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ひだまり童話館(参加作品・過去お題作品)

サーカスが村にやって来た

作者: 天神大河

 今日は、サーカスが村にやって来る日。

 サーカスが来ると聞いた村の子どもたちは、朝から村はずれの広場に詰めかけました。広場の中央には小さなドーム状のテントが置かれており、ぼろぼろの布で覆われた出入口の前で、ピエロがにこにこしたまま立っています。


「サーカス、まだかな、まだかな」

「どんなことするのかな、サーカスって」


 小さな男の子や女の子が口々にそう言うのを前に、ピエロはその場でくるくると回転すると、いつの間にか手に持っていた数個の小さなボールを数個空へと放り投げ、器用にジャグリングを始めました。子どもたちの声が辺りに響くのを聞きながら、ピエロはにこにこ笑顔で答えます。


「ゴメンネ、皆はまだ準備があるから、もう少しだけ待っててね。もしキミたちが良い子で待ってくれると言うなら、ほら。ボクと同じように両手を前に出してみて」


 空に放ったボールを、すべて左手で受け取ったピエロは、すぐさま両手を前に伸ばしました。白い手袋で覆われた手のひらを上に向けたかと思うと、すぐに下へと向けて、また上へ――それを何度か繰り返すと、左右の手のひらをぱん、と叩きました。子どもたちは、不思議そうな顔を浮かべながらも、目の前のピエロと同じように、土で汚れた手を動かします。

 その様子を見ていたピエロは、閉じていた手のひらの中を膨らませたかと思うと、素早く手のひらの中身を開いて見せました。子どもたちもピエロと同じように、手のひらを開いたその時です。子どもたちの手の中には、いつの間にかキャンディーやチョコが入っていました。


「サーカスに来てくれたキミたちへ、ボクからのプレゼントだよ」

「うわあ、これ、キャンディーだ! すごいや、本当にあったんだ!」

「わたし、チョコを一度でいいから食べてみたかったの! ありがとう!」

「どうやってぼくたちの手にチョコを入れたの?」


 一斉に響く子どもたちの驚きの声を聴きながら、ピエロは右手の拳から突き出した人差し指を左右に揺らします。


「ごめんね、どうやったかは秘密なんだ。さて、そろそろ待ちに待ったサーカスが始まるよ。おーい、みんなー!」


 ピエロはそう叫ぶと、布状のテントを勢いよく指し示しました。子どもたちがテントの方角を見つめたその時、ピエロが右手の指をパチン、と鳴らします。

 それと同時に、テントの合間に切れ目が入ったかと思うと、一瞬にしてテントの布が全て地面に落ちていき、灰色のステージが姿を現しました。ステージの上には、大小さまざまな道具に加え、子どものライオンや子ゾウ、ドラキュラの姿に身を扮した若い女性と、短いズボンだけを身に纏う長身の男性が姿を現しました。


「待たせたね、子どもたち! 早速だけど、楽しいサーカスを始めるよ! まずは、ここにいるライオン――『クリス』の火の輪くぐりだ!」


 ピエロが声高に叫んだその瞬間、ステージの一角に置かれていたフラフープに、火が灯されました。勢いよく燃えるフラフープの方角を見据えながら、子ライオン――クリスはゆっくりと歩いていきます。子どもたちは、そんなクリスの姿を固唾をのんで見守ります。

 そして、クリスはフラフープから数メートルほど離れたところから一気に駆けて行き、炎に包まれたフラフープへ向かって飛んでいきました。きゃあっ。子どもたちの悲鳴が響くのも束の間、クリスの小さな身体は炎が届いていないフラフープの中心を潜り抜け、ステージの床へ着地しました。火傷一つ負っていないクリスは、凛とした目つきで子どもたちへ顔を向けます。


「すげーっ!」


 子どもたちの歓声が響く中、クリスはステージの隅へと歩いていきました。それに代わって、今度は子ゾウに乗ったピエロが、ステージの中心を悠々と歩いていきます。


「いやぁ~なかなかすごかったね、クリスの火の輪くぐり。さて次は、ボクと、サーカスで飼っているゾウ『ウィリアム』が贈る華麗な芸をご覧あれ!」


 ピエロはそう言うと、ポケットから小さなオレンジ色のボールを取り出しました。子ゾウ――ウィリアムは、そんな彼を背に乗せたまま、黙々と歩いています。


「さて、まずは軽くジャグリングだ。行くぞ、ウィリアム!」


 ピエロがウィリアムの前へ、軽くオレンジ色のボールを投げます。ところが、ウィリアムは一切反応せず、ボールは空しくステージの床に落ちてしまいました。子どもたちが呆然とピエロたちを見つめている傍ら、ピエロは小声でウィリアムに語りかけます。


「おい、ウィリアム! そこはお前の鼻でボールを軽くポ~ンと投げるところだろう? なあ、頼むよ。今朝、好物のリンゴを間違って食べたことは謝るからさ……」


 ピエロがそう口走った瞬間、ウィリアムはステージ上をぐるぐると走り出しました。ピエロは、ウィリアムの背中に乗ったまま、声にならない声を上げ続けます。その様子を見ていた子どもたちは、大きな声で笑っていました。


「あ~~れ~~! だ、誰か助けて~~!」


 そうして、ふと足を止めたウィリアムは、背中に乗ったピエロを乱暴に振り落とします。振り落とされたピエロが腰を打ったその場所は、先程クリスが火の輪くぐりを行ったところでした。ピエロが痛みに呻く間もなく、ステージ上に僅かに残った炎が、ピエロのお尻へと燃え移りました。


「アーーーーーーーーッ!! 燃える燃える燃えるゥーーーーーーーー!!!」


 甲高い声を上げたピエロはその場でくるくる回りながら、必死で自分のお尻を叩きます。熱さに身を悶えるピエロの、どこか奇妙で滑稽な踊りは、一瞬で子どもたちを笑いの渦へと誘い込みました。そして、どうにか炎を消し止めたピエロは、お尻を両手で覆ったまま、子どもたちへ語りかけます。


「……ごめんね、今日はウィリアムの機嫌が悪くてね、ジャグリングはお預けだ。代わりに、ボクたちサーカスの花形、女ドラキュラとヘビ男のダンスを楽しんでもらおうかな」


 そう言うと、ピエロはそそくさとステージの脇へと身を移します。ピエロが立っていた場所のすぐ後ろでは、ドラキュラに身を扮した女と、細身の男が並んで立っていました。二人は手を取り合うと、ステージ上で素早く回転をはじめます。まるでフィギュアスケートを思わせる二人の動きに、子どもたちはたちまち見入ってしまいます。

 女ドラキュラは、くるくる回転して踊りながら、口元の牙をヘビ男へ伸ばそうとします。対するヘビ男は、器用に身体を捻らせて牙を避け続けます。そのまま、ステージ上でくるくると踊り続ける二人を前に、二歳ぐらいの男の子がすっくと立ち上がりました。素っ裸だった男の子は、全身にまとわりつく乾いた土の汚れに構わず、女ドラキュラとヘビ男の真似をするかのようにくるくると回り出します。


「こらっ、やめなさい」


 男の子の側にいた十三歳ぐらいと思しき女の子が、男の子の頭を軽く小突きます。男の子は、目元に涙を浮かべながら、女の子の胸に顔を埋めました。


「ごめんなさい、ママ……」

「いいから、行くわよ。ほら、こんなところで泣くんじゃない」


 女の子は、ばつが悪そうにその場で立ち上がり、サーカスを後にします。周りでにわかにどよめく子どもたちの側には、いつの間にかピエロが立っており、子どもたちへ笑顔を向けました。


「キミたち、まだまだサーカスは続くからね。もうしばらく、時間の許す限り、楽しんでくれると嬉しいな」


 そうして、広場でのサーカスは何度かの休憩を挟みながら、日が暮れるまで続きました。休憩になる度に、子どもたちは次々に村へと戻って行きました。とぼとぼ独りで歩く女の子や、大人たちに強引に連れられて行く男の子、仕事に戻らないと泣き喚く弟と諫める兄……すべての演目を終えたとき、広場いっぱいに詰めかけていた子どもたちの姿はどこにも見当たりませんでした。


「はい、今日のサーカスはここまで! みんな、どうもありがと~!」


 ピエロは、誰も居なくなった広場で丁寧におじぎをします。その後ろでは、メイクを外した女ドラキュラとヘビ男が手早くテントを組み立て、サーカスの片付けを始めていました。既にケージの中に入れられていたクリスとウィリアムは、夕ご飯を食べ終わって満足したのか、身体を床に寝かせて大人しくしています。


「さて、と」


 ピエロが一息吐いて、サーカスの片づけを手伝うべくテントへと足を向けました。片付けが終われば、ピエロたちは村を発って、真夜中には別の村へと向かいます。そして、この村と同様に、日々の暮らしに困窮する子どもたちへサーカスを披露するのです。辛いことを忘れ、しばし楽しい時間を味わってもらうために、ピエロたちは終わりの見えない旅を続けていくのです。


「次の村でもまた、子どもたちの笑顔が見たいなあ」


 そう呟くと、ピエロはぼろぼろのテントの布を捲り上げ、テントの中へと消えていきました。




サーカスが村にやって来た/おしまい

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― 新着の感想 ―
[良い点] 拝読しました。 現実のような幻想のような……そんなふんわりとした世界観の中、優しい気持ちになれました。 子どもたち、サーカスを知らないってことはこの地域は本当に貧しい地域なのでしょうし、…
[良い点] ひとときのお祭り。 貧しい子どもたちが一生に一度見ることができるかできないかというような 素晴らしい夢の世界も、子どもたちの一瞬の笑顔のために 頑張るピエロたちの心なのですね。 楽しいサ…
[良い点] いろんなものがくるくるしていて楽しかったです。 ライオンやゾウが子どもなのもかわいらしくていいですね。 混乱ぶりもショーの演出なのかなあ? それとも本当のトラブルなのかなあ? と考えるのも…
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