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異世界人観察記録  作者: wawa
エスクランザ天王国東海上~
18/61

東側言語試験 答案用紙(その後の追記)

 


 東ファルド国 第五十資料参考


 百十七頁から


ーーーーーーーーー

 

 一、この文章の男は何処まで行くのか。 


 (彼はファルド国に行きましたか。東  )


 二、この中に、女の随行者は何人いるか。


 (彼女たちは、五。          )✓


 三、この文章の中で、一番偉い者は誰か。


 (へりウス・ルイン・ヴァルヴォアール、)✓


 四、ファルド王宮にある、背の高い塔の数は。


 (わかりません。           )


 五、次頁の転写内、エールダー公爵の屋敷は、

   右か左のどちらか。


 (エールダーわかります。□□わかりません)


 六・・・・・、


 七・・・、



 

 東側言語試験 三回目 問題数五十

            

            正解 二十二



ーーーーーーーーー



 〈お前、また第三に志願したのだな〉


 一度配置換えとなった五大貴族は、二度目は竜王直属の護衛兵として配属される。だが実力を伴う者の砦志願者には、隊長の推薦により引き抜きが出来るのだ。今回、対エスクランザ侵攻部隊に呼び出されたセンディオラは、オゥストロの引き抜きにより第三の砦に戻る事が出来た。


 〈隊長に必要とされた事は光栄です〉


 〈同じ五大貴族ウェレビ・レータとして誇らしい事だ。城壁守備隊が、オゥストロにお前を取られたと、悔しがっていたぞ〉


 王都守備隊は上士貴族が占めている。実力が砦部隊よりも劣ると揶揄される彼らだが、第三に所属するストラとセンディオラは、上士貴族の誇りと期待を背負わされていた。



 〈ストラ殿は、硬貨を持ち歩いているのですね〉



 いつもの大衆居酒屋で、店の者に言い付けるために木製の大卓に置かれた硬貨。上官との外出では、いつも硬貨での支払いを目にする。同じ五大貴族として、珍しいそれを疑問に持っていたセンディオラは酒の席で目を眇めた。


 〈重くて邪魔になりますし、私はその、金属音が嫌いです〉


 〈酔いが覚めたのなら、そろそろ出るぞ〉


 〈何故ストラ殿は、その様な面倒な物を持ち歩いているのですか?〉


 〈・・・ハア。話したら、席から立ち上がれよ〉


 〈ハイ。尋問官長殿。命令に従い店の外にも出ます〉


 まだ完全に酔っている。そんな部下に何を言っても無駄な事は分かっているが、夜が明ける前に家路に着きたいストラはため息に呟いた。


 〈印章ギル払いは早くても大体月末になる。王都の知った店ではそれを知っていて仕入れをするが、そうでない砦付近の店は旅商人が多いからな、やり取りする商品の仕入れに直ぐに金が要る〉


 〈・・・・・・・・直ぐに?〉

  

 〈月の売り上げで翌月の商品を仕入れる。それを月末に一括するとは限らない。突発的に想定外の出費だってあるだろう。それを全て、月末や半年先だと貴族わたしたちの支払いを待つことは、店に負担をかけるのだ〉


 〈・・・・・・・・負担、〉


 〈実はこれは、私も隊長から聞いたのだ。言われて初めて気付き、自分の無知に恥ずかしくもなった〉


 オゥストロの名が出て来た事に酔いが覚めたのか、卓にうつ伏せていた身を起こすと上官に姿勢を正した。 


 〈ならば私も、硬貨を持ち歩きます〉

 

 〈そうだな。小さな店は、その方がいいだろう〉


 〈はい。黒長鼠カラテテも、直ぐに硬貨で交換してきます〉


 〈そうだな。・・・・ん?待て、今の黒長鼠カラテテは、〔どっち〕の黒長鼠カラテテだ?〉


 まだ酔いは覚めてはいなかった。舌打ちに眇められたセンディオラの薄青の瞳、嫌な予感にストラは店員を探し店の奥に目をやる。


 〈水を!大瓶で!〈そんなに特士貴族エグズィ・レータは偉いのですか!?五大貴族ウェレビ・レータよりも、何故、黒長鼠カラテテ特士エグズィを選ぶのですか!?〉  


 特士貴族とは〔始まりの貴族〕。一代で平民から下級貴族、上級貴族に駆け上がり、更にそこから五大貴族として名を連ねる可能性のある者だけに与えられる貴族の称号である。五大貴族の始まりとして、王族と国民から期待されるのだ。


 血縁を繫ぐことには決まりは無い。養子でも五大貴族に連なる者として見出し、後を継がせる事に意味がある。力を十代繋ぎ維持することも偉大だが、やはり貴族では無い者が、一代で特士まで登り詰める姿を見ることは稀であるのだ。〔始まりの貴族〕を自分の世代で見ることが出来たと、まさに英雄と刻を同じくする光栄に、人々はオゥストロを見つめていた。


 〈そうだな。偉い。選ばれた方なのだ。そしてその隊長に認められた、我々も誇らしい。栄誉である〉


 〈・・・・・・栄誉、確かに、第三は我が国で最高の栄誉です、〉


 今まで手に入らなかったものなど無い。だがオゥストロにだけは敵わないと痛感し、それが憧れと挑戦になった。五大貴族だけは全ての試験を免除されるが、第二、第三の砦入隊志願者は実技試験を受けなければならない。


 センディオラはオゥストロと対戦し敗北したが、五大貴族としてはストラに続き二人目の合格者である。それ故に、五大貴族の中でも特別視されていた。


 〈王都では、どんなものも、長鼠テテだって私に逆らわなかったのに、あの、黒長鼠カラテテだけ、〉


 〈わかった、わかったから、もう少し待ってく〈そういえば、アレは暦を知っているようです〉


 酔っぱらいに言葉を遮られた事にカチリと苛立ちが走ったが、聞き逃せない内容に身を乗り出した。


 〈・・・暦を?〉


 〈メイは賢そうに振る舞う事もありますが、あまり賢くは無いのです。十五回試験をして、平均点は二十五点。第三砦うちに入隊出来ません〉


 〈分かった。だがあの子は隊員ではないのだ。そしてお前は彼女を呼び捨てるな。上官の婚約者である。で?、暦とは?〉


 〈アレに言葉を学ばさせていた刻、天文部隊が今年の暦を配布していた日があったのです。その暦を見て興味を示し、仕舞った引き出しを気にして、見せてくれと媚びてきましたが、もちろん見せませんでした〉


 〈暦が何か知っているということは、やはり軍事関係者、もしくは東側でそれを学んだか〉


 〈仮に東側だとしても、本格的に間諜の隊ではなく、あの様な不安定な者に、軍事機密を見せるとは思えません。その後、アレにファルドの暦について取り調べましたが、日数足らずの文字を書き連ねました〉


 これですと、何故か懐から取り出した用紙には、見たことも無い文字が書き連ねてあった。同じ様な簡素な文字の羅列に、ストラは眉を顰める。


 〈念のために王都の暗号部隊に解読させましたが、暗号ではないと送り返されました〉


 〈そうか、東側の暦の暗号、ではないのか。確かに暗号にしては文字が少なすぎるな。同じ物が七を区切りに、・・・なるほど、単調ではあるが、暦のようにも見える〉


 〈クァレン・ダー・ウォネガ・シマスと手をすり合わせて繰り返していましたが、東側でも北方でも、七区切りの単調な物を暗号にもしないでしょう。アレが言うには、区切りの始まりがロブ、末尾がハイラと色が変わると〉


 〈七区切り、中途半端だな。何を意味するのだ?〉


 〈クァレン・ダー・ウォネガ・シマスです〉


 〈・・・・・・・・だから、〉

 

 酒が会話の進行を妨げる。今は仕事中では無いのだが、重要な問いかけがまともに続かない事に、ストラは目を瞑って平静を取り戻した。


 (この続きは明日にしよう。刻が無駄になるだけだ)

 

 〈お待たせ致しました、〉ゴトリ。


 〈きたか。ほら、飲め、酒を出せ〉


 〈・・・了解ダーラ。〉


 大瓶の水を飲み干したセンディオラは、その後何事も無かったように立ち上がった。ストラは胸をなで下ろし、ようやく家路に至ることが出来たのだが、この後、驚愕に心を抉る出来事が待ち受けていた。



**  



 年若い隊員エミュスは、愛嬌のある童顔で周囲の受けが良い。飛竜の扱いも上手く、竜たちにも人気がある。そのエミュスが上機嫌で弾みながら兵舎からやって来た。だがこの隊員には二面性があり、彼の直属の上官センディオラを上回る、冷酷無比で加虐的、風変わりな性格を持っている事をストラは知っている。

   

 

 〈副隊長も、見ちゃいましたか?〉


 〈?、何の事だ?〉


 年上受けの無邪気な笑顔は、腹の中で相手を馬鹿にし蔑む表裏。だが今日のエミュスの表情は、ストラにも疑いようのない純粋な喜びに見えた。


 〈センディオラ上士の、遂に飼っちゃったアレです〉


 〈!?、センディオラ?、飼う!?〉


 エミュスから出た物騒な関連用語。〔センディオラ〕と〔飼う〕に、酒の席での世迷い言が脳裏を掠める。


 〈あの子によく似た、黒い目の〈!!!〉


 ーーガシリッ!


 〈黒い目の、小さなアレか?〉


 〈は、?、ええ!、すごく可愛いんですよ!、生意気に、いつも僕を睨んできますが、あれ?・・・副隊長、どうされましたか?〉


 〈遂に、来た、〉


 蒼白な巨漢のストラに肩を鷲づかまれた。普段は人を小馬鹿にするエミュスも思わず身を硬めたが、兵舎に走り去った上士に首を傾げた。




**



 ーーガチャン!!!!


 合図も無く、乱暴に開かれた扉。迫り来る上官を、香豆茶ハスファを片手に隊服に着替えたばかりのセンディオラは、何事かと目を見開く。


 〈どうしましたか?ストラ殿、〉


 〈さっきそこで、エミュスに聞いたのだ!!、お前が、・・・・、その、黒い瞳の、小さなアレを、飼っていると、〉


 勢いとは裏腹に、言葉に覇気が失われる。だがその内容に目を眇めたのはセンディオラだった。


 〈・・・・・・・・ああ、口の軽い部下ですね。そうですが、何か問題が?〉


 だがセンディオラのいつもの尊大な態度を見て、ストラに再び火がついた。


 〈問題!?、大有りだ!!、何てことを、してくれたのだっ!!!〉


 〈・・・?、砦宿舎の利用規約に、不可とは記入がありませんでしたが〉


 〈そもそも!!、監禁などという、反社会的な犯罪行為を、記入する事は規約以前の問題だからだ!、お前、妄想行為は、現実化しないことで、癒しを求めるだけだと、私に言っていたではないか!!〉  


 〈監禁?、室内では自由にさせています。それに、妄想それとこれとは癒され方が違います。あれは酒の力を借りた癒しの妄想。これは現実的に温もりで私を癒してくれるのです〉


 〈!!・・・・・・・くっ、言葉が通じん。何処だ、何処から連れて来たのだ、いつ、〉


 〈王都の母の実家の領内です。エスクランザ攻略の後、廃棄寸前だったので、買い取りました〉


 〈ラフエルト様もご存知なのか?しかも廃棄寸前だと?、ファルドの様なそんな店が、このガーランドにもまだあるとは信じられん、・・・・ならばその者は、問題があり、傷付いていたのではないのか?〉


 〈はい。足に怪我があり、行動が遅く、店の隅に居りました〉


 〈!!、・・・そうか・・・。そんな不憫な者を、飼うなどと貴様。・・・何て事だ、一年前の、エスクランザでの巫女奪還作戦、そんな前から、〉


 〈あの後は直ぐに、ファルド攻略に続きましたので母に預かってもらっていましたが、今は落ち着いたので、第三ここに先日送って貰いました〉


 〈貴様、物のように言うな。・・・で、その者は、今は何処に居るのだ?〉


 〈私の寝室で、腹を出して寝ていますよ〉



 〈・・・・・・・・っ、〉

 〈・・・・・・・・〉



 〈センディオラ、言っておく。これを私は見逃す訳にはいかない。監禁も、軟禁も、我が国では合法では無い。違法だ。・・・たとえ、五大貴族ウェレビ・レータのお前でも〉


 〈檻など使っていません。監禁も軟禁もしていません。動きは鈍いですが、今は部屋の中で自由にしています〉


 眼鏡を押し上げ、事も無げに飄々と語った。その事にストラの苛立ちは頂点に達する。



 〈お前にその者を売った店、それも私が断罪する〉



 歯を食い縛り、本気であると立ちはだかり、腕を組んだ巨漢の上官。だが成り行きを涼しい瞳で見つめていたセンディオラは、態とらしく、今気が付いた驚嘆を漏らした。


 〈・・・・・・・・ああ、ストラ殿、まさか私が、黒長鼠メイさまの様な少女を飼っていると、そう言っているのですか?〉


 〈その通りだ。あの黒長鼠カラテテを、お前が隊長から奪おうと、狙っていたことは、私が一番知っているのだ!!!〉


 〈・・・・そうですか、ストラ殿、〉


 〈残念だ。お前ほど、優秀な者を、第三ここから失う事になるとはな〉




 〈ですが、貴男も飼ってますよね?〉




 〈あぁあっ!?、何を言うか!貴様!!、妻も子もいる俺を、お前や隊長と、一緒にするなっ!!!〉



 〈・・・・・・・・・・・・・〉



 香豆茶ハスファを手に水場から歩き去り、そして別の扉から戻ってきた。無表情のセンディオラの片腕には、丸々と肉付きの良い何かが乗っている。


 〈???、それは、まさか、〉


 〈同居のテテです〉



 〈すぴっ、〉



 〈・・・・・・・・〉



 かつて野生の黒長鼠カラテテは、今や丸々と太り人間の腕に抱えられて寝ている。野山では狩人に、俊敏さを誇る地の王と讃えられた面影は何処にも無い。


 〈すぴ、すぴっ、〉


 (・・・・・・・・うちのエラより、丸い)


 自分の家の、美しい長鼠と目の前の肉の塊は重ならない。ストラの家の長鼠は、客人の前で無防備に寝たりはしない。家人が帰宅すると、素早く玄関口まで迎えにやって来る。


 〈太らせ過ぎだ〉


 〈はい。実家の母が、請われるままに木の実を手渡していたと自白しました。こちらに来てからは、朝は大目に散歩をさせています〉


 〈・・・・・・・・・・・・・・・まさかとは思うが、ソレの名は、〉



 〈もちろんメイです〉



 ーー〈!!!っ、・・・・、〉



 悪びれず、真顔で即答された。かつて同名の黒髪の少女の呼称により、神経をすり減らされた経験のあるストラは全身を強張らせる。そして上官の婚約者の名を、想像を裏切らず自分の飼い鼠に名付けた部下をある感慨を持って見つめたが、虚脱感にがくりと肩を落とした。


 〈・・・そうか、朝早く、勤務前に、失礼したな、〉


 〈・・・・・・・・副隊長の、〉


 〈?〉


 〈隊長への真意が垣間見えました。貴重なそれと引き換えに、今回の上官からの理不尽な言い掛かりは問題にはしません〉


 〈????、!!!!!、〉ハッ!


 ーー〈何を言うか!貴様!!、妻も子もいる俺を、お前や隊長と、一緒にするな!!!〉


 〈幼児呼称である〔エラ〕、お二人は、低俗すぎるこの意味を、ご存知でしたでしょうか?私はストラ殿に聞かされた折、良い名だと冗談に乗りましたが、オゥストロ隊長は、本当にメイ様をトライドで〔エラ〕と呼んでいました。公の場で、上官の口から出た〈エラ〉は、本当に衝撃でした〉


 〈衝撃、?、低俗すぎる、?、何の事だ?〉


 〈幼少の者が呼び合うには普通ですが、成人し、性風俗に於いてはその言葉によって、性的興奮を高める者も居るそうです〉


 〈????、!!!!!!!?、〉


 〈先ほどの副隊長の隊長への真意、〔エラ〕という呼称、五大貴族ウェレビ・レータの副隊長がこれを故意に伝えたのならば、特士貴族エグズィ・レータの上官に対して作為を感じます〉


 〈違う!!、断じて、!!!、オゥストロ隊長を、私は心の底から尊敬している!!!・・・大体〔エラ〕とは、可愛いものを指すと、妻と娘から聞いたのだ、〉


 〈はい。分かっています。これは私の冗談です。隊長からの無理難題、婚約者愛称相談に、生真面目な副隊長が日々悩む姿は周知の事実でしたから〉



 〈・・・・〉

 〈・・・・〉



 〈ピー、ピー、すぴっ、〉




***


 一年前、エスクランザ攻略直後。


***


ーーーガーランド竜王国、ラフエルト領内。


 

 エスクランザ攻略から戻ったセンディオラは、久しぶりに両親の実家に顔を出した。父母はそれぞれに広大な領地を構え、別々に暮らしているので顔見せに刻を有する。これから想定される対ファルド戦線、有事の作戦に永久の別れを想定した挨拶だが、不在の父親に代わり家令に伝言を告げると、その足で隣領地の母の元に飛竜を飛ばした。


 母親のラフエルト・クエイルが治める領地内、いつもの店で手土産を店の者に用意させると、相棒のパウーラの姿を空に探す。だがその道すがら、町の大広場にある見慣れない催事に目を留めた。

 

 (流しの長鼠テテ売りか)

 

 普段は気にも止めない鼠売り、ある一匹が気になり足を止める。小さな檻籠に並べられた長鼠。だが正面の長台に乗せられず、黒い毛並みの一匹は荷物と共に置かれていた。


 〈これはセンディオラ様!、こんな場所に来て頂けるとは!〉 


 〈あれはなんで別の籠に?〉


 〈あ、あいつは昨日、山で見つけたばかりなんですよ。実は足に怪我してるんで。おそらく、前に捕まって、籠から逃げようと暴れたんでしょう。珍しく足の遅い奴が居るなと思ったら、爪が割れてまして〉


 〈・・・・・・・・ヂュッ、〉


 小さな貧相な籠から、身を丸めたつり目の黒目はセンディオラを睨んでいる。


 〈弱ってるな。廃棄か?〉


 〈いえ、餌を抜いてるだけですよ。そいつはすぐに毛皮用です。貴重な黒色、毛並みだけはいいんで〉


  

 〈・・・・・・・・〉





*********





 〈センディオラ班長、最近帰るの早くないか?〉


 〈女が待ってるんだろ。巫女ミスメアリちゃんへの裏切りだ〉


 〈そうか、まあ、でもそろそろ婚姻されてもよさそうだよな。でもやっぱりあの人の連れ添いだと、同じ五大貴族ウェレビ・レータのエディゾビア嬢かな?〉


 〈どうだろうな。エディゾビア嬢はオゥストロ隊長と噂されたこともあったが、隊長にはうちの巫女ミスメアリちゃんがいるからな〉   


 早朝自主訓練はもうしていない。だがなんとなく早く起きる癖の付いた二人の隊員は、休憩所で暇をもてあます。そこに平隊員に対しては口が悪い、性格に問題のある童顔の男がやって来た。


 〈知らないのかい?君たちも毎朝走らせて居たよね?巫女ミスメアリってあだ名の、少し大きめの黒長鼠カラテテ、〉


 〈なんだ?エミュス、巫女ミスメアリちゃんの悪口は受け付けねえぞ〉


 〈悪口じゃないよ。今はそれ、うちの上士が、朝に散歩させてるよ。まるまる太った可愛いヤツ。なかなか痩せないの。ククッ〉



 〈〈???〉〉



**



 〈キュッ!〉


 〈起きたのか?〉 


 いつの間にか机の上で黒長鼠が動き回っていた。興味津々と置かれた紙に小さな鼻を寄せている。机の隅に束となり、重石が乗せられた用紙を囓ろうと口を開けたところで、センディオラに胴を持ち上げられた。

  

 〈これを囓っては駄目だぞ〉

 

 長鼠に目を付けられた紙の束。それを仕舞おうと手にした通達書類の下から、懐かしい記録用紙が現れる。本来は砦の取り調べ保管室に収められる物なのだが、天上言葉を解析すると、数枚を手元に置いていた。


 〈何度見ても、酷い点数だ〉


 文字の形は美しいが、綴りは間違え正解率の低い答案用紙。それを新しい眼鏡越しに眺めたセンディオラは、じたばたと短い手足でもがく黒鼠を優しく撫でた。

 

 〈きゅう、〉


 不満げに鳴いた黒長鼠。センディオラが網籠の中に木の実を入れると小さな両手でつかみ出す。見上げる真っ黒のつり目、頭を撫でると笑ったように弧を描いた。

 

 

 

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