ばらまかれた手配書(4)
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ーーーファルド帝国、ルイン城。
破落戸の侵略に私軍で応戦した各領地は、国内防衛軍である第二師団が介入し被害を最小限に抑えられた。しかしファルド帝国内では、各地で更なる不穏な動きがあり、大貴族エールダー公家、オーラ公家の帝国離脱により混沌へと沈んでいく。
「最後の良心がファルドを見限るとは、どうなってしまうのでしょう、」
「やはり、現皇帝陛下はお若くて頼りにならないのです。今回のガーランドとの無理な和平案に、エールダー様は我慢が出来なくなったのでしょう」
「それに追従したのがクルースト、そしてロールダートというわけですか」
「お喋りが過ぎますよ」
家令の一言に集っていた者達が散っていく。その中で残った青年従僕は、城内の不満をアスファに告げた。
「この国内の混乱にも関わらず、あのお二人には呆れます」
破落戸の襲撃にも避難せずに手間を焼かせた二人の令嬢。その一人であるフラス・ハルド・ロールダートの娘であるセルフィン・ハルドは客間の一室から岩のように動かなかったのだが、不遜な態度の従者達と共に昨日突然出て行った。
「ロールダート公の謀反により、この城に居られないと判断出来たのでしょうが、セルフィン様は、ルオー様に挨拶もせずに居なくなったのです。あれでも公家の令嬢なのか。そしてもう一方、アミノ公のウェスフェリア様も、」
苛々と怒る従僕を横目に、家令のアスファ・ルオーは未だ残るもう一人の令嬢にため息を吐く。荒れたままの国内に、即座にアミノ公領に戻れとは言えないが、少女は屋敷の主のように君臨しているのだ。その事にヴァルヴォアール家の従僕達は、ここには居ない天上人の婚約者の代わりに女主人を気取る令嬢に憤っていた。
「破落戸達に荒らされた後片付けに、町中は混乱しているのです。当家からも支援に人を割いているのに、この最中、茶会の準備を命じられました!」
「・・・・・・・・」
「ルオー様、ウェスフェリア様にも、この際ご実家にお戻り頂いては?」
「主様より預かった権限に、理由なく他の公家に失礼を与えるものはありません。アミノ公爵令嬢には、今まで通り、心してお仕えなさい」
「・・・かしこまりました」
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「皆様、お足下の悪い中、ようこそお集まりに。この様な騒ぎで、大したお持てなしもできませんでしたが、どうぞお寛ぎくださいませ」
破落戸の侵入を防いだルイン城、その敷地内の大庭園には大輪の花が咲き誇る。東屋に用意された茶会の席で、盛り付けられた花菓子の量を恥じらったウェスフェリアは、暇つぶしのために他領地より呼び寄せた令嬢達に微笑んだ。
「そういえばセルフィン様は、ロールダート公爵が戦で敗走されたことにより、この屋敷には居られなくなったのよね。残念だわ」
「しかもその後、ロールダートはこの混乱に乗じて、国を別とうとする逆賊に荷担したとか。恐ろしい話です」
「血の気の多いと言われる、クルースト様は分かるのだけど、なぜエールダー公爵様も、こんな危険な騒動に巻き込まれたのかしらね」
「その〔最後の良心〕とされるエールダー公ですが、民草の噂話では、オーラ公主と恋仲であったとか、そんな話もありますのよ」
「まあ、ならばオーラ公主様の後を追ったの?それは気になるお話ね」
ヴァルヴォアール公家が所有するルイン城で開かれた茶会。主催者はアミノ公爵令嬢であるウェスフェリア・ロウスである。
「恋仲といえば、天上人の方のお話、聞きました?」
貴族間の噂話や子飼いの破落戸からの情報提供により、令嬢達は最新の世情を把握している。それを競い合うように披露する茶会では、とある少女の話題が出ると、扇子に隠された笑顔の目線はウェスフェリアに集中した。
「なんでも獣人を従えて、戦場に乗り込んだと聞きましたわ」
「子供のように小さな方だと聞きましたけど、ずいぶんと勇ましい方なのね」
「あらそういえば、婦人会ではヴァルヴォアール様の御婚約者だと言われていたけれど、その巫女様、ウェスフェリア様はお会いになったの?」
挑戦的な問い掛けにも、ウェスフェリアはにこりと微笑み受け流す。王城の婦人会では上皇妃に侍る熟年の者達ばかりだったが、ここにはウェスフェリアよりも格の高い者は居ないのだ。
「それが、フロウ様は一度も、天上の方をこの城にお連れにならないのよ。それに大奥様からもお言葉は無いの。・・・婚約者の方を戦場に伴うなんて、その方は御無事なのかしら」
真に婚約者だとするのであれば、なぜ城にも呼ばず、お披露目の宴を催さないのか。更には婦人会の場に於いて、フロウの母親であるヴァルヴォアール公家の大公婦人から、正式な婚約発表が行われないのは不自然だ。そして命の危険を顧みず、戦場に同伴した事に国家的策略を感じる。それを暗に匂わせた。
「まあ、そうなのね。婦人会も、噂では上皇妃様がご不在になられたから、今の会主は副会主のヴァルヴォアール大公婦人となられるのではなくて?」
「ならばウェスフェリア様、フロウ様の御婚約の件も、大公婦人によって、巫女様は白紙になるかもしれないわね」
「そうよそうよ、戦場に行かれる野蛮なお方、大公婦人は将軍様の婚姻相手にお認めにならないわ!」
主催者のウェスフェリアの顔色を窺いながら、ここには居ない天上人を貶し批判する。その中で、薄く微笑んだウェスフェリアは呟いた。
「巫女様、どんな方なのかしらね。お噂では、絶世の美女だとか。御無事だとよろしいわね」
***
ーーーファルド帝国、第一師団情報室。
「ーー以上が、大聖堂院が関与する、魔方陣の捜索状況です」
「魔法院より大掃上発動の刻は算出されている。国内の更なる混乱を避けるため、退避の刻はぎりぎりまで伏せられる事になった」
「・・・はっ」
ファルド帝国騎士団に所属する騎士達は、城下街に家族を呼び寄せている者が多い。近親者にも伏せられた退避勧告を、情報を収集する者達はそれを命令だと心を凍らせて受け入れた。
「第二師団全軍、更に帰還した第四師団が合流した。大きさにすると平地に五十ギガルほどだという。それだけ大きな魔方陣だ。すぐに見つかり発動は阻止できるだろう」
「はっ」
希望的観測ではない。確実に阻止できると想定された作戦に、クラストファルを信じた青年は身を正す。
「では、続きまして、調査番号、零八」
頭に零番と記された資料には、緊急事態の対応に続き、優先順位が高い内容が記される。破落戸による国内の騒乱や大貴族の離反、更には敵国と宣言したオーラ一族によるファルド帝都破壊活動の阻止の為、全ての兵士が総動員で動く中でも、零八番と記された獣人軍事化計画は重要な位置付けであった。
上官が手渡された書類に目を通す前に、素早く部下は口添える。
「この記録ですが、全ての情報は目測です。彼らを探ってはみたのですが、一所に留まる事はなく、話しかけても威嚇されるか無視をされまして、」
書類の次に渡された転写石には、姿を隠し取られた銀髪の少年が写っている。だが隠し撮りのはずなのに、碧だけの瞳は常にこちらを睨んでいた。
「戦場に向かった二頭は、巫女の少女とは戻らずに、情報は彼らと直接対戦した部隊の証言だけです」
明らかに転写石を向けると、いつの間にか背後に回って突き飛ばされる。絵本でしか見たことのない大獅子と鷹豹は、遠くからのぼやけた姿でしか収められなかった。
「ふむ。やはり一筋縄ではいかないな。あと、ただの巫女ではない。巫女姫だと、君から部下にも癖付けなさい」
「は!、失礼致しました」
敬礼に畏まる部下に頷く。グルディ・オーサの戦線に出ていない兵士達は、未だ天上の巫女という存在に敬意を示さない。かくいうクラストファルも、フロウに伴い出撃したエンゲイウスとレスティアオスが、戻った折に少女の凄さについて長く語っていたのだが、大袈裟な内容に悪巫山戯だと一蹴した。
「続けて」
注意に逸れた内容を元に戻す。零八の調査内容は、統轄団長であるフロウにより指示された獣人軍事利用案。だがその後の報告も、獣人がファルド帝国王城に滞在中は、その情報収集に絶好の機会ではあったのだが、注目していた大柄の獣人と羽ある獣人は戦場から戻って来なく新たな特記は無い。そしてファルド城に残された年若い魚族の少年に関しては、警戒心が強くて近寄ることが出来ないという調査の失敗の言い訳だった。
「誉れある第一師団の情報部隊が、お粗末な内容だ。これでは第八師団に、共有情報として渡せるものではない」
「申し訳ありません」
「後は・・・エスクランザの神官殿が、どこまで協力してくれるか」
エスクランザの神官騎士は、護衛のように巫女の少女の傍に居るのだが、正式な挨拶を行っていなかった。潜入諜報部隊である第八師団の情報によると、少女に付き従う神官騎士トラー・エグトはエスクランザでは上位のもので、立場は将軍位であるかもしれないとの事なのだ。
(だがそれも、明確な証拠があっての事では無い。それに仮にそうだとしても、その階級の者が、部下も伴わず護衛として派兵されるわけがない)
北方の国民を奴隷として扱っていたファルド帝国の騎士は、負い目か侮りか、未だ積極的に関わることが出来ずにいた。クラストファルとしては何度か接触しようとしたが、かけた言葉も交わされて、陰のように何処かに行ってしまう神官とは、ろくに挨拶もしたことがない。
「あの神官騎士ですか・・・、あ、そういえば少し前、グルディ・オーサに行きたいと、神官騎士と獣人の少年から申し出が団長に直接ありました」
「直接、団長に?」
「はい。団長から、その刻の感想なら聞いています」
「ふむ。そんな暇があったとは、で、感想とは?」
「それが蛇魚の少年に、突然しがみつかれたそうで、「腰の骨が、断絶されるかと思うほどに重かった」、とのことでした」
「・・・そうか。体重の予測には適応出来る内容だ。となると、見た目は華奢に見えるが、あの少年は団長が今まで付き合った女性たちより、重たいのだな。・・・意外だな」
「そうですね。・・・まさか、百デロスとか、それは超えてはいませんよね?」
「・・・どうであろう。調査によると女性たちの中で一番体重があったものは、七十デロスほどだと記録されているが。まあ、団長の腰が、どの重さまで耐えられるのか、正確なところは私にも分かりかねる」
「確かに」
「蛇魚の獣人に関する調査は、エスクランザの者よりも巫女様にご協力頂こう。あの方は、ガーランドの黒竜でさえ躾けられる方だからな」
「了解」




