救ってくれました。それも、見かえりも求めずに。あなたはこの国にいるどんな人間よりも、尊敬されてしかるべき存在です!」
「やめてくれって……」
なおも困惑するフィン。それを見ていたクルヴスはルスランへ言った。
「ルスラン。フィンをあまり困らせるなよ。それより、時間は限られているんだ。早くみんなを連れてきてよ」
「……分かりました」
クルヴスに急かされたルスランは、しぶしぶ立ちあがり林へと向かっていった。
集まった子供たちへ事前に知らされていた情報は、ポニーの伝書瓶で簡潔にまとめられた内容のみであったため、子供たちは状況をあまり把握していないようすで雑然としていた。
深夜に外出するというのは、日常ではありえない行為であり、その非日常の体験に目を輝かせる者もいれば、眠い目を擦る者もいた。
「眠たいよ~フィン~」
「ねぇねぇ、あたしたちこれからどこかへ行くの!」
「さっき林で蚊に噛まれたみたいで痒ぃぃ」
「みんなうるさいなぁ。夜は静かにしろよぉ」
時間は限られている。フィンは話はじめた。
「はーいみんな注目!」
普段より優しくも力強い声は、彼が子供たちに話しかけるときに出す声だ。声や言葉使いの柔軟な使いわけが、彼の特徴だ。子供たちは話すのをやめ、彼の声に耳を傾けた。
「皆、ここまで安全に来てくれて嬉しいよ。引率してくれたサリーフとルスラン、ありがとう。二人から軽く聞いていると思うけど、僕達は近い内にこの国を出ようと思っている」
「冒険だね! ルスランが言ってた!」
「そう! 冒険だ。ワクワクするだろう? でも冒険はワクワクするだけじゃなくて、危険が沢山あるんだ。だから、今日から僕達は危険を乗り越える訓練をしなくてはいけない。つまり冒険をしたかったら訓練しなくちゃダメだ。……今日から冒険の日まで、訓練したい人!」
彼の言葉を聞き、子供たちは一斉に挙手した。そして、フィンは子供たちへ簡単な説明をおこない、家の裏庭で腕立て伏せなどの軽い筋トレをさせはじめた。
その光景を目にしてルスランとサリーフは語りあった。
「見ろよサリーフ! 僕らがあんなに苦労してここまで連れてきた子供たちを、言葉だけで動かしている。フィンさんはやっぱりスゴいよ!」
「年の功だよ。フィンさんの方がいくらか経験が多いだけさ。君もよくまとめあげていたよ、ルスラン」
「そんなことはないさ……。もっと、フィンさんから多くのことを学ばなくては……サリーフ。僕は国外脱出の実行時、常にフィンさんの側にいるつもりだ。そうすれば多くを学べるし、なにか力になれるかもしれない」
「まるで用心棒だなルスラン。それなら自分もお供するよ。二人の命はなんとしてでも守ってみせる。それが自分の……恩返しだ」