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#08 小悪魔美少女と買い物帰り

 ショッピングを終えて、家具屋を出るとすでに日は落ちており、あたりは薄暗くなっていた。


「先輩……大丈夫ですか?」


「お、おう……大丈夫だから……」


 俺は額に汗を流しながら作り笑いを浮かべる。それを見て水川は苦笑いを浮かべる。


 重い……。


 とんでもなく重い……。


 俺はパンパンに膨れ上がったリュック、両手にはこれまたパンパンになった袋をぶら下げて家路へと就く。この中には水川が購入した加湿器や、新しい食器、さらにはインテリア家具が詰まっている。


 今になって安請け合いをしたことを後悔する。


 重そうに荷物を運ぶ水川を見て、新しい妹のために兄としてここは力になろうと思い、荷物運びを名乗り出たのだが、実際に持ってみると想像以上だったのだ。


「先輩、半分持ちますよ? 本当に無理はよくないです」


 いつもは俺をからかってくる水川だが、さすがに俺の顔を見て不安になったのか、そう心配げに話しかけてくる。


 が、俺は……。


「気にすんな。これぐらい何ともないさ」


 男の意地を捨てることができなかった。意気揚々と荷物運びを名乗り出ておいて、結局、持てないのはさすがにみっともない。


 それに俺は新しい妹に、何か力になってやりたかったのだ。


 水川が俺の妹になることが判明して数日たったが、よくよく考えてみると俺は彼女のために何もしてやれていない。


 水川は俺に晩飯を作ってくれたりお弁当を作ってくれたりと、妹の仕事を明らかに超えた奉仕をしてくれているのに、俺はこれまで彼女に何もしていないのだ。無能な俺だが、せめて荷物運びぐらいはしてやりたい。そんな兄心だ。


 が、水川の方は相変わらず俺のことが心配なようで、不安げに首を傾げている。


「本当に先輩は困ったお兄ちゃんですね……。そんなに無理しなくても、私先輩のこと幻滅したりしないですよ」


 そう言って水川は俺の左手へと手を伸ばす。そして、左手に持っていた袋の持ち手の片方を掴むと自分の方へと引き寄せた。


「これで少しは軽くなりましたか?」


「ああ、かなりな……」


 水川は袋の重みの半分を請け負ってくれた。結果、俺と水川は二人の間に橋を架けるように、袋の持ち手を片方ずつ持って歩き出した。


「重くないか?」


 わざわざ重いほうの袋を持ってくれたのはうれしいが、華奢な彼女の身体を見て少し不安になる。


「私の心配の前に、自分の心配をしてください」


 が、水川は余計なお世話だと言わんばかりに俺を睨んだ。


「わかったよ。ありがとな……」


 そう言って俺たちは自宅へと向かって歩き出す。


 今日もまた父親たちは深夜残業をするようで、水川は俺の家に泊まることになっている。


 どうでもいいが、水川の母親は俺なんかに彼女を預けて大丈夫なのだろうか……。


「なんだか手を繋いでるみたいで、少しドキドキしますね」


「…………」


「先輩はドキドキしませんか?」


 そんなのドキドキするに決まっている。俺だってひそかにそう思っていたが、あえて意識をしないように努めていたのだ。


「別にドキドキなんか……」


 と、必死に否定してみるが水川の目は欺けない。彼女は俺の動揺が手に取るように分かるようでいつもの悪戯な笑みを浮かべている。


「友一くんっ」


「なっ……」


「ちょ、ちょっと先輩大丈夫ですかっ!?」


 ダメだ。さすがに不意打ちに名前を呼ばれて全身の力が抜けてしまった。俺はバランスを崩して危うく転倒しそうになったが、何とか持ちこたえる。


「重い荷物を持っているときは、そういうのは禁止だっ!!」


「ご、ごめんなさい……」


 水川もさすがにやばいと思ったのか素直に謝ってきた。


素直な水川を見るのは流れ星を見るよりも難しいのだ。三回唱えればどんな願いも叶いそうだ。



※ ※ ※



 一キロ弱の道のりを途中で休憩を挟みながら三〇分ほどかけて、俺たちは自宅マンションにたどり着いた。俺はリビングにたどり着くなり、荷物をその場に置いてソファに深く腰掛ける。


「あぁ……疲れた……」


 さすがに無理をしすぎた。普段、運動不足なだけにさすがに体に堪える。体力をすべて使い切った俺がしばらくソファから動けないでいると、不意に何かが両肩に触れた。


 気がつくと、右肩の上に水川の顔があった。どうやら肩に触れているのは彼女の両手のようだ。


「お疲れさま、友一くん」


 と、俺の耳をくすぐるように彼女がそう囁くので、俺の身体がビクッと反応してしまう。


「さすがに唐突に名前で呼ぶのは反則だぞ」


「私、帰る途中ずっと我慢していたんですよ」


「我慢? 何をだよ」


「先輩をからかうのをです」


「お前は俺をからかわないと死ぬ病気かっ」


 呆れてそう言うと水川はクスクス笑った。


「お兄ちゃん、今日は付き合ってくれてありがとね」


「せめて呼び方は統一してくれ」


「呼びたいように呼べって言ったのは、先輩の方ですよ?」


「………………」


 何も言い返せない。


 それにしても二人称の安定しない女だ。


 と、そこで俺の肩を掴む彼女の両手に力が入る。


「あ、あぁ……」


 思わず変な声が出てしまう。


「お客さん、なかなか凝ってますねぇ……」


 水川の二人称に新たにお客さんが追加された。


 どうやらマッサージをしてくれるようだ。俺としては申し訳なさと、気恥ずかしさで一杯だったが、体は正直で身動きが取れない。


「そんなに気を遣わなくてもいいんだぞ?」


「別に気なんて遣ってませんよ。私はただ先輩を落したいだけです」


「あのなぁ……」


 本当にこいつは根本的に何かを勘違いしている……。


「先輩、今晩は何が食べたいですか?」


「今度は俺の胃袋を掴むつもりか?」


「もう掴まれてるんじゃないですか?」


「それは……」


 否定できないのが悔しい。少なくとも俺は水川の作る飯にはメロメロだ。水川の料理は何でも美味い。


 だから、


「別になんでもいいよ」


 と、答えると、直後、肩に激痛が走る。


「ぎゃああああっ!!」


 水川がツボを強く指圧して俺は絶叫した。


「先輩、女の子になんでもいいは絶対に言っちゃいけない言葉ですよ」


「悪かったっ!! 悪かったよっ!! 謝るから許してくれ」


「わかればいいんです……」


 水川がにっこりと笑って指圧の力を弱める。


 どうやら、俺は肩を人質に取られているらしい。


「逆に聞くが、水川は何を作りたいんだ?」


 そう尋ねると水川は「う~ん、そうですね……」と考えるように下唇に指をあてる。


 そして、


「先輩が食べたいものが作りたいです」


「なんじゃそりゃ……」


「私は自分の作った物を誰かが、美味しそうに食べているのを見るのが好きなんです。だから、私が作りたいものは先輩が食べたいものです」


 なるほど、つまり、俺が食べたいものを口にしない限り、この問答は終わらないらしい。


「ハンバーグ……が食べたい……」


 水川はしばらくそう答えた俺を見つめていた。


 が、不意に。


「クスッ……クスクス……」


 と、笑い始める。


「なんか俺、変なこと言ったか?」


「ハンバーグとかカレーとかウィンナーとか、先輩って小さな子供の好きな物が大好きなんですね」


「悪かったな。どうせ俺の味覚は小学生レベルだよ……」


 確かに言われてみるとそうだ。なんだかすげえ恥ずかしい。


「もう、先輩ったら、子供みたいに拗ねないでください……」


 そう言って水川が俺の頬をつつく。


「じゃあ今晩こそは先輩の気持ちを陥落させられるぐらいの、とびっきりのハンバーグを作って見せますね」


 水川はそう言ってキッチンへと歩いて行った。



※ ※ ※



 そのメッセージグループでは、水川優菜の目撃情報が、可能な限り生徒たちによって投稿され、その情報はグループ参加者すべてに共有されている。


???『今日の昼間、ITEAで水川さんと二年の岩見が歩いているのを見た』


???『また岩見かよ。何であんな地味な奴と水川さんがこんなに親密なんだよ』


???『あいつら付き合ってるのか?』


???『まさか、さすがに水川さんが、あんな男のことを好きになることなんか……』


???『いっそ異端審問会にかけて強引に聞き出すか?』。


???『そうだそうだ』


???『俺もそれに賛成っ!!』


???『おい、お前らリーダーの今は静観しろって命令忘れたのか?』


???『だけど俺は水川さんと岩見のことが気になって眠れねえんだよっ』


???『ダメだ。今はおとなしく動向を見守るんだ。リーダーの許可が出るまでは下手な真似はするなっ!! これは命令だ』


 その少女はスマホに表示されたメッセージをスクロールしながらほくそ笑む。


「面白くなってきたわ……」


 彼女なりの皮肉だ。


 彼女にとっていま最も看過できないことが起きようとしていた。彼女にとってはこの上ない屈辱。そして嫌悪感。


 岩見友一。


 一見、ただの冴えない男子生徒。その男が学園のアイドル水川優菜とありえないほどに急速に距離を縮めている。それが彼女には耐えられない。


 今すぐにでも八つ裂きにしてやりたいほどの生理的嫌悪。


 だけど、まだ早い。焦りは禁物なのだ。ゆっくりと彼女たちの動向を見極めて、完璧なタイミングで刺す。


 それまではじっと我慢しなければならない。


 少女はポケットから一枚の写真を取り出した。


 そこに映っているのは水川優菜と自分の姿。まるで本物の姉妹のように体を寄せ合って二人とも満面の笑みを浮かべている。


「あの子だけには誰にも触れさせない……」


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