弐章 3 『VSケマイラ』
ヒュードラを見事撃退した2人は部屋の奥に今まで無かった穴が空いているのを見つけた。
「クロノ立てますか?」
「ああ。だけど、まだ少しフラフラするから肩貸してもらってもいいか?」
クロノはウェスタに肩を貸してもらい、立ち上がる。
「あの穴……さっきまでは無かったですよね?」
「行ってみるか?」
「他に進めそうな場所はありませんし行ってみましょうか」
2人は1歩ずつその穴へと近付く。
その穴の内部は人1人がギリギリ入れるという程の狭さでその先には下へ続く階段があり、その先からは一層の比にならない程の凶悪な死の気配が漂ってくる。
「ウェスタ、もう大丈夫だ。この狭さなら1人でも行ける」
「では、私が先導しますね」
ウェスタはクロノを降ろし壁に寄りかからせると、先に階段へと進んで行った。その後を追うようにクロノが壁を伝って一緒に降りて行く。
階段は螺旋状になっておりその長さはかなりのものだった。
「こんなに降りるってことはウェリトン王国ってかなり低い場所にあるんだな」
「いえ……、ここは恐らく、現実世界とは異なる異空間だと思います。この嫌な雰囲気や何も無いのに感じる死の気配はこの『タナトスの魔宮』そのものが発するものだと……。期限は3日だと言われましたが、一刻も早く外の空気を吸いたいですね」
「異空間か……なら階段を下り始めてからずっと聞こえてくる誰かの声もそれのせいなのかな」
クロノは二層に入ってからの変化をウェスタに告白した。
「声……ですか?」
「ウェスタは聞こえないのか?ほら、今も、こっちへ来い……こっちへ来い……ってずっと誰かに囁かれ続けてるんだ」
「私には何も……。魔法で耳でも塞ぎましょうか?」
「いや、それが意味無かったんだ。耳を塞いだ途端頭の中に直接響くような、そんな感じに切り替わって……耳を塞ぐのは直ぐにやめたよ。まあ、長くてもあと2日頑張って耐えれば解放されるだろうし大丈夫だよ」
「だといいんですけどね……。とりあえずクロノ自身が大丈夫だと言うのなら気にしないでおきましょう。でも、きつくなったら言ってくださいね。私はあなたのパートナーなんですから」
「ああ、その時は任せるよウェス……いや、パートナー!」
クロノはグッとサムズアップしてみせるとウェスタを安心させるようにいつもより空元気にさあ冒険だ!と叫び進むのだった。
一層と同じように何もない迷宮内を進んでいく。
「なあウェスタ、あまりにも何もなさ過ぎないか?」
「ですね……。本当に魔獣と戦うだけが試練なんでしょうか?」
「まあいいか、今はこの扉の先にいるやつを倒すのが先だな。その後ここのことを考えればいい」
「じゃあ……開けますよ」
「ああ」
あらかじめ剣を構え、扉を押す。
ぐぐぐ……と少しの抵抗があった後扉は滑るように開いた。
次の瞬間──部屋の中からとてつもなく大きな炎がこちらへ向かってきた。
「反射せよ!!」
咄嗟にウェスタが反応し、炎を弾き返す。
弾かれた炎と後から来た炎が相殺して炎は鎮まった。
「これは……今度の魔獣も相当手強いかもしれませんね……」
「ああ、油断するなよ」
2人はそっと部屋に入り込む。
すると部屋に灯りが灯り、見えたのはサイの頭にドラゴンの胴体、それに毒蛇のしっぽを生やした魔獣だった。
口元から炎の残滓を吐き出しながらこちらを警戒している。
「あれはケマイラです。……魔界にもいましたがドラゴンの胴体を使っている種類は初めて見ました……。警戒してくださいクロノ。ケマイラは食べた生き物を体に現出させる特性があります。つまりこのケマイラは──ドラゴンよりも強いです」
ケマイラは咆哮しこちらへ突っ込んでくる。
これをチャンスと見たクロノはギリギリで避けて切りつけてやろうと考えた。だが、それは甘すぎる考えだった。
クロノが今だっ!と飛び退いた瞬間、ケマイラは消えた。いや、消えたのではない。見えなかったのだ。ケマイラは一瞬にしてクロノに迫るとその凶悪な爪を振るう。
クロノは3枚におろされた。しかし、絶守の指輪によってその攻撃は無効化され、攻撃を受けた感覚だけが残る。
「うぁぁあああ!!!」
クロノは自分の身に降りかかる痛みのない痛みにうなされる。痛くないのに、その切り裂かれたという感覚が精神をおかしくさせる。
「クロノ!?」
クロノの変化にウェスタはすぐに気が付いた。急いで援護しようとするウェスタだったがその光景を見て考えが変わった。
狂いかけるクロノが必死に振る剣を、ケマイラは一切気にしていなかったのだ。当たっていない訳では無い。普通の魔獣ならば殺してしまうほどの剣をケマイラは無視し続ける。
効いていないのだ。剣がまるで意味を生していなかった。
おそらくは……そう、ドラゴンの鱗。神位級以上の魔法以外の全てを防ぐ鱗だ。
ウェスタはクロノの元へ着くと事情を説明し、部屋の外へ離脱させる。
ウェスタとケマイラの一騎打ちだ。
「さあ、かかってきなさい。あなたの全てをねじ伏せてあげます」
ウェスタは手始めに自分が使える神位級魔法の中で1番弱いものを使ってみることにした。
「──地母神よ」
ウェスタの周りに部屋中の精霊が集められて行く。
「聖なる大地を踏み鳴らす不届き者へ罰を」
ケマイラの炎を、毒蛇を躱しながら詠唱を続ける。
「今、大地の怒りをこの振動に乗せ現出させよう」
ウェスタは高く飛び上がる。
「神の怒り!!」
大地が抉れ、崩壊し始める。
上下左右に大きく揺れ、立っていることを困難にさせる。
倒れた者は地面の崩壊に巻き込まれ、落ちてゆく。
この世のどこともしれぬ底なしの穴へ。
ケマイラは必死に飛ぼうとする。ウェスタはすかさずその翼を火で炙った。しかし、やはり上位級程度では歯が立たないようだ。
やがて崩壊は止まり、地面は元に戻った。
ウェスタは地面に着地する。
「なかなかやるじゃないですか。まあ、直接攻撃にしなかった私のミスでもありますね。では、次は決めさせてもらいますよ」
ウェスタが1歩踏み出す。
辺りの空気が一瞬にして冷やされる。
「見せてあげましょう。私のオリジナルの神位級氷属性魔法を、全てが凍る氷の世界を」
ウェスタが1歩踏み出す事に辺りの温度が下がる。
1歩、2歩とケマイラに近づく。
ケマイラは足が凍りつき動きを封じられた。
なおも近づく。そして手を伸ばせば届く場所まで到達した。そしてウェスタはケマイラの鼻に手を置く。
そして、たった一言の詠唱。
「──冷酷な死の宣告」
世界を凍らせる冷気が顕現する。
ウェスタの手から発生する冷気は先程まで生きた体温を保っていたケマイラを一瞬にして氷の彫像と化した。
ウェスタが魔法を唱えると共に発生した吹き荒れる吹雪がケマイラを崩壊させていく。
氷の彫像と化したケマイラは粉々に砕け散った。
その様子を見届けたウェスタはその場に崩れ落ちる。
「はぁ……はぁ……。やはり、負担が大きいですね……。まだまだ完成には程遠い……です……」
相手だけではなく自身の手や足まで凍りついているのを見てそう嘆く。
炎を出し、手足を溶かして元通りにするとウェスタはクロノの方へと向かった。
「クロノ!大丈夫ですか!?」
「ああ、おかげで良くなった」
部屋の入口から出てすぐのところにいたクロノはひどく気分が悪そうにしていた。
「体調が優れないならこのままここで……」
「何言ってるんだ。もし魔法が効かないやつが現れたらどうする?それを埋めるのが俺の役目だ。俺達はパートナーなんだから……」
そう言うとクロノはゆっくり立ち上がる。
立ち上がったクロノはどこかへ歩き出した。
「クロノ……どこへ?」
「ああ、呼ばれてるんだ……。こっちが出口だって教えてくれてるんだ」
「教えてくれる……?誰が……ですか?」
「分からない。分からないけど、こいつは信用出来る。ウェスタも着いてこいよ」
「行きませんよ。早くケマイラの部屋の先のところから先に進みましょうよ」
ウェスタが何を言おうとクロノは止まってくれない。
ウェスタ は我慢しきれなくなりクロノの左腕を掴み、引っ張る。引っ張って連れ戻す。……不意にその重さが消えた。
見ればウェスタが持つのは手だけのクロノだ。血が吹き出すそれはたった今切れたことを簡単に想像させる。
「え……クロ、ノ……?」
ウェスタが周りを見渡すとすぐそばに倒れ込んだクロノがいた。その顔は不気味な笑みに染まっていた。
ウェスタは急いでクロノの腕を応急処置した。
切断された腕等は治癒魔法でも治すのに時間がかかる。綺麗に治らないことも多いが、応急処置をきちんとこなしていれば少なくとも変に治ることは無い。
ウェスタの持っていた短剣を添え木代わりにし、持っていた包帯で固定する。
「なんでこんなことを……」
「呼ばれてるから」
虚ろな目のクロノには何を言っても分からないようだ。だからといって無理やり連れていこうとすれば何をしでかすか分からない。
仕方なくウェスタはクロノが行きたがっている場所に行くことにした。
五分ほど歩き到着したそこにはひとつの大きな穴が空いていた。
「この中だ……。行くぞ」
「ちょっと待ってください……。これって、初めに言っていたタルタロスの穴ですかね……?確か……覗いてはいけないと」
ウェスタがクロノの方を見るとクロノはその穴を覗き込んでいた。次の瞬間、クロノの姿がその穴に呑み込まれ消えていった。
「え……?」
ウェスタは思わず言葉を失った。
だが、そうしてはいられない。ウェスタも覚悟を決め、その穴を覗き込んだ。
『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ』
声がした。あの声だ。だが、もう遅い。
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