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異世界人観察記録  作者: wawa
ファルド帝国領グルディ・オーサ~
4/61

大聖堂院宛 破棄された報告書(3)


 「煩いぞ。お前ら。今、会議中だ。将軍二人、大聖堂院カ・ラビ・オール数字持ち、貴族院議会並の重要会議だぞ」


 「医療師団長ゼレイス・スクアード、申し訳ありません。それが、こいつがあまりにもな嘘をつくもので、つい、」

 

 「なんだ?ミギノがどうした?」


 「はっ、それが、年齢確認をしましたら、十九セルドライだと嘘をつくもので、」



 「「「・・・十九セルドライ?」」」



 「どう見てもセルドーか、・・・大目に見ても十四五セルドヴィーだろ?な、ミギノ、勘違いだよな」


 「十九セルドライ、私は」

 

 「十九セルドライ・・・?」


 少女は頑として譲らない。疑う男たちの中で、エルヴィーだけは徐々に顔を赤く染め始めた。


 「大人だったんだねぇ、ミギノ」


 「お前、十九セルドライって、もう子供が居てもいい歳だから。お前はまだ小学ドトールだろ?」


 「小学ドトール?」、

 『ゥオ、*****、*****アーバッ****ス』


 聞き慣れない小学ドトールにミギノは片眉をメアーの様に上げる。幼い姿の、大人の真似をしたがるそんな様子も可愛らしい。小学ドトールの意味を尋ねたミギノに、エスクは説明した。


 「この国では、十歳から十六歳までが小学ドトール、更に学業を上げる者は大学カトールを進み、学者か教師になるんだ」 


 『***、********』、

 「学校トール、分かります。私は十九セルドライ小学ドトール違う」


 貴族や騎士はまた別の学校らしい。ミギノは頷いて納得していたが、やはり十九という年齢だけは譲らなかった。訝しむ表情のフロウを前に、数字を一から数え始め理解していることの強調を示す。それにメアーは年齢に異を唱えることをやめた。

 

 「北方セウスでも、ここまで幼く見えるやつは、いないんじゃねーかな・・・」


 「・・・ロウセブミアライ、・・・あ!」


 空気を和まずような、穏やかな数字の復唱に、ミギノは何かを思いついた様にエルヴィーに向き合う。それによって、今までの空気が一変してしまうことにも気付かずに。


 「セルドルスタイエルビー四十五エルビー!」

 

 「「!!」」


 「っ、おい、ガキ、・・・・、」


 「・・・・・・・・」


 発見者の少女は、玉狩ルデアりに向かって指をさし嬉しそうに笑う。エルヴィーは、無邪気に突き付けられた現実に表情を落とした。


 (数字だって、理解しちゃった・・・。僕の名前)


 魔戦士デルドバル玉狩ルデアりは大聖堂院カ・ラビ・オールの飼い犬にして使い捨ての駒。出自が一切不明なことから、戦争孤児ではないかと噂される。エミーは数字持ちの名前を封じて自身達を、数字で呼ばせる事を徹底している。


 (変だって、ミギノも僕を避けるようになるかな?)

 

 廊下ですれ違う軍人でさえ、開けた道を作ってくれる。枝葉を切り落とさなくても進める小道のように。そして木々のように何も話すことなく立ち並ぶのだ。


 人形と呼ばれるほど表情も無く、見せかけの社交しか出来ない〔数字持ち〕には、軍関係者も様々な想いが混ざり必然的に触れたくはないものになる。ましてやその想いの根源に触れる、〔数字〕を嘲り強調する事は忌避している。それを少女は発見し、指摘して嬉しそうに笑った。


 『**?********』、

 「エルビー?」


 「・・・・」


 言われたエルヴィーはミギノを見てただ微笑んだ。何を考えているのか分からないそんな表情は、ミギノの前でだけ豊かに変わる。そして彼はいつものように、少女の頭を優しく撫でた。


 (大丈夫。この子はまだ、僕のことは何も分かっていない。だって、僕も自分の事が、よく分からないんだもの)


 不自然に重くなった周囲の空気を変える為、エスクは休憩を進めたがお茶をこの場に運ぶように指示される。会議は中断せずにこのまま進むようで、話題の中心にいる少女は、想像以上に長引いた会議に「お手洗い」とエスクに付いて廊下に出て行った。

 


**



 用意された茶器。それを見たフロウは、再び少女の疑惑の年齢にため息を落とした。


 「十九セルドライ・・・」


 「年齢なんか関係ないでしょ。さっき話はまとまってたよね。ミギノは僕が北方へ連れて行くから問題ないよね」


 決定口調のエルヴィーに、メアーが首を否定に振る。その横では、疲れた表情のエスクが卓に杯を並べ始めた。


 「今が戦争状態ではなくとも、玉狩ルデアりのお前では北方セウスに入国出来ない。大聖堂院カ・ラビ・オールも許可しないし、貴族院だって認めないぞ」


 「えー・・・。許可がいるのか」

 「当たり前だ。出国に旅券が必要なのは何処も同じだろう」


 不満げなエルヴィーを他所に、眉間に皺を寄せたままのフロウはメアーを見る。


 「そうか・・・、北方セウスの辺境。彼女の行動から考えて、高貴な者の出自かもと言ったな?」


 (高貴な者。・・・落人オルにも、貴族が居るのかな?ミギノは貴族?)


 「奴隷か、使える主人の居る者の行動では無いからな。ミギノの行動を見ていて分かるだろうが、然るべき礼儀作法が身についているのに、生き残る為の行動が伴っていない。典型的などこかのお嬢様だろう」


 (確かに。危機感無しに僕に捕まったものね)


 フロウは足を組み、顎に手をかけ思案する。


 「落人オルの物は、どう説明する?ミギノはあれを使いこなしていた」


 「だからそれは、あの子は森で一人で居たんだよ。あの森にはところどころに落人オルの忘れ物が落ちているから、独りぼっちのミギノが拾ったって普通でしょう?僕たちも拾うからね。それにミギノは危機管理が足りないのは、皆の総意でしょう。落人オルの落とし物だなんて、あの子は考えもしないで遊んでいたんだよ」


 落人オルという言葉に反応して、疚しくまくし立てた。それを訝しみ見ていたメアーは目を眇める。


 「遊ぶ、ねえ。」


 触れれば表示が動く、得体の知れない板だった。そして見慣れない不思議な文字を少女は理解している。


 「あの情報を把握できるほどの学習能力を、あのガキが持っているとは思えないな。するとあの板は、北方辺境僻地ど田舎の、未知なる民族文字を変換して表示したことになる」


 「文字は似てるだけかも。だってあの板、色んな記号が表示されていたし。でも落人オルの落とし物は、魔力や魔石を使わない原始的な物だってエミーは言ってたそうだよ。たまたま動く落とし物を、何も考えないご令嬢のミギノが拾っただけだよ」

 

 「しかし、長年ガーランド国との緊張状態が続いている。大陸外だって紛争がある今、どんな深窓の令嬢だって危機管理くらいはあるぞ。・・・それに、令嬢ならば異性に抱きついたりしないだろう」


 「なんなの。お金を払えば誰だって、令嬢だって抱きついてくれるでしょう?」


 言われたエルヴィーは意味が分かっていなかったが、フロウはミギノが何度も気軽に彼に抱きつくのを目撃しているのだ。


 「十九セルドライという年齢なら、尚更あり得ない」


 「まあ、それはなんとも言えないが、よほど田舎で自由に育てられたのではないのか?」


 「あの年齢までか?とっくに結婚しているだろう?」


 ーーお前がそれを言うのか。


 この場の誰しもが思った事だが、誰一人妻帯者どころか婚約者も居ないので、反論も肯定も出なかった。


 子供では無く、逃亡奴隷被害者でも無い。誘拐被害者と本人は主張しているが、誘拐場所も犯人も曖昧。虚言で無いとは言い切れない。軍からミギノへの不審が曖昧になった今、彼女が大人であればこれからは個人での自立が望ましい。


 (ここでは不自由な言葉の教育支援は終わったし、北方セウスへ渡る話し以前に、ミギノがここに居る必要性は無いよね)


 そうエルヴィーは安易に考えていたのだが、ここでフロウが考えていたある事を口にした。


 「北方の貴族として、それを助けたと打診してみてはどうか?」


 思ってもいない方向への話が出た。


 「え、無理無理。フロウ、全然違うから」


 落人オルの関係者とは口が避けても言えないが、焦るエルヴィーは立ち上がる。


 「何がだ?そもそもお前が彼女の保護を依頼してきたのだ。お前にしては、珍しく遭難者を救助して来たと思ったが、結局、面倒だから基地ここへ運んで来たんだろう?」


 「面倒じゃないよ!面倒じゃなくて、えーと・・・」


 落人オルの関係者とは口が避けても言えないのだ。この面々の前では余計な事は一切言えない。落人オルはルルとは違う。凶悪殺人魔物で、確実に排除対象だ。


 「僕さ、えーと・・・ミギノを、エミーに知られたくなかったんだ」


 以外なエルヴィーの発言に、周囲は彼を見る。


 「それは、どういう事だ?」


 メアーの問いに、エルヴィーは大聖堂院カ・ラビ・オール落人オルを結びつけないように話そうと考えた。


 「エミーに浮気がばれたくなかったからか?」

 「そうなんだよ!」


 「でもお前は今さっき彼女の年齢を知っただろう?変な事を考えて、赤面していたではないか」


 「いや、あれは・・・、あの子が子供じゃないってことは、女性として見た方がいいのかな、とか、そういうことだよ、」


 フロウの問いに、確かに幼い少女相手では想像しなかった事を考えた。それは間違いなく、その欲の強いエルヴィーはまた顔を赤くする。


 「いずれにせよ、北方セウスとは国交が無い。北方民族の奴隷被害者も数多くは無いが、帝都で天教院エル・シン・オールが保護している。今まで交渉の窓口が無かったが、ミギノが貴族か身分が高い者の一族ならば、それを助けて保護したと、ミギノ自身にも言わせればいい」


 「無理無理」


 「こちらの交渉人は俺が出ればいいか・・・」


 メアーまでがフロウの話に頷き、エルヴィーにとって困った流れになってきた。


 「ですが、ミギノが貴族でなかった場合はどうしますか?」


 もっともなステル意見に、エルヴィーが大きく賛同する。


 「そうだよ、あの子の言葉、メアーでもわかんないんだよ。北方の人に、怪しまれるよ」


 「その場合は、なんとかなる。違ったで済ませればいいのだ。こちらには確実に引き渡せる北方民族が居る。きっかけさえ掴めれば、今度は彼等を窓口に交渉する。今はお互い間に挟まっているガーランド竜王国の顔色を伺っているからな。兵の捕虜や民間人程度では交渉にはならないが、それが王族貴族ともなると話は別だ」


 北方大陸へは敵国ガーランド王国を避けて、荒れる海流を渡らなければならない。そこまでするには、たどり着いて門前払いでは済まないのだ。王族貴族を助けた。それで門は開く。扉さえ開けばいい。その後は交渉人の腕次第だが、北方民族との繋がりが太く出来ればガーランド王国を、挟み撃ちも可能になる。

 

 「だから、北方の貴族じゃないって、」


 「分からないぞ。北方の西、田舎には方言の強い貴族が住んでいるはずだ。交渉の神官が分からなくても、その線で押し通せる。見た目はほとんど北方人だからな」


 「おかしな事に、ミギノを巻き込まないでよ」


 ーー半年以内に、ファルド帝国はガーランドへは進軍を開始する。


 その為にガーランド王国との最前線になる、このグルディ・オーサ基地を整え始めたのだ。今回の第九師団、第十師団は下見で地ならしである。更に第四師団が東方から移動してくれば、フロウ達第九は王都へ帰還し、第一師団として王都守備強化にあたる。


 五十年後、再びガーランド王国への進軍が議会で決まったのは先月の話で、まだ一部の幹部しか知らない。決定した戦争への道筋に、有益な駒は多い方が良いのだ。その駒の中に、フロウとメアーは不審者のミギノが使えると判断した。


 「ならば早い方が良い。天教院エル・シン・オールから貴族院へ通し、王に北方セウスへの使いを進言しよう」


 「まさかミギノを帝都に連れて行くの?」


 「当たり前だ。直に第四師団が到着する。入れ替わりに第九おれたちは帝都に戻るが、一緒にミギノも連れて行く」


 「駄目だよ!絶対駄目だ!」


 (帝都にはエミーが居るんだから!)


 エルヴィーは、この場に居る者達を敵として認識したような顔をした。


 「一体なんだ?そもそもお前は・・・」


 フロウは、今までの小さな苛立ちをぶつけるように立ち上がった。冷たい碧の目がエルヴィーと対峙する。それを静観していたメアーだが、ここにきてあることに気がついた。


 「おい、そういや、あのガキ。どこ行った?」


 居ない。部屋の中には、見回せど渦中の少女は居なかった。


 「さっき厠に・・・そういえば遅いな」


 エスクも扉を開き、廊下を確認するが小さな姿が無い。代わりに兵士が一人、奥から駆けよって来るのが見えた。彼は今日の門番の報告で、フロウの連れの子供から外出の申し出がありその確認に来たと伝える。


 「外出?、ミギノが、」


 内容に椅子を倒して詰め寄るエルヴィーに、エスクは室内を振り返る。フロウの頷きと共に彼は扉から飛び出した。



**



 (何処?、何処に行ったの?)


 基地を飛び出したエスクは出店通りに、エルヴィーは人通りの少ない裏通りを走り抜ける。


 (ミギノじゃない落人オルの気配があるのに、六十六ロウロウだって、まだどこかの集落に居るかもしれないのに、)


 見つかれば、少女は確実に危険に曝さされる。


 (・・・先に、落人オル六十六ロウロウを始末した方が早いかな)


 背丈の低い集落の建物の連なりは基地を取り囲むように点在し、その奥には鬱蒼と繁る森が見える。


 (・・・そうだ。六十六ロウロウを探そう。それが一番安心かも。落人オルよりも、彼にミギノを見られた方が駄目だよね)



**

 

 

 六十六番ロウロウの滞在しそうな娼館を駆けまわったが、同僚の姿は何処にもない。合理的に軍の見張り台に不審者を問い合わせると、兵士は怪訝な顔をした。


 「だから、僕みたいな格好の男が、この辺りを彷徨いていなかった?」


 「お前が大聖堂院カ・ラビ・オールの者だとは認識できる。だが、仲間を探すことに、軍基地われわれを利用するな」


 「・・・これは、上官命令だよ」


 「なに?」


 「君たちの上官、統括騎士団長、今この基地に居るよね?その団長が、小さな黒髪の女の子を探しているんだ。僕はその手伝いをしている。もう一人の玉狩ルデアりが、その子を連れ去る可能性があるんだ」


 「将軍閣下が?黒髪の少女をお探しだと?、」


 暗黙の了解として部下たちに浸透している、最上級貴族が幼女を玩ぶという善くない噂。動揺を押し隠した見張り台の兵士だが、職務に忠実に派閥の敵である大聖堂院カ・ラビ・オール魔法士ルデアに警戒は緩めない。


 「だが何故、それを玉狩ルデアりである貴様が問うのだ?しかもお前の仲間が少女を連れ去るとは?」


 「・・・・」


 刻が惜しい。無駄な言葉のやり取りに、苛立ちを覚えたエルヴィーは手首に巻いた魔石ぶきを握りしめる。


 (フロウの周辺じゃない兵士って、何回説明しても理解してくれないから面倒くさいんだよね。・・・そういえば、誓約グランデルーサしてるから、この人を魔石で脅したら駄目なのかな?)


 領地内では揉め事を起こさない、フロウの監視下に置かれている現状。だがエルヴィーはここは基地内ではないのではと、屁理屈を考え始めた。


 (見張り台ってギリギリ外側だよね・・・。そうか、もう少し僕が外に出て、そこから魔石で攻撃しても、誓約グランデルーサに触れないかな?)


 「おい、何なのだ?」


 無表情な数字持ちは、無言で数歩後退る。そして不穏に手のひらの赤い石を兵士に掲げた刻、背後から声がかかった。


 「ウォラ!数字持ち!何ここで遊んでやがる!」


 「・・・ステル・テイオン」


 「ローラント中尉!何事でありますか?」


 「サザス家に手入れが入った。報復行動に監視を強化しろ。ここ数日間、周辺に不審者の出入りは無かったか?」


 「はっ!特には、ですがそこの、・・・玉狩ルデアりの仲間と思われる男が一人、数日前に王都への軍道を使用しておりますが、」


 「王都への軍道?他の数字持ちか?」


 促されて頷くエルヴィーは、心当たりの男の数字を口にした。


 「六十六番ロウロウ、僕がルルをあげたから、きっと早めにファルドに戻ったのかも」


 フン、と鼻を鳴らして兵士に命令を告げるステルを横目に、エルヴィーは内心で安堵していた。


 (よかった。ロウロウ、もうここには居ないんだね。じゃあミギノは見つかる事はない。まあ、出来れば彼を、殺したくはないからね)


 面倒事が一つ減った。踵を返してその場を後にしようとしたエルヴィーだが、強い怒声に足を止められた。


 「ステル・テイオン、何なの?」


 「だから、テメェはここで、何してんだって言ってんだよ!サザス家に手入れが入ったって言っただろ?、エスクも、・・・ユベルヴァール中尉が、そこで獣人と破落戸、後はミギノを回収してくる」


 「・・・え、」


 「団長の指揮下にいんなら、テメェも働け!」


  

**



 問題行動を起こさずに、従順で怖がりで慎重だと思っていた少女は、破落戸の屋敷に一人乗り込み怪我をした。


 (サザスって、僕でも知ってる。この辺を仕切ってる趣味の悪い成金。なんでそんな所に行ったの?)


 見張り台から駆け抜けた基地内、診療室にたどり着くと中から軽い足音が戸口に近づいて来た。開かれた扉に見上げたつり目の黒目の上、額には大きな傷当てが巻かれている。

 

 「どうして、一人で外に行ったの?」 


 「ごめんなさい。ごめんなさい」


 笑ってごまかす少女に、エルヴィーの表情が消えた。それは彼の通常装備なのだが、ミギノはこの無表情がとても苦手な事を知っている。だから極力、慣れない笑顔を顔に貼り付けていたのだが、少女の笑顔と傷当て布を見て、自然に作り物の笑顔が落ちた。


 「僕、どうして一人で外に行ったの?って聞いたの」


 厳しいエルヴィーの声色に、少女は姿勢を正す。


 「話し、長い。外に出る。私、楽しむ」


 にへらと、また笑って誤魔化した。語学学習でもなかなか理解できない文字が出てくると、ミギノは諦めたように笑う事がある。だが今は、この笑顔に苛立ちを感じた。


 「・・・・・・・・・・・・で?楽しかったの?」


 低い声の問い掛けに、小さな黒頭は否定を横に動く。


 「・・・だよね。もう二度とこんな事しないでね」


 「エルビー、ごめんなさい」


 目を逸らさずに、自分の名前を呼んでくれた。悲しげな少女の表情に、エルヴィーはようやく安堵の吐息を漏らした。


 「・・・良かった・・・見つかって、本当に、良かった・・・」


 慎重にミギノの頭部の傷を確認すると、そっと肩を抱きしめる。温かな少女の身体、生きている鼓動を確認したエルヴィーに、小さな謝罪が再び聞こえた。



 「ごめんなさい・・・」 




***


ーーー師団長、執務室。



 メアーの所で手当てを受けた後、ミギノはステルに新しい部屋に通された。今までは、メアーの医務室を宿泊部屋としていたが、今回、獣人の治療の為に使うと言われ、移動を指示されたのだ。新しい部屋は、第九師団の棟の中。少し表門からは遠く、館の外に行くにはフロウの執務室の前を通る為、エルヴィーはこれを不当だと主張した。



 「これって、誓約グランデルーサ破棄アスタラ・ビスタだよね」


 「何の事だ?」


 「フロウは怪我をした、ミギノを監禁してるよね?これはあの子にとって害だよね?」


 「監禁ではない。北方への使者、要人として手厚く保護をしている」


 「取っ手の無い、内側から開けられない部屋は牢獄と同じだよ」


 破落戸の家に乗り込み怪我をして戻ったミギノは、軍に目を付けられ監禁された。それを誓約グランデルーサを違えたとして、エルヴィーはフロウの元へ乗り込んだのだ。


 「まさかまだ、あの子を敵国の間者だと思っているの?サザスに捕まった、獣人の子供を助けるために巻き込まれたって聞いたよ」


 「その通りだ。不法に囚われた獣人の子供たちを、ミギノが破落戸の家から救ってくれた。間者だとは、思っていない」


 「なら、あの子をどうして閉じこめたわけ?」


 「閉じ込めてはいない。自由に出入りできるぞ。お前も、ミギノも。ただ、破落戸から保護する為に、護衛兵は同行させる」



 「護衛兵?・・・監視でしょう?」

 



***


ーーーグルディ・オーサ基地、中央棟第五室。



 (お見通しだよ。フロウはミギノを軍事利用する気だ。・・・監禁て、なんで誓約グランデルーサ破棄アスタラ・ビスタにはならないの?)


 執務室から出て進むと、次の扉の前には不機嫌な顔の男が立っている。貴族然とした騎士の男はエルヴィーの苦手なステル・テイオンだった。


 「君が監視人?」


 「監視人?護衛だ」


 「第九師団て精鋭だよね?フロウ直属の君が護衛?・・・ミギノって、そんなにフロウに目をかけられてるんだ」


 「おかしな言い方すんな。面会は半刻だ」


 開かれた扉、質素な部屋の中央に振り返った小さな少女はエルヴィーを待っていた。


 「ミギノ!」


 鍵を開けたステルはまだ戸口に居たが、人目も憚らず抱きつくエルヴィーに呆れて扉の外に出た。メイは為すがままに頭を撫でられ続ける。

 

 「フロウが君を帝都へ連れて行こうとしている。僕は反対なんだ。君は絶対に、帝都へ行っては駄目だ」


 見下ろした大きな黒目は困惑に見つめ返していた。


 「でもこの基地の中では、僕はフロウの指示に従わなくてはならないんだ。だからフロウにバレないように、この部屋から出る方法を考える。ミギノは僕を信じて待っていて」


 エルヴィーの強い言葉に応えるように、ミギノはこくりと頷いた。その二人の間を引き裂くように、乱暴に扉が叩かれる。


 「おい、早くしろ!今日は特に忙しいんだよ!」


 扉が少し開き、隙間からステルの怒鳴り声がする。エルヴィーはミギノに頷き少女もそれに頷き返したが、ざわめく不穏な音にステルが怪訝に廊下の奥を見上げた。


 「・・・・、・・・、何?落人オルが出た!?」


 「落人オル?、」


 扉隙間から漏れた声にエルヴィーは反応し、嫌なことを聞いたと顔をしかめる。だがステルを振り返ったエルヴィーの袖をミギノが引いた。


 「私?落人オル?」


 「!!」


 『っう、!!?』


 無表情、無感情、そのエルヴィーが突然メイの口を片手で強く覆う。男の突然の行動に少女は息を詰めた。それはほんの一瞬で、ステルが次に部屋の中を確認すると、既にメイは開放されていた。


 「エルヴィー、団長ゼレイスが呼んでいる」


 エルヴィーは無表情のままミギノに軽く頷く。その間、少女は全く動かなかった。


 「今行くよ。執務室かな、隣に居るの?」


 立ち去るエルヴィーに、硬直したままのミギノ。しかしそのエルヴィーの猫背の背中に、再び少女の高い声がかかった。



 「ラルドハートを知ってるか?」



 「・・・・・・・・・・え、?」



 問われた名前に身体が硬直した。思考が纏まらなくなり、鼓動が血液が大きく早く脈打つ。


 (なにこれ、)


 初めて聞いた見知らぬ者の名に、身体が心を拒絶するように震え始める。それに呼応して、体内で何かがぶつかるように弾け始めた。


 「う、あ、・・・が、ァアアアアア!」


 「何?どうした?」

 「なんだ?」


 ステルはエルヴィーの変化に驚き、少女が駆け寄ろうとするのを素早く片手を上げて制した。


 「ガアアアアアアアア!!!!!!」


 叫んだエルヴィーは伸ばされたステルの腕をなぎ払い、そのまま彼に殴りかかる。


 ーーーバキッ。


 鈍い音は、ステルでは無く、エルヴィーの腕が扉を叩き壊した音だった。



 「なんだ、おい、貴様!どうしやがった!?、・・・これは、まるで落人オルじゃないか、」

 

 

 「ぐるぁああああああああっ!!!」



 ステルの呟きに、目の前のエルヴィーは咆哮を上げて衣装箱を叩き潰す。見れば手は血だらけで、形相は白眼を向いていた。そして動く度に堪えるように歯を食いしばり口端に血が滲む。


 「エルビー、エルビー、」


 ミギノは情けなく彼を呼びかけるが、その声は全く届いていないようだ。ステルは室内の少女の位置を目だけで確認すると「クソヤロウ!!!」と、エルヴィーに罵声を浴びせて抜刀する。だが喉から唸り声を上げる男は、一度ステルに目線を向けたものの迷わず傍の少女へ足を進めた。


 「こっちだ!!!、そっちじゃねえ!!!」

 

 「え・・・、エルビー?」


 弱者から息の根を止められる事は、自然界での鉄則である。


 エルヴィーは歯を軋ませ顎には涎が垂れる。明らかに正常な状態では無い。一歩、また一歩遅い足取りは少女に近寄り、それと同じだけメイは後ずさりした。


 「こっちだってんだ!馬鹿野郎!」


 ステルは走り込み、胴を横薙ぎに一線。しかし、入ったと思ったその攻撃は、エルヴィーに上から剣の腹を叩き折られて刃ごと柄を掴まれると逆に胸部に重い踵をくらう。強打にステルは倒れ込み、部屋にはメイとエルヴィーだけが残された。


 「やだよぅ止めてよぅ、エルビー、エルビー」、

 『***ーー?、********?、』


 か細い声が響く。声に向かってエルヴィーがまた一歩前に出ると、横から激突した何かに激しく叩きつけられた。


 ーードオンッ!


 「・・・・!!!」


 反射的に目を瞑った少女が恐る恐る辺りを見ると、鉄格子の窓下にエルヴィーが横たわっている。その横には茶髪を一つの三つ編みにした男が立って、無表情にエルヴィーを見下ろしていた。


 「そうなっては、もう終わりね」



 突然室内に響いた声は、女のもの。


 「ロウロウ、後始末をしておいて」


 「かしこまりました」


 声の主が室内に入って来た。背が高く褐色の肌、朱金色の瞳、長い癖のある黒髪の妖艶美人。しかし黒髪の少女は、それに構わず倒れ込むエルヴィーに必死で駆け寄った。


 「エルビー、エルビー、大丈夫?大丈夫?」


 (姉さ、(・・・・・・・・声が、ミギノが、僕を呼んでる、・・・・、)ん、)


 動かない身体。体内で衝突しあう何か。思考が纏まらず、頭の中では別の何かが話し掛けてくる。


 (姉さん(麻痺してる。・・・これ、初めて素手で、ルルを触った感じと似てる・・・、)どこ?)


 「エルビー、エルビー?、」


 「お前が、報告の落人オルなの?・・・ふぅーん、確かに特徴はあるけれど、ただの子供に見えるわね」


 (父さん、母さん(ミギノ、・・・と、この声、・・・これ、オルヴィアさんの話し方・・・?)姉さん、)


 メイは女の粘つく話し方に聞き覚えがあった。だが寄り添う少女の悲鳴に、徐々に意識が鮮明になる。


 「エルビー!巨乳好き!、巨乳好き!、やだよぅ、大丈夫、」、

 『*****?、*******』


 (姉さ(ステル・テイオン、エスク・ユベルヴァール、あいつらのせいでミギノが、大声で変なこと言ってる!)  

 

 揺さぶられ必死に呼びかけられる。すると不意に女の哄笑が室内に響いた。


 「ずいぶんと、下品なもの言いなのね!落人オルが喋るなんて、初めて見たけど、これはこれで面白いわ」

 

 (姉さん(落人オルって言った、オルヴィアさん、ミギノを落人オルって知ってる、)姉さん怖いよ、)


 引いては寄せられる波のように、頭の中の〔誰か〕の思考が重なってくる。体内で爆ぜる苛立ちと相まって、エルヴィーの少女に対する焦りが頂点に達した。


 (姉さん、怖い(誰?、僕は恐くない。僕には姉なんていない。・・・そうだよ、姉じゃない、兄さん、弟たち、そして、あの子、小さなあの子の名は、) 


 『***、****、・・・***、メアー***、・・・った、』


 傍から失われた少女の体温。それに軽い悲鳴と鈍い音。


 (姉さん、嫌だ怖い(あの子の名は、ミギノ?)姉さん)


 突き飛ばされて強かに壁に打ちつけられた少女が見上げると、先ほど自分が居た場所にロウロウと呼ばれた男が立っていた。


 『****、****』

 「ふぅーん、異国語の方が話せそうね。後学の為に資料を作成するのに使えるわ。ロウロウ、お母様も喜ぶわよ」


 (姉さん(六十六番ロウロウが、ここに居るの?)


 「さあ、こんな田舎から直ぐに帰りましょう。それの首と足を刎ねたら子供を連れて来てね。私は先に車に戻るわ」


 (今、なんて言ったの?)ここは何処?)


 身を起こしたミギノは、倒れる男を見てそれと指さした女を驚愕に見つめる。頷くロウロウは、エルヴィーが持っている物と同じ様な袋から細長い棒を取り出すと、カチンカチンと鋸のような物に組み立て始めた。


 『****、』


 無表情なロウロウが倒れ込むエルヴィーに近寄る前に、ミギノは庇うように飛びついた。


 『*****、***』


 (六十六番ロウロウが、ミギノを、ミギノ?あの子の名はミギノじゃない)ん、助けて、姉さん)


 『***、****、******、**************、』

 

 (ミギノ、ミギノじゃない、年が離れて生まれた、小さな妹)ート姉さん、怖い)


 「ロウロウ」


 ーー(・・・名前は、・・・ミリル)

 ーー助けて)出て行って、僕は恐くない)姉さん)姉さんなんか居ない)争に、行きたくなんか)出て行け)行きたくな)出て行け!!僕はあの子を助けなきゃならないから!!!)


 「子供は欠損させては駄目よ」


 興味が無くなったと遠離る女の声、自分に覆い被さる少女の温もり。動かない身体と、敵と認識した同僚の接近。次にドスンという異音がした。


 (!!!)


 ーー「きゃあっ、!!!」


 叩き付けられた鈍い音と、消失した少女の温もり。少し離れた場所からの女の悲鳴。


 (なに、今の、)

  


**



 「失敗したのね、」


 オルヴィアは、廊下に尻をついて座り込んでいた。


 

 「オルヴィアさん、ミギノ何処?」



 部屋の中央で、立ち上がったのはエルヴィー。彼の手には、ロウロウの持っていた細歯の鋸がぶら下がっている。その足下には、本来エルヴィーがなるはずだった姿のロウロウが横たわっていた。


 「ひっ、」


 オルヴィアとエルヴィーに呼ばれた女は、自分の想像を越えた出来事に思考が停止し、呆然と歩み寄るエルヴィーを見つめる。


 「オルヴィアさん、ミギノ、何処?」


 無機質な再度の質問にオルヴィアは我に返り、毅然とエルヴィーを睨みつけた。


 「お前、一体どういうつもり?ロウロウからエルヴィーはおかしくなったと聞いていたけれど、まさか、お母様の言いつけを守らないわけではないわよね?」


 女は颯爽と立ち上がると、赤い絹糸生地の長いローブの裾を叩く。そしてエルヴィーを強く睨み据えた。


 玉狩ルデアりは失敗作。彼らはオルヴィアにとってとても価値が低い。オルヴィアの母親、エミーのただの言いなり人形なのだから。それにオルヴィアが幼い頃から、彼らは大聖堂院カ・ラビ・オールで奴隷以下の存在として扱われている。


 エミーを主上とし、聖導士オーラ家の人間には絶対に逆らえない廃棄物的存在。そのはずだった。





 「ミギノ、何処?」



 煩わしい体内の爆ぜり、それを制してエルヴィーが目を開けると、倒れるロウロウが鋸を手にしていた。それで全てを察し、彼が目を覚ます前に逆に行動を起こした。


 扉の前の廊下には、不様に座り込むオルヴィアがいる。彼女がここに居るという事は、大聖堂院カ・ラビ・オールにミギノの存在が知られてしまったということは明白だった。


 「お前、お母様よ、エミーお母様の言いつけを、守りたいでしょう?」


 玉狩ルデアりというもの達は、全てエミーの言いなりだ。


 エミーの為なら喜んで死ぬ。そこまでする理由の一つは、エミー・オーラに作り出してもらったからだ。


 そのエミーの娘であるオルヴィアも、母ほどではないが玉狩ルデアりを使えるのだ。彼女は幼少期から、よく玉狩ルデアりで遊んでいたのだから。


 オルヴィア自身は彼らを汚いと思い直に触った事は無いが、痛みが鈍い玉狩ルデアりは、通常の奴隷や使用人では出来ない遊びが出来るのだ。それに、数字持ちは数が減れば作り出し、直ぐに補充が出来るとても便利な人形でもある。


 その、奴隷以下の〔数字持ち〕が、まさか自分に逆らうとは、思ってもいなかった。


 「何をするの!離しなさい!」

 「・・・・」

 「無礼者!!!」


 目の前の〔数字持ち〕は、オルヴィアの肌触りの良いローブの襟元を掴み、つま先が浮くほど捻り上げた。未だかつて、この様な暴挙を経験したことの無いオルヴィアは、屈辱を通り越し震え青ざめる。


 「何処?」

 「や、やめなさ、ひぃ、」


 無表情、しかし抑える事の無い殺気に、オルヴィアは気圧されて少女の去った方を指さした。


 「エルヴィー!」

 

 (フロウだ、面倒くさいな、)


 逆の廊下の方向からは、フロウと数人が駆けてくる。エルヴィーはオルヴィアから手を放すと、少女を追って走り出した。




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