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異世界人観察記録  作者: wawa
オーラ公国オーラ城戦場域~
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絶ちがたい想いの果てに



 [そんなこと、してる場合なの?]


 木々の陰から現れたのは、神官服に身を包んだ一人の青年。だが彼の背後には、長剣を帯剣した少年騎士が控えている。そして木々の上空に待機していた竜騎隊は、ファルド軍より更に外側、木立の間に周囲をぐるりと取り囲む様に、巫女と神官が潜んで居ることに気がついた。お互いの武器を鳴らし、殺気と共に声に振り返った黒竜騎士と魔戦士。その間に進み出たアリアは、ため息に首を軽く振る。


 [やはり、戦うことに重きを置いている連中は、頭に血が上りやすいのか行動は早いけれど、戦うことに刻を要しすぎなんだよね]


 〈捕縛しろ〉


 オゥストロの低い声に、エスフォロスが舞い上がり標的に滑空する。だがそれに構わず青い瞳を眇めたアリアは、オゥストロとセルドライに静かに告げた。


 [お前たちがこんな所で遊んでいるから、メイ様を狙う賊に、思うように使われるんだよ]


 〈!?〉


 皇子の言葉に急停止の態勢を取ったエスフォロス。鋭い問いを投げたのは、部下を片手で制した黒竜騎士だった。


 〈賊とは、貴殿らエスクランザのことだろう。今回、メイをエゥルに帰す事を反対しなかった理由は、我らを欺き連れ去るためだ〉


 [・・・・・・・・]


 〈エゥルへの帰還の聖歌は、故意に遮られていたと捕らえた者たちが証言した。始めから、メイを帰す気など無かったのだ〉


 [・・・・僕はね、エゥルに挑戦したんだよ]


 竜騎隊に鎗を向けられ、神官を捕らえられた事を知っている。だがこの期に及んでも、未だアリアは余裕に長身のオゥストロを飄々と見上げていた。そのオゥストロには、片手に鞘を構えて刃先を敵に突きつけるセルドライが対峙する。


 妙に静まりかえった森の中、三軍が集う緊張感を余所に、オゥストロに鎗を突き付けられたアリアは周囲を見渡した。


 [君たちも教会シンシャーで、聞いたことくらいはあるでしょう?昔々、空に浮かぶ天の眼は、異界に住まいし六つの柱、エゥルから地上レールを見下ろしものは、この世の全てを識っている]


 知識の探究者レオスと戦士エルモ。空の国アスからやって来た二人が、この世の地図を作るという子供向けの物語。オゥストロはその内容に、少女の故郷に在るという〔天から監視するもの〕を思い出し、オーラ国への道中に偶然にそれを思い出してメイに語り掛けていたセルドライは、アリアの語りにきょとんと金朱色の目を見開いた。


 [レオスとエルモ、この二人は、最終的には〔鐘を鳴らす者たち〕にたどり着く]


 〈〔鐘を鳴らす者〕とは〔ゴード・セブ〕の?〉


 オゥストロの上空に待機したエスフォロスは首を傾げて、セルドライは〈そうだったな〉とアリアに相づちを軽く頷いた。


 [物語では、レオスとエルモが空の国に帰ることを邪魔する欲深い国の者たちが、セブつの晩鐘ゴードによって裁かれる。これは経典カオンに記された一節を、幼少期から経典カオンに触れさせるために広められた。大人になれば、子供の頃の純粋な信仰心を喚起させる意味で、改めて本節を聞かさせる]


 〈レオスとエルモの物語、なんだってそれをここで、〉


 巫女の少女の神殿を目前に三軍が睨み合い、魔戦士と呼ばれる不穏な者まで参戦した。無言に目を眇めるオゥストロ、エスフォロスは捕らえようとしたアリアの、飄々とした態度に苛立ち焦り始める。メルビウスを始めとするファルド帝国の者たちは、王族が関与する他国のやりとりを静観していたが、実際は取り囲むエスクランザの魔方陣の発動を警戒していた。その中、皇子の語りは静かに続く。


 [二人の帰還を妨げた愚かな人々へ、エゥルから地上レールへ耳に流れる音が響いた]




  ・・・ーー・・・・ーーーーーン。




 〈それと殿下のガーランドへの反逆と、どう関係するのか?〉


 ガーランドに偽り、天上人の少女の帰還の邪魔をした。その罪を問うたオゥストロに、アリアは嘲笑で返した。


 [空に帰るという物語。このレオスとエルモの二人は、天上人エ・ローハだと当て嵌められる。そしてこの二人の帰還を妨げたとある国が、エゥルからの攻撃によって海に沈められたのが西大陸レレントだとすれば、]


 第一の晩鐘により地上の人々の三割が大地に呑み込まれ、第二の晩鐘により海が押し寄せ地上の半分が水に浸る。第三の晩鐘により三割の生命は眠りにつき、第四の晩鐘により地下から炎が湧き上がり生命の三割が消える。第五の晩鐘により害虫の大群が田畑に押し寄せると、第六に大風が人々の三割を連れ去り、そして第七の晩鐘によりエゥルとの誓約グランデルーサは破られて、天上フライヤが地上に落ち、この世の全てが死に絶える。


 〈!!〉


 [遥か昔の物語、エゥルからの攻撃は〔終末のゴードつのセブ〕と解釈される] 


 〈エゥルからの攻撃。ならば皇子は、メイをエゥルに帰さなかった言い訳に、それに挑戦したと言いたいわけか?〉


 [おや?、今回は繰り返さなくても、直ぐにわかって貰えて良かったよ]

 

 人を嘲る態度は崩さない。少女が天に帰ると言った日に微かに憔悴した姿を見せていたが、エスクランザの第二皇子は老齢な教師のように黒竜将に頷いた。



 [ゴード・セブ、天上人エ・ローハエゥルへの帰還を妨げた。これにより、落ちるエゥルはどんな厄災になるのだろうね?西大陸レレントのように、どこかの大陸が沈められるのかな?] 



 静まり返った森の中。全ての国の騎士達が息を飲んでエスクランザの皇子に注目するが、その重たい沈黙をアリアは更に笑って引き裂いた。


 [あはははっ、冗談だよ。まさか将軍と呼ばれる大国の君たちが、今の話を本気にしたのかい?]


 〈!!〉

 「!?」


 自軍の将軍への嘲りに我に返った兵士達は憤るが、その場の怒りを黒竜騎士の低い声音が打ち消した。


 〈我らを欺いた大神官、エスクランザ第二皇子アリアを捕らえろ〉


 木々が途切れた森の切れ間、ぽかりと開けた草生した岩場に、再び流れるようにエスフォロスと相棒の飛竜フエルはアリアに向かう。だが舞い降りる竜騎士に、皇子の背後に佇む少年騎士を始め、周囲を取り囲む神官兵は身動ぎせずに佇んでいる。


 アリアは、為す術無くガーランドに捕らわれるだろう。その様子を静観していたファルド軍のクラストファルに、ある考えが浮かんだ。


 (エスクランザの王族を、ガーランドから救った方が、ファルドには利がある)


 メアー・オーラによる第一皇子との繋がり。更に第二皇子を救うことで、エスクランザとの関係の強化を図る。そう計算したファルド帝国の参謀クラストファルが、流れ来る飛竜に銀色の剣を投じようと手に掛けたその刻、儚げに佇んでいた線の細い皇子が、竜騎士にではなく腕を組むオゥストロに強く発した。


 [メイ様を連れ去った賊の名は、オーラ国関係者である数字持ちエルヴィー。そして恥ずべき事に、我が国の特位を授けた将、トラー・エグトである]  

 

 〈!?〉


 [もしかして、そこに貴男の名前も連なるのかな?オルディオール殿?それとも魔戦士デルドバルセルドライと名乗るのか?]


 〈はは、俺に言ったのか?、俺はあんまり、北方セウス語は、得意じゃないんだ〉


 笑うセルドライの上空には、森に先行したはずのテイファルの部隊がようやく今たどり着く。更に守護隊として神殿の周囲に駐留していた別動隊からは、未だに巫女の少女を確保したとの報告はどの軍にも来ない。


 〈刻を費やした。我々の、足を止めたか〉


 オゥストロの低い声に、向けられたセルドライは首を傾げる。それに巫女の少女が本当に攫われたのだと、ようやく気付いたファルドの騎士達はざわめきに揺らめいた。


 「連れ去った?」

 「どういう事か?、巫女姫ミスメアリが、既に賊によって攫われたと言ったのか?」


 ファルド帝国の混乱はガーランド竜騎士により黙殺され、周囲には皇子を守護する結界の陣を張るエスクランザの神官部隊が立ち並ぶ。〈捕縛しろ〉と、再びオゥストロの低い声が落ち、エスフォロスを始めとする竜騎士が羽ばたき音と共に舞い降りると、皇子は思い出したと人差し指を口元に当てた。

 

 [あ、そうだ。僕は、竜王様の許可はもらってあるから。これからもう少し、第三の砦で天に祈ってあげる事になってるんだよね]

   

 〈!??、〉


 急停止して手綱を引いたエスフォロスに、アリアはにこりと微笑んで手を差し出した。


 [お迎えご苦労だね。乗せなさい]


 〈!??、隊長!?、〉


 振り返った部下の情けない声に、目を眇めるのは黒竜に騎乗した美丈夫。


 〈本国の、我が王の許可を得ただと?〉


 [そうだよ。竜王様の妹君に、ケイシャ様っていらっしゃるよね?あの方はとても信仰心がお有りでね、よく僕の説教を聞きに来るのだよ。だから軍を通さなくても、僕はケイシャ様にお頼みすれば、竜王様と直接ご連絡出来るんだ]


 〈!!〉


 眉間の皺が深くなった上官を再び振り返ったエスフォロスに、[疲れたよ]と、腕を伸ばしたままの自分の姿にアリアは苛立ち文句を言った。慌ててその手をとり引き上げてしまったが、オゥストロは自国の王と王妹の名に沈黙し、微笑む皇子を睨み付けている。


 「オルディオール殿は!?」


 ーーー?


 ファルド軍のざわめきに、存在を忘れていた者を周囲に探すが、そこに不敵に剣を構える英雄の姿は無い。竜王の一存で名を消されたかつての竜騎士。彼は去り際、オゥストロに笑って言った。


 ーー〈また後でな〉


 同じ発音を、自分が別れを惜しんだ少女の口から聞いた。再戦を告げたかつての同胞に腹に鉛が落とされたが、これ以上、無駄に刻を費やすわけにもいかない。


 [さあ早く行ってよ。そろそろお茶の刻が来る]


 〈っ、・・・、隊長・・・、〉


 困り果てたエスフォロスの前に乗り込んだのは、この場の元兇である第二皇子。彼が第三の砦から居なくなる事を望んだ一人として、オゥストロは内心の溜め息に空を仰いだ。



 〈・・・・・・・・〉



 だが裂けることのなかった空を見て、不可思議な少女と再びこの地で出会える事を、喜ぶ自分に気がついた。




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