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異世界人観察記録  作者: wawa
ガーランド国境線グルディ・オーサ領~
29/61

上官の婚約者の成長記録(2)


 行動記録報告書 


 記録者 アラフィア・クラマ

 運搬者 ルス


 記録対象一、大聖堂院 四十五番

 記録対象二、天上人メイ・カミナ


ーーーーーーーーー



 対象 四十五番


 行動 メイ・カミナの補佐。

    

 特記 現状問題なし。


 備考 トライド王国ノイス家にて、

    保護対象者メイのファルド国内入国を

    強く否定。 

    怒りの感情を顕わにするが、

    魔戦士化の兆しはなし。



ーーーーーーーーー



 対象 メイ・カミナ


 行動 トライド王国出国、

    ファルド国内入国より

    精霊オルディオール

    常備予定。      


 特記 特になし。


 備考 道中飯屋にて、メイ・カミナは

    誕生祭を希望している事が判明。


    同行者エスフォロスによると、

    春生月に二十歳になるからと

    酒を主張し、特別な祭典を

    希望したという。


 上記、天上国補足。


    天上国とは、誕生から

    年老いて死ぬまで、誕生祭を祝う

    風習があると思われる。




ーーーーーーーーー




 月の始めに幼児を集めて教会で成長を祝う。天に合唱して菓子を配る。それを祝うものたちは、本来は幼年期の子供だけであるのに、見た目には十二、三歳の天上人の少女はそれを熱望したという。



 〈まあ、これも天上の情報の一つだよな、〉


 カキカキ。



 ーー〈天上フライヤって、経典カオンの中の御伽噺だと思ってたけど、メイの話では中年期も老年期も、生まれた月の生まれた日に、個別で祝うんだってよ〉


 ーー〈日まで分かれてんの?、すげえな。教会シンシャー、毎日誰かの誕生日じゃねえか。破産するぜ。それにより教院税とか増えたら、暴動の先頭には私が立つけどな。・・・てかさー、冗談抜きでなんか、面倒くせえな。ガキ共のは祝ってやりてえけど、オッサンとか、オバサンとか、いらなくねえ?菓子、〉


 ーー〈お前はそういう事、言うと思った。まあ、気持ちの祝い事だろ?生きてて良かったな、みたいな。でもなー、メイ、生意気に酒飲もうとしたんだぜ。笑えるだろ?〉


 ーー〈なに?、あのガキ、矯正院にぶち込むぞ〉


 ーー〈アラフィア、言葉、言葉。あいつあれでも巫女様ミスメアリだから。しかもまあ、自己申告では十九セルドライだしな、本当なら・・・飲めるのかな?〉


 ーー〈自己申告、ではな。天上国エ・ローハでは、十九セルドライはまだまだ雛かもしれんぞ。〉


 ーー〈・・・それは、メイ以外にはわかんねえよ〉



 ガーランド竜騎士の姉弟は、天教院が支持する天上の巫女としての少女に異論もないし、少なからず敬意も持っているのだが、目に見えない天上国に、やはりどこかお伽話としての感覚が拭えないでいた。



 カキカキ。 



 空白の多い報告書を埋めるため、天上の情報として書き込んでみた部下おとうととの雑談。それを見つめたアラフィアは、対象者の二人の行動を思い返してみる。


 〈・・・あの二人に関しては、これ以上特記すべき事はない。・・・だからって、メイの誕生祭の話は、必要なかったか?〉


 トライド王国での国民による暴動の詳細は、既に別紙に記入済みである。更に同国ラーナ王女が、かつてのファルド国英雄の元婚約者の墓を移動し挑発してきたが、精霊と化したオルディオールが冷静に対応した事も別紙に記入してある。


 (エルヴィーは、ほとんど別行動だったしな。まあ、魔戦士デルドバル化してない点では、奴は平常。メイが教会シンシャーに花を撒いて遊んだ件も別用紙に記入済み・・・)


 

 迫る報告書の受け渡し日は明日。特筆すべき事が無い要注意人物の行動記録の内容に、アラフィアは溜め息に用紙を眺めた。



 〈まあ、本題はファルド国内での行動だよな。とりあえず、これでいいか。〉




**




 翌日、トライド王国からファルド国へ向かう道中で、商人に扮した諜報の運び屋と落ち合う。旅行商として飯屋の近くに色とりどりの小石を並べた男に、アラフィアは客の一人としてそれを覗き込んだ。


 「では、これと、これ、」


 「ありがとうございます」


 商品の受け渡しと共に、折り畳まれた封書が男の手に渡る。お互い目線を交わしただけで立ち上がろうとしたアラフィアだが、背後から軽い足音が走り寄ってきた。


 たたたたたたたた。

 

 「何ですか?お店ですか?」


 「そうです。護符石を買いましたよ」 


 飯屋から走り出てきた黒髪の少女は、アラフィアの隣に同じように屈み込む。興味津々に色とりどりの石を見つめる黒目、それを見た商人の男はアラフィアと目線を合わせると、にこりと黒頭に笑った。


 「こんにちは、お嬢さん。この辺じゃ珍しいですね、北方セウスから来たのですか?」


 「こんにちは。はい、北方セウスエスクランザに行きました。これからは、ファルドの教会シンシャーに、行ってきます」


 「?、まあ、ご苦労さまです。お勤めなのですね」


 人通りは多くは無いが、宿屋を兼ねた飯屋の周囲には、ところどころに旅行商が店を開いている。ファルドからトライド間を往き来する者たちがそれぞれの店前に立ち止まる中、外套に身を包んだ少女は、首を傾げて片方の眉を上げると行商人を見上げた。


 「ごふせきって、何ですか?」


 「この石は、教会シンシャーの魔石とは異なり、魔素アルケウスに作用する危険なものでは無いですよ。奇麗でしょう?」


 魔法や魔素に反応しない、ただの身を飾る装飾だと商人の男は説明したのだが、意味が分かっているのかいないのか、きらきらと光る石繋ぎの腕輪を再び少女は物欲しそうに眺め始めた。そして隣のアラフィアを、媚びるようにつり目の黒目は見上げる。


 『エ-サン・ウォレト・フツフツコーカンィタイ・ネキマス?』


 〈ん?なん、っゴホンッ!〉、

 「どうしましたか?巫女様シスト

 

 ガーランド人だと気付かれないように、外では東側の言葉を話している。そして不必要に目立たないために、天上の巫女の一行だとは教会以外では主張をしていなかった。どこで誰の目があるかは分からないが、今のところ行き交う人々は気にも止めてはいない。周囲を気にして息を飲み込んだアラフィアは、珍しく媚びた目で物を強請る少女を見下ろした。


 『ォレト・ォレ、ホゥカン・・・』、

 「これを希望します。アラフィアさん、お願いします」


 〈・・・・・・・・〉、 

 (あんまり運び屋の場に長居したくはないんだが、どうしたんだメイ?普段はあまり、自己主張をしないくせに。こんな玩具の様な飾り石が、そんなに欲しいのか?・・・まてよ、まさかこいつ、)


 誕生祭を望んだメイは周囲に冷やかされ、酒を主張する愚行に及んだ。改めてエスフォロスが内容を聞き出したところ、天上では二十歳で成人の儀式を行うという。その前に〔ここ〕に来たと呟いた少女の表情かおは、相当に悲しそうだったと聞いていた。


 (成人して酒を飲み、親しい者に祝われる。その儀式を通過していないメイは、二十ルスローになった記念に、本当に何か欲しいのかもな)


 そう考えると成人を主張する少女が憐れにも感じる。だが少女の見た目に酒の儀式を勧めたくないアラフィアは、とりあえず石繋ぎの腕輪を与えようと商品を見下ろした。仮の職業としての石屋の行商だが、扱う品は本物である。それなりの知識も持つ印象の薄い商人は、ある物に目を留めた。


 「美しい腕輪をお持ちですね?北方セウス製でしょうか?」


 少女の腕の繊細な腕輪。それに商人の男が興味を示すと、短い腕はさっと突き出された。


 『アズセマス?』、

 「この腕を、取って下さい。お願いします、あなたに。だから、こちらの腕輪を下さい。白色」

 

 〈〈??〉〉


 エスクランザ皇太子アリアから、授かった貴重な腕輪をメイが嫌がっていることは知っていた。だが呪禁がかけられた腕輪を、外せるのはアリアだけである。


 「な、なんですか?こんな高価そうな物、巫女シストのお嬢さんからは、受け取れません、」


 〈・・・・・・・・〉


 突き出された腕に、しどろもどろに慌てる男。腕輪を売っているからと、それを外せと行商人に頼んだメイに、アラフィアは少女の真意に気付き首を横に振った。


 「巫女様シスト、わがままを言ってはいけません。行きますよ」


 『・・・・・・・・』


 (こいつ、誕生祭がどうとかは関係なく、皇子の腕輪をここで棄てようとしているだけだな)


 『プロロォイト』、

 「お願いします、外して下さい、腕輪を、」


 「行きますよ。立ちなさい。トラーが心配してますよ。わがまま言わない」


 『・・・・、』


 同行の大人に怒られた。教会への訪問ではなく、旅の途中では、天上の巫女ではなく巫女見習いに扮した少女は悲しげに項垂れる。


 〈・・・・〉


 移動を急かされた少女を見て、かつてグルディ・オーサ基地でも少女の同行を調べた諜報の男は、そう多くは無い旅人が過ぎる通りを確認し「まあまあ」とアラフィアに笑った。



 「・・・そういえば巫女シストのお嬢さんは、好きな人って今いるのですか?」



 「好きな人・・・?」



 商人の意外な質問に、名残惜しく石を見つめていた少女よりも、アラフィアが目を見開いた。


「この辺だと、そうですね。東の将軍ヴァルヴォアール公なんて、大人気ですよ」


 〈!?〉


 何かの情報を、少女から引き出そうとしている。諜報ハインの突然の質問に眉を潜めたアラフィアは、思わず周囲をそれとなく確認した。


 (おい、なんの為の質問だ?それは、)


 外套の中からは、疑問に眇められた金色の瞳。それをにこにことやり過ごした商人の男は、質問を考えている少女のつり目の黒目を見下ろす。


 「今は巫女様シストは学ぶことで忙しい、それどころではありません。ですね、巫女様シスト、」


 「ヴァルヴォアール、大人気・・・」


 ファルド国内では幼女でさえ頬を染める名に、しょんぼりと俯いた。


 「あれ?、どうしたのかな、元気なくなったな。なんなら、他国の王族や貴族、将軍もいますよ。そうだなー、有名な人だと、やっぱり北方なら皇太子エン・ジ・エル、それにやっぱり第一皇子、あとは王族護衛軍、エグト神官将シャムラ・ナーギ!」


 その名を挙げられた神官将軍は、今は飯屋の入り口で少女を監視しているが、トラーの姓を覚えていない少女は何故か真顔になった。


 『・・・エ?エッグネギ?、・・・キツィ・*******、**************、***、』

 ・・・しょんぼり。


 〈〈・・・・〉〉


 「このお二人はあまり知らないのかな?、ならほら、有名なあの国、飛竜シーダの、ほら、あそこでも、居ますよね?良い将軍が、色がほら、他の飛竜シーダと違う将軍、」


 「しーだ?」、

 『ああ、**ー*?、**ー*******?』


 (!!、わかったぞ、お前、メイから〔その言葉〕を引き出させようとしてんだな、)


 「好きな人は誰?」その答えに自軍の黒竜騎士を、少女の口から語らせようとしている。しかもそれを誘導的に行う諜報の男に、アラフィアは強く目を眇めた。しかしその目線に微笑んだ男は、更に胡散臭い笑顔で少女に頷く。


 「ね?、思い出しましたか?」、

 (誘導ではない。この子がオゥストロ殿の名を出せば、巫女様ミスメアリが東の地で彼を想い慕っていたと、真実として拡散し国に持ち帰る)


 情報は、真実を握る者たちにより歪曲され、都合良く利用されるものである。拡散方法は、主に軍、宗教、旅商人により行われていた。軍による情報操作は自軍の士気を高め、大きく国益にも繋がるのだが、ガーランド国でその役を持つ諜報の鳥部隊ハインは、三大陸が注目する天上の巫女の少女と、自軍の英雄との繋がりの強調を敵国で行おうとしていた。


 (・・・・お前、諜報ハインの枠から、逸脱してんじゃねえよ。ヴァルヴォアールと隊長は比べられねえけどよ、なんなんだよ、その熱意は、)

 

 (他意はない。ただハインとして、真実を伝達したいだけだ。それに、これから敵地ファルドに乗り込むんだ。その前に、巫女様このこが第三の隊長かたを想っていたと付け加えるだけで、士気が上がるだろう)


 言葉には出さないが、お互いなんとなく会話が出来た。睨み付ける教会関係者の女と、それを涼しい笑顔でやり過ごす旅商人。しかし他に客の居ない石屋の不穏は周囲には気付かれず、その視線に挟まれたのは黒髪の少女だけ。


 「お嬢さんが気になっている白色の腕輪、これは恋する少女に人気の虹石シラー。さあ、どなたか想い人が居るのでしょう?」


 「・・・・これ、空貴石レオルラ?」


 〈〈!?〉〉


 小さな石一つでも屋敷が建つ、高級な貴石など扱ってはいない。そんな宝石の名が、子供と見間違える少女の口からするりと出た違和感に、首を傾げたガーランドの騎士たち。すると少女は、問われた想い人の名を告げずに、指にはめた美しい繊細な指輪をお披露目した。


 『*キナイト』


 〈〈・・・・〉〉


 はにかむ頬はほんのり紅い。そして「ごふせきは、買うのをやめます」とアラフィアに照れ隠しに笑った。


 (そうか、そうだな。空貴石レオルラは、隊長からメイへの婚約の証か、)

 

 オゥストロから、過去に指輪を贈られた情人は居ない。それが小さな巫女であったことに、アラフィアは複雑な気持ちで見下ろした。同じ様に指輪を見つめた運び手の男は、言葉の無い少女の紅く染まる頬に、想い人の名を聞き出す事を諦める。


 「まあでも、道中貴族にはお気を付け下さい。ファルドは、まだ北方の人々を、大通りで見かける事はありません。天教院エル・シン・オールの方々でも、保護されるとは限らない」


 一つ落ちた男の本当の声色、潜められた声には、ファルド国内での真実が語られる。忠告に慎重に頷いたアラフィアに、隣に屈み込んだ黒髪の少女も軽くうんうんと頷いた。



 「ありがとうございます。あなたにも、天の導きがありますように」





**



 (・・・待てよ、この誕生祭とか酒の件って、メイの存在力の負にならないか?)


 既に運び手に渡してしまった行動記録報告書、その内容を改めて考えた。それは自国の英雄オゥストロに、小さな天上人の少女が相応しいかを判断する材料となるのだが、天上は未知なる異界だとの想像を、議会の老議員がすんなりと受け入れるかどうかは疑問である。


 (まあ、いいか・・・)


 オゥストロの隣に並ぶ、小さなメイ。それと婚姻式が、どうしても結びつかない。代わりに脳裏に浮かぶのは、婚姻後に、小さなメイとオゥストロが、子作りをどう考えているのかという下世話な想像だった。


 (やっぱり隊長は、エディゾビアみたいな、強かな女で十分だよ。そうすりゃ議員の爺さん連中も黙るだろうし、安心だ。・・・メイと一緒になったら、寝室が事件発生現場になるとしか、想像出来ねえよ、)



 アラフィアは、店仕舞いに既に居なくなった石屋の場所から、遠く青い空に目を逸らした。




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