弐章 6 『赤い眼の勇者』
前回はバレンタインということでクロノとウェスタの現実世界での話を書いてみましたがどうでしたか?
まだ見てないよって人がいるかもしれませんが、本編には関係してこないので暇な時で大丈夫ですよ。
では、弐章の6も楽しんでくださいね。どうぞ!
《この先、人間入るべからず》
第三層と思われるその部屋の扉にはその一言が大きく書かれていた。
「なんだ…これ?」
その文字を見て思わず声が出る。
「人間…?なら、魔族である私なら行けますかね?」
遅れて到着したウェスタが眉を寄せながらそう言った。
確かに、魔族であるはずのウェスタならこの扉を通ることは出来るかもしれない。ここは1つ任せてみよう。
「ウェスタ、この部屋に入って中の様子を確かめるのを頼めるか?」
「わかりました。では、行きます」
ウェスタは緊張した面持ちでドアノブを回す。
随分長いことこの扉は使われていなかったようで、ギィィと音を立ててゆっくりと開く。
部屋の中からは光が飛び出し、逆光で中の様子は確認できない。
「クロノ、少しの間ここで待っていてください。すぐに戻ります」
俺はウェスタがその部屋に入るのを見送る。
ウェスタの体が完全にその部屋の中に入るとヒュオオと風が音を立てて吹き、扉がバタンッと閉まる。
《この先、人間入るべからず》
その文字が再び目の前に現れた。
俺はウェスタを待つために、その場に座り込んだ。
◇
光で溢れる部屋へと足を踏み入れた。
完全に室内に入ると不思議のその光は和らぎ、その部屋の全容を照らし出す。
部屋の広さは初めにヒュードラと戦ったドーム状の部屋と同じくらいだ。だが、この部屋は他とは決定的に違うものがあった。
この部屋には1つの祭壇があった。
その祭壇はマゴニアで見た龍の祠のものよりもさらに立派な作りであり、左右にはそれぞれ1体ずつの石像が立っている。左に立つ石像は屈強そうな髭を生やした猛々しい男性の像で、右に立つ石像は細身の女性の像だった。
その部屋にはそれだけがあり、他には何も無い。
ウェスタは祭壇へと足を運ぶ、するとどこからか声が聞こえてきた。
『よく来た、選ばれし希望の娘よ。ここは過去の祭壇、ここは祈った者が忘れてしまった過去を思い出させる場所。さあ、汝は何を忘れた?思い出すことが目的ならば祭壇の水瓶へ供物をし、頭を垂れよ』
その声は男とも女ともつかない声だ。
「過去の…祭壇……。忘れたものを思い出せる……?」
ウェスタの記憶は不完全だ。
その全てにウェスタが気付いている訳では無いが、どこか本能でそのことを感じとったのだろう。
ウェスタはおもむろに短剣を取り出すと手を薄く切り、その血を祭壇の水瓶へと落とした。
するとその水瓶が淡く発光しだした。
ウェスタは祭壇の中央へ移動し、頭を垂れた。
意識が薄れる。声がした。
『選ばれし娘、希望の娘。汝が全てを思い出す時、運命の歯車が動き出すだろう』
……………………………
…………………
…………
……。
「──起きろ、起きろウェスタ」
聞き覚えのない男の声が聞こえる。
私は目を瞬かせ、周りを見る。
ここは馬車の中のようだ。周りには私以外の3人の人間がいた。私はそのうちの1人に見覚えがあった。
「クロノ?」
初めに私に声をかけた男は黒髪に赤い眼で、クロノのように見えた。だが、
「クロノ?誰だ?俺はそんな変な名前じゃないぞ。…まさか、忘れたのか?」
男は困惑している私を見て苦笑する。
「まったく、ウェスタってば忘れっぽいんだから」
声のした方を見ればそこにはつばの広い帽子を被り、黒いローブを着た地味な格好をした、しかし綺麗な女性がいた。
「あの、なんか記憶が混乱してて…名前、を……」
そんな私の様子を見て他の3人は顔を見合わせる。
そして3人は大笑いし始めた。
「ちょ、え、なっ、なんで笑うんですかっ!?」
「いやー、ウェスタありがとうな。みんな緊張してたから…。まあ、記憶が無いならとりあえず自己紹介しとくか、俺はこのパーティーのタンクを担当しているアルゴス モナスだ。そしてこいつは」
アルゴスは先程の女性を指さす。
「私はこのパーティーの魔法担当!…って言ってもウェスタには叶わないけどね…。まあいいわ!私の名前はキュレス ローゼよ、もう忘れないでね。そして最後に」
──キュレス…?聞き覚えがある。確か魔法の始祖の名前だ…それに、ローゼって……。
その思考を1つの声が遮る。
「やっと俺の番だな、俺はアリアス ラミアスだ。龍王様によって使命を全うできると判断された選ばれし勇者だ。以後お見知り置きを」
そのキザったらしい態度に私はうわーという顔をする。
「ああ!やめてウェスタ、可哀想な人を見る顔でこちらを見ないで!………って、やだなぁ、冗談だよ。記憶が混乱しててもいつもの反応してくれるのかなっていう、ね?まあいつも通りで安心したよ。じゃあウェスタ、今俺達が何をするために集まってるか説明するよ」
アリアスはすっ…と真剣な顔に戻ると、今何が起きていてなんのために旅をしているのかを教えてくれた。
アリアス達は西の大地を統治しているある男を倒すために今まで旅をしてきたそうだ。彼らはその男を倒せる程の力と仲間を手に入れて今、この馬車でその男が待つ城へと向かっているそうだ。
「どうだ?思い出せたか?」
「いえ、、、何も、、、」
「そうか…、まあ安心しろ。その男の相手は俺がする。お前達はそこまでの道を切り開くのと俺の援護を頼む」
「わかりました」
「うん、うーん…ウェスタ、敬語はあんまり慣れないからもうちょっと砕けた感じでお願い出来るか?」
「わかりま、わか、オーケー…です。あ、お、オーケー」
「はは!まあ、あんまり無理すんなよ」
「はい…や、うん」
それから城に着くまで3人は色んなことを話してくれた。
アルゴスが街に攻め込んできたオーガの群れを足止めしたこと、キュレスが魔法の基礎を確立し王国に栄誉を称えられ、魔女の称号を貰ったこと、アリアスが加護を覚醒させ100万の軍勢を1人で殲滅した時のこと、アリアスの婚約者がエルフの森で待っているということ。
この世界のことも教えてくれた。
今この東の大地には××××××という王国と東の果てのエーリス砂海をさらに越えた先にあるチンロン王国の2つがあるだけだということ、この世界は龍王が創り出したということ。どれも興味深い話だったが時間があまり無く、踏み込んだ話を聞くことは出来なかった。
不意に馬車が止まる。
どうやら目的地の近くに辿り着いたようだ。
私達は荷物をまとめて馬車から降りた。
「おつかれアンヴァル、あとは好きにしていてくれ。また迎えに行くから」
それを聞いた雄馬は来た道を引き返していった。
「え……アン、ヴァル?」
その名前は迷宮に着いたあとマゴニア王国まで引き返させた愛馬の名前と一致していた。それは偶然か…はたまた必然か…?
「どうしたウェスタ、覚えているのか?」
「いや、なんでも…ないよ」
「そうか、悩みがあるなら言ってくれよ。俺達は仲間だ、仲間ならお互い助け合うのは当たり前だからな」
その言葉に他の2人も頷く。
私はそれを見て、今は余計なことを考えている場合ではないと感じ、考えることを後回しにしようと決めた。
◆
ウェスタが部屋に入ってから約1時間が経った。
暇を持て余した俺は二層を探索していた。
一見すればなんの仕掛けもないつまらない迷宮。
だが、それは表面だけの話だ、ここは何かを隠している、そんな気配がする。
その正体を見つけたくて俺は探索していた。
この階層にはケマイラ以外の生き物がいない。
1つ収穫があったとすれば…
俺はポケットから宝石を取り出す。
それは紫色に淡く輝く美しい宝石だ。
これはケマイラの腹の中で見つけた、恐らくはこの宝石を持っていた者が食われてしまったのだろう。
残念でならない。だが、そのおかげで俺はまた新たな力を手に入れることが出来る。
ここを出れたら一旦マゴニア王国へ帰ろう。
俺はそれをもう一度ポケットにしまうと再び歩きだす。
「ん…?」
ふと、壁の一部が壁ではないことに気付いた。
その場所に手を伸ばす、壁に当たるはずの手は壁を素通りした。そのまま腕を奥へと入れる。それもしっかりと入った。差し込んだ腕を一旦抜き取ると、俺は装備がしっかりしていることを確認し、思い切ってその壁へと飛び込んだ。
「これは……!?」
壁の向こう側には見覚えのある祭壇があった。
ウェスタの過去編来ました。
クロノと同じ黒髪に赤い眼の勇者、ウェスタは何故勇者と一緒にいるのか、キュレスについてなど色々出てきましたが、それらは今後分かることでしょう。
キュレス知らない人がいるかもしれないので一応触れておくと、番外編1『魔法について教えてくれ!』でサラッと出てきましたね。
なにか細かい質問があれば僕のTwitter
→@Amane_haruka_nにDMでも送ってくれれば答えるかもしれないです。
それでは次回お楽しみに( ¨̮ )