意図しなかった放棄証書
報告者 オゥストロ・グールド
対象者 メイ・カミナ
対象物 天上国スマホ
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天上人メイ・カミナ所有物について
本人確認により、対象物スマホの軍事的利用価値は極めて低く、故障により使用は不可能である。
(同種の物をファルド国内大聖堂院にて確認。メイ・カミナの所有するスマホよりも破損状況が酷く、使用不可能を確認)
○使用用途として、スマホは通信機器であり、〔天から監視するもの〕〔数百を運ぶ移動兵器〕を操作する事は出来ず、通信と自己情報を管理する備忘録書の役割だと証言。
○専用の部品が不足。
〔ジューデン〕という燃料を使用するが、それは天上国にのみ存在し、類似物、代替となる物は現在は確認できていない。
○ジューデンとは、不足している部品(管のようなもの)を通過し送られる物質。目視できず、光を発して発火機能を備え、素手で触れると痛みを伴う物。この物質こそが重要で、装備しないスマホの単体は、利用価値が無いと思われる。
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減ることの無い怪我人が屯する診療所の入り口。そこで起きた黒竜騎士と天上の巫女の馴れ合いは、各国の兵士と医療士の目に刻まれた。小さな巫女が黒竜騎士に口吻し、それを驚愕に見守った者たちをよそに、二人は仲良く手を繋いで階段を上がる。だが踊り場で待ち受けていたエスクランザの大神官である皇子アリアは、迎えたオゥストロに微笑んで告げた。
[ああ、そう言えば、天上への道がわかったよ]
[道?]
[そうだよ。次の慰霊祭で、青星が最も近づく刻がある。そこで天への聖歌を歌えば、天の道が開けるだろう]
〈!〉
地図を広げても想像出来なかった記されない国。そこに帰る手段があると想定していなかったオゥストロは、軽く目を見開き手を繋いだ少女を見下ろした。
『・・・・・・・・・』
診療所の入り口で、オゥストロに飛び付き騒ぎを起こした英霊では無い。ガーランドの黒竜騎士を脅迫し、公然と口吻て笑った英霊は、怒り近寄る部下と笑顔で現れたアリアが面倒だと、少女の口と鼻から零れ出た。皇子とオゥストロの会話を理解しているのかいないのか、見上げているのは天上人の少女、メイ本人である。
[そうか]
[なんだ。さっきは面白かったのに。そんな反応なの?]
[簡単では無いことは、想像出来るが]
[まあね。これからトライドや、そうだ、君の所の工兵も手伝ってよ。三日で神殿を造らなきゃならないからね]
[三日?]
[そうだよ。三日後にメイ様は天上へ帰るんだ]、
「ね?、三日後だよね、メイ様?」
「はい。天に帰ります。私は」
ーー〈!?、〉
微かにだが、動揺したオゥストロを目の前のアリアは見逃さなかった。青い瞳を細めた皇子は、満面に笑みを浮かべる。
[さっきの茶番も面白かったけれど、今の反応が一番だね。オゥストロ・グールド]
〈・・・・〉
天に帰る手段があるとしても、自分と婚約者である少女が〔帰る〕ことを望むとは思っていなかった。その驚愕をアリアに見られたのだが、そんなことよりも未だ動揺が拭えないオゥストロは、再び少女を見下ろした。
〈三日後、空の家に帰るぞ。・・・オゥストロさん、楽しみだよな。有難う。長い刻を〉
手を繋ぐと、身長差から親子のようにメイの腕は肘まで上がる。そしてオゥストロの大きな手の、中指から小指の三本を小さな手が握っていた。だがそれは、アリアとの会話中に、いつの間にか離されている。周囲への見せ付けに、英霊が階段に向かうオゥストロの腕に飛び付いた。そこから強く握られていた指の温もりは、婚約者の少女によって離された。
〈・・・・・・・・〉
オゥストロが教えることをしなかった、ガーランド言葉は発音が少し良くなっている。告げられた感謝にでは無く、婚約者である少女が他国で成長していた事を考えて、そこに自分では無い他人の介入を感じ取り、胸の内に苛立ちが湧き上がった。
〈また後でな〉
ペコリと頭を下げた少女は、見下ろしたままのオゥストロに背を向ける。軽い足音は、青い塊がころころと転がる、廊下の奥に走り去った。
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グルディ・オーサ基地攻略により、基地を制圧した竜騎隊の最優先事項に、メイの私物の回収があった。そして少女の『すまほ』を発見する事は出来たが、見慣れない素材の薄い板には何も映ってはいない。
以前に少女は、天上には飛竜は存在せず、代わりに大きな金属の乗り物で数百の人々を運搬し、空よりも上から見下ろすものが天上の道の全てを監視すると言っていた。
少女の私物は、医務室として使用されていた一室に、保存紙に包まれて箱に入れられて置かれていた。天上人が天から持ち運んだ物だと確認し、中身を慎重に特別調査部隊が調べる。携帯小冊子、筆記具、簡易化粧品に布製財布、国籍不明の硬貨と紙幣、そして問題の『すまほ』という薄く小さな硬質板。
ーー〈有難う〉、
「・・・・・・、これは壊れています。これは使えません」
調べ尽くされた衣服や私物を確認させると、メイは涙を浮かべて喜んだ。そして少女自身に『すまほ』を渡しても、問題の異物には何も映らない。特別調査隊とオゥストロの前で、小さな手は薄い板の真黒い表面を何度も流すように指で撫でた。だがやはり何も映らない板を見て、悲しげに首を傾げる。
「以前にガーランドで聞かせてくれた。お前の国の話をもう一度聞く」
「以前にガーランドで?」
「俺の部屋で聞いた内容だ。天上、鉄の塊は百を超える人数を運べ、空を飛ぶ。前に、そう言った事を覚えているか?」
「『ィコウキノオト?』、はい。わかります。質問わかります」
「それは〔これ〕で、操作出来るのか?」
長い指はメイが手にした板をさす。「空を飛ぶ」、『ィコウキ?ォレデ?すまほテ?ゥリゥリ』と繰り返した少女は、首を横に何度も振った。
「出来ません。これは」、
『エート、ァンティッタラ・イィオカナ。デンワ、ナンマツ、ッチャイパソホン?』、
「『ィコウキ』関係ありません。これは言葉を運ぶ物。・・・でも、何も運べません。今は」
「今は?」
「これは壊れています。『ォノセカィデワ』、これは良くなりません」
軽く溜め息を吐いた少女は笑い、その様子をつぶさに観察していたオゥストロは表情に嘘が無いと確信した。
〈・・・・・・・・〉
エスクランザ大神官のアリアは言った。天上の巫女の帰還の祭事は、必ず行わなければならないと。そして皇子の言葉を強く支持するのは、ガーランドで天教院本院を有する左翼城。国内では平和の象徴として、巫女をガーランドで保有しようと考える者たちも多く居る中、少女に関する全ての権利は軍議会が持っている。
そして議会の判断に大きく関与するオゥストロが、少女の私物の内容を、右翼で開かれる定例議会で報告した。このことにより、メイの軍事利用価値が低いと決定されたのだ。
少女はガーランド竜王国の脅威にはならず、天上世界の兵器を所有していない。存在価値としては、和平を導く使者であり、黒竜騎士の庇護の対象者である。
これは、婚約者であるオゥストロが、軍議会で天上人の軍事利用の可能性を否定し、妻となる少女への軍の監視の目を遠ざけた報告内容だったのだが、結果的に、少女がオゥストロと共に過ごす刻よりも、天上への帰還を選んだことの後押しになった。




