序章 5 『王都侵攻』
宿屋でゆっくりと休んだ翌日、2人はローゼ家の屋敷の書斎に来ていた。
「それでは昨日の話の続きをしようか。言葉で言うだけでは分かりづらいだろうからこの地図を見てくれ」
そう言ってハンク ローゼはテーブルの上に地図を広げる。
「この世界には五大王国と言って王都レグステリアやマゴニア王国のような大国が東西南北、それとその中心に5つあるんだ。マゴニア王国は西の大国、王都レグステリアは中心の大国。そして、君達がこれから行ってもらうことになるのはここ、南の大国ウェリトンだ」
地図上でレグステリアの南にある国を指し示す。
「ここの海鮮料理は絶品でね…。おっとすまない、それで、ここにいるはずの一族がゆかりのある勇者は第三の勇者アノス ネピアだ」
「第三の…勇者…」
「だが、ここからウェリトン王国までの道のりは少々複雑でね。私がついて行きたいところだが仕事があるから無理だ。マルクはまだ幼いし、どうしたものか」
「あ、それなら大丈夫だと思います」
とウェスタが発言する。
「うちの馬はとても賢いので道順や気をつけなければならない所を教えれば迷わずに行けるはずです」
「うちの馬って…あの馬は借り物じゃないのか?」
ウェスタの言葉に違和感を感じクロノが質問をする。
「いえ、お金のことで心配をかけたくなかったので借りたと嘘をつきました。アンヴァルはやけに私に懐いたので愛着が湧いて思わず買い取りました」
「お金は大丈夫なのか?」
「ええ、宝物庫から高そうなものを持ち出して売ったお金はまだ少し残っていますよ。その大半はあなたのその胸当てに持っていかれましたけどね…」
ウェスタは恨めしそうな顔でクロノの胸当てを睨みつける。
「あはは、その恩は必ず…。ところで思ってたんだが、俺にはさんざん言うけどなんでウェスタは鎧とか着ないんだ?」
これ以上言われるのは嫌だな〜と思い話題を変更するクロノ。
「単純に私のサイズの装備品がなかなかないのと私には不要なものだからです。私、普段から体を纏うように魔法で薄いバリアを張っているんです。物理攻撃には弱いですが魔法攻撃はほとんど効きませんよ」
よく見ればウェスタは確かに薄く発光していた。
異常なまでに綺麗な髪の輝きもそれが作用していると考えれば納得である。
「あの、話を戻してもいいかい?」
話に入れなかったハンクがそっと控えめに声を上げる。
「「すみません!」」
2人が同時に謝辞を述べるとその息のぴったりさにハンクが苦笑する。
「それでは行き方は私がそのアンヴァルという馬に教えよう。装備も大丈夫となれば、あとは食料だね。それはこの屋敷の貯蔵庫から持っていくといい。それじゃあ、その馬をこの屋敷に連れてきてくれ。私はここで待っているから」
ハンクの言葉に従い2人はアンヴァルと馬車を屋敷に連れてきた。
「それじゃあ始めるよ」
ハンクは御者台に乗ると手綱を掴みアンヴァルとやり取りを始めた。手持ち無沙汰な2人は先程の書斎に戻り談笑していた。
「少し暇になっちゃいましたね」
「ああ。そうだ、ウェリトン王国は海があるらしいな。俺海見るの初めてだから楽しみだよ」
「あなた記憶無いんですから全てが新鮮なのは当たり前でしょう」
クロノの記憶喪失ボケにすかさずツッコミを入れるウェスタ。
「ただ、まあ、私も海を見るのは初めてなので楽しみです」
「?何か言ったか?」
「いえ、何も…」
ウェスタの本音はクロノの耳には届かなかった。
2人がしばらく談笑していると街中から何やら騒がしい音が聞こえてきた。
「?なんの音でしょう、これは…」
辺りを見回せば街を取り囲む城壁から壁のようなものが伸び始めていた。
「ああ、遂に来たね。勇者が現れたから覚悟はしていたが、こんなに早いとは」
何が起き始めたのか理解したハンクはアンヴァルとのやり取りをやめ、御者台から降りてきた。
「あの、何が起こっているんですか?」
「簡単な事さ、魔王が来る。あの壁はこの街を守るために魔法で作られたシェルターさ」
当然だろ?というように衝撃の事実を淡々と述べるハンク。その言葉に反応したのはウェスタであった。
「おt…魔王は一体なんのために人界に来るんですか…?」
少なくともウェスタの記憶の中では魔王が人界に来たことなど1度もなかった。
「宣戦布告だよ。詳しくいえば王都レグステリアの占領…人類のピンチだね」
「そんな…!?なんでハンクさんはそんなに冷静なんですか!?」
「冷静…?これが冷静に見えるかい?」
ハンクは俯いていた顔を上げウェスタに険しい表情を向ける。
「王都…?……っ!!母さんが危ない!」
二人の会話を遮りクロノが声を上げる。
「こうしちゃいられない!!今すぐ王都に向かうぞウェスタ!」
「で、でもまだウェリトン王国への道順をアンヴァルに伝えきれてないんじゃ…?」
「ああ、それならもう既に終わっているよ。それに、クロノ君が王都に行来たがるのは好都合。元々それを提案しようとしていたからね。魔王の体には勇者の剣以外の武器でダメージを与えることが出来ないんだ。正確には勇者の剣が発するその聖なるオーラでしか、だけど。クロノ君、ウェスタ君、頼めるかい?こんな幼い子に世界の命運を託すのは心が痛いが、君達にしかできない事だ」
ハンクは2人の肩に手を置き、頼んだよ。と言うと時間が無い、急いで。と言って2人を送り出した。
馬車に乗るクロノの顔には覚悟の表情が、ウェスタの顔には困惑の表情が浮かんでいた。
アンヴァルも主君の意思を尊重し力強く地面を蹴り出し驚くべきスピードで街を抜けていった。
しばらく走り続けマゴニア王国へ行く際も通った林道に差し掛かった時それは現れた。─宙を移動する魔王の軍勢が。
「あれは…お父様…!」
「ウェスタ、どうする?」
「この森に入る前に私が飛んで説得しに行きます。娘の私なら説得できるかもしれません」
「わかった、気をつけろよ。何かあればすぐに俺たちを追いかけてきてくれ」
「はい、クロノもお気を付けて」
そう言い残すなとウェスタが飛び出した。
クロノの役割は王都への報告、それと周辺住民の避難だ。
クロノはアンヴァルの操る馬車に身を任せ、これから行く村に対し思いを馳せる。
「こんなに早く帰って来ることになるとはな」
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••
それからしばらくしてクロノは周辺の村を周り王都への避難を呼びかけていた。そしてそれは、クロノの故郷であるルーデリア村へ到着した時の事だった。
空から人がすごい勢いで降ってきたのだ。
クロノは何事か!?と慌てて駆け寄った。
「お…おい!大丈夫か!?…ウェスタ!!」
落ちてきた人物はウェスタであった。
ボロボロになったウェスタを抱き上げ声をかける。
「ウェスタ!!ウェスタ!!大丈夫か!?一体何が…」
声をかけ続けているとウェスタがようやく目を覚まし口を開いた。
「ク、ロノ…?私は…そ、そうだ魔王に、やられて…」
それからウェスタはクロノに何が起こったのか事の経緯を説明した。
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••
馬車から飛び出したウェスタは風魔法を操り全速力で魔王の元へ飛んだ。
「お父様…!!」
その悲痛な叫びが届いたのか魔王の軍勢は進行を止めた。
「お父様!おやめください!」
「ほう、人間風情がこの魔王を父と呼ぶとは…面白い。何者だ?言ってみろ」
列の奥から地獄の叫びを象ったような鎧を着た異形の生物が現れた。それは他でもなく魔王であった。
魔王の放つ威圧感に全身の毛がよだつのを感じながらウェスタは答える。
「私はあなたの娘、ウェスタです」
「娘?フッフハハハ!!面白い冗談だ」
「な、何がそんなにおかしいんですか?!」
「この魔王の娘が人間だとは笑わせる。俺に人の子などいるわけがなかろう。この姿を見よ、この子供が人の形をすると思うか?」
魔王は己の異形さを見せつけウェスタに歩み寄る。
「なっ!?まさか…過去が変わったせいで…?い、いや変わるのは戻ってからの未来のはず、それなら私は存在していないとおかしい…じゃあ、なぜ…?」
ウェスタは魔王の言葉に動揺が隠せず思考を漏らした。
「ふん、さっきまでの勢いはどうしたのだ?魔族と人族は交わってはいけない。そんな常識も知らぬガキがこの魔王に何の用だ?用がないなら今からお前を殺す。邪魔だ、俺の娘だと言うのなら早く答えよ」
動揺するウェスタの耳には魔王の言葉すらも届かなかった。
「沈黙はYESと捉えよう。…お前ら、このガキを好きにしてよいぞ」
魔王の合図で後ろに控えていた魔王の軍勢が「うおおお!!」と声を上げウェスタに襲いかかる。
「っ!!?」
それに対してウェスタは動揺していた思考を無理やり目の前の危機に切り替えて応戦する。
飛びかかる敵を魔法で吹き飛ばし、飛んでくる火炎を避けつつ着実に相手の数を減らしていた。
しかし、じわじわとウェスタの体に裂傷が刻まれた。それでもウェスタは力を使い応戦し続ける。
魔王の軍勢を半数ほど削りウェスタの体力も底を尽きかけていた。すると今まで傍観していた魔王が動き出した。
「ガキ、ちょいとお痛が過ぎるなぁ…」
魔王はその言葉と共に乗っていた骸骨馬から飛び出し
─ウェスタに向けて剣を振り下ろした!
ウェスタはその魔王の行動に対し咄嗟に反応し身体中の魔力を腕に込めガードする。斬撃の威力を殺したが吹き飛ばす威力は消しきれずにそのまま王都の方向に向かって吹き飛ばされていった。
「ふぅ…今のガキ…なかなかに手強いな、次に会う時があれば跡形もなく消し去ってやろうぞ」
魔王はそうつぶやくと剣を収め骸骨馬にまたがりなおすと後続の魔族に指示を出し再び進行を始めた。
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••
「い、今、すぐ…逃げて、ください…あれは…私の知るお父様、では、ありません…あれ、は…魔王、です」
ウェスタは最後にそう言い残し再び気を失ってしまった。
「逃げれるわけ…ないだろ…。許せない、魔王…お前は、俺が絶対殺す。仇を取ってくる」
クロノは怒りに震え、魔王を殺すと覚悟を決めると、ウェスタを自宅へ運び母に任せるとクロノは飛び出して行った。
ルーデリア村をでてすぐクロノは魔王の軍勢を確認した。
すかさずクロノは勇者の剣を取り出しゲイボルグへと変形させ、狙いを定め、助走をつけて上空の魔王へ向けて投げ飛ばした。
するとゲイボルグは恐ろしい速度で引き寄せられるように魔王へと真っ直ぐ飛んでいき、魔王の心臓に命中し、内で爆ぜた。身体中から血を吹き出し骸骨馬から落ちていった魔王を追いかけつつクロノはゲイボルグを引き寄せる。
少ししてクロノが魔王が落ちた場所に辿りついた時そこで待っていたのは傷ひとつ無い魔王であった。
「残念」
魔王はおぞましい笑みを浮かべそこに立っていた。
「残念」とただ一言。魔王は確かにそこにいた。
確かに殺したはずなのに魔王は無傷でそこに立っていた。
魔王は遠目から見てもわかるほど明らかに死ぬ程のダメージを受けたはずだ。クロノが投げたゲイボルグが魔王の心臓に突き刺さり、更には穂先が内で爆ぜ身体中から血を吹き出し、空中の骸骨馬から落馬したのだ。だがしかし、魔王はそんなことは無かったとでも言うように「残念」とただ一言だけ発し気色の悪い笑みを浮かべたのだ。
「魔王、何故まだ生きているか分からないが別に構わない。何度だって殺してやる」
「残念。と言ったはずだが?1度俺を殺した武器は俺に対して二度と使えない。更には俺は6個の命がある。つまり勇者の剣を6本用意しないといけないわけだ。つまり貴様は詰みだ」
「そうか、それにしても随分と口が軽いようだな?魔族の王がそんなでいいのか?」
「俺を殺せるやつはこの世に存在しないんだ。いくら喋ったところで構わんだろう?」
「そうだな。だが、そんな減らず口を叩けるのは今のうちだぞ」
「何?」
クロノは手にしていたゲイボルグを勇者の剣へと変形させる。
「これで、2つ目だ」
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