こいしの中の少女(4)
「本当か?あの国に居るんだな?」
「はい。く、黒髪の小さな少女ですよね?」
思ったよりも刻を要した。いつもならば狙う対象は貴族の少女が多く、仲間たちに声を掛ければ直ぐに所在が割り出せたのだが、今回は噂だけの見たこともない北方の少女だった。
「ったく、いつ来ても、城下の娼館街よりも汚えな」
「俺はトライドまで来るのは初めてだ。軍道を使えば直ぐなのに、使わせないなんて何のための道だよ。騎士団も偉そうだよな」
破落戸の組織の末端に属していても、騎士団との衝突は割に合わないと、ファルド国内の動乱から逃げるように別の仕事を選んでいる。三人組の青年は、とある貴族の者の依頼で、巷で噂になっている天上の巫女と呼ばれる少女を始末しに来たのだ。
「ウォラ!見ろよ!飛竜だ!!」
一人の叫びに空を見上げると、街並みが遠目に見えたトライド王国の上空に、鳥より大きな黒い影が飛んでいる。それを見て口を開けてはしゃぎ、弓で射落とす真似をする。
「あ、トライド、生意気に検問してるぜ」
今までは何処からでも入ることの出来た瓦礫の街は、今はトライド軍により入国管理の検問所が各所に設置されている。顔を見合わせた若者達は「面倒くせえ」と呟いて、その場を避けて近くの森を横切った。
軍の統制により様々な規律が発生していても、あちらこちらの崩れた壁はそのまま放置されている。穴の開いた瓦礫を潜って、身分の確認無しに入り込んだ三人は、自分より弱そうな破落戸を脅して手に入れた情報によりこの国までやって来たのだ。
「愛の店、愛の店、は、何処にある?」
「てかよ、もしそこに、竜騎士居たら、どうすんの?」
「どうすんの?お前がやっつけてくれよ」
「じゃあさ、帰りに飛竜捕まえて帰ろうぜ。てか乗りてえ」
「でもよ、捕まえるのは無理でも、試しに魔石弾ぶつけてみる?」
周囲には、薄汚い格好の女子供ばかりが目に付く。そこに竜騎士が居ないことを確認して、酒瓶を片手に横並びに道を歩く三人は大声で笑った。
「にしても、汚え町。なんか女も臭そうだよな」
「え?俺別に、臭くてもなんでもいいわ女なら」
「猛者ー!お前男でも、結局なんでもいいんだろ?俺は無理。」
饐えた裏道を我が物顔で歩く三人を、くたびれた衣服の女達がちらりと目を向ける。見慣れない若い破落戸達を見送った者達は、目線を合わせるとそれぞれ仕事に戻っていった。
「あったぜ、あれじゃねえ?」
この裏街道に、汚れた飯屋は一軒だけ。食事の刻は過ぎているが、店の中はそこそこにトライド男達がたむろしていた。
「あれ、シオル商会の奴だ、」
「マジだ。ナニアレ、軍服?ダサ。」
「ほんとトライド、冴えない感じだよな」
店の中の軍服の連中をファルド国内で見掛けたことがある。だがまともに喧嘩をしたことなど無い。三人組の方策では正面からの抗争は面倒なもの。因縁や喧嘩での衝突は格好が悪い事なのだ。だから現在進行形の抗争になど参加はせず、貴族からの依頼で金を稼ぐ。
「でもこん中に、巫女は居なさそうだな」
店内を覗き込んだ一人が顎で示して店裏に回る。すると目的のものは拍子抜けに直ぐに見つかった。黒髪の小さな少女は、一人で店裏にしゃがみ込んで芋の皮を剥いていた。
「え?、マジでアレ?北方人のガキ?」
「あれが噂の巫女様かよ、」
「うっそだろ。俺、ヤル前にヤロウと思ってたのに、あれはネエーわー・・・」
**
「このおいもは、おゆのなかでゆでられる」
人気の無い飯屋の裏口に座り込み、篭に山と積まれた芋を真面目な顔で剥き続ける黒髪の少女。剥いた芋を別の篭に移すのだが、少女は一つ一つの芋の行き先を考えていた。
「このおいもは、アツアツのいたのうえ」
一面に並んだ剥かれた芋に微笑んだ。そして次の芋を手にすると、丁寧に小刀で皮を剥く。その背後に、不審な三人の影が忍び寄った。
ーーーカラン・・・。
「?、」
何かの音に振り向いた、目線の先には空き瓶が一つ転がっている。首を傾げた少女だが、再び手元の皮に集中することにした。
**
「何すんだ、離せ!!」
小さな少女を襲おうと忍び寄った裏口。たが突然布を被せられ、腹を殴られ意識を失った。目が覚めた場所は薄暗い何処かの空き家。捕らわれた恐怖に身は竦むが、それを悟られないように虚勢に声を張り上げた。しかし目の前で笑うつり目の細目に、関わることが無いと思っていた存在を思い出す。
「え、あ、あんた、まさか、」
「シオル商会のゼム!?」
「あれ?知ってるの?たまに居るんだよね。知ってる人」
たまにではなく、仕事の標的は大抵自分を知っている。その大半は驚愕と恐怖に口数が減ることから、その噂が善くないものだとも理解している。
「あ、あんた、トライドは、シオル商会は軍属になったんだろ、なんでこんなとこ、居るんだよ、」
「暇なのかよ!!」
「破落戸、辞めたんだろ?」
「辞めたよ。当たり前だろ?しかも忙しいよ。作戦参謀長ってのは、いろいろと考えなきゃならないからなー」
「・・・なんかの誤解だよ。俺ら、別にあんたの縄張り荒らしに来たわけじゃネエんだよ、」
「そ、そーだよ、」
青年はうんうんと頷いてはいるが、涼しげな表情に感情は全く見えない。それに三人は、周囲に無言で立っている軍服の男達に気が気でないのだ。そこに平坦な声が落ちた。
「でもさあ、殺し屋はさー、路地裏を大声で歩いちゃ駄目だよねえ。金銭を受け取ったら、もう素人じゃねえんだから。ださくない?ダサイコトッテ、ダメジャナイ?あれ?それって、あんた達の仕事の流儀じゃなかった?」
「あ?、へ?、?、」
後ろ手に縛られ膝を付きポカンと口を開けた一人に対し、察した二人は目を見開いて恐怖の鉛を飲み込む。静まり返った空き家の中で、三人を無表情に見下ろす軍服の破落戸達。その中で、正面のゼムだけが不気味に明らかに笑っていた。
「大蛇の巣、末端構成員。名前は面倒だから、一番、二番、三番、にしとく?」
「!!!」
「な、な、なんで、知って、・・・!」
集会も行かず、頭への正式な挨拶もしたことは無い破落戸組織には義理も無い。貴族の小間使いとして小金を稼ぐために組織の名前が使えると、人を介して何となく参加しただけなのだ。もちろん日常生活の周囲には、破落戸に与したことは汚点になると言ったことは無いのに、他組織の男は知っていた。その男は「釣り人」というおかしなあだ名で呼ばれている、嘘か本当かシオル商会一の情報屋だという。
「うちってさ、あんた達の言ってるとおり、軍隊としては他の国より冴えない感じだろ?だからね、暇な奴らが多いんだ。大蛇の末端構成員の仕事ぶりや趣味や方針まで、調べちゃうような、暇な奴らがね、」
「「「!!?」」」
手にした紙を目の前でひらりと振った。それを目で追いかけると、ゼムは眉を顰めてため息を吐いた。
「本当は、末端構成員なんて、釣ったって旨味は無いんだけどな。とりあえず、お前らうちの子狙った件で、もう終わりだから。しかも俺の帰宅の刻を、こんなくだらねえ事で遅らせやがって。巫山戯んなよ」
「!?、」
「あ、そうは言ったけど、ヴァルヴォアール家の頼み事、引き受けるって言ったの俺だった。巫女ちゃんに集う塵掃除、あの子に手伝ってもらってたんだ。無許可だけど」
とある大貴族は主の婚約者を破落戸達から護るのに、別組織の破落戸達を利用した。内容は同じ〔小さな黒髪の天上人を護る事〕。貴族の間でも名を知られる三人は、その内の二人がシオル商会という、今は解体された組織である。
「だからやっぱり、これは俺の八つ当たりだな」
「でもゼムさん、あんた、今はトライドの軍人だよな?それって、国法によって、破落戸としての行動は、逆に罪になるはずだ!」
「そうだよね。でも、うちって冴えない感じだろ?軍になっても内容は、前と殆ど変わんないから俺の場合。今度は、お前達を餌に、次は依頼主の貴族を釣りますね。でもロールダートはまだしも、アミノはなー。」
「・・・、そこまで、」
「た、助けてくれ、頼む、」
「もうここには来ねえ!」
「確かに。もう来れないね」
周囲に目配せ三人組の視界から外れた。静かな室内に誰かの悲鳴は迸る前に鈍い鈍器に潰される。血糊が飛び散る前に処刑小屋から歩き出たゼムは、遠くから漂う名物料理の屋台にふらりと立ち寄った。
**
「ゼムさん!、おかえりなさーい!!」
「おう。ただいま、ジュー」
箱の中の芋が底になった頃、現れたゼムにジューは駆け寄った。小さな両手には小刀と剥き上がったばかりの芋が握られているが、少女はそれを高らかにゼムに見せつけた。
「このおいもは、あついあぶらにつけられる」
「・・・ああ、それもありか。でもちょっと用意が面倒かも」
「?」
意味は分からないが、ゼムの言葉ににこりと笑う。その少女と同じ様に笑ったゼムは、手にした紙包みを剥かれた芋の上に置いた。
「土産。後で食え」
「・・・はい!!」
お馴染みの紙包みに、中身の丸い食べ物を知ったジューは喜んだ。急いで残った芋の皮を剥こうと再び小箱に腰掛けたが、背を向けた青年を「ゼムさん」と呼び止める。
「きょうのこいしは、どのこのこいし?」
「何だ?」
「ミスメアリちゃん?それともあたらしいこいし?」
「!?」
少女のお陰で作り笑顔が得意になったゼムだが、平素涼しげな表情は変わらない。だがそれを、無邪気な質問が破壊した。
「はあ?、ま、別に、何だってイイだろ。ほら、お芋を全部、やっつけろ、まだ少し、残ってるぞ!」
「やっつけます!・・・うふっ」
「・・・ち、」
トライド軍の初陣に、何となく護りとして手にしたのはいつも追っていた黒髪の少女ではなく、目の前で自分を見上げて笑う少女の姿。天上の少女の加護ではなく、少女の笑顔を選んだゼムの行動を、本人に見られていた事を今は後悔している。
戦場から無事に帰ると、忘れた転写石の説明を繰り返し泣き止まない少女に、困ったゼムは手にした石の方が護りとして役立った事を説明したのだ。その日から、ジューは自分の写る魔石をゼムが持ち歩いているか、確認するようになってしまった。
「いいから、剥け!」
「うふふっ!」
「・・・・・・・・はあ。」




