とある誰かの診断書(1)
冬準月 二十日
対象者 ミギノ・メイカミナ
年齢(自称)十九。
(以下薬物は身長体重による計算式を使用)
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〔退院理由〕
身長百六十二ガル、体重五十デロス。
体温、低め。
火温草三、黄尖花根二、昨の木皮一、飲薬五粒。
(何れも食後。退院後不要)
緑緑草五、熱取り草七、黒粒花根一、冷塗布薬。
(朝晩二回、退院後一週間分携帯軟膏使用)
意識回復二日目より院内徒歩運動開始。
同三日目より院外周徒歩運動開始。
歩行に問題なし。
食欲、少量(大人適量の半分以下)
だが甘味料は過剰摂取可能。
(体内分解薬として、苦氷薬二を試飲済)
排便、薬剤による軟便から通常便。
(三日から十日)
尿、薬剤による緑尿から通常尿。
(三日から七日)
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「こんにちは」
灰色の髪、灰色の瞳、目元は優しげに少し垂れている。若い紳士の身形の男は、背の低い黒髪の少女に笑いかけた。それに応えた少女も、男と同じ様に挨拶を交わす。
「ミギノです。こんにちは」
*
届けられた二つの通達。
一つはファルドで名が知れた子飼い組織頭のソーラウド。もう一つはトライド王国直轄の診療所。
前触れ無く訪れた手下からの面会希望は、想像通り仕事の失敗を詫びるものだった。失望に切り捨てるだけの内容だが、その中に一つの聞き慣れない名前が出た。
(この名は、)
ソーラウドが失敗を取り戻すために命を賭けると言った次の仕事。それは自分の出世や物欲の為では無く、守りたい者が出来たからだと言った。その女と同じ名が、数刻前に緊急伝令で舞い込んだ一通の不審な書類にあった。それは見知らぬ誰かの診断書。その誰かの名前がソーラウドの思い人と同じ人物だったのだ。
「ミギノ、」
差出人は軍医イスト・クラインベール。
トライドの医療を一手に請け負い落人に関する研究をする男は、王族の次にシオル商会に影響力を持っている。引き出しから出された封書。意味の分からなかったそれをもう一度広げる。
「それは、緊急伝令ですか?スズサンから急ぎの報せって、珍しいですね」
「・・・彼の患者に関する事だが、確かに珍しくはある」
気怠く床に投げ捨てられた診断書。それを拾い手にした男は首を傾げた。
「これは・・・?何ですか?」
見ず知らずの者の診断書。それだけが緊急に送られて来たことに、破落戸の頭領はため息を吐く。
「非常に曖昧で、あの医者にしては気味が悪いな」
平常には温厚に見える青年の顔。彼に仕える部下である男は苦笑いに用紙を折り畳む。
(だからなんであの医者は、診断書を送ってきて、俺たちに何を求めてんだ・・・。便の色、渡されても・・・。要らねえ。でもなあー、後で質問されて、答えられなかった場合、どうなるんだ?)、
ブルリ!「どうしますか?」
「第一緊急伝令で送って来たのだ。・・・焼き捨てず、様子見しろ」
「はい、」、
(様子見・・・、)
シファルと呼ばれる破落戸の頭領アールワール・ノイスは、この二通の報せにより、本来ならば気にも止めない無力で小さな少女に導かれる。
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「あんまり喋らなかったがあのガキ、あの言葉、」
聞き慣れない音は、昔々にこの診療所の主が使用していた言葉。それはスズサンと人々に親しまれる医者、イスト・クラインベールの師匠テツロ・スズキが使っていた音に似ていた。
(黒髪、黒目、幼女に見える体型。・・・共通点は音と目の色だけ)
先達のスズサン、テツロ・スズキと名乗った老人は白髪で、彼を知る王宮の老騎士も、出会いを覚えてはいなかった。
ーー初めから白髪だと言う者。
ーー初めは黒か灰色だったと言う者。
テツロ・スズキは空から落ちてきた落人である。だがファルド帝国で人々に恐れられる魔物のように、破壊するだけの知性の無い者ではなかった。この事実を基にトライド王国では、魔物だとの情報は帝国の国民操作と考えて、落人に関して秘密裏に調査を続けている。
(じいさんは、優れた医者で、普通のじいさんだった。・・・あのガキも、身体の機能も反応も、全てが普通。人と同じ)
むしろひ弱で脆弱な精神の少女は、ソーラウドに理不尽に丸裸に剥かれたがやり返す勇気も無かった。
(・・・・落人、)
「胡散臭えと思ったが、気にしすぎか?」