第一五話 三枚の銀貨
ΦΦΦ~ジン王国 湖岸沿いの古民家~ΦΦΦ
「代金はここに置いておきますね……」
ステラはそう言って、机の上にそっと三枚の銀貨を置いた。
「あぁ、ありがとう。ステラ」
椅子に腰かけて俯いたままのフィンから発せられる空気は重たく、気になったステラはその理由を尋ねた。
「フィンさん、どうかされたのですか……?」
「あ……あぁ、この三日間で色々なことがあってね。少し疲れていたんだ。すまない。気にしないでくれ」
「でも……。困っていることがあるなら話してほしいです……わたし……力になりたいです!」
フィンは少し考えこみ、ゆっくりと顔を上げながら答えた。
「君に言うべきことではないかもしれないが、実は……父が死んだんだ」
彼の顔を見ると、滲みでた涙がゆっくりと頬を伝っていた。
「そんな……」
「父は……殺されたんだ」
「ど……どうして……。誰がそんな酷いことを……」
「理由は……分からない。けれど、この国では理不尽な理由で大切な人達が殺されていく……」
そう言いながら、フィンは涙でぐちゃぐちゃになった顔を袖で拭った。
「ステラ。僕達はこの国から出ていくことにしたんだ!」
「それって……かなり危険なんじゃ……」
「もう決めたんだ」
フィンの瞳から強い覚悟を感じとったステラは息を呑んだ。そして理解した。彼に覇気がなかったのは、父の死にショックを受け泣きつづけていたからではなく、夜通し国外へ出るための案を練っていたからだと。そして、強すぎる覚悟が重たい空気を作りだしていたのだと。
彼女の予想とおり、机上には殴り書きにされたメモが散らばっており、中央に置かれたランタンは、溶けきった蝋燭の黒い綿だけが残っていた。
「方法は決まっているのですか?」
「あぁ、僕達は二週間後、受け渡しの儀の為にリエール王国へ向かう王族の馬車に潜伏して国を出るよ。向こうはこっちより危険かもしれないが、このままここで生き続けるよりましだ」
ステラはせっかくできた同年代の友人を失うことになるのが、堪らなく悲しかった。
「他になにか方法があるはずですわ……。ルーダン王国に行くのは……どうですか?」
「それも考えたけど、見つかれば即座に送還される。たとえ見つからなかったとしても東のシェーヌ山脈を越えることはできないから、ルーダンで行き止まりだ」
「そんな……」
「大丈夫だよ、ステラ。可能性はあるんだ。リエール王国が危険でも、西に行くに従って危険は減っていくはずだ」
前向きな言葉を発してはいるが、彼の表情からは陰りが見てとれる。
ステラは、他になにか方法はないものかと考えを巡らせた。
「森へ行くのはどうですか?」
「森って……あの森かい? あの森には誰も辿り着けやしないよ。でも……辿り着くことができれば楽園なのかもしれない。いや、でも絶対にダメだ。高波に呑まれて転覆するのがオチだ」
「ですわね……」
彼女はそう答えながら、ふと昨晩の出来事を思いだした。歯車が噛みあうかのように頭の中で、確証の持てない推測が一つの仮説を導きだす。
「でも、森に辿りつける方法が分かるかもしれないといったら?」
彼女はつづけた。
「フィンさん、この石を見てください!」
そう言ってポケットにしまっていた深緑の石を見せた。
「あのあと、石の向きによって、亀裂のような光が現れるようになったんです」
フィンは頷きながら、ステラの手に握られた深緑の石をまじまじと眺めていた。
「そして、亀裂のような光は、ある一定の方向を指していました」
「まさか……!」
「そうです。森を指していたんです」
彼女は自信なさそうにつづけた。
「もしかしたら、この亀裂のような光が指す方向を辿っていけば森へ辿りつけるのかもしれません。確証はないですが……」
話を終えたステラがフィンの顔を覗きこむと、彼はなにか考えているようであった。
「いや、もしかすると、ステラの予想通りにいくかもしれない……。この石を父からもらった時、父はこんなことを言っていたんだ。『この石はあの森から来たのだ』と。もしかしたら……父はこうなることを見越して僕にこの石を託してくれていたのかもしれない」
「あとは……船ですね。ルーダン王国には王族の船しかありませんわ」
「やっぱり……君は……ルーダン王国の子だったんだね?」
「あっ……!」
ステラは口を滑らせたことに気づき、顔を赤らめた。
「大丈夫だよ。僕達はもう友達だ。今さら態度を変えたりはしないよ。本当はステラにも……」
フィンの口からは、一緒に森を目指そうという言葉が途中まで出かかっていたが、それをぐっと堪え、彼女を励ました。
彼女は深く葛藤していた。手の届かないものだとなかば諦めかけていた憧れの森が、手を伸ばせば届く距離にあるのだ。しかし、森を目指すという選択は、それすなわち家族や召し使いたちとの別れを意味している。天秤にかけるには、それはあまりにも大きく図れるものではない。
フィンは、深く葛藤する彼女を見ていたたまれなくなり、詫びをいれた。彼女には帰る場所があるのだ。衣食住は保証され、彼女を大切に思う人たちもいる。それを生きるか死ぬかの旅に誘うのには、さすがに無理があるのだ。
二人のあいだを沈黙が流れ、気がつけば日が暮れようとしていた。
「そろそろ帰らないと……」
「鉱山まで送るよ」
「ありがとうございます。フィンさん……」
鉱山まで辿りつくとステラは別れぎわにフィンへ尋ねた。
「フィンさん、あの……!」
「なんだい?」
「また、会えますよね……?」
「あぁ」
フィンは彼女が悲しまないよう、にっこりと微笑みながら答えた。