ダイバー
「猫が飛んでる!」
きみの指差したあの北斗七星の端っこに、ほんとうで嘘っぱちな猫がいた。白い猫だ。こっちに気づいて手を振った。ヘイ、夜のダイバー。猫はいまからどこへ行く。どこへ飛ぶ。
夜空を滑空していく。白く蛇のように細くうねる尾、高層ビルの狭間を感覚的に縫って縫って抜けていくの。ネオンに彩られた街を見下ろして、いま、どんな気分でいるよ。ねえ、夜のダイバー、答えてみてよ。きみの言葉待ってる。
「しかし夜は続く」
きみは空飛ぶ猫を見失って、途方にくれて人混みの中に身を預けたよ。そして交差点、我々は手を取り合い狂い気味のテンポで踊り出すのだ。ステップ、ワン、ツー、足を高く、星を蹴り上げろ。さらに我々の音楽は街を飾り、演奏はデッドヒートの烏合の衆をてきとうに遇らうのさ。非凡の民は対流の中で生き絶えろ。生き残るのはきみだけで充分。
「猫はきみすらも嘲笑うか」
どっかのビルの屋上で、猫は拳銃を握って寝転んでいるよ。あたしときみが現れるの待ってる。ダンスのステップで扉を蹴破ったら、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん。拍手みたいな銃砲の嵐だね。猫は一匹だなんていっちゃないし。
そして奇跡的で歴史的な一発の銃弾が、きみの脇腹を抉り貫き、血を吐いてあたしの腕の中に飛び込んで来るんだ。あたしはきみを抱いて、白猫どもを掻き分けて屋上の縁へ走り、夜の真っ暗闇へ飛び出す。そう、夜のダイバー。きみとあたしは夜のダイバー。いまからどこへ行くよ。どこへ飛んでく。夜は自由だ。限りなく自由だ。どこまでだって連れていくよ。ポラリスの裏側へだって、いつでも。
「宇宙を飛んでる。果てしない遥かな宇宙」
猫は誠意を持ってあたしたちを追うだろうよ。ここからは逃避行、夜の逃避行。さあ、哀しみは銃弾となって武器になるよ。憎しみは火薬、いま夜を撃ち抜け。ベランダの欄干に寄りかかってきみと飲むビール。罹患者の煩悩だって、酔い覚ましにはなるかな。ならなかったら、それまでだよ。大丈夫、きみは夜に好かれている。