第一二話 約束の三日後
「それにしてもフィン、大丈夫かい? 初対面の相手をそこまで信用するなんて、さすがに不用心じゃないかい?」
フィンは真剣な眼差しでポニーを見つめながら答えた。
「確かにそうだねポニー。でも、ステラは逃げたりしないよ」
ポニーは途端に神妙な面持ちになり、椅子に座りこみこう言った。
「あたしが言ってるのはお代を持ち逃げしないかってことじゃなくて…… 」
「石の事かい?」
「あぁ、そうさ」
「確かに、少し軽率だったかもしれない。父に誰にも言うなって言われていたからね」
フィンは言葉を探すように少し黙りこんだあと、石を手に取り、眺めながらつづけた。
「僕はこの石が周りに見られると危険な程、とても貴重な物だと思っていたんだ。でも、彼女が同じものを持っているのを見て、そこまで警戒する必要もないのかなと……。いや、でも、彼女もこの石が何なのか知らなかったようだし、用心に越したことはないね」
「そうだよ! 誰かに見せるのは今回だけにしといた方がいい」
「そうだね。ありがとうポニー」
フィンはそう言って、石を握りしめた。
★★★~ルーダン王国 王城~★★★
光石の明かりを頼りに、ステラは王城まで無事に帰ってくることができた。
「ただいまバーバラ」
「おかえりなさいませ王女様。心配しましたよ……!」
バーバラはステラを見つけるや否や、目に涙を浮かべながら駆けよってきた。
「ど、どうしたの……?」
ステラがハッとして時計の針に目を向けると時刻は二十時を回っていた。
「王女様のお帰りがあまりに遅いから、王族の方にお願いをして図書館へ入ってもらいました。すると王女様が見あたらず、私どもは不安で胸を痛めておりました……」
ステラは心配をかけてしまったことに、申し訳なさを感じた。だがそんな表情をしている彼女に気づいたバーバラは、安心したような笑顔でこう言った。
「ご無事でなによりです。王女様……」
「心配かけてごめんねバーバラ。図書館の本を読んだあと、そのままお外へ行っちゃったんだ」
「今日はずいぶんと長くお外で遊んでらっしゃいましたね。どこで遊んでいらしたのですか?」
「えっ……ええっと」
バーバラにそう言われて、ステラは一瞬口ごもった。だがそんな質問がくることなど想定済みだった彼女は、焦りを悟られないように取りつくろいながら、笑顔で答えた。
「街の中をブラブラしてたの! わたしが知らないだけで、ルーダンにも素敵なお花があるんじゃないかって思って!」
バーバラはにっこりと微笑みながら言った。
「素敵なお花は見つかりましたか?」
「ううん、どんなに綺麗なお花も、絵本の中にでてくるような森の世界には敵わないよ……。でもね、また探しに行くつもりなんだ!」
「そのときはぜひ、私どももご一緒に……」
「そ、それはダメ!」
ステラは突然叫んだ。彼女に拒まれたことでバーバラは悲しそうな顔をしていた。
「どうしてダメなのですか?」
「それは……わたし一人でやりたいと思ってることだから……」
そのときステラの頭の中では、フィンやポニーらの顔が思いうかんでいた。
三日後には、再び店に戻って約束の代金を届ける。もし、バレでもしたらそれが叶わなくなるということは十分理解している。それに、せっかく同年代で対等な友だちを作れそうなところなのだ。隠しとおすしかない。
バーバラは申し訳なさそうに深く頭を下げるとステラを寝室へ案内した。
その日の夜、ステラはバーバラを寝室に入れるのを拒んだ。とくにこれといった理由はないが、一人でいたい気分だったのである。
フワフワとした気分なのは、このふかふかのベッドのせいだろうか。どこか寂しく自身の鼓動が身体中を波打つかのようだ。気持ちを落ちつかせようと、彼女はポケットから深緑の石を取りだした。すると石の内部に亀裂のような光が一筋入っていた。
「これは……ひびかな?」
あらゆる角度から見ようと石を動かすと、亀裂のような光も同時に動き、そして消えた。
「あれ? なんだったの? ……」
再び石を動かしてみると、また亀裂のような光が現れた。
「もしかして……」
石の形は、波線と湾曲を併せもつ形であり、その波線の中心から、湾曲の面に向かって亀裂のような光は伸びていた。
「これは……もしかしたら、方位磁針かしら? でも、光が指しているのは、北ではないし……」
光は、部屋の入り口である扉の方向を指していた。
「この時間に部屋の外へ出るのは……」
悩んだすえ、好奇心を押さえきれなかった彼女は、線の指す方へ進むことにした。周囲に誰もいないことを確認しながら恐る恐る寝室の扉を開ける。
部屋の外はどんよりと暗く、廊下の灯りは消えていた。
「暗くて、少し怖いわ……あっ、そうだ!」
彼女は再び部屋に戻り、宝石箱の中からフィンに作ってもらった光石の首飾りを取りだした。
「これがあった方がいいわね」
彼女は廊下を歩いていた。途中、窓がいくつかあったが、窓の外は暗く、光石の灯りで照らすと、自分と背景の壁が窓に映しだされ怖かったため、見えやすい外へ移動することにした。
「夜にここへくるのは初めてだわ……。んー……。風が気持ちいい!」
高台広場は微風が吹いていた。暗く感覚が研ぎすまされていたためか、いつもより繊細に花の香りを感じた。
彼女が石を眺めると、亀裂のような光はある方向を指していた。
「これは……。必ずフィンさんに伝えないと!」
彼女は再びアンカラへ行く日が待ちどおしくなった。そして、今日という日をしっかり記憶に刻みこむように、庭園のベンチに座り夜空を眺めながら一日の出来事を思いかえしていた。
XXX~ジン王国 - アンカラの町~XXX
三日後、彼女が再びトロッコで廃坑の入り口へ辿りつくと、店までの案内役にとクルヴスが待ってくれていた。
「やぁステラ! 久しぶり!」
「お久しぶりですクルヴスさん。安心しました。わたし……。お店に辿りつけるかとヒヤヒヤしながらきたものだから」
「ステラを一人でこさせるのは危ないからってフィンが! それと、君の服は目立つし衛兵に見つかるとまずいから、これに着替えるようにってさ……。君は着たくないだろうけど」
そういってクルヴスはボロボロの布服をステラへ渡した。
「あ……ありがとう!」
「一応、綺麗に洗ってるから……。あっ、僕は先で待ってるね!」
そういってクルヴスは坑道を降りていった。
ステラは着ていた服をトロッコに入れ、布服に着がえた。
「少しスースーするけど、いつもより体が軽いわ」
彼女が小走りでクルヴスに追いつくと、彼は息を切らしてきつそうであった。
「も……もう追いついたの? ハァハァ……」
クルヴスの案内でアンカラの町を歩く。服を着がえたためか、ステラは自分が少しアンカラの町に溶けこんでいるかのように感じた。
「約束の代金をお持ちしましたわ! それから、石のことでお伝えしたいことがあって!」
彼女の透きとおる声を阻むどんよりとした空気が、店中に漂っていた。そして、椅子に腰かけるフィンを見ると、彼は深くなにかを思いつめ、荒ぶる気持ちを理性で宥めているような、そんな表情をしていた。
「フィンさん……どうされましたか?」
「やぁ……ステラ……久しぶり」
その声は重々しく、覇気が失われていた。
純真無垢/心にけがれがなく清らかな・こと(さま)。"じゅんしんむくな子供"