序章 6 『結ばれる誓約』
ゲイボルグを勇者の剣へと変化させ右手でしっかりと握る。
魔王は腰にかけた石の柱のように分厚い禍々しい剣を取り出す。
「2本目とは楽しませてくれる。かかってこい勇者よ!俺の部下の手出しは無い!思う存分楽しもう!」
魔王は笑みを浮かべ剣をおおきく振りかぶってこちらへ突進してくる。
大振りの横薙ぎをバックステップで躱し着地と同時に距離を詰め魔王に斬りかかる。
だが、魔王の攻撃はそこで終わりではなかった。
振り抜いた勢いのままもう一回転。
今度はバックステップをする余裕もなく何とか剣で受け止める。大きく吹き飛ばされ体制を崩す。
魔王はその隙を見逃さず魔法で地面を隆起させ追撃を加えてくる。
それを転がりながら避けその勢いのまま立ち上がる。
─魔法が無い分こちらは不利か
絶え間なく飛んでくる土塊を薙ぎ払いながら戦略を立てる。
─魔王の攻撃方法は大きくわけて2つ、大剣での薙ぎ払いと土を操る魔法…対してこちらの武器は剣と槍だけ。どうする…
「先程までの勢いはどうした?攻撃してこないのか?」
魔王は攻撃の手を止めず未だ余裕があるようだ。
この状況を打開するにはこの手しかない。
俺は魔王の斬撃を渾身の力で弾き返し距離を取り、勇者の剣を再びゲイボルグに変形させる。
「その槍はもう効かないって、言わなかったか?」
「それはどうかな?」
俺は槍を魔王へと真っ直ぐに飛ばす。
地面のスレスレを飛びながらも魔王の心臓を捉える。
魔王は防ぐために目の前の地面を隆起させ壁を作る。
しかしゲイボルグはその壁を軽々と破壊し魔王の体へ到達。その寸前ゲイボルグを勇者の剣へと変化させた。
─やったか!?
だが魔王は勇者の剣の切っ先が刺さった瞬間地面を隆起させ勇者の剣を上空に吹き飛ばした。
俺はそれを引き寄せ再び構える。
「ほう、槍を投げすんでのところで剣へ戻すとは…考えたな勇者よ。だが甘い、刺さってから戻せばよかったものを、慎重になりすぎだ」
「ご教授どうもありがとう。だが、槍のままではそもそも刺さらなかったんじゃないか?」
「ほう、気付きよるか。だが、これで貴様も万策尽きたといったところだろう?ならもう関係のない事よ」
「まだいくつかある。見せてやろう勇者の力を」
俺は再び魔王の元へと走り出した。
─魔王を絶対に殺す。と誓いはしたが俺の持ちうる武器は2つ、対して奴の命は6つだ。つまり今回では絶対に倒せない。ならば今回は撤退させることが目的だ。奴はどうやったら帰る?
俺を迎撃せんと放たれる土塊を躱しながら魔王へと進む。
─魔王を殺す方法は…一つだけある。だが、今それをやって魔王が再び生き返った後に俺の命があるかが問題だ。だが、一か八かそれにかけるしか無いのが現状だ。タイミングを見つけそれを試す。それで殺せなければ終わりだ。ウェスタの仇を討つ為にも確実に殺す…!
俺は覚悟を決め尚も魔王へと進む。
魔王が俺の剣の間合いに入った。
俺は力を抜き何にでも対応出来るようにした。
魔王はそれを好機と見たか今までで1番の大振りが来た。
俺はそれが当たる瞬間まで待った。
時間の進みが遅くなる。これは死ぬかもしれない。
だが、負けられない!
魔王の剣がウェスタに貰った胸当てに触れた瞬間、俺は念じた。ただ一言『戻れ』と。
時間がたった1秒前に戻る。
魔王の攻撃の位置は体が覚えている。
あとは体の思うがままに攻撃を─避ける。
体制を低くしもう一回転来た時の為の保険を立てる。
だが魔王は俺の異常なまでの反応力に気を取られ次の攻撃に頭を使う余裕は無さそうだ。魔王にはそう見えていると言うだけだが。
俺は剣に力を込め魔王の左脇の下から右肩までを─切り裂いた。
魔王の体が自身の攻撃の威力と相まってバラバラに吹き飛ぶ。
魔王は二度死んだ。
だが、まだやることはある。
俺は身体中が不気味な痛みに犯されるのを我慢しながら勇者の剣をゲイボルグへと変化させ上空で待機していた魔王の残党へと飛ばした。ゲイボルグは魔法で操られているかのように全ての残党を串刺しにし、俺の元へと戻ってきた。
俺はそれを杖代わりにし、村へと歩き出した。
足に力が入らずゆっくりとフラフラと歩いた。
次第に意識は薄れていき、やがて意識を失った。
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目が覚めるとそこは死後の世界でも、魔王の城でもなく、そこは俺の自宅だった。
何故俺は死んでいないのだろうか?何故この村は無事なのだろうか?思うところは色々とあるが問題なのは体だ。
体は全く動かないし声も出ない。
意識があるのかすら分からない。動くのは瞼だけだ。
俺は目を限界まで動かし辺りの様子を確認する。
この部屋に人は居ないようだ。部屋は出発した時と変わらず放置されており、建物が壊れているということも無さそうだ。
何故魔王はこの村に手を出さなかったんだ?王都には行ったのか?疑問は尽きない。
何も起きず暇になった俺は体を動かそうとしてみる事にした。
まずは手、指へ力を込め曲げようとする。
渾身の力で辛うじてピクっと動く程度であり動くとは言えない有様だ。
次は足、これは全然ダメだった。
血の巡りが悪くなり痺れてしまった時があるだろうか?丁度そのような感じであった。
通常あのような場合は痛みが伴うものだが痛みは一切なかった。
やがて俺は何もすることがなくなりもう一度寝ることにした。
次に目を開けた時、そこは相も変わらず自宅であった。
だが、1つ変化があった。体が動くのだ。
最初は時戻しの代償で体が動かなくなったのかと思ったがそうでなくて一安心だ。
俺はベッドから降りると立ち上がろうとした。
しかし体は平衡感覚を失ったかのようにバランスを崩し大きな音を立てて倒れた。
倒れた状態から起き上がれず困っていると階段を慌ただしく登ってくる音が聞こえ、扉が開いた。
そこに立っていたのは俺の母ルシアであった。
「クロノ!!やっと、やっと目覚めたんだね…。あなた、1ヶ月も眠り続けてたのよ」
「母さん!!1ヶ月も…?っ!!そうだ、立てないんだ手を貸してくれないかな」
母から自分が寝ていた1ヶ月という時間を聞き衝撃を受けた。その後母の肩を貸してもらい何とか立ち上がるとベッドに座り直し、松葉杖を持ってくるという母を待った。
しばらくして母は日本の松葉杖を持ってきた。
俺は母に支えられながら松葉杖の練習をし、なんとか自分一人で立てるようになった。
俺はなにか忘れているような気がしていたが自分のことで手一杯だったのでなにも気にしないでいた。
その日は母と共に夕飯をとりながら俺と魔王との戦いが終わった後のことを聞いた。
「クロノと魔王が戦ったあと魔王があなたを連れてこの村に来てね…「こいつを生き返らせろ」とだけ言って帰ってしまったんだよ。何をしたいのか分からなかったけど大急ぎで王都の回復術師を連れて来てあなたを治療させたんだよ。本当に目覚めてよかった」
「魔王が…俺を?なんでそんなこと…」
魔王がなぜ俺を生かしたのかは疑問だがともかく生きてることに感謝しておこうと思ったクロノであった。
「そうそう、クロノ。ウェスタちゃんだけど…」
「ウェスタ…誰?」
母の口からウェスタと言う見知らぬ誰かの名前が出てきた、その人が俺と関係あるような口振りで。
「それって…誰の事?」
「あなたもしかしてまた記憶喪失に…?」
「俺の記憶が無い…?っ!!」
何かを忘れているという感覚がしたのを思い出し、それがなんであったかを思い出そうとした瞬間頭を割るような痛みが襲いかかってきた。
「うあぁああぁ!!」
「クロノ!落ち着いて!深呼吸して」
母の言うままに深呼吸をした。
すると不思議と頭の痛みが消えていった。
「ありがとう母さん。もう大丈夫、話の続きを話して」
自分の記憶の手がかりになるのでは?と思い母に話の続きを促す。
「ウェスタちゃんはね…まだ目覚めてないの。回復術師の方が言うには体は治ったけど心がボロボロだって…」
「そのウェスタちゃんはどこに?」
「この家の2階のあなたの部屋の向かいの部屋に、お父さんが使っていた部屋だったけれど他に場所がなかったから…」
「わかった、俺行ってみるよ」
俺は母さんに言われた部屋に行ってみることにした。
1度も入ったことの無いその部屋の中に俺の失われた記憶の正体であるウェスタが居る…それなら行かないという選択肢は無い。
俺はゆっくりと階段をあがり、ドアに手をかける。
緊張を抑えるために深呼吸をしてゆっくりとドアを開いた。
そこに寝かされていたのは人形のように美しい顔立ちをした輝く黄金の髪を持ち空を映したような青い瞳をした少女だった。少女は死んでいるのか?と思うほど静かな寝息を立てながらベッドの上に横たわっていた。
「この子がウェスタ…。ウェスタ…ウェスタ…ウェスタ…」
俺は彼女の名を反芻する。
何かが思い出せそうな気がした。
そのままウェスタのことを考え続ける。
─ 私の名前はウェスタ。まあ簡単に言えばあなたの敵です。
なんだ?この記憶は…。
─ まあ、竜王退治のための投資と思えば安いものです
ウェスタとの記憶が呼び起こされてゆく。
─ それでも覗きは覗きですよ。…変態
まだだ…まだ足りない…。
─ はい、クロノもお気を付けて
そうだ、全部思い出した。魔王と戦ったのも、竜王を倒そう!と言って旅をし始めたのも全部が全部ウェスタの為だった。
ウェスタ!!ウェスタ!ウェスタ!どうして…なんでこんな大事なことを忘れていたんだ…?
どうして俺は…。
そうだ、権能を使って…この記憶も平衡感覚も代償…!?あんな、たった1秒で…?長さは関係ないのか…?分からない、分からないが今はいい。
今はウェスタだ。
俺はウェスタの手を握った。
きちんと手入れが施された綺麗なその手は死人のように冷たかった。その冷たさに泣きそうになりながら俺はウェスタがまだ生きていて、そのうち起き上がってきてくれると信じて声をかけた。
「ウェスタ、起きてくれ…。頼む」
だが、ウェスタに反応は無い。
しかし、俺は声をかけることを辞めない。
いつしか涙が零れてきた。
日が完全に沈み外が暗くなっても続けた。
やがて涙がボロボロと零れてきて嗚咽の混じった声になる。なおも俺は辞めない。こうしていればいつかは目覚めてくれると信じて。
いつの間にか眠っていた。
俺も起き上がったばかりだ、色んなことがあり力尽きてしまったのだろう。
夢の中にウェスタが出てきた。
彼女はしゃがみこみ、泣いていた。
俺はウェスタの元へ歩き出した。
ウェスタの元へたどり着き、そして俺はウェスタを抱きしめた。
「大丈夫…大丈夫だ…。俺がいる、俺がいるから…起きてくれ…」
俯いたままのウェスタは俺の手から抜け出すとこちらへ振り返り一言。
「起きて」
夢の中のウェスタはそう言うとどこかへ消えてしまった。
「起きてください…起きてくださいクロノ」
声が聞こえた。聞き覚えのある優しい声。
これは夢か、現実か─?
開け放たれた窓から真昼の日差しが射し込む。
カーテン空いてたかな…?と思いながら寝ぼけた脳を覚醒させ、目を瞑ったまま目を擦り起き上がった。
目を開けるとそこに先程まで存在していなかった。否、視界に入ることがありえなかったものが写し出された。
陽光に照らされ、有り得ないほどに美しい輝きを放つ黄金の髪、大いなる空をそのまま映し出したかのような綺麗な空色の瞳、色白の肌に少し紅潮した頬、世界一と言っていいほどに整った顔立ちをした人形のような少女。─そう、ウェスタが起きていた。
「ぁ、ウェスタ…ウェスタ?起きてくれたのか…?」
「はい、おかげさまで。あんなに耳元で名前を呼ばれて泣かれ続けたら誰でも起きちゃいますよ」
困った人ですねと言ってウェスタは苦笑する。
それに…とウェスタは続ける
「私は長い長い夢を見ていました。真っ暗な場所でたった1人で、どうすることも出来ずに俯いて泣いていました。そこに突然1つの光が現れたのです。そう、あなたですよ…クロノ…あなたが私を救ってくれたのです。ありがとうございます」
「…ウェスタ、もう…大丈夫なのか?お父さんが、魔王が…」
「大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば大丈夫とは言えません。どうしてこうなったのかは私には分かりません。なにかの影響で歴史が変わってしまったのかもと思いましたが…」
「ごめん」
「どうして…あなたが謝るんですか?」
「だって、俺が時間を巻き戻したからそんなことになっちゃったんじゃないか…?それなら…」
「そんなことありません!」
ウェスタの声が俺の言葉を遮る。
「あなたの力によって様々な歴史が変わり私たちが知っている未来とは程遠いものになることがあるかもしれません。でも!あなたがその事で何かを後悔したりしないでください。だって、だって…私は、あなたのその力のおかげでこうしてあなたに会うことが出来たのです。私はあなたと出会ったことに後悔などしていません。あなたが罪を冒したと思うのなら、私があなたを許します。だってあなたは、私を救ってくれた勇者なのですから、私の“英雄”勇者クロノ…あなたのことは私が守ります。だから、あなたも…」
ウェスタは頬を紅潮させながらそう言うと、これまで見た中で1番の笑顔で俺を優しく許してくれた。
1度忘れてしまった笑顔、失ってしまうかもしれないと思った笑顔。失いかけて初めて気付いた大切な人。
もう二度と、失いたくない。
俺はウェスタの手を握り、言葉に応える。
「…ありがとうウェスタ、たとえ世界中の誰もが君の敵になったとしても、俺は、俺だけは必ず君の味方だ…約束する!人智を超えた神の力の代償だとしてももう二度と君を忘れない。忘れてなんか…やるもんか…!勇者の名にかけて必ず君を守る。ここに誓おう、勇者クロノは魔王ウェスタの事を全身全霊をもって守る」
「はい…よろしくお願いします…。そして、私も誓いましょう。魔王ウェスタは勇者クロノを、大切な人を失わないために命をかけて守る。と」
俺達は互いに守り合うことを誓い、最後に小指を絡めあい誓約を立てた。消して破られることの無い誓約を。
絡めあったウェスタの手は暖かく、優しかった。
お互いにこの日を忘れることは無いだろう。
─勇者が魔王を守ると誓ったこの日を。
「よろしくお願いします。勇者クロノ……私の、大切な人」
ウェスタは頬を紅潮させ泣き出しそうな声でそう言うと、2人はお互いの手を握りあったまま静かに眠りについた。
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