ばらまかれた手配書(5)
軍隊や私軍、破落戸達との小競り合いに騒がしい帝都だったが、何故かその日は珍しく外の喧騒が静まり返っていた。各地で起こっていた暴動も沈静化したのか、暫く閉じていた店屋が数件開いている。
物騒な武器屋と城下町の娼館通り以外の店が久しぶりに開いた事で、大通りは買い物目的の住民達で賑わっていたが、その中、裏道を走り抜けた少年は、古びた飯屋に飛び込んだ。
「レーヨさん!こんにちは!新しい注文入った?」
「おうイーファか。今日は何もねえな」
「そっか、」
いつもより客が少ない店内を、ぐるりと見回した少年は長棚用の背の高い椅子から飛び降りる。飯屋に飛び込んだのに、何も注文しない行儀の悪い子供だが、それを痩せた男は引き留めた。
「そういや、エスティー地区、どうなってんだ?」
「エスティー?あそこ今、赤の連中が使ってるよね、なんで?」
「ちょっと前から仕入れが途切れた。それに最近、赤の連中もここには来てないぞ」
「・・・・・・・・そうか、気になるね。エスティーか、」
頷く少年は内入れから小袋を取り出すと、飲食をしないのに硬貨を置く。それに「毎度」と返事があり、再び少年は街中に走り出た。
***
ーーーライド家隠れ家。
「まだ返答が無いのか」
「はい。頭であるシファルまで、なかなか繋が取れません。なので白狐が今、ファルド入りしてるそうなので、その方面を当たります」
人相の悪い男と入れ違いに、ライド家の執務室に入ってきた学生風の青年は、話の端に食いついた。
「頭、トライド行くんですか?」
「ああ。だがシファルの奴が捉まらない。・・・この機会を逃したくはないのだが。皇帝の、お前ではないぞ。皇帝アレウスの和平宣言は、言ってみれば侵略された領土を取り戻す機会でもある」
お前ではないと言われた、アウスの名前と同名の本物の皇帝は、東大陸の領土拡大に終わりを告げた。だがそれにより、新たに国内は動き出す。破落戸達の抗争の水面下では、ファルド帝国の支配を受け入れる者達と、それを否定する者達が事態を静観していたからだ。
「破落戸の組織が先駆けようと、結局は正統なる血筋が、貴族の立場を主張してくる。そして貴族が領土を取り戻す事が正統だと、横から獲物を攫う気でいるからな」
「自分達は一切汚れ仕事を行わず、破落戸を雇って情報を得る。そして邪魔な者を排除する。菓子を食いながら機会だけを傍観し、最終的には革命だと名乗りを上げて破落戸を処分ですか」
様々な貴族に情報を売ってきた、アウスは会ったことも無い依頼主を想像して苛ついた。自分達に接触してくる者は常に貴族の下僕で、それを遊びで望んだ本人とは会ったことは無い。
「だが、それが出来ないのがトライド王国だ」
「そのトライドですが、あんな田舎の国王に、頼って大丈夫なんですか?」
英雄オルディオールが関与したことにより、名前だけは残されたが、ファルド帝国には旨味が無いと捨てられた貧困国。
「国王は日々農作業で自給自足をし、国内はシオル商会という破落戸が占拠している哀れな状態じゃないですか。まあ今は、ガーランドが飛んできてるでしょうけど、」
「その何もしない他の言いなりの国王は、実に強かだろう?なんだかんだとあの国は、何もせずに今まで国名を維持しているのだ」
「!?」
「なんだかんだと戦って、ファルドと対立して蹂躙された我らが祖国ラウドは、今は無い。私達には反旗を掲げても現状国が無い。だから我らは、何をやってもただのファルド帝国内の破落戸にしかならない」
「それはそうですが、あ、・・・そうか、シオル商会、」
「シオル商会はトライド国王が背景に付いてる。あいつらだけは、反旗を国王が支援しているのだ。・・・実際は、支援などしていなくて、ただ日々のごとく流されているだけかもしれないが、それでも国王として存在している」
「シオルの奴らの行動の、正当性ですか」
「他国の組織。同じ様にファルドの貴族を闇市で売り捌いていても、奴らの奴隷買い取りの目的に、自国の者達を回収して保護していた事は大きい。それはただの奴隷売買ではなく、自国の国民を保護したと公然と主張出来るのだから」
「・・・そうか!このどさくさに、うちも義勇軍としてトライド王国に混ざり込み、シオル商会の慈善事業に乗るんですね!」
「私達は結局破落戸だ。ちらちら噂されてきた、独立国家形成は、正統なる公主を立てないとならない。その刻が来たら、様々な締め付けに、今までの収入源は封じられる。だが商品を人から物に替えて、これを生き残らなければならない。破落戸の犯罪者のまま追われたい者はそのまま日陰に居ればいいが、これを機に爵位を取り戻すには、やはり慈善事業の実績と、それを認めるトライド王国が利用できる」
「ですが、シオルの奴らが、それをただで呉れるとは思えないんですが」
「ただで貰えるとは思わない。それはシオル商会との交渉になるだろう。それに奴らの反旗の暴動に、こちらは乗ってやったのだ。その見返りは期待できる」
「そうか。ですよね」
なるほどと頷く青年に、見た目は誰よりも賢そうにみえる部下をルイドはしげしげと眺めた。
「だがお前、情報を扱う者なら、手前に落ちている小金を拾うより、先を見ないと駄目だろう」
「はは、ですよね、」
「・・・まあ、先では無く、見当違いの方向に勘が働く事もあるが。赤い馬犬が不穏だと言っていたな」
「・・・はあ、まあ、」
「エスティー通りの地下は、シオル商会が引いた後、赤い馬犬が仕切っていたな。その件で、お前が言っていた魔戦士の侵入の事だが、大蛇の者が軍が騒いでいる魔方陣の件で、」
ーードオン!!!
ファルド国内に響いた地響き。突き上げられる衝撃に身を揺らしたアウスは、椅子から立ち上がったルイドに続いて窓の外を見た。
「あれは、エスティー地区です!」
空に巻き上がる砂煙、ルイドの言葉の先を引き継いだアウスは、その情報を求めに屋敷を飛び出した。
**
白昼に響いた爆音に、人々は何事かと外に飛び出して砂煙を見上げる。また破落戸と騎士団の抗争かと口々に噂は流れるが、そうではないと確信していたアウスは、不自然に居なくなった赤の馬犬の縄張りであるエスティー地区に走った。
(あれは、)
問題が発生したエスティー基線、何故かその大通り付近にシオル商会の幹部が固まっている。それを避けて裏道から表通りに出ると、不自然に住人が居ない町には邪魔な野次馬は居ないが、それよりも厄介な騎士団が地下道の入り口にたむろしていた。
(なんだ、何が起こってる?まさか大聖堂院の連中が残ってて、騎士団の奴らとぶつかったのか?)
魔戦士に占拠されていたエスティー地区の地下道を発見したが、その後は反旗による度重なる騎士団との衝突に、他の組織どころではなくなった。天上の巫女である少女がガーランド竜王国とファルド帝国との戦争の口火を消した直後に、帝国内を二分にするエールダー公家とオーラ公家の離反。それにより始まった国内での騒乱は、未だ沈静化していない。
反旗を示してファルド帝国に抵抗しても、同盟を結んだガーランドの竜騎士までが敵になって襲ってくると、根も葉もない噂話までが出始めて更に混乱は極まっていた。
その中、突然起きた爆破音は抗争による小さな衝突ではなく、大量の魔石を使用し大地を揺るがす大きなものだったのだ。
「あ、皇帝だ、」
往来でそのあだ名を口にする者は限られている。アウスは生意気な少年を発見し怒りに立ち止まったが、少年の顔は珍しく人を嘲笑してはいなかった。
「でね、うちの頭の女見た?」
「ぁあ?、」
でね、の前には何も無かったのだが、真面目な顔の少年に思わず反応してしまう。
「どこの女だよ。まだ生きてる女がいんのか?」
少年が頭と呼んだソーラウドは、今はトライド王国の軍属であるが、最近まで破落戸の白狐と呼ばれていた。そのシオル商会の首領は連れ歩く女が落ち着かない事で有名だった。
「前に言ったよね?巫女様さん。うちの頭の女だって」
「・・・・・・・・あー・・・・。」
思わず零れた気のない返事。ファルド帝国騎士団長がばら撒いた、巫山戯た内容の婚約者号外も思い出す。だがそれと同じく、そのヴァルヴォアール家の家令から受けた依頼も思い出した。
(確か、天上のガキを狙う奴の情報と、邪魔しろってやつ)
肝心のその少女が王城から出て来なく、外出の噂が流れたのは、稀なる獣人を従えてグルディ・オーサに乗り込んだという情報だった。
(そもそも、あのガキを狙ってた連中、既にヤラレタって事後処理だったからな)
貴族からの依頼で天上の巫女を探していた破落戸の一味は、アウスが探し出したが既に再起不能になっていた。その事で、ヴァルヴォアール家の者が、自分と同じ様な情報屋を複数雇っていると判断した。その中の一人に、目の前の生意気な少年も含まれるのだろう。
「それ、将軍様のとこの依頼だろ。おめえみたいなクソガキまで使うとは、貴族って奴は見境がネエ。言っとくが、あの家は同じ内容、俺にも回してるからな」
「それはそれ。うちでは〔そっち〕はゼムさんが一括するって」
「はあ?、ゼム!?、シオルの釣り人が!?」
釣りをする様に餌を落とし、的確に情報を手に入れる。シオル商会一の情報屋は、ファルドの諜報部隊第八師団を偽の情報で攪乱してきた強者である。このゼムの邪魔をすると、悲しい目にあうと裏では他の組織にも畏れられている。
(標的の大事なもんを探し出して、それを紛失させるという、地味で最悪な嫌がらせ・・・)
ブルリ!
物、金、恋人、食べ物、命、紛失加減はゼムの気分によるという。
「そうだよ。だから皇帝も、間違って巫女様さん探してトライド行くと、釣られちゃうよ」
「・・・・・・・・釣られネエヨ、」
「だって皇帝、ヴァルヴォアールの屋敷の貴族の女にも雇われてるだろ?巫女様さんの転写姿、貴族の女に売ってるのって、皇帝だよね」
「・・・・・・・・お前に関係ないだろ、」
アウスは敵と味方の双方から依頼を受け付ける。そして売る情報は、より多く金を払った者が有利になる。そんな当たり前の売り買いだが少年に見透かされ、何故かここに居ない性の悪いゼムにより脅された。
「ゼムさんから助けてあげた借り。今日の巫女様さんに関する目撃情報でいいよ」
「なんだ?クソガキ、・・・てかさ、ほんと、なんだ?」
真摯な顔の少年に、アウスは周辺の異様な様子とエスティー地区の爆破音、それに地下の魔戦士が重なった。真横を通り過ぎたのは、自分達、破落戸に見向きもしないで走り去る軍靴の音。それにアウスは何かに気付いて目を見開いた。
「巫女様、巫女様?、おい、まさか、さっきの爆音に、その巫女様が関わってんのか?、てかなんで、お前がそれを追ってんだ?」
魔戦士と軍隊が積極的に介入する危険な案件。そこに当然のように踏み込んだ少年を、アウスは冷や汗を疑問で押さえ込んで訝しむ。
「だから頭の女だって、言っただろ。それに俺たち、今はファルドの奴らと同盟してる、トライド軍だから」
「は、?、軍と同盟?、・・・、」
ーー「だがお前、情報を扱う者なら、手前に落ちている小金を拾うより、先を見ないと駄目だろう」
「!!!」
目の前の少年の言葉への苛立ちと違和感は、自分の頭であるルイドが言っていた「その先」の話。破落戸としての矜持、今までの生き方を否定された気分でふて腐れていた自分が、目まぐるしく動く刻の流れに乗り遅れていたと、アウスはようやく気が付いた。
「交換条件だ。巫女様の情報と引き換えに、うちの頭とトライド軍との交渉、その場を用意して貰う」
大人の難しい話だと少年は目を逸らして首を傾げたが、あ、と思い出してうんうんと頷いた。
「使える情報だったら、ゼムさんに言っといてあげるよ」
「またゼムか!?、」
「ゼムさん、トライド軍のえらい人なんだ。いきなり貴族になっちゃって、今は作戦考える人、る、ルスディアなんだ」
「作戦参謀長!?、」
今まで破落戸であった性悪の男が、何の冗談か貴族となって、小国ではあるが作戦参謀長にまでなった。それに神妙に頷く少年に、アウスは今のファルドの動乱に、自分も乗ろうと先を見る。
(要するに、その巫女様の情報が、全てに於いて利用出来るって事だ)
話半分に聞いていたファルド将軍の号外。すれ違ってみたが見た目に北方の奴隷と大差がなかった小さな少女。だがその少女には、金で雇えるか分からない男が護衛に付いていた。そして今は、魔戦士に関する一級の揉め事に、その少女が関わっているらしい。
「対象物は巫女のガキ。刻は?」
「出来るだけ早く。でも二刻以降は受け付けないよ。あと、対象物は巫女様さんだけど、欲しいのはエスティー地区から出てった貴族の箱車」
少年を見流して走り去ったアウスの背に、「何でもいいから、わかったら俺の友達に渡してねー」と声が追う。
その辺に転がるファルドの下町の浮浪児は、全て少年に繋がっている。その伝達の速さは、軍の国内操作を上回る事もある。生意気な少年を置き去りに、アウスは自分の持つ手駒を使い少年を上回ろうと躍起になった。
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「この辺、赤の連中が使うって言ってからあんまり来なかったんだけど、皇帝が知ってそうでよかった」
走り去ったアウスを、生意気に腰に手を当て眺めていた少年は、自分が不得意とする地域の情報屋を動かせた事に安堵する。
「ホントは貸しだから、交換条件じゃないけどね。まあいいや、使えない情報だったら、ゼムさんに皇帝もお仕置きしてもらお。」




