地図に無い国という意味
ーー〈おそらく、裁きの塔の最上部で処刑は行われるでしょう〉
ファルド王城にあるのは、高くそびえ立つ裁きの塔。その塔の前に立ち止まった下位衛兵の制服を身に纏う青年は、見上げた最上階の上官に向かって心の内で敬礼した。
(作戦は、零九へ移行)
*
〈おい、ファルド潜入が成功し、この先の作戦内容として、零九に追加しておく〉
零九とは、小隊の隊長を失うと移行される作戦である。もともと想定されていた事ではあるが、アラフィアは自分しか知り得ない秘策を、古びた教会の一室で副隊長であるエスフォロスだけに告げた。
〈四十五番の魔戦士化の作戦だが、鳥に探らせてもその方法が分からない。だが、起動させる有力な方法をアリア皇子から聞いている〉
〈・・・・〉
〈内容は簡単だ。だが、これを実行するには、天の機会と演技力が重要となってくる〉
〈なんだよそれ、俺に演技力を求めるのか?〉
〈多分お前にも出来るはずだ。台詞は短いからな〉
無表情な上官が言った零九の作戦内容追加と聞いて、エスフォロスは気を張り身構えた。だがいつもの姉の巫山戯た話の内容に、自然と肩から力が抜ける。しかし次にさらりと流れた上官の言葉に、再び緊張に身が強張った。
〈〔メイが、ファルドの奴らに殺された。確実に天へ帰った〕と、メイの居ない場所で四十五番に言うだけだ〉
〈!!〉
〈ただの嘘だ。メイに死なれては私は困る。アリア皇子も本意は真逆で、実際にメイがそうなれば、ガーランドにも呪いを与えると言っていた〉
だが軍部では、それを大義として攻める作戦を考えている。現実には地図にも記されない、未知なる天上国から来たとされる得体の知れない少女を、ファルドに差し出し潜入作戦の最大の功績として、死を望む者もいるのだ。
報復の大義名分に、少女の死には利用価値がある。
〈・・・・・・・・〉
〈数字持ちってやつは、エミー・オーラという制作者から、何かしらの制約か洗脳を受けている。飯屋でも、奴の首が制約で灼けたのを見たろ?〉
〈・・・・〉
〈それで本当に成功するかは分からんが、四十五番が執着し依存する存在がこの世から失われれば、何かしらの反応はあるだろうとアリア皇子は言っていた〉
〈これ、内容はオゥストロ隊長も知ってるのか?〉
戦略策定中も、作戦内容の最終確認でも、第三の砦でこの内容は出なかった。それにエスフォロスは違和感を覚える。
〈これは王城議会の決定だ。隊長ももちろん概容はご存知だろうが、詳細はオゥストロ隊長ではなく、私は本作戦の潜入部隊隊長として王城議会の参謀長から命じられた〉
〈・・・・・・・・〉
〈議会は、精霊オルディオール殿と、オゥストロ隊長の距離が近すぎると考えている。隊長が軍の作戦に私情を挟まない事は分かっているが、より確実な布石として、ファルドのオルディオール殿抜きに、トライドとも交渉を進めている。そして確実に、ファルドからトライド王国を奪う事に意味がある〉
〈了解〉
軍人として、作戦内容には了承で応える。終わった話に立ち去ろうとした部下の背に、ぼそりと続きの声が漏れ出た。
〈正直、作戦とは言え、メイが〔そうなった〕とは、私は冗談でも言いたくない〉
〈・・・・〉
扉に手を掛けたが、開かずに立ち止まる。そして振り返ったエスフォロスの視線の先には、いつものように不満に口を歪めた姉がいた。
〈あの四十五の魔戦士化にも、気が進まない〉
〈・・・・だろうな〉
〈出来れば最終手段としたいが、王城議会では、これを本命だと考えている〉
〈だから、私が居なくなれば、お前がこれを引き継ぐんだぞ。初めから、そんな情けない顔してんなよ!〉
〈!、〉
指摘されて気が付いたのは、作戦内容に情けない顔をしていたらしい自分。〈してねえ〉と強がったが、〈お見通しだ〉と背を小突かれて、笑った姉はエスフォロスよりも先に部屋から出て行った。
*
(負の策定、的中させてんじゃねえ、)
その上官は、実際に居なくなり敵軍に捕まった。塔に背を向け呟いたエスフォロスだが、全ての作戦は、連続する想定外に杞憂となって過ぎ去る事になる。




