事故
「ユイね、将来お父さんと結婚するんだ!」
「もー、ユイったら。あのね、お父さんとはね、」
「いやいや、母さん、良いじゃないか。……そっか。ユイは将来お父さんと結婚するのか。それは楽しみだな」
――少女は幸せだった。
五歳という年齢に合う小柄な体躯に、アホ毛が特徴の腰ほどまである桃色の髪を持つ、そんな少女の名前はユイ。
ユイは優しい両親に囲まれ、何も不自由の無い、世間一般から見れば平凡と言える生活を送っていた。
でもそんな平凡な生活は、まだ小さな少女には充分で、幸せで、何より楽しいものだった。
そしてそれは当たり前で、これからも続いていくと思っていたし、ましてや失うなんてことは微塵も考えてなかった。
……でも、そうは行かなかった。神は、ユイからそんな幸せな日々を奪っていった。
――ある日。
「ユイー。行くよっ。ほらっ!」
「うわっー!」
ユイと母は、家の前の道路の端でキャッチボールをやっていた。
昨日テレビを見て興味を持ったユイが、ボールを使って遊びたいと言って聞かなかったからだ。
ちなみに、庭もなかなかの広さがありそっちでも出来るのに何故道路でやっているかというと、庭にはたくさんの花が咲いていて、それをボールで潰してしまうのをユイが嫌がり、これまた聞かなかったからだ。
まああんまり車通らないし、と言って母はそれを渋々認めた。
とまあ、そんな感じで始めた訳だが、まだ小さなユイは普通に投げられても取れない。
なので、母は軽めにワンバンさせて、投げていたのだが……
「もう、取れないよ! もっと、取りやすいの投げてよ、お母さん!」
「うーん……結構軽めなんだけどね……」
取れずに落とした球を拾って、ユイはおもいっきり投げる。
だが、その球は五メートル程離れた母には届くことなく、何バウンドかして転がった後止まってしまったので母が自分で取りに行く。
そして、ボールを掴んだ母はユイの方を見ずにそのまま流れで転がして返す。
しかしそれは、ユイに届く前に石にぶつかってしまい軌道を変えて、道路の中央に向かっていった。ユイはそれを追いかける。夢中になって。
そしてボールに追い付き、それを拾ったユイは、そこで母が必死にこっちに向かってきながら何か叫んでいることに気付いた。
「――きて!」
母がこちらに向かってるのに気付いてから聞こえたのはそれだけ。
――きて? お母さんは一体何て……
「早くこっち来てー! ユイー!」
鳴り響いた衝突音。
――五秒後、そこには、泣き喚く母と車が一台、そして血を流してうつ伏せに倒れているユイがいた。