現実
目を開く。
ぼやける視界。しかし秒単位で徐々に鮮明度は増していく。
そして、はっきり視認が可能になってから最初に認識出来たのは、白い服を来て眼鏡をかけた知らないおじさん。
そこから周囲を見回すと何故か泣いてる母と、凄い心配そうに見つめていて、でも凄い怒っている、そんな表情で自分を見つめる父がいた。
しかしその表情はすぐに緩み……
「ユイっ!!」
「えっ、ユイ!?」
ユイは目覚めていた。
「あれっ、お父さん、お母さん。ここ、どこ?」
その声は思ったほど出ない。
ユイは何があったか全く覚えていなかった。
だから、何故今ベッドや小さいテーブル、そして自分に付いている変な細長い棒くらいしかない、こんな真っ白な部屋にいるのか。というより、何故自分にこんな棒が付いているのか。全く分からない。
だから、訊いた。
でもそのユイの質問は答えられることは無かった。
父と母はユイが目覚めたことを確認すると、すぐに駆け寄った。
「ユイ、心配したんだぞ」
そういう父の顔は、ユイが持っている父のイメージとは全く違う、今にも泣きそうな顔で、
「ごめんね。ごめんね、ユイ。ごめんね……」
母に至っては目から水が……。
でも、何故目から水が流れているかユイには分からなかった。
母の水、あれは自分が痛い時や悲しい時に流すものと同じだ。同じなのに、それを母が流してるというのが信じられなかった。
今まで母は、時には笑って、時には怒って、色々な顔を見せてきたけど、涙だけは見せなかった。
だから、その水が母の目から流れている。そのことが不思議でしょうがなかった。母が何でユイに何にもしてないのに謝ってるのかも。
「お母さん、何で目から水が出てるの? ……それに何でユイに謝ってるの? お母さんは何も悪いことしてないよ」
気になったのはそれだけじゃない。
さっきの質問だってちゃんと答えてもらってないし、お父さんが何で泣きそうな顔をしてるのかも聞きたい。
でも……口から出たのはそれだけだった。
「……ユイ」
今まで泣いていた、いや、まだ泣いている母がユイの上半身に軽く抱きつく。それを包み込むように父も二人を抱く。
「ユイ……」
状況が全く分からない。本当に何も分からない。
――でも、暖かい。
ユイにとって大好きで、いるのが当たり前だった家族はこんなにも暖かいものだったと改めて実感した。
しばらくそうやった後、二人はユイから離れる。
「ユイちゃん」
そのタイミングで、今まで三人の家族を静かに見守っていた白い服を来たおじさんが、突然ユイに話しかけてきた。
「えっと……おじさん、誰?」
「おじさんはね、お医者さんって言うんだ。知ってる?」
「もしかして、あの病気を治す人?」
「そうだよ」
「じゃあ、ユイ病気なの?」
「いんや。ユイちゃんは、病気じゃないよ」
「えっ、じゃあ、何でおじさんいるの?」
「ユイちゃん……。あのね……実は君は……車とぶつかったんだ」
「えっ!?」
自分が車とぶつかった……。
何を言ってるんだろう、このおじさんは。
そんなはずは無いのに。ユイはそう思った。だって、ユイは生きている。
小さいユイにとっては車にぶつかるということは死ぬというイメージしかない。
だから、信じられなかった。
「うっ、嘘でしょ? だってユイは生きてるもん」
そのユイの言葉を聞いて、何かを言おうとした医者を父が手を前に出して止める。
そして、父が言う。
「実はね、ユイ。ユイは今日まで三日間、ずっと眠ってたんだ。一時期は死ぬかもしれない……。そう、そこのお医者さんにも言われた……」
ユイが死ぬかもしれなかった? お父さんまで何言って……。そんなはずはない。
「なんで、ユイが……?」
だってユイはまだ小さくて、お父さんともお母さんとも離れたくなくて、大人になって結婚して――。
なのに、ユイが死にかけていたなんてあるはずがない。
そう強く思いながらも、どこかで納得している自分もいた。
父に言われて思い出したからだ。
――自分がお母さんと遊んでた時に、お母さんが怖い顔をしてこっちに向かってたこと。その後に背中に何かがぶつかってきたこと。
お母さんがあんなに泣いてたのは、ユイの所為……。
「それからな、ユイ」
父はまだ目に水を溜めている。さっきより量も多い。今にも溢れそうだ。でも顔は、泣きそうな顔から凄い真剣な、何かを決めた顔をしている。
「これは隠していてもお前が辛いだけだろうから言う」
さっきから続くどこかでありがちなドラマのように衝撃的な出来事の連続にユイは戸惑っていた。
これは本当に起きてること? 夢では無いのか。そんなことも考え出していた。でも……
「……ユイ。ユイはな、ひょっとしたら一生歩けないかもしれないんだ」
これは間違いなく本当のこと。
昨日までは自分は普通に歩いていたのに。
まだ、ユイにはたくさんやりたいことがあるのに。
気付いたらユイは泣いていた。
――これから先ユイが、この世界を自力で歩くことは無かった。