序章 3 『境界の王国』
林道を駆ける馬車が1台。
その御者台には2人の人影があった。1人は一生褪せることの無い様な輝きを放つ黄金の髪と大空を映し出す空色の瞳の少女、もう1人は少女と対を為すような黒い髪に赤い瞳を持ち左手の甲に時計盤のような模様の痣を宿す少年。
その2人とはお察しの通りウェスタとクロノだ。
2人は旅人の町レベッカからマゴニア王国へ向け出発し、約半日もの間馬車を走らせ、もう少しでマゴニア王国が見えるという所まで来ていた。
「もう少しでマゴニア王国が見えてきますね、……あっ! そういえばそこにはかつての勇者にまつわる伝説があるそうですよ」
ウェスタは手綱を握る手で思い出した! というような素振りを見せて暇そうにしているクロノに話しかける。
「伝説?」
「ええ、なんでもかつての勇者がその地で新たな力を得た! とかその勇者の魂が眠っている! とか言われているようです」
「へえ、ドラゴンのことが終わったらそこの人に聞いてみるか。それにしてもウェスタって物知りだよな、どこでそんなこと知ったんだ?」
「そうですね……他言無用ですよ。捕まりたくないですし……」
なにやら意味深な間を開け、ウェスタが答える。
「わ、分かった……誰もに言わないよ」
「お願いしますね。私自身未だに何故あんな所に居たのか分かっていないものですから」
ウェスタはポツポツと話し始めた。
「私がこの時代にきて初めに目覚めたのは王都レグステリアの宝物庫の中でした」
「泥棒でもしてたのか?」
「そういうところですよ! そんなことする訳ないじゃないですか! いいから聞いてください」
ウェスタがプンスカ怒るものだからクロノは、まぁまぁ。と宥める。
それで気を取り直したのかウェスタはまた話し始めた。
「そして、その宝物庫の中には沢山の本があったんです。各地の伝説や伝承、歴史の本もありましたね。それは読めませんでしたが……。宝物庫の中で2日か、あるいは3日ほど過ごしていました。私が外に出れたのは丁度あなたが来た時でした」
「? 俺が来たこととウェスタが出れたことと関係があるのか?」
「はい。あなたの抜剣の儀には全部の兵士が来ていたのです。見ませんでしたか?」
「まあ、すごく多いとは思ったが……まさか全員だったとは」
「おかげで警備の手が薄くなったので脱出することが出来たんですよ。それにあなたも見つけられましたしね」
「やっぱり泥棒してたんじゃないか?」
「そんなことはしないですよ! 少しだけしか貰ってませんから。……あっ」
クロノは堪えきれず笑いだし、ウェスタもそれにつられて笑いだした。その声はしばらくの間途絶えることは無かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ここがマゴニア王国か……見渡す限り城壁で囲われているんだな」
クロノはマゴニア王国を中心に南北に広がる城壁を見てそう呟いた。
それは城壁というよりはただ、壁とだけ言った方が適切かもしれない。壁は見渡す限りどこまでも続いている。
「ええ、なにせここは魔界と人界を隔てる門の役割もしていますからね。街自体の規模はそこそこなものの、この南北に広がる城壁は世界の果てまで続いてるとも言われているようですよ」
「そんなに……!? 凄いな……。あ、あそこから入れるんじゃないか? アンヴァル、あそこで一旦止まってくれ」
クロノがアンヴァルと呼んだ馬にウェスタが手綱で意志を伝える。この世界の馬車は魔法で制御するように作られていて、手綱を通して馬との意思疎通が可能となっている。アンヴァルはウェスタの意思を受け取り、言われた通り門の前で制止する。
「ようこそマゴニア王国へ。入国するにあたってなにか身分を証明できるものはありますか?」
門番のその問いかけにクロノは左手の甲の紋章を見せる。
「これはこれは、勇者様とそのお仲間でしたか。話は聞いています。それでは、どうぞごゆっくり。八代目勇者ローラン フリックの出身地 マゴニア王国をお楽しみください……」
門番に促され馬車で門をくぐり抜ける。
「──おぉ……!!」
門をくぐり抜けて目に飛び込んできたのは中世ヨーロッパを思わせる赤レンガの屋根で統一された美しい街並みだった。門からの道は真っ直ぐに街の中心の広場へと繋がっており、そこには噴水と銅像が建てられていた。
「レグステリアもそうでしたが、人界の街並みは素晴らしく美しいものが多いですね……! 魔界にはこんな街は1つもなかったので感動です!」
ウェスタは目を爛々と輝かせ右へ左へ目を泳がせては美しいですね! だったり、素晴らしいです! などと呟き、興奮を隠せない様子だった。
「王国へ着いたはいいがどこへ行くんだ?」
「そうですね…私達の目的はドラゴン族の目撃情報を集めることなのでどこでもいいのですが、とりあえず馬車を置ける宿屋を探しましょうか」
幸いこの街にはそういったものの需要が高いのか馬宿を備えた宿屋が多く立ち並んでいたので、寝泊まりする所はすぐに見つかった。
「よし、じゃあ早速聞き込みと行くか」
「待ってください」
とウェスタが先走ろうとするクロノを引き止める。
「闇雲に探すのでは時間がかかってしょうがないです。なので今回は上空にドラゴンの影を出現させて人々の反応から前回現れた時に目撃した人を炙りだしましょう」
「そんなこと出来るのか?」
「ええ、光属性の魔法の応用ですよ。見ててくださいね、幻想を映し出せ!!」
すると上空に瞬く間にドラゴンの影が浮かび上がり、空を飛び回り始めた。
「ほら、こんな感じです」
「ほんとに凄いな……今度俺に魔法について教えてくれよ。使えないけど興味はあるんだ」
「かまいませんよ。ですが、今は目撃者を見つけるのが先です」
辺りを見回せば街は半ばパニックになりかけていた。それもそうだろう、片方は偽物だとしても短期間の間に超希少種であるドラゴン族の影を2度も確認することになったのだから。
耳をすませば、また出たのか……。や、この前のやつの方がおっきかった。なんて声が聞こえてきた。
「ウェスタ、あっちの方の人がなにか知ってそうだ」
「あっちにもいますね。二手に別れましょうか」
2人は二手に別れ、それぞれが見つけた人の元へ向かっていった。
クロノが見つけたのは1人の少年だった。
「ねえ君、前にもあんな感じのドラゴンの影を見なかったかな?」
「君だれ? まあいっか、うん見たよ。この前のやつはもっとデカかったんだけどね」
「どっちの方角に飛んで行ったかとかわかる?」
「うーん、どっちだろう……? あ、そうだ! 僕の友達にドラゴンについて詳しいやつがいるんだ! 今呼んでくるね!」
そういうと少年はどこかへ駆け出してしまった。
それから少ししてウェスタがこっちに戻ってきた。
「何かわかりましたか? こっちはとくに何も無かったです」
どうやらウェスタは収穫なしだったようだ。
「ああ、なんか詳しい子がいるって言ってどこか行ってしまったよ」
「では、暫 少し待ちましょうか」
2人は近くの段差に腰を下ろした。ふと空を見上げるとそこには既にドラゴンの影の姿は無かった。
「ドラゴンの影もういいのか?」
「ええ、今回で何も得られなければまたやるつもりですがね」
ウェスタはふふっと笑うと暇つぶしになにか話しましょうかと言って俺達は時間を潰した。
やがて待つこと約半時、ついに先程の少年が戻ってきた。
「お兄さん連れてきたよー!」
「俺がドラゴン博士ことマルクだ。よろしく」
ドラゴン“博士”などと言うから大人が来ると思っていたが来たのは子供だったためクロノ達は半信半疑だ。
「俺はクロノ、こっちの女の子はウェスタだ。よろしくな」
俺に習いウェスタもよろしく……と小さく言う。どうやら同年代(この場合は見た目的な事だが)の子供は苦手なようだ。
「それで、何が聞きたいんだ? このノエルは要件を聞かないでついてこいとしか言わないものだから参るよ、ほんとに」
どうやらマルクを呼び出してきてくれた子はノエルという名前のようだ。
「ドラゴンがどこに行ったのかが知りたい。あと、この辺りにドラゴンの住処があったりしないか? ってことが聞きたいんだけど……」
「ドラゴンの住処ならあるぞ」
「本当か? どこ!?」
「まてまて、落ち着け。住んでいると言われているだけだけどな。この街の地図、持ってるか? 印つけてやるよ」
「あ、持ってない……」
「お前旅人だろ? もっと自覚持った方がいいと思うぞ。地図は冒険には必須のアイテムだ。まぁいい、なら俺が案内してやるよ」
前にウェスタに言われたことと同じようなことを言われ、クロノは少し凹む。
「本当か? よろしく頼む、俺はクロノだこっちは…」
「ああいい、いい、それさっき聞いたから。少し準備があるから30分後にここで集合だ。あ、ノエルはもう帰って大丈夫だぞ」
「じゃあ途中まで一緒に帰ろよ」
2人の少年は先程来た道に戻って行った。
「なんていうか、あなた……見下されてましたね……」
「……」
「もう少し勇者として威厳のある行動を心掛けましょうね。いくら精神年齢が生後1週間程度だとしても外見は12歳の少年なんですから」
「……うう、わかりました……」
子供には絶対ナメられないようにするぞ! と決意を固めるクロノであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
クロノが決意を固めてから約半時後、マルクが戻ってきたが、そこで1つ問題が発生した。
「よし、揃ってるな? 行くぞ」
「ちょっと待った! マルク君…」
「なんだ?」
「俺はこれでも勇者なんだ。もっと敬ってくれてもいいのだよ? それにどうやら君は年下じゃないか。年上で、しかも勇者だ。そう少し尊敬してくれていいのだよ?」
ウェスタのアドバイスを180度間違えて捉えていたクロノはこれでもか! という程にイキリ出したのだ!
「クロノ……それはちょっと違います……」
それを見たウェスタが頭を抑えため息をつく。
「はぁ? お前それはさすがに冗談だよな? それが本当だとしたら世界は今代で滅びるのか…?」
「…っ!! そんなに言うのなら」
「はい! もう終わりにしましょう。お子様はお子様同士仲良くしましょうね?」
「「は、はい」」
ウェスタの静かな怒りに2人とも従う他無かった。
マルクの先導の元街中をしばらく歩くと1つの大きな穴が見えてきた。
「ここは?」
「ここはドラゴンが眠るとされている祠だ。かの英雄ローラン フリックもこの場で力を得たとされている」
「確か……八代目の勇者だったか、本当にここにドラゴンが?」
「この前街の上をうろついてたやつがいるかは分からんが、この祠にはドラゴンが眠っていると昔から言われていた。出てきたら何があったか教えてくれ」
「マルクは入らないのか?」
「街の掟でな、この街の住人は入れないんだよ。頼んだぞ」
と言うとマルクは穴の脇にバッグから取り出した折りたたみ式の椅子と本を取り出しくつろぎ始めた。準備、というのは探検の準備ではなく待つための準備だったようだ。
「あぁ、そうだ忘れてた、これもっていけよ」
そういいマルクがカバンから取り出したのはライムグリーン色に輝く宝石だった。
「これは?」
「それはこの祠の中で必要になるものらしい。俺のご先祖さまから代々引き継がれて来たんだ。十二代目の勇者に渡すように言われてな」
「そうか、その話後で詳しく聞かせてくれないか?」
「ああ、いいぜ」
クロノとウェスタはマルクに行ってくると言うと穴の奥へと進んだ。
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