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異世界人観察記録  作者: wawa
ファルド帝国東ファルド天教院本院~
38/61

天上の巫女(2)



 「おや?、道に迷った姫君だ」



 皇帝の大広間には、東大陸統一の為に各将軍将校が集められ激励の言葉を待っている。天空議場からこの皇帝の大広間へは回廊で繋がっており、会議が終了すると式典は開始されるのだ。


 ガーランド竜王国との戦いを前に、将校達が一堂に会し各々交流や情報交換をする中、大広間に小さな花の様な少女が迷い込んできた。


 「どこのお嬢さんかな?」

 「あれは?婚礼服に見えるのだが、」


 隊服だらけの謁見の大広間、その場に現れた小さな花を愛でる者、訝しむ者は様々だが、頼り無げな儚い北方の少女に、誰も衛兵を呼ぶことなく見つめている。


 この中の誰しもが騎士であり、小さな少女に負ける者など居ないからだ。危険性など全く無い。だが少女は怯えることなく広間に足を踏み入れると、居並ぶ将校達をものともせずに中央を突き進み始めた。


 「・・・・・・・・」


 「・・・・あれが、」

 「・・・なるほど、」

 「噂は本当だったか」


 ざわざわと揺れ動く騎士達の合間、皇帝と自軍の上官を待っていた第一師団隊員は、何故か誰にも止められない不審な侵入者を周囲と同じく目で追った。クラフトファル、エンゲイウス、レステァオス、カハス、四人は上位将校であり、軍人として様々な功績を治める彼らは、贅沢に遊び飽きた退屈な貴族達である。そのため、退屈な日々の刺激に軍に入り、第一師団の特殊部隊である第九師団に志願を熱望した変わり者達でもあった。


 「・・・・・・・・」


 「尖火花フラビアが襟にあるな」

 「あれは本気のヴァルォアール家の婚礼装ですね。特殊号外の緊急散布といい、団長は焦っている」

 「何にだ?婦人会に邪魔されないようにか?簾院議会の親父殿達が、団長の正妻がどの家になるかを賭けたが、全部外れて仕切り直しに慌てているな。くく、」


 簾院議会とは、爵位を跡継ぎに移動し、公爵から大公爵となり戦争や政務の表舞台から引退した者たちである。水面下では国政に関与するが、彼らの主な仕事は経済界で大きな賭け事をし、国で遊ぶ事だ。そして婦人会とは、ファルド上皇妃が主催するお茶会である。上皇妃、大貴族の配偶者、大貴族の親戚、貴族の親戚の準位付けがあり、王城のお茶会や晩餐会に参加できるのは、大貴族の親戚までである。その他の貴族は公爵家の茶会に招かれる事で、貴族としての存在価値を示さなければならない。


 この簾院議会と婦人会は、大貴族の婚姻で賭け事に興じており、国の要職に就く公爵家の婚姻には、婚姻相手の家格が相応しいかなどに、激しく関与し掻き乱すのだ。ヴァルヴォアール家には、現在二つの家の婚約者候補が争っている。この両家に賭け金は二分されていたが、想像外の候補者が現れた。


 「ご隠居方のあの煩わしい遊びだが、今回は見物だな」

 「いや、その中に、団長が成人前の子供に興味があるという、例の噂に賭けてる者がいれば総取りだ」

 「ならばユベルヴァールが総取りだな」

 「え?、あいつ引退してたか?その前に、男爵授与では簾院議会には入れないぞ」


 呑気に笑うエンゲイウスとカハスを流し見たクラフトファルだが、少女を目で追っていたレステァオスが真面目な顔で振り返った。


 「違う。私が言った、団長が焦っているという意味は、賭け事の話ではないのです」


 「じゃあなんだ?美しいアミノ公爵令嬢と、ロールダート公爵令嬢を袖にしておいて、あの見た目は子供の天上人エ・ローハに、何を焦るんだ?」


 「婚姻といえば、世間に憚らず行える事がある」


 「「??」」



 「夫婦の営ーー「飲み込め!」



 「「「!??」」」


 「・・・それ以上は、飲み込んで」


 「な?、なんでですか?クラフトファル」

 「どうした?君らしくないな」

 「あー、まあ、確かに。」   


 「その先は、上官不敬罪に問われるので」


 少女が大広間に現れてから、それを目で追い話が上の空だったクラフトファルが、言葉を遮り眼鏡の奥の瞳をぎらつかせる。何事にも冷静である参謀長の、いつにない不穏な表情に三人は顔を見合わせた。


 「あはは、お堅い参謀長。大丈夫ですよ。だってその噂、流してるのユベルヴァールじゃないですか。今更今更、」

 「いやいや、どう考えても将軍とあの子では不釣り合い。婚約者だと噂の黒竜騎士だって、政略、戦略的だと見え見えだしな」

 「確かにそうだ。戦略的だと分かりやすくて、逆に誤解が解けるかもな」


 「・・・・・・・戦略的?」


 想像よりも幼かった少女の見た目に、古びた教会の広間で上官に許しを乞うていた声が蘇る。上官と遅れて古びた教会に到着したクラフトファルは、手狭な玄関広間には入らずに、開け放たれた扉の中の様子を確認していた。


 

 ーー「ヤ、ヤメテェー、ヤメテェー、

    許してぇー・・・」



 ヴァルヴォアールが少女を見下ろし、それを見上げてぶるぶると目に見えて震えだした小さな姿。か細く絞り出した少女の声に、居並ぶ兵士は身動きしなかったが、不自然に全員が息を殺して場が静まり返った。


 「・・・・・・・・」


 そして脳裏に浮かぶのは、牢の犯罪者よりも厳重にかけられたヴァルヴォアール別邸の扉の鎖錠。少女への並々ならぬ執着を想定し、クラストファルは上官の良くない妄想の続きを脳内で展開してみる。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・揺らぐ、」


 「え?何がです?」

 「大丈夫か?情報参謀長、無表情で揺らがないでください」

 「お前、考え過ぎだって。というか、何に揺らいでいるのだ?」


 カハスの涼しげな青い瞳を見流して、クラフトファルは目の前を騒がしく通り過ぎた上官を目で追った。少女を迎えに来たのだが完全に無視をされ、引き留めようと慌てる男は自分達の直属の上官で、この場の最高責任者である。その不思議な光景は、上座の奥の回廊に足早に過ぎ去っていった。


 「それよりも、例の件はどうなったのだ?」

 

 「大聖堂院カ・ラビの獣人区画に移送された蛇魚メアハですか?指示後すぐに、騎士団こちらで取り調べるとの申請書類は出しましたが、返信は遅く期待できません」


 取り戻す前に、解剖されていない事を願う。それはその場の誰しもが、口には出さずに同じ事を思った。



 

***


ーーー王城、上皇妃の内庭園。



 選ばれた者だけが、上皇妃の傍に侍る事が出来る。上段の上皇妃の展望席に上がれない招待客は、下段の庭園席で茶会を行うのだが、整えられた庭木の中、並べられた美しい調度の席に座り会話を楽しむ振りをする者達は、城から迫り出した展望席を羨望の眼差しで見上げていた。


 

 「王城の教会シンシャー巫女シストのお話では、将軍閣下が天上人エ・ローハだと連れて来た少女に、ヴァルヴォアール家の婚礼衣装を着せたとか、」


 「まあ、ではあちらの方達は、御側室候補なのかしら?」


 口元を扇子で隠し、目で笑う。着飾った女達は招待客の中の、二人の婚約者候補に注目していた。大貴族の娘であり、若く美しい二人のどちらかは正妻になるのだと、上皇妃が許可を出していたのだ。なのにヴァルヴォアール公主は、婦人会の想像しなかった者を用意した。


 「男性が自ら選定されるなんて、珍しいことよね」

 「こう言ってはなんだけど、私、それは民草のようで品が無いように感じるわ」

 「そうね、民草は相手の家がなんであろうと、動物たちと同じ様に、出会ってすぐに交わるらしいわよ」

 「そもそも護る血筋も、家も財産も無いのよ。出会って、交わることのみが重要なのだから」

 「フフッ、まるで動物ね!奴隷獣人だったりしたら、笑えないわ!」


 笑えないと言いながら、甲高い笑い声が一つの卓から響き渡った。楽しげな輪の会話に、隣の卓もそれを拾って話は広がる。


 「今のお話なのだけど、従者の中でも、そういった愚かな者が居るらしいの。相手が破落戸だったなんてこともあるそうよ」

 「まあ怖い。雇う者の家柄も重要ね。それと同じには出来ないけれど、将軍閣下はどういうおつもりなのかしら?」

 「皆様、民草の愚行と将軍閣下を同じに考えてはいけませんわ。お相手は、お姿は北方奴隷と似てるそうですが、天上人エ・ローハなのです」


 「ですがその巫女様ミスメアリ、まだ年端もいかない少女だとか」

 「お若い方が、将来性があるもの。ね、セルフィン様、ウェスフェリア様。だから身を引かれたのでしょう?」


 同じ卓に座る、渦中の二人に視線は集まる。投げ掛けた大貴族の婦人は目で嘲り、隣の婦人は扇子で口を覆って肩を揺らす。数多くある卓の女たちの視線は二人の美しい令嬢に突き刺さった。


 「・・・・」

 「・・・・」


 この中には、セルフィンとウェスフェリアに自分の娘が陥れられた者、紹介した娘が傷付けられた者達が多く居る。名も分からない、出自の知れない少女に、ヴァルヴォアール家の正妻の座を奪われたのだと、二人は憐れまれ晒し者にされ笑われていた。


 「きっとヴァルヴォアール将軍閣下は、民草のようだと噂されても、ご自分の想われる方とご一緒になりたかったたのですね」


 「残念ね、ウェスフェリア様、セルフィン様、巫女様ミスメアリ程ではないけれど、お二人もお若いから、他の選定先があるわよ」


 「天上人エ・ローハには、勝てないものね」


 その日、ファルド帝国将軍ヴァルヴォアールは、突然自身の婚姻を発表したのだ。対ガーランド竜王国との開戦を前に、皇帝陛下に婚姻を願い申し出て直ぐに教会で式を挙げるという。ヴァルヴォアールの親族も知らなかったこの話は、王城内で当日一気に広まった。それを茶会で聞いた女たち、鈴が鳴る様に笑う声の中、二人の令嬢は屈辱に声を出すことが出来なかった。




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