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「バンバさんって、お坊さんだったんですか?」
「うん。昔はね。幼い頃から修行漬けの毎日だった。厳しい親でさぁ、修行についてこれない私の兄弟達は皆、勘当されて家を追い出されたわ」
「ひっでぇ親………い、あっ、すみません!」
「別にいいわよ。それより何、ビビってんの? 強く抱き締めてあげたら、その震え治るかしら」
妖しくサングラスの奥が光った。
「大丈夫ですっ!!」
「フフフフ。正ちゃんは、昔は違う世界にいたんでしょ? こことは違う世界。…………戻りたいでしょ? 元の生活に」
「う~~ん。正直、こっちの生活もやっと慣れてきたし、タワーの王を倒すっていう目標も出来たから……この世界で頑張ろうと思います」
「そっか……。まぁ、正ちゃんには心配してくれる可愛い彼女が二人もいるしね」
バンバさんは、胸の内ポケットから何かを取り出すと僕にヒュッと投げた。受け止めた物体は、懐かしい模様が描かれた小箱だった。
「マッチ………しかもコレっ、日本製じゃないですか!! どうやって、こんなもの手に入れたんですか?」
「秘密~。もっと仲良くなったら話してあげてもいいけどね。これは、特別にタダにしとくわ。眠れない夜に使うと便利よ。良い夢見れるしね」
【語り手:バンバ】
俺は彼女に出会い、彼女から【奇跡】を買った。
ある冬のこと。
死ぬ前に最後、不安を麻痺させるタバコを吸いたくなった。外に借金取りがいないことを確認するとボロアパートを逃げるように飛び出した。
ろくに食べていないせいか、走る元気がない。しかも、治る見込みのない病に冒されたこの体。まぁ、こんな俺が死んだところで誰も悲しんだりしないが。
コンビニに向かう途中、彼女に会った。凍える寒さだと言うのにずいぶん薄着で……。何かを両手に持ち、道行く人に声をかけていた。
「あ、の……。すみ…ませ…ん。マッチいりませんか?」
そんな小さな声じゃ、誰も立ち止まらないだろう。
売る気あるのか?
俺もその他大勢と同じように彼女を無視した。
無視。
したはずだった。ほんの一瞬。無意識に彼女と目があった。
「……………」
「……………マッチ…い」
「いらない」
どうして、立ち止まった?
そんな戸惑う俺に妖しく頬笑む女。
二時間後。
前から決めていた死に場所に着くと、俺は彼女から買ったマッチに一本、屋上のフェンスに寄りかかりながら静かに火をつけた。小さな青い炎。こんなどうでも良いモノを買うなんて、最後まで俺は。
「何やってんだ? バカだ、ほんと」
憎むつもりが、この可愛い炎にひどく癒され、俺は目を閉じた。
俺しかいない屋上に、聞こえるはずのない優しい声が聞こえた。
【ねぇ、起きて】
目を覚ます。揺れる白いカーテンの隙間からは、描いたような青空が見えた。
「起きた?」
「あぁ…うん……。おはよう」
「おはよう」
寝ている俺の隣には、愛しい妻。
突然、階段を駆け上る音がした。
「パパぁ、ママ。おはよーーっ!!」
「おはよう」
「…………?」
俺と妻がいるベッドに思い切りダイブする可愛い息子。そんな息子の寝癖を優しく手櫛でなおす妻。
俺は、その夢のような幸せを一番近くで見ていた。
「あっ!? パパ、泣いてるぅ」
「どうしたの? アナタ」
「………なんでもない…よ」
夢でも良い。覚めないでくれ!
「今日は、良い天気だからお弁当持って、お出かけしない?」
「そうだな。うん。楽しそうだ」
「じゃあ、準備を始めるね」
「ピクニック。ピクニック~」
部屋を出ていく愛妻と息子。その後ろ姿を見ながら、俺は枕元にあるマッチ箱から一本取り出すと、震える手で最後のマッチに火をつけた。




