序章 7 『家族のような一時』
クロノとウェスタが長い眠りから覚めた次の日
2人は起きて繋いだままになっていた手を見て苦笑した。
「気持ちのいい朝ですね」と言ってベッドから起き上がるウェスタ。だがクロノは起き上がらない。
「クロノ…?起きないのですか?」
そんなクロノに心配そうに声をかける。
「手を、貸してくれないか?上手くバランスが取れなくて…」
「なるほど、そういうことですか」
クロノの発言に何かを納得しベッドに腰かけるウェスタ。
ウェスタはクロノの方を見て言う。
「上裸になって背中をこちらに向けてください」
「は、裸!?そんな…大胆…」
「バカなこと言っていないでください!それに…私達はお互いの背中を任せ合う仲同士です。その相方がそんな姿じゃ安心して任せられません。いいから、背中をこちらに向けてください」
クロノの冗談も気にせず自らの要求だけを求めるウェスタ。その圧に押されクロノはいやいやながら上着を脱ぎ背中を向ける。
その手にウェスタの温かい右手が触れる。
「──……!」
「落ち着いてください。少しくすぐったいとは思いますが耐えてください」
クロノの体にウェスタの手を介し魔力が流れてくる。
「ウェスタ…一体何をしているんだ?」
「気にしないでください。振り返っては、ダメですよ」
ウェスタは空いた左手でクロノの首を前に向け、尚も魔力を流し込み続ける。
10分程でその作業は終わり、クロノは「もう終わったのか?」と聞こうと後ろを振り返った。
「…っ!?」
後ろに居たウェスタの顔は先程までの白さが嘘かのように赤くなり、苦しそうな声を必死に抑えていた。
「ウェスタ!?一体何をしたんだ?」
「ぁ…簡単な、事…ですよ。私の感覚、を…あなたに、繋いだけです。こんなことをやるのは初めてでしたが、上手くいって、良かったです」
「そんな!?無茶なことを…!クソ、こんな時に治癒魔法が出来たら…」
クロノは自分の無力さに憤慨する。
「言いました、よね?…私の感覚、を…あなたに繋いだのです。言いたいことは、分かりますね…?」
ウェスタは意味深なことを言うとクロノに体を預け、先程よりも弱々しくなっていた。
(まさか!?)
「わ、分かった、試してみよう…」
クロノは自らの手に周囲の力が宿るのを想像し、ウェスタの額に手を当てる。
何も無い空間から発生した光の粒がクロノに集まり、淡い光を発しながらクロノの手を介してウェスタへとその光が移動した。すると、その光がウェスタの体全体を覆い、そしてウェスタの体へ吸収されていった。
「…上手くいって良かったです…。こうなることを見越してあなたに治癒能力の一部も渡して正解でした…。クロノ、気付いていますか?今あなたは普通に立っています。私の半分程度の平衡感覚しかないので多少は不便かもしれませんがそれでも全く無かったこれまでよりは少しマシでしょう?」
「なんで…」
クロノはウェスタが元に戻り、抑え込めていた恐怖から解放され、安心からか涙を流した。
「そんな、泣いてしまうなんて…。っ、あなたは…そう、過去の記憶が戻らない限りあなたはこの時代に生きる12歳の少年に過ぎないのですね…。クロノ…記憶を取り戻したいとは思いませんか…?」
「…記憶…?また無茶するんじゃ?」
「いいえ、私にはこれ以上の無茶は出来かねます。あとはこれまで通りあなたの背中を守るだけです」
「そうか、それなら記憶を取り戻してみたいな」
「あなたならそう言うと思っていました。そこで提案です。今の度の目的は竜王の討伐、魔王の殺害、勇者の力を揃える。ですが、そこにあなたの記憶のことも追加しませんか?あなたがかつて私と敵として出会うまでに何をしていたのか気になります」
「分かった。何か見覚えのあるものがあったら必ず確認するようにするよ」
「はい!じゃあそろそろ下に降りませんか?そろそろお母様も起きてくるでしょうし、私達でご飯を作って驚かせちゃいませんか?」
「ああ、良いね。でも俺料理は…」
「大丈夫です!私が教えますので絶対に大丈夫です!」
ウェスタは嬉しそうに笑ってベッドから立ち上がり部屋のドアを開ける。
ドアを開けた所でこちらへ振り返り「行きましょう?」と言って手を差し伸べてきた。
俺はその手を取り、後をついて行った。
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「何を作るんだ?」
「スコーンです!私の国に伝わる伝統的な朝食のそれを人界風にアレンジしたものを作ります」
(今日のウェスタはやけに楽しげだ。
よもや昨日の出来事が…?
思い出すだけで気恥しさで倒れてしまいそうだ…。
昨日の誓約にこのウェスタの笑顔を見ていたらそこまで悪くは無いな、と思う)
クロノの顔には思わず笑みが零れる。
「材料はこの家の食物庫にあったパワーの粉、膨らし粉、ダオダオの卵、ヨーゲル、シェガ、ターバの実を使います」
「まずはダオダオの卵、ヨーゲル、シェガを混ぜてください」
「はい、ウェスタ先生」
(“先生”と呼ばれ得意げな顔をしていたが気にしたら負けだろう。)
クロノはウェスタ先生の命令のままに動くロボットのように完璧に与えられた仕事をこなしてゆく。
2人は阿吽の呼吸でテキパキと調理を進めていく。
やがて残すは焼くだけとなった。
「ウェスタ先生、あとは任せます…」
「うん、任せなさい」
ウェスタは左手で風魔法を出し生地の形を整えながら浮かせる。右手で火を出し、上手い具合に焼き上げてゆく。
「凄い…!」
「ふふん…どうですか?これがウェスタ流スコーン術です」
ウェスタはドヤ顔で自慢げに焼き上げる様子を見せてくる。
「おいおい、そんなことやってたら…」
「あ」
(ほんとに落とした…!?)
ウェスタは調子に乗ったのかひとつ落としてしまった。
「落としたと思いましたか?ギリギリで受け止めましたよ」
見ればウェスタの足先から発せられる風によって落ちる寸前で留まっていた。
「ほんとに凄いなウェスタは。尊敬するよ」
「…あまり褒めないでください、恥ずかしいので」
ウェスタは頬を紅潮させクロノから体ごと背ける。
(さっきまであんなに自分から褒めて!と言わんばかりに見せびらかしていたのにどうしたんだ…?)とクロノは思いながらウェスタの後ろ姿を眺める。
しばらくして焼きあがったスコーンを風を巧みに操りお皿に盛りつける。
「出来ました!今までで1番の出来かもしれないですね」
ウェスタはその焼き上がりに妙に感動していた。
焼き上がり、テーブルに皿を運んでいた頃。クロノの母 ルシアが起きてきた。
「おはよう。クロノ、それにウェスタちゃんも目が覚めてよかったよ」
「私が眠っていた間のお世話ありがとうございます。これはほんのお礼の気持ちです」
ウェスタはルシアを「こちらへどうぞ」と席へ誘導し、ルシアの目の前でスコーンにこの村の特産品であるベリーの実のソースをかける。
「それをウェスタちゃんが…!?」
「はい、クロノも手伝ってくれたんですよ」
「まあまあ、クロノももうそんなことが出来るように…嬉しいわ」
ルシアは息子の成長と息子の仲間の器量の良さに感激し涙を流した。
「さあ、クロノも座って?それでは…」
「「「いとやむごとなき豊穣の女神よその身に宿し加護の恩恵をこの身にうけむ。その豊穣の輝きもちて我らが繁栄の象徴とす。この天下の全てに感謝して─頂きます。」」」
3人は手を合わせ豊穣の女神への祈りを捧げそれぞれ食べ始めた。
「美味い…!?」
「ほんと、美味しいわね…」
「ありがとうございます…ぁ、本当に美味しい…」
3人は味の感想を思い思いに言い合う。
その姿は─正に家族のようであった。
食べ終えたクロノとウェスタはルシアから話がある。と言われ待っていた。
「じゃあ、話すわね。王都の国王様があなた達に会いたいって、魔王撃退の件で話があるらしいの。だから、この後言ってきて貰えないかしら?きっと何か褒美があるのよ…そんなに気張らないで行ってきな」
ルシアはニッと笑うと「それじゃあ私は仕事があるから」と言って出ていった。
「じゃあウェスタ、俺達も行こうか」
ウェスタは「ええ」と答え2人も自宅を後にした。
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王都レグステリア
「なあ、そこいら中に貼ってある宝物庫泥棒って…」
「ええ、分かっています。どうせ私は泥棒ですよ」
ウェスタは少しムッとした様子だ。
そんなウェスタをなだめつつ街の中心の城へと進む2人。
何故か周りからの視線を感じるがもしかしてウェスタが宝物庫泥棒だとバレているのだろうか?まあ、気にしなくてもいいだろう。詳細を見ようとしてもウェスタはどんどん進んでしまうので繋いだ手から引っ張られて見ることが出来なかった。
「報奨金どのくらい貰えるかな…」
「クロノ、私なにか嫌な気配がします。気をつけてください」
「?ああ、まあ、一応気をつけておくよ」
クロノはウェスタの警告を気にする様子もなくそう答える。頭の中はもう既にお金でいっぱいなようだ。
やがて城へたどり着いた2人はクロノのおかげで簡単に奥まで案内された。
「よく来たな勇者クロノ、そしてその仲間よ」
「パートナーです。して、国王様、此度はどのような要件で?」
「そうだな、時間は無い、本題から入ろう。ここに嘘発見器がある。数々の犯罪者を捌いてきたから実績はある。捌いてきたというのは法的にではなく実際に捌いたということだ。この装置は不思議でな、嘘をついたものを確実に殺すことが出来る…。そう、もし嘘をつけば貴様は死ぬことになる。さあ、質問に答えてもらおうか勇者クロノ」
集まってきた兵士によって2人はあっという間に拘束されてしまった。
「では、魔王が貴様を近くの村まで送り届けたという話がある。そこで質問だ。貴様は魔王の仲間か?」
「俺は魔王の仲間では無…」
「仲間では無い」と答えようとしたクロノの頭にウェスタが浮かぶ。ウェスタは元とは言え魔王だ。これは…
「どうした?答えられないのか?なにか話せない事情でもあるのか?どうした?何か言ってみろ。この裏切り者が。人間が魔王の側につくなど言語道断!しかもその疑いがかけられているのは唯一魔王を倒せる勇者だ!貴様はこの人界を滅ぼす気か?」
「俺は…魔王の…」
「魔王の…?なんだ?」
ウェスタは魔法で必死にクロノへメッセージを送ろうとするが何故か魔法が使えない。
クロノは判断しかねていた。
クロノの中ではウェスタは魔王との関係はスッパリ切ったと思っている。だが、もしそれが嘘だとしたら…?ウェスタがクロノに嘘をつく理由など思いつかないがウェスタは何かと無茶をしてしまう人だ。その問題を未だに1人で抱えているかもしれない。そんな思考が過ったクロノはウェスタを疑った自分とウェスタを信じてNOと言えない自分を許せなかった。
「さあ、早くしろ」
─どうする?この状況を打開する方法は…?
巻き戻しは使うべきでは無いだろう…戻したところでこの状況は変わらない…。
「そうか、答える気がないか。ならこれならどうだ?」
国王が「連れてこい」と合図をすると兵士に拘束されたルシアが現れた。
「母さん!?」
「お母様!?」
「そうだ、お前の母だ。人類の裏切り者の母だ。貴様が答えぬと言うのならまずは貴様の母を殺そう。30秒で答えろ」
「やめろ!母さんから手を離せ!」
兵士に押さえつけられたクロノはもがく。
だが体格は子供、武器が無ければ何もすることが出来ない。悔しさに涙を流しながらクロノは母を離すように訴える。
「残念、時間切れだ」
「やめろぉぉおおお!!」
人の血が掻き鳴らす気持ちの悪い音がした──。
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