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猫と桜  作者: 詩音
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第一章

  第一章 君との出会い

 桜の木の下には死体が眠る。

 そんな言葉を聞いたことがある。

 でもそれは間違いだ。

 なぜなら…俺が今寝ているからだ。

 きっと、その話もこんな心地の良い場所を独り占めするためだろう。世の中あくどい事をする人間もいるもんだ。

 俺の周りには、一面の菜の花畑が広がり、紋白蝶がはらはらと舞っている。三百六十度春一色だ。

 俺はその中を菜の花畑の中に一本だけ生えている桜の木によりかかり、ゆつらゆつらと、微睡の中にいる。寝るのは好きだ。何も考えなくていいから。しかし、眠ってしまったら考えていないことすら考えられなくなってしまう。そのため、俺はこの眠るまでの本当に最低限のことしか考えていないこの時間が一番好きなのであった。

 ああ、いっそこのまま時間が止まってしまえばいいのに。

 何度となくそんな願いが浮かんでは消えていく。

 しかし、好印象を持つ時間はすぐ消えてしまうのがお約束である。さすがにもう限界のようだ。俺は完全に目を閉じ、意識が完全になくなるのを待つ。

 しかし、その時間は永遠に来ることはなかった。理由は簡単だ。

 どこからともなく、人が表れ、俺に突っ込んできたのだ。つまり、俺はたたき起こされた。

「いつつ…………なんなんだよ、まったく」

 鳩尾に頭突きをされたうえ、至高の時間を奪われたのだ。これで不機嫌になるなと言われる方が無理だ。

 しかし、俺の怒気はぶつかってきた人を見た瞬間、完全に受け流されてしまった。

 その人は、いや、人ではない。その少女のようなものは、なぜか気を失っていた。そして、黒い髪に華奢な体。服は西洋の者だろうか?それにしては少し地味な気がしたが。まあ、そこまではいいだろう。しかし、少女には、頭頂部から、それに尻の辺りからなこのような耳としっぽが出ていたのだ。

 完全に人間ではない。しかし、心当たりがないわけではなかった。

「?…………妖か?」 

 この世界、幻桜郷は妖という超常の力を持った人外がいる。それらは、まれに人のような形をしていることがあるのだ。

 いや、しかしだ。

 しかし、俺は寝る前にここら一体にある程度の結界を張ったはずだ。それを破られた気配もなかった。

 それは、この者が妖ではないということを表すに等しい。

 ということはこいつはいったい何者なのだろうか?

 妖ではないのならそのまま置いて帰るという手もあるが、この少女がなんなのか気になったし、それ以上にこんな少女を置いて行ったら忍びないという想いもあったため、なかなか実行に移せない。

「………っはぁぁぁぁぁ………」

 俺は、自分の不運とお人よしを呪った。


 少女は、目が覚めると同時にこの状態に何かしらの違和感を覚えた。

 それもそうである。

 誰だって自分が起きた場所がどこかわからない場所だったら程度はあるが驚くことだろう。

「おう、目、覚めたか」

 と、いきなり声がした。

 少女はその声の方にゆっくりと首を傾ける。

 そこには、黒髪の男がいた。

 年は二〇ほどだろうか?しかし、そのがっちりとした体形と、その身にまとう雰囲気が若者というよりもおっさんのそれに近かった。

 紺の着物を着て、腕を組んでいたその男は、微笑みを浮かべながら少女の方を見ていた。

 すると、少女は何かに気付いたのだろう。布団を押しのけてゆっくりと起き上がると、男に向かって質問を開始した。

「…………ここはどこ?あなたは誰?」

 そういった少女の声には、少しの無力感が混じっており、残りの大部分は殆どが心配と困惑であった。そして、その喋り方はなぜかひどく哀愁めいたものがあった。

 少女がそんな調子だったから、男はできるだけ気楽に、それでいて真面目なところは真面目に、いま彼女の身に起こっていることを説明し始めた。

「ああ、そうだな。まあとりあえずここは、俺の家だな。…………まあ、なんでお前さんがここにいるかってのは、俺が寝ていたらいきなりお前さんが来てよ。それで、その時に眠ってしまったからとりあえず連れてきたってわけだ。あ、あと俺は高、神野内高っていうもんだ。………ある程度分かったか?」

 とりあえず簡潔に男、もとい高は説明を終わらせる。

「………こう、じんのうち……じんのうち…………」

 少女はなぜか俺の名前を反芻していたが、とりあえず無視して、今度は俺が聞く側に回ることにした。

「なあ、ところで、お前さんはどこから来たんだ?そして、何でそんななりをしているんだ?」

 少女は、高の言葉を聞くと、しばらく考え込み、やがて、はっと何かひらめいたしぐさを見せて、

「…………わからない」

 その様子とは真逆の答えを導き出した。

「いや、わからないって……自分がどこから来たのか分かんねえのか?」

 少女はその言葉に肯定を示す。

「うん。私の名前、出身、ここがどこかも、全部全部わからない」

「名前もって…………困ったもんだな………ん、ここがどこかもって、それってこの世界自体を知らないのか?」

「うん」

 全くの逡巡もなく肯定された。

 本当に困ったものだ。

 高は話の順番を少しの間考えると、やがて静かに話し始めた。

「ここはな、幻桜郷っていう世界でその中でも日の輪の国っていう国だ。幻桃郷は400年ぐらい前に神が作ったものだとされていて、その神の名前はイザナギとイザナミってこの国では言われている。それがこの国の宗教だ。………まあ、俺には関係ないがな。……そうだ。お前さん、妖って知ってるか?」

 少女は、予想道理、首を横に倒した。

「そうか……妖ってのはおかしな力を持った狂った化け物だ。人間や、人間に関係するものしか襲わず様々なことでこっちは被害を受けてきた。お前さんも注意しろよ。あいつらどこからともなく表れるからな…………まあ、これが俺の知るこの世界って感じだ。他に何か尋ねたいことはあるか?」

 今度は少女は首を横に振った。

「そうか…………それより、お前さんこれからどうするのか?その様子じゃ身寄りもどこにいるかわからねえようだし………どうしたもんか………国に預けるってのが一番無難ではあるが………それでいいかい?お前さん」

 先ほどと同じように少女は首を横に振った。

「じゃあ、どこか当てがあるのかい?」

 少女は首を横に振る。

「じゃあ、どうすれば………」

 高が悩んでいると、少女が急に高に向かって抱き着いてきた。

 高はいきなりのことであったということと、少女の体が思いのほか柔らかかったこととで驚きの声を上げる、

「っちょ……何してん………」

しかし、少女には高のうろたえなど関係なかった。そして、

「お願い…………ここに、住ませて」

 そうか細い声で言った。

 そう言われれば、お人よしの高が断れるはずもない。

 そして、高はこの時思ってしまったのだ。この少女は誰かが守っていかないといけないと。

「ああ、わかった」

 高は、一度、少女を自分の体から話すと。少女をできるだけ不安にさせないように精一杯笑いながらそう言った。

 そして、高の笑顔を見ると少女は、それに返すように

「ありがと、じんのうち」

 かわいらしく、その桜色の唇を上にあげた。



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