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頭に直接、少女の声が響いた。
『大丈夫だよ。心配しないで、パパ』
僕だけを見つめる幼い魔導師は、絶望的な状況にも関わらず、笑みを絶やさなかった。
闇の言葉を呟いた少女は、一瞬で自らの体を黒煙に変異。大蛇の口に吸い込まれた。すぐに大蛇は激しくもがき苦しみ、何とかして異物を吐き出そうとしたが、どうすることも出来ない。地響きと共にその巨体を横たえ、息絶えた。その後、ゆっくりと蛇の腹を裂き、ダイヤで出来た心臓を握りつぶした少女がはい出てきた。
魔導師ヤマトは、微動だにしない。
「前に一度だけ……先生に誉められたことありましたよね? あれは、確か………『毒』を学ぶ講義だった。嬉しかったなぁ。あなたは、この世界で僕が唯一尊敬していた人だったから……。つまらない殺し、首席で卒業するより何倍も価値があった。それほど僕にとって、あなたは特別だった」
男は、持っていた杖を両手でバキバキっとへし折った。
「へぇーー、本気じゃん。今まで魔力をセーブしていた杖を捨てたね~。あなたが、そこまでして産み出す絶望的超魔術。早く見せて、見せてっ!」
錯覚ではない。目の前にいる少女の体が、だんだんと薄くなっていくーー
「先生……。僕が人生のすべてを捧げ造り出した毒をその身で味わってください」
「すご……ぃ……。肉体だけじゃなく、魂までも……曖昧になっ…て……い…く……」
「僕がたどり着いた最強の毒は、『無』毒でした。今から、この毒があなたという存在そのものをこの世界から完全に消します。魂まで消えるので、天国や地獄にも行けません。完全消滅まであと一分もありません」
握りしめていたカードまで透けてきた。このままでは、本当に少女は消えてしまうだろう。
もう残された時間はない。
それなのにーーー
『心配性だなぁ。さっき、言ったでしょ? 大丈夫だって。もっともっともっともっともっとパパと遊びたいから、私は消えないよ』
体が透け透けになった少女は、ヤマトの真似をするように両手を前に出した。
「っ!?」
少女と同じように男の体が透けてきた。
「あ、あり得ないっ!! この術は、僕のオリジナルだぞ!!! 術式も分からないあんたが、使えるわけない」
「キミの敗因は、私に一分も時間を与えちゃったこと。私にとっては、一分も一年も変わらない。そんなに時間があったらさぁ、嫌でも習得出来ちゃうって。ちなみに私のは、消えるまで一分もないからね」
男は血の涙を流し、その血で体にペイント。ボコボコと肉体が異常に膨れ上がり、数秒で燃える鱗を持つ大赤竜と化した。
その狂暴な牙で少女を引き裂こうと襲いかかる。
「…3……2………1……」
無情のカウントダウン。少女の体を通り抜けた大竜は、すでに木の葉さえ動かすことが出来ない自分の体を見つめ、
『やっぱり、あんた最高だよ』
僕達の前から…………いや……世界から消えてしまった。