ねえねえ、きいてきいて、
〈ピピピー、ピピピピー、ぴぃぴぃ〉
〈うんうん〉
〈ピピピ、ピピピピピ、ピィピィ〉
〈ピィヨピィヨ〉
〈うんうん〉
〈ピピ、ピピピピピ、ピー〉
〈!!〉
ーーバサバサッ!
〈あ、ごめん。驚かせちゃったね、・・・そう、メイが無人に、〉
ーーーーーーーーー
真存在の者にとって、この地の先住者、この世の長とされるものは太古より体の形を崩さずに、それを維持して力を保ち続ける竜である。
トラヴィス山が無人に攻撃され、この世の審議を行った。三部族の長と飛竜の代表である黒竜の話し合いにより、無人への一先ずの攻撃は見送られる。それを黒竜に決断させたのは、地長が庇護する異質な黒髪の少女の存在によるものだった。
審議が終わり、空の部族のフェオと地の部族のヴェクトは、それぞれの長に許可を貰い再び無人の支配する東の土地に踏み込んだ。目的地は想う少女の居る場所なのだが、ガーランドから道草をしながらトライドへ向かう途中の森で、渡り鳥の群れが不自然にフェオに纏わり付いた。小鳥たちの囀りに笑顔で耳を傾けていたフェオだが、話の内容に目を見開くと纏わり付いていた鳥達は一斉に四方に飛び去った。
**
〈スアハださ。メイ、無人に攫われちゃったんだって〉
〈・・・・・・・・〉
別行動にファルドに向かったが、大きな木の枝に寝転がる大獅子を見つけて忍び寄った。ヴェクトよりも高い枝から見下ろしたフェオは、光を宿さない真っ黒な瞳、困ったように笑い裂けた口元で身動きしない巨体を見下ろす。
〈ねーヴェクトは、その辺の無人から始末する?それともファルドからにする?〉
〈意味なく手は出さない〉
〈!?、まさかヴェクト、まだ〔あれ〕守ってるの?、メイの〔無人を食べないでぇーっ、ヤメテェーっ〕て、お願い?〉
〈この世の長の裁決だ。それを覆して、無人の淘汰を始められない〉
〈ふーん。まあ、確かに。でも大丈夫だよ。三部族の長達には、この事は連絡してあるからね〉
〈・・・・・・・・〉
〈メイが無人の手で喪われれば、無人を勝手に減らしても怒らないんじゃない?〉
〈・・・・・・・・〉
〈まあいいや。長たちの次の裁決を待とう〉
***
ーーー南方大陸、審議の森。
鷹豹のフェオの使いで舞い降りた、伝令の小鳥の言葉に集った三人の長。大獅子のエイグ、牙鮫のレフォーロ、大梟のレウスは森の奥深く、他の部族は立ち入りを禁じられている集会場で顔を見合わせる。
〈メイが愚かな悪無人に攫われただと?〉
珍しく怒気を顕わにした地の長エイグに、それを二人の他部族長は意外だと顔を見合わせる。
〈東側の厄災の誘導、魔戦士を作り出し、沢山の精霊を実験し酷使しているもの、オーラという名の一族にか〉
〈不自然の犠牲者、悪無人の犠牲となった、哀れなメイが喪われれば、飛竜の長は裁決を変えるかもしれないな〉
それはそうだと頷き合うレフォーロとレウスだが、いつになく不機嫌なエイグが二人に金色の目を眇めた。
〈メイを喪えば、無人は淘汰に向かう〉
〈・・・確かに、初めは精霊を飲み込んだメイを、〔厄〕を呼ぶかもしれないものと警戒したが、メイは無人により無人の魂を重ねられた犠牲者だったのだ。それを憐れと保護に賛成したが、所詮はメイは無人なのだ。喪われても、我らが口を出す事では無い〉
〈それに、メイの事は飛竜の長に預けたのだ。我々が決める事ではない。メイに関する裁決は、ガーランドの黒の長に任せてある〉
〈どんな裁決となろうと、たとえこの世の長の裁決が無くとも、あの小さなメイ、不自然の犠牲者を喪えば、地のものは無人の数を減らす〉
〈・・・・〉
〈・・・?〉
いつもの気怠さが無く、エイグの強い意思を見つめた二人の長。レウスは呆れて訝しむが、レフォーロはある心当たりの驚愕に目を見開いた。
〈地長、それは、〉
〈精霊、いや、人の魂を重ねた哀れな無人の少女。私はフェオからしか聞いてはいないが、少し干渉が過ぎないか?〉
薄暗い集会場で光り輝く大梟の白い瞳。大獅子に同調するように不機嫌な口調になったレウスは、フェオからの報告で知る黒髪の少女を思い浮かべてみた。
〈南方に訪れた刻も、三部族で保護をして、強者を戦わせ、勝者に保護をさせようと提案した。お前がそれほどにする事は、メイがただ不自然の犠牲者だからとは思えない〉
〈・・・・・・・・〉
〈エイグ、それは、間近で〔そのもの〕を見ると、お前のようにおかしくなるのか?〉
不穏な空気に落とされた疑問。レフォーロの言葉に〈なに?〉と、首を傾げた大梟。それを大獅子の金色の瞳はひたりと見つめる。
〈なんだ?〔そのもの〕とは?〉
〈〔そのもの〕とは、〔始まりのもの〕の事だ〉
〈!?、な、なんだと、〉
〈うちのスアハが珍しいものに影響を受けやすい子供だとしても、気まぐれなフェオや他の鷹豹が関心を持ち、ヴェクトまでが〔メイ〕を追いかけた。そしてエイグ、お前の様子を見れば、そのものは〔始まりのもの〕以外には考えられない〉
〈何て事だ、それは、飛竜の長は知っているのか?〉
〈黒竜ドーライアは知っている。前回の裁決は、〔始まりのもの〕が彼に謝罪したことにより、飛竜達の山へ攻撃した、無人の淘汰が免れたのだ〉
〈まさか〔始まりのもの〕は、お前や飛竜に干渉出来るほどなのか、〉
張り詰めた空気、無音に沈黙した森の中。黒髪の小さな少女の現状を想像したエイグは、見据えた森の暗闇にため息を吐いた。
〈そうだな。それほどに〔始まりのもの〕は、この身に刻まれる〉
**
〈・・・・・・・・〉
小さな小動物も近寄らない。風の音さえ聞こえない静寂の森の中。三人の長身の男たちを蒼い瞳は陰から覗き見る。
(〔始まりのもの〕って、何?)
部族を司る者しか立ち入れない森の奥。見張りの者たちの目をかいくぐって忍び込んだ小さな魚族は、盗み聞きした内容に小首を傾げた。
(父さまと母さまなら知ってるよね。きっと、にいにやねえねも知ってそう。・・・でも、そんなこと聞いたら、どこで聞いてきたか、ぐるぐるされそう・・・)
無人への攻撃の裁決は、黒髪の小さな無人の少女の生死の確認まで先延ばしにされた。集会場から立ち去った三部族の長を見送った蒼い瞳は、便利な物知りの鯆鮫の情報屋を思い出して弧を描く。
〈クフッ!、グザさんに聞いてみよ!〉
**
「必ず連れ帰る」
「うんっ!!」
大切な少女の追跡に失敗した弱い大犬族の少女は、真存在よりも劣る無人に頼って縋り付く。それを侮蔑に見つめていた碧い瞳は、弱い大犬の少女よりも身動き出来なかった自分に苛ついていた。周囲に彷徨く無人たちに八つ当たりをしないように、平静になろうと一点を見つめていたスアハだが、羽ばたく聞き慣れた羽音に気づいて空を仰ぎ見た。
〈あーあー、スアハ。お前、メイ攫われたんだってー?〉
〈・・・・・・・・〉
耳障りな羽音、切れ長の黒眼を弧に歪めた鷹豹のフェオが舞い降りると、その腰に飛びついた。だがひらりと躱されて再び舞い上がった黒い羽に、スアハは威嚇音を発する。
〈スアハを運んでよ!〉
〈ブーブー!何言ってんだオマエ。重そうだし疲れるし。無理〉
〈ヤダヤダッ!フェオの意地悪!!〉
〈事実だし。オマエ、水飲み過ぎだから、重たすぎ。俺が疲れちゃうだろ?これから沢山、無人を殺さなきゃいけないのにさあ?、な?、ヴェクト〉
見下ろした木の枝には、大きな獣の様に大獅子の男が寝そべる。
〈結局は、また無人の淘汰はお預けだって。食べていいのはオーラ一族だけ。メイを全力で助けなさいって、そんな裁決だったよ。やっぱりメイの、飛竜の長に、ユルシテェーってやつ?そんなに効果あるのかな?〉
〈・・・・・・・・〉
興味ないと瞑っていた金の瞳は、いつになく大人しいスアハを見つめ、そしてまた伏せられた。
〈地長はああ言ってたけど、メイが居なくなったら、また裁決は変わるよね?俺たち三人で、どれだけ無人を減らせるか競争する?〉
笑うフェオの言葉に目を閉じて寛ぐヴェクト、無表情に鳥族の男を見上げていたスアハは首を横に振った。
〈スアハはその競争はしないよ。今はメイを先に見つける競争をフンドシとしてるから〉
それに反応した金の瞳はパチリと開き、音も無く巨体はスアハの真横に飛び降りた。
〈いいなそれ。判りやすくて〉
〈・・・何?〉
〈俺もその競争に参加してやるよ。攫われたメイを捕まえた奴が番だ〉
〈・・・・分かった〉
空で笑うフェオを余所に頷いたスアハ。それを確認したヴェクトは、オーラ公領戦に編制された出陣前のガーランド軍の部隊の中枢に、黒竜の友人である無人の長を見つけて飛び込んだ。
〈・・・・〉
***
ーーーオーラ領、戦場域。
上空から滑空し、掴んでは上空に放り投げる。的中率の悪い弓矢を横目に、投げ飛ばした無人を掴んで更に投げ飛ばすと、別の無人と戦うガーランドの竜騎士の前に落ちた。
〈ギャグギャ!〉
〈あ、すいません、〉
飛竜の動線を遮ったと怒られた。無人で遊ぶことにも飽きてきたフェオは、騒がしく魔石が衝突する地上から離れて、弓矢の飛んでこない城壁に腰掛ける。
〈はーーー。ヴェクトとスアハ、どこだろ。外には居ないみたい〉
怒りをふつふつと溜め込みながらも、居なくなった少女を想い長の裁決に従う者たち。光を宿さない黒い瞳は、肩に舞い降りた小さな小鳥に語りかける。
〈危ないよ、ここは色んな物が飛んでくるから、〉
〈ピピピピピー、〉
〈そうか。メイ、まだ目を覚まさないんだね〉
ピピッ、ピピッっと肩で鳴く、小鳥の囀りに耳を傾けるフェオは、見知らぬ男によって極東の宿屋に黒髪の小さな少女が運び込まれ、眠ったままだと聞いていた。
小鳥たちの嫌いな、混ぜ合わせた草の臭いのする者がメイを見た。傍で眠るメイを眺めている褐色の肌の男は、窓辺で見ていた自分達に木の実をくれた。その男を乗せていた馬犬も、男は悪い奴ではないと言っていた。
(クレイオル・オーラって奴?)
メイを殺そうとした男から、自分達が助けてあげたと自慢気に聞かされた。箱車の荷台から運び出されたメイは瀕死で、それを急いで休める場所に運んだのだと、馬犬は小鳥に語ったのだ。
〈ピピ?〉
〈そーだね。メイが目を覚ましたら、クレイオル・オーラだけは、見逃してあげよう〉




