天に掲げられた反旗
北には銀の髪紫色の瞳の王族が治めるオーラ公国、西には金の髪青い瞳の民族の小国ファルドの王族グラフィオスが治める領地に隣接していたエールダー領主は、漁業で賑わう諸島民族ラグーの者達と交易し暮らしていた。
その平穏を引き裂いた者が空飛ぶ赤い蛇だった。
王女を攫われ国を閉ざしたオーラ公国、荒れ始めた各国を纏め、強国にしようとしたのがファルド国。そのファルド国王と共に、小競り合いの負の連鎖を断ち切ろうとしたランダ家の当主が、治めていたエールダー領地をファルド国に差し出して、東大陸の統一を誓約したのだ。
エールダー公家の金の穂が交差する紋章は、一羽の鳥と共に交差されていた、小国ファルドの国章。双頭と改められたファルド王国により、元々の剣の交差ではなく、二つの金の穂を与えられた。そのエールダー公家の始まりは、遡れば極東ラグー国の血筋が混じる。なので当主の肌はファルド王族とは違い褐色で、稀に先祖返りか金朱の瞳の者が現れた。
その先祖返りを引き継がなかった現当主グライムオールは、突然現れた得体の知れない天上人に、嘗てのエールダー公家当主である叔父の存在を主張された。
「・・・・・・・・」
自室の卓に広げたのは不自然に切り取られた国旗。それは先々代の当主オルディオールが、後世の当主に残したエールダー公家の存在の疑問。
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「何故いま、空から降りてきて落人と呼ばれた、天上の巫女のこの少女が、オルディオールという私をここへ運んできたのか、それをお考え下さい」
「!?」
「私は嘗て、この国の双頭、最後の良心と呼ばれたエールダー公家の者でありました。その私が、今この刻に陛下の元へ来たのです。大陸統一を、平和的解決と成すために」
「!!」
天啓の授かりの様に目を見開いたアレウス、その表情を見つめていた黒髪の少女は何かを強く確信した。そしてその揺るぎない瞳は、揺らいでしまったグライムオールの瞳の奥を覗き見る。
ーー現皇帝は、ファルド帝国統一の真意を未だ、知らされてはいない。
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「・・・・」
その後は、グライムオールの想像通りに話は進んだ。貴族院の傀儡として育てられたアレウスは、現れた不審な巫女とエミー・オーラに振り回されて、簡単に誓約を破棄したのだ。
「・・・・」
窓の外には、叔父が国旗の双頭を裂いた後、幽閉された塔が聳え立っている。
「当主様、準備が整いました」
頷くと一礼に下がった家令から目を逸らすと、階下では遠乗りの箱車が何台も走り出る。既に北東の別邸に移っている妻と子、多くの従者と必要な荷物。残されたグライムオールは、広げられた国旗に再び目を落とした。
ーー「落人、いや、天上の巫女よ。そして嘗ての我が国の英雄を名乗る者、私は、停戦を命じ和平交渉を進めようと思う」
ーー「陛下、それを、あなたの意志と、そう捉えて宜しいのですか?」
ついにこの刻が来たのだと、
ーー「撤回は、簡単には出来ない事ですが、本当にその道を進まれるのですか?」
〔最後の良心〕であるという、真の枷を嵌められる刻が来たのだと、
ーー「当たり前だ」
その絶望と解放を、誓約者は〔天が落ちた〕と口にするのだ。
陰になり支えると誓ったエールダー一族にとって、ファルド王族からの誓約破棄は、それと戦い死で天に帰るという二重の誓約。そしてファルド王族からエールダー公家には、絶対の信頼と権力を移譲される。互いを護り合う固い絆により、東大陸統一の進軍は始まった。
しかし刻が経ち、絆という誓約は、子孫を縛り付ける呪いに変わる。
(我が一族の、それも先を見る癖のある者は、この現状がいずれ訪れる事を想像出来ただろう)
絶対的権力者である皇帝を前にして、それを素通りしてグライムオールに全ての許可を求めてくる騎士達。不自然な双頭の国旗に、国民の良心の保護と、誓約破棄に際するグラフィオス・ファルド王族を護る為の盾。
それを子々孫々と子に引き継いだ不自然に、オルディオールはそれを引き裂いて疑問を呈した。
ーー「陛下、私は天上の巫女の身体を借りて、この機会を天から陛下へ、届けるために存在しているのです」
(あの少女が、真にオルディオールだとするのならば、これを我が一族の〔絶望〕ととるか〔解放〕ととるか)
主の居なくなった暗く冷たい部屋に、色褪せて裂かれた国旗は、今も広げられたまま。




