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時の勇者の伝説  作者: 雨音 陽香 編集:M
弐章  『死の迷宮と記憶の欠片』
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弐章 5  『血濡れの静寂』



 ◇


──左っ!!?

飛んできた拳を咄嗟に受け止める。


『…ぐっ……』


右手が折れた。

この辺りを凍り付かせてしまえば勝負は早いがそれは出来ない。なぜならクロノが巻き込まれてしまうかもしれないからだ。

だから今は範囲を広げたバリアによって敵の動きを察知し、隙を見て攻撃するしかない。

幸い敵の右手は既に崩壊させたからあと一本の腕をどうにか出来ればこの窮地を逃れることが出来るだろう。

ただ──この空間では相手を認識することが出来ない。

相手の攻撃が来るタイミングでその拳を受け止める必要がある。だが、この悪魔は強すぎる。防ぐだけでも手一杯だ。

──また左っ!!

今度はその方向へ火の玉を放つが、その魔力は塵となり効果を発揮しない。無理やり伸ばした右腕の骨がさらに粉々に砕け散る。


『…う、うぅぅ………!!』


やはりそうだ、この場所では火や光や治癒といった光源が必要な魔法が使えない。そして何故か土も使えなかった、恐らくそれはこの空間の材質のせいだろう。だからこの場で使えるのは水、風、闇、氷だけだ。だが氷はあの技以外はあまり強くはない。実質使えるのは水、風、闇だけだ。

闇は触れる必要がある。水はここが水没する可能性がある。なら私の取るべき選択肢は──。


風よ切り裂け(ウィンドファング)!!』


先程手が伸びて来た方向へ風の刃を放つ。

当たったのかすら分からないのが痛いところだが、これだけ放てば少しは時間が稼げたはず。今のうちに距離を──


『っ…!』


ドンッという衝撃がして後ろに吹き飛ばされる。

1回、2回と何度も地面を跳ねて、転がる。


『うっ…あっ…ぐ………』


…体が、動かない。力も……入らない。

これは、背骨が折られたな…

ダメだ…勝てる気がしない……

相手はただ闇に潜んでいるだけなのに……

まさか、相手には私が見えている…!?

そう、なら、勝ち目はないわけだ……

体も動かない、敵にはこちらの動きはお見通し、意思の疎通もできず、パートナーも見失った。

…ああ、私はダメだな……

守ると約束した人の役にも立てず、こんなところで死んでいくなんて……

でも、せめて……最期に…………会いたかった…。


『あなただけは、生き残って……』


衝撃が、ウェスタの顔面を砕く。

何度も、何度も、弄ぶように、

与えられたおもちゃで遊ぶ子供のように、無邪気に、無意味に、無作為に、無分別に、無差別に、無思慮に、無反応で無抵抗なウェスタを何度も、何度も、壊す、壊して、壊す。叩かれる度に体は跳ね上がり、血を、内蔵を、肉を、骨を、命を、魂を零す。

血が噴き出し、肉が爆ぜる。骨は砕け、原型を留めない。

何度も、何度も、何度も、何度も──



靴裏を何かが濡らす。

気持ち悪いねっとりとした感触が靴裏から離れない。

靴裏を拭い、匂いを嗅ぐ。


『──血!?』


気付くとそこには血の海が広がっていた。

この辺りでなにかがあったんだと確信し、警戒する。

剣を杖代わりにして、じりじりと移動すると、血の海が波立つ。まだ新しいもののようだ。

これがウェスタのものではなくあの手の持ち主のものだと祈る。ウェスタはきっとまだどこかで生きているはずだ。そう、信じたい。だが、この平衡感覚の欠如…それはウェスタが俺への魔力供給をやめなければならないほどの強敵と遭遇したか、死んでしまったかのどちらかだ…。

それにこの血だ、これがウェスタのものだと仮定すると、死んでいる可能性の方が高い。俺は、また、守れなかったのか…?守るって約束して、背中を任されて、大切だと言われて、でも、それでも俺は……何も、救えなかったのか?俺は…俺は………!!


『ぁ?』


何かが足にぶつかった。

俺はそれを屈んでそれを見る。

それは恐らく、ウェスタだった。

恐らく、というのはそれが跡形もなくなるほどぐちゃぐちゃにされていたからだ。だが、それが身につけているコートは明らかにウェスタが着ていたものだ。間違いない。

ウェスタはもう、死んでいた。


『あ……ぁあ……あぁぁあぁあぁあああああああ!!!ウェスタ!!ウェスタ!!ウェスタ……………………。ごめん、ごめん……!俺が、弱いから。俺が、頼りないから。俺が、君の大きすぎる背中を守れなかったから。ごめん、ごめん………………』


俺はそれを抱き抱えながら泣き叫んだ。


『あ、あぁ……。…………もう、いい、どうでも、いい、代償なんて知ったことじゃない。この未来を、この結末を、変えられる所まで、ウェスタを救うことが出来るその時点まで、戻れ……時間よ──』

その時後ろから何かが来ることを察知した俺は反射的に倒れながら剣を抜き、自らを守った。

大きな衝撃が剣を通して体へと伝わる。


『ぐ…っ…うぅ……』


あの手だ…。さっきの、あの手だ。

そうか…こいつが、ウェスタを、殺したのか…。

……そうだ、こいつを殺してから戻ろう。

そうすれば、後でもしここに来ることになったとしても同じ方法で殺せる。

─来るっ!!

再び飛んできた拳を今度は受けるのではなく、受け流した。

腕が伸びきり、がら空きの胴がさらけ出せているのを感じる。

いける、殺す!

剣を構え、胴があるはずの場所に突っ込む。

だが、


『ぐっ、ぁっ………!!!』


強烈な膝蹴りに晒され、内蔵が潰れる感覚が残る。

─ああ、もうダメだ。どうしようもなくダメなんだ。どう足掻いたって1人ではこの悪魔には勝てない。大人しく戻ろう、ウェスタを助けるために。


『ッ!!時間よ……戻れぇぇええ!!』


視界が白む。

最後に、見てしまった。悪魔の手が俺の体を貫くのを。

あぁ、──意識が飛ぶ。



  ◆◇◆◇◆◇◆


「クロノ、大丈夫ですか?」


早朝の鳥のさえずりのように綺麗な鈴の声音が俺の覚醒を促す。

起きて初めに感じたのはこの迷宮内に似合わぬ柔らかさだ。不思議に感じ、立ち上がろうとする。


「あっ、待ってください」


目を開けるとそこには透明感のある色白な肌に紅を差したウェスタの顔が目の前にあった。


「ウェスタ…一体、何を?」


「こんな硬いところで寝ていたら体を壊してしまうと思って…膝枕です。あの、その…あまり見つめないでください!…………それよりクロノ、どうして…泣いているんですか?」


「ぁ、え?」


本当だ。ウェスタの言う通り、泣いている。涙が止まらない。


「ぁ…れなん、で……?」


「なにか、怖い夢でも見ていましたか…?無理しなくて大丈夫です。クロノは私のパートナーですから、今は私が守ってあげることが多くても、後々クロノが私を守ってくれたらそれで問題は無いんですよ」


ウェスタは綺麗な白い歯を覗かせてニッと笑う。


「いや、ダメだ。俺がウェスタを絶対に守る。もう二度と、あんな思いはしたくない…!!」


「クロノ…?」


「あぁ、いや、すまない。どうかしてたみたいだ。……ところで、今ここは第何層だ?」


「…? 今は第二層のケマイラを倒した後です。私がケマイラを倒して戻ってくるとクロノがぐったりして倒れていたのでこうして…膝枕……をしてました」


「そうか、ありがとうウェスタ。心配かけて悪かった。もう心配はかけないよ。さて、どうしようか…」


再びタルタロスに戻るのもいいが、あの暗闇と悪魔の打開策が見つかってない以上は無駄足となるだろう。

ならば。


「ケマイラを倒したら一層の時と同じように部屋の奥に階段が現れたのでそこに行くのはどうですか?」


「ああ、それがいい。そうしよう」


俺達はその階段へ向かうことにした。

先導するウェスタを見る。

血塗られていない綺麗な髪、一滴の血も付いていない綺麗な服、無事で元気なウェスタだ。今度はウェスタを必ず守る。あれ……?そういえば、代償が…無い……?

俺は体を見回す、何も異常は無い。

いや、一つだけあった。この時点ではその効力を1度しか発揮していないはずの絶守の指輪に2本目のヒビが入っていた。この指輪が代償を受け止めた…?それならこれを温存しておけばあと1回…いや、ウェスタのも借りれたらあと4回は代償を受けずにあの権能が使える…?そんなに使えるのなら、ウェスタを救ってこの迷宮から脱出する事も容易いだろう。


「クロノ?なにかありましたか?」


立ち止まって考え込んでいた俺にウェスタが心配そうに声をかける。


「いや、なんでもないよ」


そう言って俺はウェスタの元へと駆け出す。

横へ並び立ちウェスタを見つめる。

綺麗な顔だ。


「あの…そんなに見つめないでくださいっ」


「ん、あぁ、すまない。じゃあ行こうか」


俺達は再び歩き出す。


そう、タナトスは言わなかった。

こちらが不正解だとは、ならこちらにも可能性があるはずだ。

階段を進む。見たことの無い新たな空間を目指して、ゆっくりと進んで行く。


階段を降りた先には、1つの部屋があった。

その扉には大きくこう書かれていた。


《この先、人間入るべからず》

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