インク
紙の海をもがくようだよ。
こんな日々は いつもクシャクシャだ。
ラジオの時報とすこしズレて、
五時のサイレンが鳴る。
子どもは道を駆けゆく。
泥と溢れる血を引きずりながら、
走り 惑い 転ぶ。
コンビニで一番安いパンを買って、
リュックサックに詰め込んでいた。
肩に食い込んだ教科書の重みを、
いつのまに忘れてしまったのだろう。
おなじ 赤い電車に乗ったあの子は 東京へ行った。
あたしだけ まだ赤い電車に乗っている。
電車の揺られ方もうまくなった。
さびしさの育て方も知るようになった。
でも まだ おとなになりきれない、
そんな空気に殺されそうになるよ。
電波に乗って 吉報が届く。
流し目で見て 置いてけぼりをくらう。
風はいまも柔らかく、
孤独はいつまでたってもしんと冷えている。
ふと 車窓を望む。
あの日 あたしたちが 学校へと通った道があった。
赤色だったコンビニは緑色に変わり、
入ったことのなかった喫茶店は更地になっていた。
ゆっくりと 街が死んでいくように見えた。
ここに あたしが生きたあかしは、
いまも 着実に 塗り替えられていくようだよ。
マジックペンで塗り潰されていく。
もう どこにも見えない気がしたよ。
包帯を巻いたそのしろい右腕。
宙ぶらりんになったギターのアンプ。
完全のような気がしたなら それは虚だよ。
深淵に墜ちる一滴のインクを、
きみの「さよなら」に喩えた。