天上の巫女(3)
(魔戦士・・・、)
息を潜めて忍び込んだ地下道は、赤い馬犬の縄張りであるファルド帝都地下の基線。人相の悪い者が多い赤の組織の者達は、他組織との接触を好まずに孤立をし、抗争相手のシオル商会の者だけが彼らの実態を把握している。
だがその中で、赤の組織の情報屋と個人的に接触していたラウド家のアウスは、ここ最近はぱったりと姿を見せなくなったその男の事が気になり、前回の失敗を取り戻すべく周囲を調べていた。
いつもは人相の悪い男たちに阻まれて、絶対に先には進めない赤の組織の縄張り。だがこの日、不審に誰も居ない地下道に、ふらりと忍び込んでみた。進めば進むほど、点在する地下住居に人影が見えない事が気に掛かる。更に進んで壁に記された数字の数がどんどんと減り、零線である基線を踏み越えて赤の中心部にたどり着くと、そこでようやく遠目に人影を発見した。
「!!」
ぽかりと広がった地下道に無造作に積まれた酒の箱、咄嗟にその影にしゃがみ込んだアウスは、それから丸一日動けなかった。目の前に現れた地下道の入り口に、身形の良い一人の青年が一人去り、入れ違いに別の者が立ったのだが、それに不気味な何かを感じて素早く身を伏せたのだ。
(・・・・・・・・)
貴族の身形の青年は、アウスが手鏡で姿を確認すると想像通りの危険な姿をしている。高級な礼服に身を包んだのは、美しく若い青年。その青年は、丸一日、全く身動きせずに正面を見据えて立っていた。
(・・・やっぱり、魔戦士と赤の連中は、繋がっていやがった、)
アウスが木箱の影に、息を殺して過ごした永い刻、交代なのか、青年が身動きしたのはきっかり一日経った頃だった。魔戦士と思われる青年が、地下道にくるりと背を向けた瞬間に木箱の影から飛び出たアウスは、次の見張りが来る前に来た道を全力疾走で駆け戻った。
**
ーー赤い馬犬は、大聖堂院と繋がっている。
地上に上がり、ようやく普通に現れた通行人を躱しながら街中を駆け抜ける。だがライド家の屋敷に辿り着いたアウスは、たった一日を地下で過ごしただけで、大きく流れ始めた波に乗り遅れて呆然と立ち尽くした。
「頭、今、なんて?」
「シファルからの伝言だ。奴はついに、破落戸から足を洗う事を決めたそうだ。だから私も、この機に破落戸は、辞めることにした」
「いや、意味がわかんないですよ、なんでシオル商会の頭が抜けるからって、頭まで、」
「トライド王国は反旗を掲げる。その反旗の象徴は、昨日、黒の棺桶で運ばれた天上、巫女様だそうだ」
「へ?、象徴?、が?、・・・このガキ?、」
金に換えるために、複写を重ねて請われるままに売り歩いた。その転写石の中の少女は、転写を重ねすぎてぼやけてきている。だがどんなにぼやけても、シオル商会の象徴として掲げられるような、勇ましく凛々しい姿に見える事はない。
「確かに、このガキに付いてた、騎士と思われる男は飯屋で怪しげな呪言を唱えてましたが、裏はまだ取れてません。本当に、天上人かどうかも、巫女を騙る北方の奴隷かも。・・・それより頭、赤の連中の事なんですが、奴ら、やはり大聖堂院と繋がってます!」
「またそれか。ならば赤い馬犬の縄張りは、敵地として攻めればよいだけだ」
「敵地、それはそうですが、あそこには今、」
「今は赤の者はどうでもよい。アウス、最近のお前の情報は焦点がずれている」
「!!」
「私はこの機に乗ることにした。我が一族は、ヴァルヴォアール公家にこそ、城を奪われた遺恨がある。奴が婚約者だと宣言したその小さな少女が、トライド王国正騎士団の象徴だとするのなら、同じ反旗を掲げる者として、ヴァルヴォアールの虚言から、トライド王国の象徴を取り戻さなければならない」
「反旗、トライドに続き、ラウドもですか?ですが、ラウド公爵が黙ってないんじゃ、」
「奴らは故国を捨てたのだ。我々の邪魔をするなら、ファルド帝国のものとして、それも敵だとするだけ。これからの私たちは、ファルド帝国の中の破落戸組織、犯罪者では無い。今より、憎きヴァルヴォアールに奪われた、我らが領土を取り戻すのだ」
「・・・・・・・・」
数年前よりシオル商会のシファルから、故国の為の反旗を臭わせる話があった。それぞれに国を奪われた者達は、先祖が蹂躙された怒りと恐怖を燻らせながら過ごしている。それを公然と暴力行為に変換した破落戸組織は、敵わないファルド帝国軍隊を煩わせるだけの力は持っていた。
ーーファルド帝国、獅子の会。
「シファルの野郎、様子見が永すぎて代替わりしちまいやがったし、更にその息子である現シファルは、白狐にファルドを預けてこれもまた沈黙が永すぎたが、これを待ってやがったのか」
ーーファルド帝国、大蛇の巣。
「これは天から使わされた、巫女が運んだ天の刻だ。トライド王国の後ろには、ガーランドが控えている。この機に乗らずに沈黙して、いつファルドに傷を負わす事が出来る」
小さな少女は、ガーランド竜王国という大国をファルド帝国に運んできた。疑いようのない真実は、ファルド帝国上空に影を落とす黒い飛影。
既に飛竜が、ファルド帝国上空を舞っている。
そして隣国トライド王国の反旗に呼応する様に、この賭けに乗った者達は故国の大義を空に上げた。
***
ーーーファルド王城、天空議場。
「反旗、トライド王国、」
ファルド帝国ヴァルヴォアール将軍宛に届いた書状、その内容にはトライド王国の独立宣言の主張を、国王代理のノイス公爵家が送ってきたものだった。
「閣下、」
近衛騎士の更なる声に目線をずらすと、王都を背にした小さな少女、その背後に色の違う旗が上がる。
「なんだ、あれは、」
アレウスの声に、貴族議員達も口を開けてそれを見た。あちらこちらと街中に漂う紋章の違う大きな国旗、その一つに身に覚えのあった者は、エスティオーサ左大臣を振り返る。
「エスティオーサ殿、あれは、エスティ公国の、国旗ではないのか?」
「・・・ですが、これは、身に覚えがありません、」
老齢なエスティオーサも、愕然と嘗ての自国の正式な国旗を久しぶりに見た。
「アミノ、ラウド、それに、あれは、イド国の国旗、これは一体?」
何事かと呟く大臣達、将軍であるフロウは黒髪の少女へ目を見開いた。
「これは、あなたの仕業か?」
それに少女は首を振る。
「俺では無い。これは天の刻だ。どうする第一師団騎士団長、足下に、火がついたぞ」
晴れやかに笑う少女をフロウは瞠目し、未だ理解できない青年皇帝と貴族議員へグライムオールは振り返った。
「内紛です。トライド王国、そして我らの王都に反旗が上がっております」
***
ーーーヴァルヴォアール公領、ルイン城。
「これはきっと、天が私に与えてくれた試練なの」
「ウェスフェリアお嬢様、お気を確かに、ああ、おかわいそうに、」
「お嬢様、家令のルオー殿より、至急の言付けが」
王城の茶会の席で、生まれて初めて屈辱を味わった。憔悴しきったウェスフェリアの顔を見て、足早に扉に向かった侍女は首を横に振る。困り顔の従僕は声を潜めると、早く立ち去れと暗に告げる侍女に耳打ちした。
「な、なんてことを、」
「?」
普段は冷静な侍女の震えた声音に、長椅子に項垂れていたウェスフェリアは身を起こす。従僕を追い払い激しく扉を閉めた女は、蒼白な顔でウェスフェリアを見つめた。
「どうしたの?何か、よくない報せ?」
「お嬢様、ここの家令は頭がおかしいのです、なんてこと、」
「だから、どうしたの?」
「この城から、直ぐに出て行けと、あの者は言ったそうです!」
「!!」
**
「お父様に!、この事を、早くロールダートの我が一族に、報告して!」
怒りを表したセルフィンは、各国の将校騎士が集う晩餐会から逃げるように、婦人会の茶会が終わるとファルド王城から帰宅した。そして周囲の者へ明確に命じたのが、天上の巫女と呼ばれる者の抹殺である。
「いい?どんな手段を使っても、必ず天上の巫女と呼ばれる者を、殺して。・・・そうね、その証拠として、死体を転写石に写してきて。それを持ってきた者には、望むだけのご褒美を与えるわ」
「大丈夫だよ、我らが姫君。既に手は打ってある」
「望みの物を手に入れて、直ぐに戻ってくるからね」
セルフィンを慰め勇気付けた青年達と入れ違いに、慌てて従僕が走り寄る。無作法だと苛立ちに睨み付けたセルフィンは、慌てる少年に眉を顰めた。
「お嬢様、家令から直ぐに城から出るようにとの、指示が来ました」
「なんですって!?」
怒りと共に立ち上がり、苛立ちに手元の扇子で少年の頬を打つ。口が切れて呻いた少年を手で払って遠ざけたセルフィンは、豪奢な椅子に再び腰掛け椅子の背にしがみついた。
「天上人?、何とフロウ様が婚姻しようと、この私を、この城から追い出せる者などいないわ」
**
旧ラウド公国の国旗が突然掲げられた。何事かと不審にそれを見ていた住民は、かつてラウド公王の居城があった現ヴァルヴォアール公領に、破落戸が群れを成し向かう様を見て逃げ惑う。
「ルオー殿!この暴動は、各地で起きています!我が領地に入り込んだ賊は、旧ラウド公国の紋章を掲げています!」
「僻地に追いやられた旧ラウドの者達が、この動乱に乗じてヴァルヴォアール公の領地を荒らすことは許されません。全私軍に、暴動鎮圧の戦闘態勢を許可します」
内乱による戦闘行為は、戦争と同様の扱いになる。開戦の宣言は各公主に一任されており、現在のヴァルヴォアール公領に於いては、家令であるアスファ・ルオーが全てを一任されていた。
「領内の住民、別邸の者にも避難の通告を、城内の者は既に避難しましたか?」
「それが、あの二人が、未だお部屋に」
「・・・・・・・・そうですか」
***
ーーーファルド王城、正門前。
突然現れ走り去った第一師団団長に、大広間で皇帝を待ちわびていた指揮官将校達は狼狽えた。緊急事態かと走るフロウを追い掛けた新任の第五師団の男は追いつけず、徐々に距離を離されていく。
すれ違う将校達を振り返りもせずに、大階段を駆け下りたフロウは、控えていた従者に「英雄の旗を用意せよ」と言い付け馬犬場へ直行した。鞍を付けファルド帝国最速の馬犬に跨がると、貴婦人達が通る間は駆けてはいけない正門道を構わず疾走する。身を着飾った女達の軽い悲鳴を障害物に避けながら駈け抜けると、直ぐに正門が見えた。
「主様!」
見慣れた従者の青年が、十人の黒の隊服の騎士と門前に立っている。冴えない色の黄色の布が棒に付けられると、それぞれの騎士に配り始めた従者は、最後に騎乗のヴァルヴォアール家の当主に差し出した。
「これを、我が手にする日が来るとはな」
黄色の花は、北から南、そしてこの東のファルド帝国でも、少しずつ形を変えて全ての大陸に根強く育つ雑草の花。天教院で語られる一節に、天上人の巫女の訪れと共に、見渡す限りの黄色の花が咲き誇ったという。黄色の花は、寒くなると白い綿毛となり、一斉に種は空に舞って各地を巡る。そしてそれは天上でも咲き乱れるのだという。
自らの形を変えても土地を選ばず全ての大地に根付く、その花の色で染められた旗は平和の象徴。そして戦場では、各国で停戦を意味する旗。
(今は英雄とされたが、嘗ての英雄が何を思ってこの旗を持ち、グルディ・オーサへ駆け抜けたのかは分からない)
トライドを救うためにファルド帝国を捨てた嘗ての騎士団長は、政治的利用により英雄と祭り上げられた。だがそれを聞いても、フロウには響くものは正も負も何も無いのだ。
結果、彼は命を落としたという事実だけである。
だが数奇な事に、現第一師団の騎士団長であるフロウ・ルイン・ヴァルヴォアールは、嘗ての騎士団長オルディオールと同じく現在未婚で、対ガーランド戦を止めるため黄色の花で染めた長い旗を持ち、戦場を駆け抜ける事になった。
(ありがとう、英雄オルディオール殿。あなたと五十年前の者達の犠牲、それにより今は在り、私は今回、大掃上を阻止する事が出来た。だが私は、あなたと同じくグルディ・オーサで死して英雄となるつもりは無い)
オルディオールから受け継がれた大聖堂院への敵意、それにより第九師団は継続して暗躍し探らせていた特別部隊は密かに魔方陣を描こうと画策していた魔法士を、グルディ・オーサ領内で捕縛する事が出来た。
この功績は、死しても現れたオルディオールの思いを、後に続く騎士団長が第九師団として形に残し、現在まで引き継がなければ為し得なかったのだ。
「テイル少佐とグランスラー大尉は城の防衛に」
「お前達は付いてくるのか?」
居並ぶ十人の中には、何故か側近の者が二人紛れている。エンゲイウス・ソーサ・エイルドとレスティアオス・ハールは上官に敬礼したが、顔に緊張感はなくへらりと笑った。
「当たり前です。団長だけを、危険な飛竜の巣に放り込みませんよ。しかし、黄花の旗ですか、実に原始的ですね。信号弾では駄目ですか?」
魔石を空高く放り投げて暴発させる。遠目から見ても分かる異変を合図とするのは常識なのに、古来より停戦には薄汚れた長旗を使う。いち早くこの場に集う者の中に居たエンゲイウスは、手にしたくすんだ色の旗に白い歯を見せて笑った。精悍ではあるが、いつも人を見下すように笑う部下。挑戦的なその顔に、ヴァルヴォアールは同感を頷いた。
「停戦の信号弾は、ガーランドと統一では無いからな。我が軍だけが足踏みしても意味は無い」
「そうですね。この緊迫した状況下、停戦が成功するとも限りませんから」
同じく旗を手にして慎重に頷くのはレスティアオス。穏やかそうに微笑むが、停戦の失敗を強く想定して動員された戦闘員の一人である。
「我が婚約者の願いを叶える。この衝突は、必ず止めなければならない」
小さな身体一つで天空議場に乗り込んできた少女が、西の空を指差した。そこに棚引いたトライドの反旗に、ヴァルヴォアールは天の刻を操った少女の顔を思い出して思わず笑みを零した。その上官の見たことの無い表情に、エンゲイウスとレスティアオスは顔を見合わせる。
「その婚約者様ですが、我らが英雄、エールダー将軍の名を騙るとか」
上官を挑発する笑顔はそのままに、婚約者を騙りだと侮辱されたフロウは感心したように部下に頷いた。
「耳が早いな」
「箝口令はまだ、敷かれていませんでしたので。しかもあの天空議場は、我々の警護管轄内」
第一師団は王城近衛騎士団。そして第九師団に選ばれた精鋭は、その兵を指揮する立場にある者達である。エンゲイウスは、部下からいち早く議場の状況を聞いていた。
「私は頭の硬い軍人なので、我が国の英霊を弄ぶ、騙りの巫女を信用しません」
「同意です」
停戦の旗を受け取ったが、今にもそれを放り投げそうなエンゲイウスとレスティアオスの二人の背後には、同じ様な表情の者達が馬犬に跨がり視線はフロウへ集中する。上官の婚約者が幼女であれば笑い話にしかならないが、長年想定してきた敵国ガーランドとのようやくの開戦が、天上の巫女などという得体の知れないものに、国の大事を左右されて素直に頷ける者などいないのだ。
「エイルド大佐は、私と同じく第九師団創設者の、英雄オルディオール殿を盲信していないと認識していたが」
「過去の英雄殿のことは、盲信などしませんが尊敬はしています。彼の行動の結果により、現在のファルド帝国があるのは事実」
「私はどちらかと言えば盲信しています。政略婚姻と見せかけて、民草のように好いた者と婚姻しようとした。エールダー公爵家と統轄騎士団長という立場を棄ててまで。その熱意は私には理解出来ません」
「ハール大尉、話を逸らすな」
「逸れていませんよ。私は、団長にはオルディオール殿の様な、熱意が足りないと感じます」
「熱意?」
「天上の巫女、その者を婚約者として利用する事は理解出来ますが、我が国の英雄の言葉を少女に騙らせるほどの、少女への熱意を団長から感じないと、そう思います」
「・・・・・・熱意、」
「嘗ての英雄オルディオール・ランダ・エールダー将軍を引き合いにするのであっても、その英雄を凌ぐ熱意が団長になければ、形だけの婚約者。力無き巫女が我が国の英霊を騙る事は、真の滑稽です。笑えません」
「熱意、そうだな。確かに私のこの想いは、エールダー公には及ばないものかもしれない」
「我が国の英雄の名、その名に集った我ら第九師団。熱意も大義も何も無い、滑稽にこの停戦の旗は納得出来ません」
レスティアオスがフロウに突き出した黄色の布地、それを手にした者達は同じ気持ちで上官を見つめる。フロウが部下に手渡した物は王命の停戦の旗なのだが、そこに導いた小さな少女をファルドの騎士達は訝しみ、上官や若き皇帝への忠義を揺らす。
「我が国の最大の目的は、東大陸統一。それを目の前に、降って湧いた巫女の言葉に従い、この旗を手にする意味をお教え願いたい」
「・・・・・・・・」
無言のまま空を見上げた。流れる雲に過ぎ去った刻を見たフロウは、進み続けるグルディ・オーサの戦況を想像する。だが上官の涼しげな表情を見た部下は、そこに無力に操られた巫女を重ねて苛立った。
「団長に使われるだけの、騙りの巫女の指示に従えば、我ら騎士団はただの笑いものでしょう」
自分に突き出されたままの反旗を見て、フロウは周囲の部下を見据えた。
「ならばこの現状の全てを、引き起こしたものが、何かは見当は付いているか?」
「?」
「引き起こしたもの、ですか?」
「我々に従属していたはずのトライドから始まる国内の反旗、さらに想像上の獣人を連れ歩き、竜騎士をこの地に呼び寄せた。この五十年、何も無かったファルド帝国の平穏を壊し、掻き乱したものは一体何だ?」
「・・・・」
「・・・五十年、」
「これは全て、一人の少女がグルディ・オーサ西方基地に来た、あの日から始まる」
エミー・オーラにのみ従う人形の魔法士が、感情を持って小さな少女を森から基地に連れて来た。
(思えばエルヴィーも、ミギノに出会わなければ大聖堂院から抜け出す事はなかったのだ)
沈黙した馬犬上の騎士達。黒衣に身を包む特殊隊の精鋭は、エンゲイウスを始め最早誰も笑ってはいない。上官に命令拒否を告げた者達だが、逆に問われてその答えが明確に無いことに口を噤んだ。それを見渡したフロウだけが、その答えを持っている。
「更に問えば、その五十年前に、我が国から失われた代表的なものがある。それは?」
「・・・・・・・・」
上官からの問い掛けに、彼らは答えに導かれた。全ての事は天上の巫女と呼ばれた少女が運び、その少女がたどり着いたファルド帝国には、人々の記憶から薄れてしまっていた英雄が現れたのだ。
「オルディオール・ランダ・エールダー。これは人為では無い。全ては天の刻である」
「撤回します。王命に異議を申し立てた罪科は、王命を果たした後にお願いします」
「同じく」
「必要ない。貴公らの疑問は当然だ。作戦の前の疑問の解消は重要である。・・・それに世間では、私には様々な悪評が付きまとうからな」
顔を見合わせたエンゲイウスとレスティアオスは、それを広めている同僚の男を思い出す。男爵位を授与されてはいるが、エスク・ユベルヴァールは、庶民性の抜けない金に煩い男である。誉れあるファルド帝国第一師団から、何故か別部隊に移動を希望しているのか、エスクは人事の部署でよく見かけるそうだ。
「天上、巫女様に従います」
「巫女姫、団長の婚約者の君の為、ガーランドの竜騎士を止めて見せましょう」
掲げられた停戦の旗、それを握った者達をフロウは見回し軽く頷く。
「この現状を引き起こした者が天上人。その巫女が、我が国の英霊を名乗ると言うことは、我がファルド帝国にとって限りなく僥倖だな」
五十年後、フロウはオルディオールの手にした同じ黄色の旗を持ち、グルディ・オーサ領の戦場を十人の部下と共に駈け抜けた。




