第五話「お前は誰だ、答えは……」
さて、それではクルクスさんの元へ向かうぞ。と、いうわけにはいかず。
セレメアが言うに、クエストの完了報告が必要らしい。そりゃそうだ、ゲームではないのだから、トロフィー確認してクリア、なんてことは起きない。
御役所──正式名称は冒険者管理協会出張所というらしい──は宿をとった街にある。そこにクエスト完了の届出と、死骸等の回収を手続きしなければならない。
つまり、創作でよく目にするあの酒場とかが併設している冒険者のお助け施設、だろう。
記憶を失ったことや、その知らない知識に関するドタバタで余裕がなかったが、そもそも俺は今異世界にいるのだ。そこに気分の昂揚がないと言えば嘘になる。
めくるめく冒険譚にときめく少年だった、ドキドキとワクワクを体験してみたいと思っていた。高校生にもなってまさか叶うとは。
まあ、一通りのドキドキワクワクは終わっているようなので、今更スライムとか(いるかは分からんが)、狩ってランクを上げてというのはないだろう。そもそもSランクらしいし。
「さて、今から長い報告作業が待っているのだけれど」
「ああ、任せてくれ」
件の冒険者管理協会出張所、その建物──木造の二階建てで、様式こそ分からないが、凝っているというのは分かる、力のある組織なのだろう──の手前。
大変というなら尚更手伝う必要がある。ベルのおかげで文字も書けるらしいし、迷惑をかけてばかりだったが晩回できそうだ
「いえ、あんたには何もしないで欲しいの」
「……筆記用具を壊したりしない! きちんと力加減はする!」
「違うわ、その対策も必要だけれど。考えてみて、あんたはSランク冒険者……つまり何度も死線を、クエストを潜り抜けた猛者なの」
「それは、自覚はないけれど、分かる」
「じゃあそれがクエストから帰ってきて慣れてるはずの書類の記入で隣のこ、恋人に『これはどうするんだ?』『この意味って?』『あと何を書けばいい?』、誰だってなんかあったって気づくわよ」
言われてみれば、記憶を失っていると吹聴しているようなものだ。
「Sランク冒険者っていうのは、とんでもなく強くて、だいたいが地位や名誉、資産を持ってるわ。そんな人になんかあったら、付け入る隙を与えているようなもの、知らない間に親戚が増えて借金肩代わり! とかそういうことに成りかねないのよ! 記憶がないからって好きに!」
「あの、セレメアさんは自分の言ってることに何か感じないのかなって、ベルちょっと心配になりますよ」
「……ともかく、あんたが記憶を失っていると、仲間はともかく、他のやつに知られるわけにはいかないの。あんたを守るためにもね」
「理解した、それならどうすればいい?」
「私達は大概個室でそういう処理をするのだけれど、一緒に個室行って片方が何もしないってのも怪しまれるわ。かと言って街を散策させてもトラブルに巻き込まれかねないし、いざというとき私が対処できない。だから、中に併設されている休憩所で待ってて欲しいの、軽食程度ならタダで用意して貰えるわ」
「へえ、サービスがいいんだな」
「上位の冒険者だからよ、そこら辺の冒険者は普通にお金払って利用してる。ベル、あんたが注文したりしてボロが出ないようにサポートしてあげて」
「はい、分かりました! パラリラホイッ!」
指示を受け取ったベルが目覚めた時に見せたような動きをすると、俺の手に木の板となにかの金属で出来た大きめのタグが現れる。
「これは、なんだ? 俺の名前と……ギルド名『超越の勇士』?」
「それは冒険者の証です、単純にタグとも言われてます。ギルド名はベルたちのギルド、『超越の勇士』のことですよ!」
「何度聞いても、ヒロイック過ぎる名前よね……魔王を倒した今となっては過言じゃないのがすごいけど」
「確かに、少し聞いてて恥ずかしいかも。誰がつけたんだ?」
「ミナトさんです」「あんたよ」
せめて異世界ということで思わずテンションが上がっていた時か、それとも酔ってる時か、そうした際に付けた名前であってくれと知らない自分に願う。
確認を済ませた後、中に入り、セレメアとは別れる。
一度来たことがあるそうだが、今の俺には分からないためベルに先導してもらい、休憩所であろう席に座る。
こうしたところのイメージだと酒を飲んでいる冒険者が溢れているイメージがあるが、時間の関係かあまりそういった類は見受けられず、数組が話し合いに使っているくらいなものであった。書類を手にした者もいるので、もしかしたら同じように報告をしようとしているのかもしれない。
宿屋ではなにやらドロドロとしたスープとパンと、あとサラダを食べたが、ゆっくり味わっている状況じゃなかったため、楽しみだ。朝の会話からするとそう味覚も変わっていないようであるし、それに、わざわざマズいとサラダへ感想を持ったということは、逆接的に美味しいものだってあるということ。
「なあ、ベル。俺がよく食っていたもの、注文してくれないか?」
「はい! ついでにベルもジュース飲みます!」
さて、給仕の人にベルが飛んでいき、何が来るかな、ステーキとかきたら少し重いけど、なんて考えていると。
「ようやく会えたな」
漆黒の鎧を身につけた、金髪の線の細いイケメンが席の近くにやってきた。
他の誰かと待ち合わせだろうか、と周りを見てみるが、彼に注目を向けるものはいない。
「……どうしてこの僕がここにいるのか不思議な顔をしているな」
いや、そういう顔はしている。だって、知らない人だし。と、そこで気づく。
まさか、俺が忘れているだけで、知り合いなのかこのイケメン。
思わぬピンチに言葉も返せず、ただ黙る。ベルの方にちらりと視線を向ければ、しかし、給仕の人になにやら身振り手振りで伝えている最中だ!
「キミと最後に会ったのは、あの夜」
どの夜だよ。
「まさか、違えたわけじゃあるまいな、あの約束を」
何の約束だよ。
「……冗談さ、そう不機嫌になるな。キミがそういった男じゃないのは僕も知っている。ほんの冗句さ、それくらい分かるだろう」
知らないんだよ、分からないんだよ、俺自身のことも勿論キミのことも。
「あの夜以来、僕は必死になって力をつけたよ、キミを超えるためにね。思えばあれから」
と、長々とどういう生活をしていたのか、のパートに入ったので聞きつつも、俺は思考する。
つまり、この目の前のイケメンが敵か味方か。
言葉の端々から感じられる要素が限定的すぎて判別がつかない、もっと具体的なことを言ってくれ!
ベルが帰ってくれば、分かるのだろう。それまではこちらも敵とも味方とも思われない態度で接しなければならない。
「さあ、キミも分かっているだろう! 最早二人の間に言葉は不要、決闘を始めるぞ!」
敵だろこれは! することないもん仲間と決闘!
「……冗談だろう?」
一縷の望みをかけてそう問いかけてみる。
「じょ、冗談なものか! あの約束を忘れたのか!」
しかし真っ赤になって怒られる。ごめん! 忘れたんだよ!
「それとも何かできない理由があるのか?」
「……これから食事するんだ」
「それこそ冗談だろう!?」
いや、でも記憶を失ったとは言えない。
かと言って勿論、決闘もできない。
思い返すのは先ほどの光景、山を崩壊させた力をコントロールできないまま使うわけにはいかない。
というか、俺を知ってて勝負をしかけるのだから、この人も強いのでは。
「しかし、負けた時の言い訳にされても困る……いいだろう」
おお、待ってくれるのか。
「一度退却してやろう。明日の同じ時間、ここで待つ……それまでに用意を万全にしておくんだな」
帰るなよ! ベルが判別できないだろ!
とは言っても、引き止めても拗れるのでそのまま去るのを見送る。
「ミナトさんミナトさん、ベルがミナトさんの好物、説明して頼んできましたよ!」
「……ありがとう」
ひとまず食べてから、相談しよう。
ちなみに運ばれてきたのはハンバーグだった、うまい。
で、事務処理の終わったセレメアも含めての会話。
「え、誰それ」
「ベルも知りませんよ、そんな人」
詰んだ。