なんで高とミヤは同じ布団にいたんだろう? 第六章
第六章 デェト
「なあミヤ、ちょっと外でないか?」
「………?」
高のいきなりな誘いにミヤは小さく首を傾げた。それに合わせてミヤの頭から生える猫耳がぴこぴこ揺れる。
ミヤがうちに住み始めておおよそ1ヶ月が経った。月も5月になり、暖かいような、そうでないような風が、完全にぽかぽかになってきた。
その間、彼女は知識をコツコツと溜め込み、もう高の常識力を追いつけ追い越せしていた。
しかし、そんな彼女でも未知の空間がある。
それが、外の世界である。
いや、外についての知識自体はあるのだが、今の今まで高の家から出たことがないのだ。なぜなら、
「……出ていいの?」
彼女がまた首を傾げると、それに合わせて彼女の猫耳が揺れる。
そう、この耳。それとお尻の辺りから突き出した尻尾が彼女が外に行けない理由である。
いくら高たちが田んぼばっかりの田舎に住んでいるとはいえ、流石にこのまま家から出てしてしまったら、畑仕事をしているおばあちゃんたちが腰を抜かしてしまう。
だから、今まで高はミヤの外出を渋っていたのだ。というか、今回も家の外に出るわけではない。
「ああ。…まぁ、外に出るって言っても裏山の奥の方に行くんだけなんだが……ミヤもずっと家と庭だけじゃ暇だろ?」
「行く」
即答だった。
なんなら若干食い気味に肯定の意を示すミヤに、高は思わず頰が緩んでしまう。
「そうか。じゃあちょっと準備するから待っててくれ」
高はそう言い、ミヤが首を縦に振るのを確認すると、居間を出て行った。
数分後―高は小さな袋を肩に下げて戻ってきた。
「じゃあ、行くか。ミヤ」
「うん!」
ミヤのいつもより弾んだ返事を合図に、高たちは家から出た。
高たちは、家の裏手に回り、作業場の階段を登った。その際、ミヤが高の周りをトコトコと小走りでついてきていて、非常に可愛らしかった。
そして、作業場の奥にある道に高たちは入って行った。
「ここからミヤは初めてだよな?」
「うん。この先は何があるの?」
「おっと、それは秘密だ。楽しみにしといてくれ」
「うん、楽しみ」
穏やかな会話を交わしながら高とミヤは山を登っていく。
やがて、この獣道のような道に慣れたのだろう、高の後ろを歩いていたミヤは高の横を軽やかに通りすぎて、高の前で踊るように走る。彼女の着物と、そこから突き出た尻尾が遠心力によって浮いてくるくると回る。
その姿が、木々から漏れ出た陽光を浴び、まるで森の精霊のように美しく、それでいて可愛らしかったため、高は少しの間言葉を失ってしまった。なんだか、彼女と過ごす日々がどうしようもなく、かけがえのないものに見えた。
「じんのうちー!着いたー!」
上からミヤの無邪気な声が聞こえてきて、ようやく高は現世に引き戻された。
ミヤの方を見てみると、陽光がひときわ強くなっている場所があり、よく見ると青く美しい空が顔を覗かせていた。
どうやら、ミヤに見惚れている間にもうゴールまで着いてしまったらしい。
「ああ、俺もすぐ行く!」
ミヤが無事ゴールへと差し掛かるのを確認し、高はそう大声で言うと、足に力を入れて走り出した。そして、光が漏れ出るゴールに飛び込むように入り込んだ。
「………わー」
心地よい風が頬を撫でる。気持ち良い光が肌を照らす。横から、ミヤの感嘆の声が聞こえてくる。
そこは、山の頂上であった。辺りがひらけており、風が、陽が、そして一面に広がる田園と人々の暮らしの片鱗が、あらゆる感覚器官を通して伝わってくる。その一つ一つはさして、綺麗なものでもないのだが、それらが一つに集まることによって、何物にも負けない迫力と、かけがえのなさがあった。
「……どうだ、綺麗だろう?俺のお気に入りなんだ」
「…………」
ミヤは、声を出すことすら忘れ、ゆっくりと頷いた。そして、その間も視線は全てその圧倒的な景色に向いている。それが、最大限の肯定であった。
高は、ミヤの反応に満足すると、自身もその景色を堪能するために近くにあった木を背もたれにして、腰掛けた。そして、今まで立って景色を見ていたミヤも、高と同じように隣の木を背もたれに腰掛けた。
「………綺麗、だね」
「……ああ」
そこで君の方が綺麗だよと言わないのが高の高たる所以だろう。
しかし、2人の間にはそれで十分だった。どちらも、この時間がかけがえのないことを理解していたし、そんなキザな言葉は必要がなかった。1ヶ月、共に過ごしてきた彼らは、もう何十年もの時を積み重ねてきた家族のように安定したものがあった。
「ああ、そうだ。これ持ってきたんだ」
と。
おもむろに高がさっきまで背負っていた袋から何か包みのような物を出した。そして、高がそっと包みを外すと、
「……わあ」
甘い香りが鼻腔を突き抜ける。その誘惑的な匂いを発すのは包みから出された焦茶の物体。
「これはぼた餅ってんだ。甘くて美味しいから食べれみな?」
「うん!」
ミヤは高がそう言うのを聞くと、顔を明るくしてぼた餅に手を伸ばす。その勢いのまま一口で頬張った。
刹那、ミヤは声にならない声をあげ、顔が一気に緩みなんとも幸せそうな顔になる。
「んーーーー!美味しい!」
「はは、そうかそうか」
そのあまりにもコミカルな仕草に高も笑みを深めると、ミヤの頭を優しく撫でた。
(ああ、幸せだ)
その手にはこの平穏な時が永遠に続く願いが込められていた。
ミヤは、この気持ちを不思議に思った。
じんのうちに頭を撫でられた時、胸の奥がキュッと締められる気がした。
じんのうちは優しい。私を彼の家に住ませてくれたし、料理も美味しいし、すぐに笑ってくれるし、困ったらすぐ助けてくれるし、料理も美味しいし………。
だから、ミヤはじんのうちが大好きだ。
でも……いや、だからこそ、今の気持ちは大好きとは少し違う気がして…………。
ミヤの逡巡を跳ね除けるかのように春の風が吹き抜けた。