前夜(後編)
第10章「前夜」(後編)
ーーー近江 坂本城ーーー
私 「日向守様,その御姿,御怪我・・・,(やはり信長公の御説得は出来なかったと。)とにかく御怪我の手当を。」
明智秀満 「殿,御気を確かに。少し御休み下され。」
意識朦朧の日向守様は家臣により手当を施され,「皆の者,御免。」とだけ申され,御休みになられました。
日向様御休みの間,重臣の“明智秀満”様を主体とし軍議が開かれる事になります。
斉藤利三 「殿の御様子,親方様への御説得,失態に終わったと御見受け致す。」
明智秀満 「申すな。殿は始終,存分に努められた。」
斉藤利三 「秀満殿の仰せの通り。殿は誠,懸命に織田家に仕えてこられた。長曽我部殿を御説得出来ぬ,この利三にも落ち度あり。御免。」
家臣 「“秀満殿,利三殿”此れよりの明智家の進退やいかに?」
明智秀満 「殿の御決断無しに決めかねるが,最早,明智家は羽柴殿に従い,西(毛利領)に進軍,そこに勝路を見いだすべし。」
斉藤利三 「・・・。」
明智秀満 「利三殿の御苦労は承知。長曽我部殿は見捨て,明智家は毛利と戦うべし。」
斉藤利三 「手立て無しと心得える。やむ終えん事。」
家臣 「・・・。」
明智秀満 「大和,貴方はこの事態,どう見る!?」
私 「・・・。“四国征伐”は決定の事と御見受け致します故,信長公の御決断に従うべきかと心得ます。」
斉藤利三 「此れまでか・・・。」
そこに意識が御戻りになられた日向守様より「明日,丹波亀山城へ出立する」との知らせが届き,次の日,日向守様一同は“丹波亀山城”に向け出発,その後に入城。
時を同じくして信長公が出陣,京に向かわれたとの知らせが入ります。
再び“丹波亀山城”にて“日向守様”主体での軍議が開かれ,私と家臣達は下がり,重臣のみでの軍議は明け方まで話されている御様子でした。
ーーー丹波 亀山城ーーー
光秀 「織田家と長曽我部殿の争いは避けられん・・・申し訳なき事と思い致す。」
明智秀満 「恐れながら,殿は懸命に努めてこられた。最早,長曽我部殿は諦め,明智家は親方様の御決断に従い,毛利と戦うべきかと。」
斉藤利三 「誠,秀満殿の仰せの通り。」
光秀 「長曽我部殿には申し訳けなき事。親方様は人の心を忘れ,“天下布武”しか目に見えておらぬ御様子。最早,人にあらず。」
明智秀満 「殿の御心は御察し致す。然れど,我慢を。」
光秀 「“天下泰平”,“幕府再興”を夢見,走り続けた・・・。“天下泰平の世”,親方様には為せぬ!!」
秀満・利三 「何を申される!?」
光秀 「人の心を忘れ,切り取る(力)だけでは,戦乱は治まらん。人の心に触れ,人と共に生きてこそ,国が築かれる。国を築き,繁栄に励み,磐石な統治体制を整えて“天下泰平”は為される。戯れ言と笑う者もおるが,それを為す者が必ず現れると信じる次第。」
斉藤利三 「殿の優しき御心は承知。然れど,親方様は最早,天下人にあられますぞ。」
明智秀満 「殿,もしや“誠の謀反”の御意志・・」
斉藤利三 「秀満殿,控えよ!!親方様の御耳に入れば一大事の事!!」
光秀 「良い。秀満,利三。今日までの忠義,誠,感謝致すぞ。」
明智秀満 「殿,御相手が誰か。見極めての御決断と!?」
光秀 「左様の事,決断に変わり無し・・・。(思えば八上城を攻めた時,人質として差し出した母上を親方様は見殺しにされた。致し方無き事と思うておったが,忘れがたき仕打ち。そして丹波,近江坂本の領地を取られては民はどうなる・・・,毛利との戦に勝たねば家臣達は路頭に迷う・・・。)」
[話は遡りますが,丹波国平定の命をうけ八上城を攻めた明智軍,籠城と徹底交戦を構える波多野秀治に対し,なかなか攻略できずにいた為,打開策として和議を申し入れた明智光秀。敵方も徹底交戦とはいえ,兵糧はつき餓死者が続発していたようで,波多野兄弟が八上城を出て城を明け渡す変わり,光秀の母“お牧の方”を人質として差し出す事で和議を結びます。その際,波多野兄弟の命は保証する約束で安土の信長公の元に送られますが,織田家を裏切り反旗を翻した事に怒りを覚えた信長公はこれを許さず,波多野兄弟を処刑。この報せを知った八上城の兵達は逆上し,光秀の母“お牧の方”を磔にして殺害。これを知った光秀は深く落胆し,致し方無きとは思え,忘れがたき仕打ちと信長公を憎んだそうです。諸説有り,この話は本当かわかりません。又,織田家の勝利を祝う席において『信長公の勝利は誠にめでたく,此れも皆の御力あっての賜り』と述べた光秀に対し,信長公は『誰の力か?全ては儂が為し遂げた事!』と光秀に激怒。此れまでの重臣や家臣達の働きぶりあっての“天下布武”,労いの言葉があってもいいように思えますが,信長公にとって“天下布武”は己が掲げた目標であり,全ては自分が為し遂げた事と断絶し,光秀の些細な一言に激怒されたそうです。ここに信長公の突き進む“天下布武”と光秀の望む“天下泰平”の考えはすれ違い,主君と家臣の立場ながら両者の間には目に見えぬ亀裂と衝突が生じた。そして四国征伐を決定した信長公,これに対し長曽我部元親は交戦の構えを見せますが,光秀の必死の説得,勢い余る織田家の存在を見て,信長公に領地を差し出す事を約束,安堵した光秀ですが,信長公は四国征伐の姿勢を崩さない為,光秀は追い詰められました。その上,信長公より“丹波・近江坂本”の領地の没収と“石見・出雲”の新たなる領地を切り取るよう命じられます。“石見・出雲”は毛利の地,尽力を尽くした領民は毛利に負ければ家臣はどうなるのかなどを考えさらに苦しむ光秀。信長公の比叡山焼き討ち,荒木村重の謀反による一族抹殺などの残虐さ,重臣達の追放などを目の当たりにしてきた光秀にとって苦しみは頂点に達し,これらはやがて本能寺の変に繋がる動機になったように思えます。]
斉藤利三 「お止め下され。織田家との戦,勝ち目はござらん。」
光秀 「織田家ではない,親方様を討つ。」
明智秀満 「正気と!?,殿,戯れ言では済まされますぞ。」
光秀 「畿内を治め,北陸に“柴田勝家”殿,関東を“滝川一益”殿,毛利攻め(西)に“羽柴秀吉”殿,そして“四国征伐”には“丹羽長秀”殿が向かわれる。織田家重臣が方面軍を指揮し,分散している此度は好機。三河守殿には堺に向かって頂き,明智隊は京にいる信長公を襲う。」
斉藤利三 「誠の御意志か!?京での戦,朝廷が許されますまい。」
光秀 「誠なり。既に天下を治めんとする信長公の力を恐れ,朝廷よりの勅命有り。」
明智秀満 「後には引けぬ事態となる,明智は“逆賊”となりますぞ。」
斉藤利三 「御考え直し下され。」
光秀 「“ときは今 天が下しる 五月哉”」
秀満・利三 「!?」
光秀 「明智は逆賊となりて,天下を取る。」
斉藤利三 「殿,御考えを御直し下され・・・。」
明智秀満 「御意。最早,“謀反”を口にした以上,親方様の御耳に入るは必須の事。討つべき時は今。」
斉藤利三 「秀満殿,何を申されるか!?」
明智秀満 「利三殿,腹をくくられよ。殿の御意志に従うは家臣の務め。最早,後には引けぬ。」
斉藤利三 「・・・。(殿,よいのですね。)御意」
明け方,軍議を終えた日向様と重臣方が出てこられ,話はまとまったようでした。
光秀 「各々方,此れより,明智は“羽柴筑前守秀吉”殿の援軍に向け備中へ出陣致す。心してかかられよ!!」
一同 「オッーーーッ!!!」
『“ときは今 天が下しる 五月哉”』・・・“本能寺の変”の直前に読まれたとされる連歌。
私の創作と空想で物語を描いているので,決してこのような場で読まれてはいないと思います。
ご理解とご了承下さい。
“時は今信長公が天下を治める5月かな”,“ときは今(土岐は今,美濃国守護を務める土岐氏一族の明智光秀が今こそ)天が下しる(天下を取るべく)五月哉(5月かな)”など様々な解釈があるようです。




