第十話 人としての幸せ
「フィン、聞いてくれ……。話さなくちゃいけないことがある」
「なんだいクルヴス、改まったりして」
「ユースフが……死んだ」
それはフィンにとって最悪の知らせであった。ユースフの死を聞かされた彼は手足が震え、息が荒くなった。
「教えてくれ……何で死んだんだ?」
「ダメだ、君は今は冷静じゃない。とても話せる状況じゃ……!」
「良いから話してくれ! お願いだ……。あいつは唯一無二の親友だったんだ……」
フィンは冷静さを失い、部屋の中で怒りくるい、周囲の物に八つあたりしていた。クルヴスの配慮に気づいても、それを受けいれられはしなかった。
クルヴスはこんなにも動揺するフィンの姿を初めて目のあたりにして、動揺を隠せなかったが、話すしかないと悟り、口を開いた。
「鉱山での掘削作業中に、衛兵に惨殺されたんだ。些細な理由でね……」
フィンはうつむき、力なく膝から崩れおち、ボロボロの床の上に跪いた。じんわりと涙が目に浮かぶ。涙を堪えようと瞼を閉じると、行き場を失った涙が溢れだした。
「フィン……ごめん……」
「いや……良いんだ。ありがとう」
声を震わせながらフィンはそう言った。心の中では、どろどろとしたまっ黒な憎しみや悲しみが渦まいていた。
慟哭する彼は、鉱山へと足を運んだ。ユースフの死に場所に、彼を弔うための小さなお墓を作ろうとしたのである。
夕暮れ時、鉱山に着いたフィンは、未だに血痕が乾かぬままの硬い大地に跪き、友の死を悼んだ。
この死に意味を見いだすことができず、彼の心の中では、無念さばかりが募っていった。
生まれながらにして辛い人生を決定づけられた自分たち、そして人らしい幸せを知ることのないまま、命を落としていった数えきれない同胞たち。
フィンはそのすべての人々の境遇に、ただただ悔しさを感じていた。
「こんなの間違ってる……一体どうして、僕たちがこんなに辛い目に遭わなくちゃいけないんだ。誰か……教えてくれよ」
涙は乾き、腫れあがった瞼が、瞳の上に重くのしかかる。未来を夢見て生きている少年の瞳はまっすぐな輝きを放つも、その表情からは疲弊が見てとれた。
「真面目に生きていたら報われるんじゃなかったのかユースフ……。やっぱりそんなの絵空事だったんだ。悲しいけど、世の中はそんなに単純じゃないって、君は証明してしまったんだ……!」
彼の暗い心の中には、無限の憎悪が広がろうとしていた。もう戻れなくなるほどの深い闇に囚われそうになっていた。そのときであった。
「お兄さん誰……どうして泣いているの?」
背後の岩影から左手に花を数本持った少年が半身を覗かせていた。
「ここで僕は唯一無二の友達を失ったんだ。君は一体誰だい?」
「もしかしてユースフのお友だち……? ご、ごめんなさい。ボクが……ボクがユースフを……!」
少年は急に泣きくずれ、硬い大地にひれ伏し、何度もごめんなさいと叫びつづけていた。
何度も謝る少年を見てフィンはクルヴスから聞いていた話を思いだした。彼はこんなことを言っていた。
「ユースフは同じ鉱夫の少年が腹痛で倒れたときに彼を休ませようとして、仕事を代わったんだ。それが勝手に労働者を休ませたとして、衛兵に目をつけられ……」
フィンは察した。この少年を庇い、ユースフは殺されたのだということを。
夕日に照らされ近づいてくるフィンの影に気づいた少年は、恐怖に震えた。復讐として暴行を受けると思ったのだ。それもそうだ。衛兵たちはアンカラに住む人々に対してそういった体罰により恐怖を植えつけ、支配してきたのだ。
少年は恐れ慄き目を瞑った。
しかし、少年の許へと着いたフィンは、少年をぎゅっと抱きしめた。そして、涙を流しながら何度も謝る少年に優しく尋ねた。
「君、名前は?」
「ファリドです。ユースフはボクが働く組の組長でした。兄のような存在でした」
「そうか。ユースフは僕にとっても兄弟のような……そんな存在だった。……怖かったよな。もう泣かなくていい。誰も君を責めやしないよ」
ファリドは少しずつ穏やかさを取りもどしていった。
フィンは心に誓った。自分に守れるものはすべて守ろうと、そう誓った。
しばらくファリドと話してから、彼は店へ戻った。
「遅かったなフィン。さぁ飯を食おう」
「お疲れ、モハメドさん。どうしてここに?」
「クルヴスから店に立ってくれって頼まれたんだ。ユースフの件は心から残念に思ってるよ」
「ありがとうモハメドさん……」
モハメドは父の友人でありフィンの店によく来る、昔加工職人をやっていた先輩である。フィンに加工技術を教えてくれた職人の一人であり、フィンにとっては年の離れた兄のような存在であった。
「良いんだ。ポニーと一緒に飯を作ったから早く食おう」
「ごめん、食欲ないや」
「それでも食うんだ。飯と睡眠だけは削るな。治る傷も治らんぞ。心の傷もな」
それからフィンは三人で食事を摂った。涙を隠しながら食べるそのスープは、味がしなかった。それでも彼は誓いを忘れないように、しっかりとスープを飲みほした。
それから数日後、フィンは店番をしていた。
少しするとポニーが訪ねてきた。
「巡回ご苦労様」
「ありがと、でも今日は子供たちはみんな問題なく過ごしてるから、巡回って言うより散歩ね」
「あ、そうだ。今日、父を見てないかな。昨日から帰ってないんだけど?」
「さぁ見てないね」
「そっか……」
フィンはなぜか帰ってこない父を心配しながらも、ポニーへ尋ねた。
「これからどこへ?」
「次は鉱山かな。クルヴスと一緒にね」
「そっか。行ってらっしゃい」
それから数時間が経ち、ようやく店の扉が開いた。今日初めて訪れたお客さんの顔を見ると、数時間前に別れたばかりのポニーであった。彼は微笑みながら言った。
「いらっしゃいポニー」
「お客さんを連れてきたよ。フィン」
ポニーに連れられ入ってきた少女は、青色の目をし、風に靡く金色の髪は今までに視たこともないほど美しく感じた。
慟哭/悲しみのために,声をあげて激しく泣くこと。哭慟。"友の死にどうこくする"