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異世界人観察記録  作者: wawa
ファルド帝国西門~
31/61

広げられた地図



 〈・・・・・・・・〉



 東から西、北から南、海に囲まれ、大陸の形を詳細に描いた地図を大卓に広げてみる。そして気怠げに卓に寄り掛かると、額に流れ落ちた灰色の髪をかき上げた。


 (東大陸フラン南大陸ゴウド北方大陸セウス、西、)


 大きな三つの大陸。その中の北方大陸の西側には、大海が広がるのみ。その海を西へ西へ突き進むと、東大陸の島国に繋がるのだ。不自然に何も無く広がる西の大海。よく見ると等間隔に小さな島が六つあり、点と点を繋げるように丸く囲んだその海域を、遥か昔から西大陸と呼んでいた。


 大地の無い、諸島の浮かぶ大海を、何故か古来より大陸と呼ぶ。


 現在は北方から最西を西大陸だと認識する事もあるのだが、南大陸の者たちは、小島で繫いだその場所を〔西大陸レレント〕だと警戒し、番人を置いて見張っていた。


 〈・・・・、〉


 飛竜ドーライアに乗り始めの頃は、物珍しさから空の限界や西の海の果てまで飛び回った事がある。だが記憶の中の空には浮かぶ島も国も無く、西側にはやはり大海が広がるだけだった。



 〈・・・ふぅ、〉



 (あれ?)



 オゥストロしか居ない会議室。広げられた大きな地図に、今後のファルド攻略を指揮官が思案しているのかと、副官のストラは資料室に向かう足を止めた。


 (お疲れのようだ)


 上官の珍しいため息に、王都左翼の大教会から赴任された、悩みの種が過ぎった。来るファルド帝国との戦闘に備えて、魔法防御強化のために、エスクランザ皇太子が第三の砦にやって来たのだ。隊内の風紀を乱す軽薄な王子の行動には、ストラも手を焼いていた。


 〈隊長、お茶でも入れましょうか?〉


 〈・・・そうだな。いや、やめておこう〉


 〈?、あれ?、その地図は?〉


 東ファルド攻略の為ならば、大地図を広げる事は無い。それを訝しむストラは、共に見下ろした地図に首を傾げた。


 〈極東からも攻めるのですか?〉


 非効率的であり得ないとは思いながらも、西の大海を越えて東ファルドを視野に入れるか問うてみる。やはり上官からは、即座に〈無いな〉と否定が返った。


 (ならば何故?)


 広げられた大地図に、今後の作戦の道筋を読めない。同じ様に地図を見下ろしたまま黙り込んだ副官に、オゥストロは見下ろした地図から窓の外に視線をずらした。


 〈俺は、目に見えるものにしか興味は無い。だが、我が婚約者の故郷の位置が、想定出来ない〉


 〈!!〉


 敵国へ潜入した部隊を想う。その特殊編制隊には、オゥストロの婚約者である小さな少女が居るのだ。


 〈人の魂が魔法により形になった精霊殿は、自らをファルドの者だと主張する。彼との話にはそれを疑うところは無い。だが、〔あれ〕の存在は、精霊殿よりもよく分からない〉


 〈・・・メイ様の、天上国エ・ローハですか?〉


 〈言葉は、この世の音を発しない。そしてやはり、エスクランザの天上人エ・ローハ、空から落ちて来たとされる、彼らの言葉に近いという〉


 〈確かに。エスクランザの本院には、その記録の書があると、噂では聞きますね〉


 窓の外、空から再び地図に目を落としたオゥストロは、それには描かれない国を探す。


 〈目には見えない国ではあるが、彼女は身体を持ってこの地に在る。そしてその国では、俺の想像には無い生き方を、国民はしているだろう〉


 〈・・・はい〉


 竜騎士や、飛竜を畏れる事が無い。そしてそれは、国王に対しても同じなのだ。形ばかりの礼はしてみせたが、王という絶対権力に心から平伏した事が無いのだろう。小さな黒髪の少女は、そんな不遜な態度を王城でしてみせた。


 権力を知る前の幼い子供のように無邪気だが、無知な子供のようにその場を荒らす事はなく、取り繕う事が出来る。天上人だと人々が注目する天起祭では、天から来たとされる少女が会釈だが竜王に頭を下げて礼をした事に、それをますます怪しむ者と、天の者に頭を下げさせたと沸き立つ者とに会場は分かれていた。


 だがそんな貴族たちの事に頓着など無い、当の本人は頭を下げた王にでは無く、隣に立つオゥストロを見上げて〔やってやった〕と怪しげな笑みを浮かべていた。


 その笑顔に、オゥストロは少女の天上での生き方を見た。権力者に命を預ける事が無く、権力に屈した事が無い生き方。


 片言の東側の言葉、聞き出した少女の今までの世の中では、「平和は普通」で「戦争は異常」なのだそうだ。



 〈天上国エ・ローハ天上フライヤ、〉



 ストラの言葉に、物思いから引き戻された。再びオゥストロから軽いため息が零れ出る。遥か昔から、大陸間では戦争が無くなった事はない。ここ五十年間は東ファルドと戦闘衝突こそ無いが、いつ戦争が始まってもおかしくはない、常に緊張状態にあるのだ。そして緊張の度合いは違うが、それは同盟国である北方大陸、商業交流のある南方大陸にも同じ事が言えた。


 それぞれの国の利益。それを奪い合う事が戦争である。その戦争を行うために、国の上に位置する者たちは国民を権力で縛り付け、従属させるのだ。国土を支配する王や領主は、遥か昔から国民に、従属する事こそが、生きる術だと子々孫々の血に刻まさせる。


 その従属が、血に刻まれていない黒髪の少女。


 〈興味がある。あのメイが暮らした天上フライヤとは、どのような国なのかとな。だが、空を支配する我らにも、天より先に進むことが難しい〉


 〈同意です。天上フライヤという未知の国の住人であるのなら、見た目や身体の作りこそ同じですが、もしかすると、刻の流れが違うかもしれません〉


 〈刻の流れ?〉


 〈はい。彼女は自身の年齢を十九セルドライだと主張していましたが、そもそも天上エ・ローハとは刻の進み方が、この地とは違う可能性もあります。そうであれば、本人が天上エ・ローハでは十九セルドライだと主張していても、ここではまだ、十代に満たない可能性も、〉


 軍務に関係のない話題を、珍しくストラが力説した。その想定は主題こそ同じだが、オゥストロの考えていた内容とは行き先がずれている。しかもその内容は、以前に自分も考えた事のある都合の良い妄想だった。それに見た目に幼い少女を婚約者とした自分を、部下ストラが憐れ見ていることを理解した。


 〈・・・だがその想定は、その逆も可能性として考えられるな〉


 〈・・・え?、逆?、はぁ、まあ、確かに、?〉


 〈今回のアラフィアの報告書によると、〔あれ〕は自分が成人だと、ファルドへの道中で、酒を飲ませろと主張したそうだ〉


 〈!、・・・・・・・・で、ありますか。〉 


 尻下がりの語尾に、ストラは期待が的外れだと沈黙した。上官の世間体を気遣うあまりに、無意識に彼を貶した部下は、それに気付くことなく落胆する。



 〈・・・はぁ。それはいずれ、分かる事だ。メイは、今頃はもう敵地ファルドに入った頃だな〉



 少女を想ってか、薄い唇から再び軽いため息が零れ出た。未知なる国、手がかりが記されない広げられた大きな地図はそのままに、会議室から人影は無くなった。




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