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異世界人観察記録  作者: wawa
オーラ公国オーラ城戦場域~
57/61

鐘を鳴らす者たちは


 抉れた荒野には貴族の私軍とファルド軍との衝突の痕が点在し、少し離れた先の岩場には死体が点々と転がっていた。


 「おい、あれ、」

 「?、第九師団か?」


 禁色の黒色が目の前を駆け抜ける。かつてその色を最大の味方としていたエールダー軍の若い兵士は、過ぎ去った黒馬犬の乗り手に、弓を射かける事を躊躇った。


 主への忠誠に、ファルド帝国を敵として戦ってきたのだが、想定通りの劣勢となり、自軍は壊滅状態となっている。その中、よろりと戦場で立ち上がった兵士達は、道無き荒れ地を駆け抜ける黒の馬犬と黒服の男に注目した。


 「第九師団か?、敵だ!!」

 「待て、見ろ、あれは当主、エールダー大将ではないのか?、」

 「大将は今、オーラ城にて敵と交戦中だ、こんな所に、居るはずが無い!」




 ーー「おかしい、あれはエールダー公では無い!」




 「団長ゼレイス!、東方向から、未確認の人馬犬が一騎!」


 誰かが指を差した方角には、黒髪に褐色の肌の男が走っている。かつての同胞であるエールダー公家の私軍、ロールダートが率いた第三師団の兵士と斬り結んだのは、ファルド帝国第四師団の騎士団長であるウェルフェリア・ソアル・ディルオート。


 「東方向、その道は我が第四の陣、敵の後方支援はあり得ません」 

 「いえ、それよりも東、山道よりも崖側の方から一騎、どの隊か、隊章が不明です」


 「ならば仕留めろ。我らの戦場域に於いて、不審者を素通りさせては連合の者どもに笑われる」


 

 「団長ゼレイスディルオート!来ました!!」



 「!!?、」


 

 ーーガガッ!!!



 大きな岩場を弓を躱して飛び降りたのは黒い馬犬、騎乗する者の顔を見て、敵味方関係なく動きを止めた。疾走した者は、その場の誰しもが目にした事のある、自国の英雄とされる男。


 「まさか!!」


 「オルディオール?、英雄グラウンド、あれは、オルディオール殿か!?」


 「見て下さい!彼の腹部に、前に、あれは、巫女様ミスメアリではないですか!?」


 傍からは双眼鏡を手にした、部下の悲鳴のような叫び声。過ぎ去った男の内側に隠される様にあるものは、黒髪の小さな子供にも見える。


 「そんな、」


 あちらこちらで敵味方から同じ様な言葉が聞こえる。エールダー、ファルド、両軍にとって〔英雄〕である男の姿を、夢か幻のように見送った戦場では、彼らが通り過ぎた後、誰しもが戦いの手を止めて呆然と立ち尽くした。



 ーーガシャアンッ!

 


 二階の大きな窓辺から城内に飛び込んできた黒い馬犬。魔戦士デルドバルとの戦いに傷付き疲弊した者達は、突然窓から侵入してきた黒い陰に驚愕した。黒い馬犬ドーラに騎乗する男の姿は、ファルド軍では第九師団の隊色と同じ黒。だが該当するエスク・ユベルヴァールではない見慣れない褐色の肌の男は、相乗りに小さな黒髪の少女を乗せている。



 〈・・・・〉

 『・・・・』



 「あれ、巫女様ミスメアリではないのか?」

 「誰だ、あの男は、どこかで見たことがあるような」

 「巫女様ミスメアリは、ご無事なのか?奴に捕らえられているのでは?」

  

 ざわざわと人が集まり馬犬ドーラ上の人物に注目する。その中の一人が、記憶の正体に気付いて指をさした。


 

 「エールダー公だ、あれは、オルディオール・ランダ・エールダー公だ!!」



 王城の広間に飾られる絵姿。エールダー公家の大広間に飾られる絵姿。更には軍から国民に配布された回覧、王立図書館など様々な場所で目にする事が出来る、かつての英雄の転写絵の中のオルディオール。まさにその姿が目の前に佇む。


 「英雄グラウンドオルディオールが、巫女様ミスメアリをお連れになった!」


 〈・・・・〉


 兵士達を見下ろす金朱セラウドの瞳。廊下や階段で未だエールダー公家の私軍と戦う者達も、ざわざわと伝わる言葉に驚き手を止めて口を開ける。


 黒い馬犬ドーラがゆっくりと歩き近寄ると、自然に兵は道を空けるために人垣は裂けて行く。そして間近で男の顔と少女の顔を確認すると、兵士達は確信にオルディオールと巫女を指さし名を呼んだ。


 「オルディオール!英雄グラウンドオルディオール!」


 「英雄グラウンド!!天上エ・ローハ巫女様ミスメアリ!!」


 大階段を駆け上がる黒い馬犬。騎乗する英雄と巫女が通り過ぎ、それを歓声で見送る兵士たち。彼らが過ぎた後には、同胞で争う事に意味が無いと言われたように剣は降ろされていく。


 建国の誓約により突き動かされたエールダー軍と、それと戦ったファルド帝国だが、今までは自国の良心として存在していたエールダーの、突然の離反に戸惑う者が殆どだったのだ。

 


 砂塵が風に流れて、錆び付いた臭いが通り過ぎる。狂気の熱気が拭い去られた戦場の後には、広大な荒れ地と同じ空虚感だけが残される。



 ーーーー・・・・。



 「・・・・晩鐘ゴード、?」



 幻の英雄と初めて目にした天上人、剣を降ろして彼らを見送った兵士たちは、夕暮れの鐘の音がどこからともなく響いてきた事に気が付いた。「また明日」を願い、過ぎ去る現在に別れを告げる。天教院が夕暮れ刻に鳴らす鐘の音が、ぼんやりと立ち尽くす兵士たちの間を静かに通り抜けた。



 ーーーー・・・・。



 崩れかけたオーラ城、天上の巫女と英雄オルディオールが入城したその夜、兵士たちの心も身体も疲弊させた長い戦いは、遂に幕を閉じた。







*********




 



 オーラ城陥落。城内で戦う、オーラ軍の主力戦力であった魔戦士部隊と魔法士部隊は壊滅した。ファルド帝国から離反したクルースト、ロールダート、そしてエールダーは敗北し戦死者が多数となる中で、〔幻の英雄〕が通り過ぎた戦場域、戦意を失った者たちは捕虜となり拘束された。


 今後は甚大な被害を出したファルド動乱により、帝国内の勢力図が大きく変わる。各国が慌ただしく動き回る中、トライドに駐留するガーランド軍は、戦死したガーランド兵と天竜の祭場とすると主張しオーラ城跡地の空中庭園を占領した。それにより再びファルド帝国とガーランド竜王国の緊張は高まるが、その中、天上の巫女が天へ帰還するという情報が各国を駆け巡る。


 

 「巫女姫ミスメアリがオーラ城にて、統轄団長セルディア・ゼレイスと共に魔戦士デルドバルと戦い、反乱軍首謀者のエミー・オーラを討伐したが、重傷を負われた」


 ファルド帝国に待機した貴族院。そこでは戦場に行かなかった者たちが、議場で戦後の方針を議論する。挙げられた第一の議題には、全ての国が自国の者だと主張する、小さな黒髪の少女の事だった。

 

 「そもそも、なぜ我が国の巫女姫ミスメアリを、ガーランドが独占しているのですか?」


 「厄介なことに、巫女姫ミスメアリをガーランドが独占しているとは、言えない状況なのだ」


 「まさか、〔東大陸フラン和平条約〕ですか?」

 

 「そうだ。現在、我が国の巫女姫ミスメアリと共に、統轄団長セルディア・ゼレイスを始め、重傷者がガーランドの飛行部隊により、トライドに運ばれ治療を受けている。あの国は今は、和平条約により中立国として独立しているのだ」


 「だが現状は、ガーランドが軍を配備しているではありませんか!」


 「しかもその場には、エスクランザの神官師団も陣を張る」


 「だがそれを認めたのは、我が皇帝陛下。そして勧めた者は、当の天上エ・ローハ巫女姫ミスメアリなのだ」


 「我が軍の負傷者も治療することにより、あくまで連合軍として中立の立場だと主張しているが、結局はエスクランザ国もガーランドの属国と変わりは無い。その国の大神官が巫女姫ミスメアリの帰還の日取りを、何故取り決めるのだ?」


 「しかしこれには我が国の天教院エル・シン・オールの大神官も、皆が強く賛同しているのです。天上エ・ローハの、天への帰還を妨げてはならないと」


 天教院の古い経典には、天上人の空への帰還を妨げると、天の騎士団が群れを成し、地上を攻撃するという章がある。それを各教会の神官は、派閥を越えて巫女の帰還を阻むなと、同じ忠言を議会に上訴している。


 「〔ゴード・セブ〕か。第一セルド晩鐘ゴードにより地上の人々の三割が死に、第五ヴィー晩鐘ゴードにより害虫の大群が田畑に押し寄せる」


 「そして第七セブ晩鐘ゴードによりエゥルとの誓約グランデルーサは破られて、天上フライヤが地上に落ち、この世の全てが死に絶えるのか?、ははは!経典カオンに記されたエゥルからの攻撃など、信者用のお伽話、所詮はただの迷信だ」


 笑い飛ばした中年の議員。だがそれに、敬虔な天教院の信者でもある議員は眉を顰めて嗜める。


 「だが実際に、空から落人オルは落ちてくる。天上フライヤは本当に在るのだ。そして巫女姫ミスメアリエゥルから来たのだと、ヴァルヴォアール統轄団長セルディア・ゼレイスが証言しているのだぞ」


 「いずれにせよ、巫女姫ミスメアリを取り戻せれば、天上フライヤについての情報が得られるのだ。ゴード・セブについては、それから話し合えばよい」


 騒然とした天空議場。そこでがたりと立ち上がった男に、議員たちは口を噤んで畏まる。常日頃、年若い皇帝アレウスを宥め賺す、普段は温厚なエスティオーサだが、議員長の立場でその場に強く命令した。



 「メルビウス副団長ルスディア・ゼレイスの召喚を!ヴァルヴォアール統轄団長セルディア・ゼレイスが負傷中の今、一刻も早く巫女姫ミスメアリを我がファルド帝国にお連れするのだ!絶対に、他国に奪われてはならぬ!」



   

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