教師アルドイドの文字手帳
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鳥肉、兎肉、豚肉、
白狐、白狐、好き、好き、
素敵、素敵、
食、食、
馬鹿、馬鹿、馬鹿、
殺す!、殺す!
了解!了解!
焼き鳥、
****鳥
焼鳥、
焼鳥焼鳥、鳥
正解!
道・イド
道イド、道イド、道イド
正解!
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くしゃみをした少女は、大量の鼻水を噴射した。そして鼻どころか、口からも何かを吐き出した。
「きったねぇ・・・、ってか青?、ヤバくないですか?、何出したんですか、こいつ、」
(マジで死ぬ。絶対死ぬ、)
見たことも無い粘液を、身体から吐き出した。それに青ざめたテルイドとアルドイドは、赤い口を不満に曲げた主を覗き見る。
身動きもせずに倒れたままの、少女の額がみるみる腫れてくる。患部は熱を持っているのに、先ほどまで大量にかいていた汗が引いて今度は身体が冷え始めた。
「まずいな。せっかくの拾いもんだ。おい、なんか乗り物用意しろ。この林道抜けて、森から東は平だったな」
ソーラウドの指示に男が二人、木々の中に消える。坊主頭の側面に刺青を入れている大男テルイドは、倒れる少女の身体を無造作にずらしたが、それをソーラウドが制して代わりに小さな身体に手を差し込んだ。
「頭、汚れますよ。めちゃくちゃ鼻たれてんで、それになんか、変な病気持ってませんか、青い鼻水、見たことねえし・・・あれ?」
汚いものを見る目で少女の顔を覗き込んだテルイドは、厳つい顔の眉間を寄せる。それに見下ろしたソーラウドも、同じように白い片眉を疑問に上げた。
少女ミギノの顔中に、大量に張り付いていた異色の鼻水が奇麗に消えている。吹き出した折の粘着性を思い出し二人は疑問に思ったが、奇麗になっている事に文句はなかった。
「え?、見間違いっすか?」
「まあ、血よりか問題ねえな」
「・・・はあ、まあ、そうですか?」
ソーラウドは子供を抱え、手下が進んだ獣道をテルイドと進む。大きな葉をかき分けて見落としそうな細い道を探し、しばらく経つと荒れた休根地が見えた。
「頭、」
先行した細身の少年が木陰で手を振る。それにテルイドが片手を上げると少年は走り寄ってきた。
「車、あったか?」
「もう少し先に、・・・頭、それ、」
「生きてますか?そいつ、」
「生きてるぜ。温けえの。まるで兎だぜ」
「・・・・ですか、」
(兎・・・。この前覚えた肉の種類・・・。もう書ける)
笑う赤い瞳、全身真っ白のソーラウドが腕に包んだ子供を兎と称した。アルドイドは実物を見たことが無い兎を想像し、返す言葉が見つからなかったテルイドは、苦笑いに先を見て目を逸らした。
**
車輪が外れそうな盗んだ荷馬車。何度も轍に嵌まっては、農作業用の馬犬に御者の男は鞭を打つ。その度に、老いた馬犬の悲鳴が聞こえた。
「なあ、テルイド、あのガキ死ぬ?」
「どうかなー、サザスんトコでは元気そうだったけどな」
「だよね。俺、頭の武器、取った奴初めて見た」
「俺もだよ。・・・・・・・・まあ、でもあれ、頭が手を抜いたんじゃねえ?」
ーー「一、二、三、四・・・」
思い出される旋律。ソーラウドの二本の剣を奪い取った子供は、自分たちの首を刎ねようと不気味な数え歌を歌った。
「・・・・、」
大柄な身体でぶるりと身震いしたテルイドは、狭い荷馬車の中、斜め前に胡座で背を丸める白髪の男をちら見する。
薄汚れた白髪、汚れた囚人服に身を包むソーラウドに、大切に抱えられた黒髪の子供。田舎に拠点を構える取引先の庭先で、自分たちの主に歯向かった小さな子供は今は瀕死である。
大都市であるファルドからはあまり遠出をする事はない。久しぶりのグルディ・オーサの田舎での仕事にアルドイドは旅行気分で浮かれていたが、交渉相手のサザスの家で不運にも軍に捕らえられた。
その不運の原因となった子供は、何故か脱走した軍基地の裏手の森に倒れ込んでいたのだ。
「頭、あいつ拾ってきたけど、どうすんのかな?」
「・・・・・・どうすんのかなー。俺もわかんねー」
「ふーん」
頼りになるテルイドが、曖昧に口ごもるのは難しい内容なのだと理解している。
ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴト・・・。
狭くて草臭い荷馬車の中、小声でヒソヒソと話し込む部下に小言を言うでも無く、白狐と呼ばれる彼らの主ソーラウドは子供を見下ろしていた。
「死にそうですね」
ソーラウドの腕の中の少女は、血の気が引いて息も絶え絶えだ。
「そうだなぁー」
つまらなそうに見ていたソーラウドだが、不意に御者の男に顔を上げた。
「追っ手は来たか?」
「いや、まだ見えません。グルディ・オーサ内での落人騒ぎが利いてるんじゃないですか?」
「そうだな、じゃあ、都行きは止めて、トライドの城下へ行け」
トライドの裏町にも支部があり、そこには医者が居るのだ。ソーラウド一味は今回初めて上納金の回収に失敗した。埋め合わせはもちろんサザス家に後々してもらうつもりだが、それを邪魔したこの少女を金に換えなければならない。
「まずは医者だな」
「トライドの医者って、あの人?」
「だなー、」
「「・・・・・・・・」」
ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴト・・・。
荷馬車は道無き荒れ地を、夜通し走り抜けた。
***
ーーートライド王国、城下町。
近隣の農家から拝借した荷馬車に乗り、軍の追っ手も無いままソーラウド達は順調にトライドの下町にたどり着いた。
五十年前よりトライド王国は衰退し、嘗て豊穣な農村国家だったが、グルディ・オーサの戦い以降は王城下に小さな町があるのみだ。それ以外の区域は、完全にファルド帝国の統治下に入っている。ファルドの貴族が帝都より自然の多いトライドを、別荘地として屋敷を管理しているからだ。
元々のトライド国民は、今はひっそり城下町に集って暮らしている。帝都の住民との貧富の格差は天と地ほどに離れている。
ソーラウドは城下の古びた屋敷へ入った。入り口にスズイーンと木札に書かれているここは、トライドの診療所だ。医者はスズサンと呼ばれる男だが、自分が見た目が美しいと主張して常に女装をしている。その彼の恋愛対象は北方民族の女のみのようで、思いは難しく未だに独り身であるらしい。
「ヤラレル、」
「ある意味、あのクスリよりヤバイよな」
「相変わらずっすね、」
「臭え。ここ、毒の臭いがする、」
「行くぞ」
意を決して乗り込み、無事に怪我人を医者に託した一行は、古びた町の中に溶け込んだ。
***
ーーー古い娼館の一部屋。
三人はこの町を仕切る男に挨拶に行った。シファルという名で、シオル商会の会長である。
ソーラウドは先代の会長と縁があり、その会長の支持で今の立場までのし上がったのだ。裏の組織は結束も何も無い。帝都に居る大勢の部下達も、頭は誰でもいいのだ。そんな砂上の一角に座るが、ひっそりと生きる小者より、力を持っているということがとても重要だった。
そうすれば、シオル商会と繋がっていられるのだから。
ソーラウドは全身に色素が無く、瞳も赤いまま生まれてきた。今は記憶に無い親からは、幼い頃に捨てられたのだ。物珍しさと気味の悪さから誰かに奴隷商に売られ、十三頃の歳まで金持ちの屋敷に飼われていたという。
来客用への見世物になることが仕事だったが、歳を重ねるごとに性奴隷として売られる事になった。それを機に飼い主を殺して逃亡し、裏町に住み着く様になったのだが、その方法を教えてくれたのが、飼い主と知り合いだったシオル商会の前会長だったそうだ。
独立して裏道を歩く。その珍しい外見のソーラウドの下に寄り集まった者たちも、同じ様な境遇の若者がほとんどだ。人が増え、若い組織となった彼らは、ソーラウドの影響で大組織シオル商会に憧れを抱いていた。
シオル商会は秘すべき組織。裏では大きな力を持つが、存在は常に隠さなければならない。
現会長シファルは、ソーラウドよりも一つ年下の二十三の若い男だが、前会長の息子だけあり用心深く頭が切れる。年下であろうと敬意を欠かしたことは無い。
本来なら、いきなりシファルに会いに来る事は失礼にあたる。田舎の町の上納金の回収報告は、ソーラウドに依頼した帝都の連絡係を通すものだからだ。しかしミギノの治療もあり立ち寄ったシオル商会のお膝元で、さすがに会長に挨拶無しの素通りはあり得なかった。
「久しぶりだね」
悠然と遅れて現れたシファルに挨拶し、グルディ・オーサのサザス家と、落人発生の報告を済ます。
やはり上納金の回収の失敗にいい顔はされなかったが、シファルは話しの中のミギノに興味を持ったようだった。子供の回復を待って少女を連れて来るよう命じられ、ソーラウドはシファルとの会合場所から宿泊部屋へ移動した。
「スズサンの話では、ミギノの回復を知らせてくれると言っていたな」
「はい。いつもの場所に人を回すって事です」
ソーラウド達は、トライドの下町に留まる事となった。
**
「頭は、今日はあの女が来るの?」
「トライドはー、何処の女だっけ?三通りのゼラ?」
「さっき隣の部屋に、七の裏通りのアーシャが居たよ」
「じゃあ俺がゼラ行くわ。お前は?空き部屋あんのか?」
「俺はいつもの所」
「刻告げの塔か。なら他の奴らと、あのガキの見張りは頼んだ」
「了解」
裏の道で、汚れ仕事力仕事をこなして頭角を現すと、金も女にも困らなくなる。その恩恵は仲間たちに分け与えられた。ソーラウドの名が知れ渡る度に、シオル商会の重要な仕事を任せて貰えるようになる。裏で一番のシオル商会の傘下であることは、ソーラウド達の誇りだ。
「おばちゃん、今日は兎の肉」
「珍しいな、鳥肉じゃないの?」
「今日は兎の気分なんだー。一番大きいのにして」
ファルド帝国からトライドへの使い走りには、いつも立ち寄っている。幼い頃よりこの店を訪れていたアルドイドの偏食を、店の女は気にかけていた。
「一人かい?奴らは女んとこか?」
「うん。あ、その葉っぱ巻くなよ、俺それいらない」
「なんでも食いな。テルイド超えるんだろ?これ食わないと、大きくなれないよ」
「えーーー、・・・、その葉っぱ、ごわごわして喉に詰まるんだよな・・・」
紙に包まれた温かいクラウの肉巻を片手に、トライドの町を一望出来る塔に登る。刻を報せる鐘が鳴る塔の中央付近に、アルドイドの寝床があった。
煉瓦造りの塔の内部。意外にも鐘の音が反響しない塔の中は、よく逢い引きに利用される。アルドイドの入り込んだ部屋は無機質な機械室で、恋人たちの出入りは全く無かった。
「やっぱ噛めば噛むほど飲めねえ、葉っぱ、」
仲間内でも屈強な姿の、テルイドが脳裏に過ぎった。口に残り続ける葉の繊維を、無理やり飲み下しそれを水で流し込む。一息ついたアルドイドは、窓から夜の町並みを見下ろした。アルドイドのお気に入りの風景、崩れかけた町並みを青い星が照らして陰影をつくる。少しの間その景色を眺めた少年は、肉の包みを片手に、懐から取り出した手帳を床に開くと文字を書き込み始めた。
「鳥肉、兎肉、豚肉、と、えーと、えーと、グ、ラン、」
汚い文字で書かれた東大陸文字の一覧は、年の初めにソーラウドがくれたもの。学校に行ったことのないアルドイドだが、数字と文字は書けるようになれと渡された。借金の取り立てに幼い頃より付いて回った少年は、金勘定は同じ年齢の子供よりも優れていたが、それを数字や文字に書き示す事に苦戦する。
ーー「ほら、これ見て覚えろ」
ソーラウドの書いた汚い文字を横目にみていたテルイドが、意外と知られていない奇麗な文字で同じ手本をくれたのだが、アルドイドは忠実に尊敬する男の文字を真似ている。店先に書かれた文字を目で追い記憶し、それをボロボロの文字表から拾い出して言葉を綴って数ヶ月。覚える文字が徐々に増えてきた。
(頭と馬鹿と殺すは書ける・・・!、あ!)
数刻経ち、遠くに響いた塔の振動。鐘の音に気付いた少年は、外套の襟巻きを鼻まで押し上げ古びた診療所に走る。苔生した窓の中、隙間から覗き込んだ診察室の奥には、未だ目覚めない小さな少女が横になっていた。
「誰も来ないか?」
アルドイドが裏手に回ると数人の青年たちがどことなく現れる。痩せた少年の問い掛けに軽く頷く者たちは、そのままどこかに姿を消した。
***
ーーートライド王国、城下町スズイーン診療所。
あれから一週間が経過した。ソーラウド達がトライドに滞在し、連絡無しの三日目でミギノの様子を診療所に見に行ったが、門前払いをくらった。更に音信不通の七日が過ぎ、ソーラウドは重い腰を上げる。
正直、スズサンには会いたくは無いが、医者の元から商品を取り戻さなくてはならない。診療所の扉の前にたどり着くと一つ息を吐き、ソーラウドは古びた重い扉を押し開けた。
「頭、帰って来れるかな、毒の小屋から、」
「おかしな事、言うんじゃネエ」
二人の心配を余所に、半刻程でソーラウドは扉の中から生還した。だがいつになく顔は青白く、赤い瞳はうわの空で宙を彷徨う。
「「・・・・・・・・」」
「・・・・あ、そうだ、俺はシファルとつなぎを付ける。お前等は、ミ、」
「「・・・・・・・・」ミ?」
「ミ、ミギノを愛の肉屋に連れて行け」
「「・・・・・・・・」」
「俺は後から、」
「頭、出て来ましたよ、ガキ」
「!?、」
少し刻を過ぎてミギノがやって来た。濡れた髪、火照った顔。どうやらお湯で洗われたのだろう。悪臭は身体に染み込んではいなかった。
『・・・・』
少女はソーラウドが出会った日と同じ服装、西方基地の軍服に近い姿をしている。そして男たちの真横に立って顔を見上げた。
(((睨んでる、)))
物凄くソーラウドを睨んでいる。
黒い目は座り、赤みがかる丸い白い頬に、口は分かりやすく引き結んでいる。だが凄味は一切無く、身長は低く、立ったソーラウドの肘置きに頭の高さが丁度良さそうだ。それを見て不意にテルイドが吹き出した。
「肘置き!グハッ!」
「生意気な猫みてーじゃないですか?」
アルドイドも思い出した、町の至る所にいる小動物。それに頷き二人は笑う。少女は急に笑い出した男達を、生意気にも片眉を上げて不思議な顔で見返した。
「・・・・・・・」
「頭、じゃあ連れて来ますね、」
「・・・ああ、」
『・・・・・・・・』
((・・・・?))
**
「お手洗い、お手洗い」
「もうすぐそこ、愛の店にあるぞ」
「・・・・?」
『・・・・・・・・ア!フロウ・**********!』
前には痩せたアルドイド、後ろには大柄なテルイド。間に小さな少女を挟んで裏道を歩く一行は奇妙で、通りすがる者たちは振り返り見ている。
「ア・フロウって、聞いたことあるよーな、無いような、なんだっけ?」
「この辺に落ちてるような物なら、あんまり良いもんじゃねえだろ?・・・てかさ、遅っ、おい、もっと早く歩けよ、」
少年が振り返ると、のろのろと下を向き歩く少女にテルイドが焦れている。
「なあそいつ、弱ってるんじゃねえ?」
「診療所帰りだぞ?」
「あの診療所帰りだよ?」
「「・・・・」」
「下手なクスリより、頭がヤラレテそうじゃねえ?」
「・・・・・・・・まあ、なんとも言えねえな」
『ウォ!』
テルイドが少女を小脇に抱えると、すぐに目の前に迫っていた肉屋にたどり着く。太った女が要るこの店は、王族の息が掛かり金のない者たちに食事を分け与える慈善事業をしている。逆に金のある者たちは、この店で食事をすると大目に支払う事がいつからか慣例化していた。
シファルの息が掛かる破落戸たちが、この店を利用することも慣わしとなっている。
「席はあるか?」
大人から子供、庶民から破落戸まで連日混み合うこの店は、トライドの中では清潔感があり美味い物を出す。人をかき分け出て来た給仕の女は、テルイドが連れた少女を見下ろし店の奥を指差した。
「お、ゼラだ。おい、肉、適当に頼んどいて」
「わかった」
座るなり席を立ったテルイドは、括れた腰の妖艶な女ゼラの後を追う。女の体に興味はあるが、いまだに強い香水の匂いに慣れないアルドイドは、給仕の女の大きな尻を見て笑う子供だ。少年に命じられた注文、壁に書かれた献立を見上げると、慎重に覚えた文字を探す。
(肉、肉、あ、あった、あれは、鳥)
『・・・・・・・・』
「姉さん!鳥、三つぶん!」
給仕の返事に安堵し振り返ると、卓の隅、隣に座らせた小さな少女が壁を見上げていた。
「別の肉がいいのか?」
『・・・・』
「あんた、どこで剣、覚えたの?」
『・・・・』
「二刀流、すげえ格好いい。頭はね、俺よりガキん頃、教会の本で見たって。ほら、ファルドの有名な英雄いるだろ?オルディ・・・!」
ここはトライドだと思い出した。禁句の英雄の名前を寸でで飲み込んだアルドイドは、周囲を見回し聞かれなかったかと確認する。
「危ねえ。言っちゃうとこだった、聞こえた?」
『・・・・』
「大丈夫か。良かった。まあ、で、その本で見て、二刀流、自分もやってやるって、技をあみ出したの。すごくない?今じゃファルドでは、二刀流といえば頭だからな。あんたも本で見たの?」
『・・・・・・・・』
剣の話には興味が無いと、黒い瞳は周囲を見回し再び壁の献立を見上げた。
「なあ、あんた、文字書ける?」
『・・・?』
「俺、あれ書ける!」
懐から取り出した手帳に括り付けられた筆、昨日書き記した頁の下に壁に書かれた文字を写す。
「焼き、鳥、は鳥が後ろ、」
書き記した新しい文字。横目でアルドイドの手帳を見下ろす少女に、挑戦的に筆を差し出した。
「書ける?あれ、」
「焼鳥・・・?」
「そう。書ける?」
手渡された挑戦状。手にした筆に頷いた少女は、片方の眉を上げて壁を見た。
「・・・・」
『・・・・』
老齢な神官の様にうんうんと頷くと、書き慣れた手付きでさらりと文字を書き示す。だがテルイドの様に美しい文字は綴りが間違えていた。見たことも無い点の多い角張った文字の後ろ、おまけのように鳥と書かれている。
「・・・書けないの?」
慎重に真顔で頷く少女。同じ様に真顔になったアルドイドは、内心で二刀流に勝ったと拳を握った。
「こうだよ、焼かれると、鳥は後ろになる。でも読み方は前になる」
『*き、*り』
頷く少女は繰り返し、何度かアルドイドの真似をして文字を書いた。
「正解!、書けるじゃん、」
窓から覗き見た教会の神官の様に、自分も少女の真似をした。そして偉そうに正解と書き記し、答合わせをしてあげる。それを素直に感謝に頷く少女。気分を良くしたアルドイドだが、ほどなくテルイドが席に戻ると、自分の勝利を自慢せずに素早く隠した。
「頼んだよ、鳥、・・・」
「おー、だよな、やっぱり鳥だぜ。最高」
女と何があったのか、上機嫌なテルイド。少女はそれにも興味が無いと店内を見回していたが、アルドイドは隠した手帳にほっと胸をなで下ろす。ソーラウドでもなくテルイドでもなく、少女に自分の名を記入させ、覚えさせた事に後ろめたさを感じたからだった。
ーーこれは、俺の名前、
道の後ろは国名なんだ。
イド国への道、
アルド・イド。