引き出しの中の遺書(2)
敬愛なる父上
親愛なる母上
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春の声はまだまだですが、お変わりありませんか?
突然のこのご挨拶をお許し下さい。
私は、お二人の間に導かれた事を、
天に感謝致します。
先立つ不幸を、ーーーー✓
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ーーーエスクランザ国、王宮殿。
第一皇子リーン・エスクランザの元を訪れたのは、彼を皇太子と後押しする派閥の大神官、インクラートだった。ガーランド竜王国に駐留していた大神官が、巫女降臨の知らせを書簡で送って来たのは一月前。そのインクラート大神官は、幼い黒髪の少女を連れて現れた。
[インクラート大神官により連れられて来た巫女が、本物の天上人であり、その巫女姫が望んでリーン様の手を取り婚姻を結べば、継承権はアリア皇子よりもリーン皇子が上位へ上がる]
[百年の年月を経て、天より降りてきた巫女姫は、その存在だけでエスクランザ国では、継承第一位の天の上という称号を手にする]
[人ではない、天上人しか持つことの出来ない〔天の上〕。それは人で在る皇王の〔天の地〕よりも上位の存在なのだ。まさか我が存命中にお目に掛かるとは]
[だがしかし、それは全て、巫女が本物であればの話だがな]
[そういえば、表の者より、第十位のテハ・カラトが巫女様を穢したとの報告がありますが]
[ああ、私も聞いた。カラトのご子息が、お迎えの船の中で巫女様に触れたというあれか]
[なんと、地の下が巫女様に、穢れを移したのか、]
ざわざわと議場は揺れたが、その中、中央に座する老神官が笑い始めた。
[皆様、それは認定前のこと。むしろ今回、竜騎士から巫女姫を護った第十位、更には共に乗船した騎士たちに、僥倖の一位昇進を与えてはどうか?]
王族でもある最高齢の大神官の一声に、周囲は一斉に賛成の声を上げる。上皇である老神官の背後の壁の後ろ、守護となる表第一位の騎士は、現皇王を護らずに譲位した老神官の命を守護していた。
**
緊張を持って見守る周囲の中、第一皇子リーンは黒髪の小さな少女を連れ天教院の本殿へと向かう。穏やかに話す第一皇子を見送り、神官や女官達は息を飲んでそれを見守った。
[頼むから、怖い顔をするなと皆に伝えてくれ]
リーンが教会の道へ差しかかった折、彼の命を護る為に木陰に控えていた少年騎士に呟いた。
[は、]
元老院からメイ・カミナの巫女姫に負わせた穢れの罪は、不問に処された。理由は、未だ正式な天上人としての認定がなく、天上人降臨の鐘を鳴らしていないからだ。そしてテハは、幸運なことに王族守護見習いとして第一皇子の傍近くに配置された。
王族は穢れの地の下に直接声を掛ける事は無い。だが第一皇子リーンは幼少期より気さくに声を掛け、長じて彼等の矛盾した立場の改善を父王に進言していた。優しき第一皇子、それも彼の支持者が多い理由でもあるのだ。
リーンに言付けられたテハは、急ぎそれを伝える為に王宮殿の裏口を走った。第一皇子の護衛は他にも道々に配備されている。だがテハは、道中にあるものを見つけて立ち止まった。
[あれは、]
社殿の庭に巫女や女官を侍らせて、フラフラと歩く第二皇子の姿。表情には出さないが、彼等が向かう先に行った主を思い、守護者の少年は踵を返した。
**
[報告します、アリア皇子が神社に向かっていますが、]
伝えた上官は、幼少期よりリーンに仕える天弓騎士第五位の熟練の守護者だ。しかし、彼は厳しい表情で首を横に振る。見ると自分達と同じように王族を護る裏の守護者、アリア皇子付きのトラー・エグトが既に影に控えていた。
[エグト神官が?ではまさか!]
[おそらく、皇太子への内通者が居るのだろう]
[そんな、]
守護者達が、内心のため息を隠して自分達が護る皇子と巫女を見守る中、神聖な教会内に、大仰な声が響いた。
[第一皇子!その方が天の巫女ですか!?]
テハが覗き見ると、仲睦まじく社殿を歩いていた巫女姫とリーンの間を、第二皇子が無粋に割った姿が見える。
[僕はこの娘に、子供を生ませればいいの?]
(!!)
アリアは尊い巫女に、信じられない無礼な言葉を吐いた。大袈裟に笑い近づき、侍らす巫女達と同じ軽薄な扱いで、天上人の巫女姫に上から手を差し出す。それにテハは、我知らず弓を握りしめた。
[テハ]
[!!]
同じく待機した年嵩の上官に名を呼ばれ、少年は平静を装い彼等を見守る事を努力する。軽薄な第二皇子アリアは、会うたびにそうやってリーンに近づく女性を遠ざけて遊んでいるのだ。若い自分が結婚しなければ、九つも離れた腹違いの兄が女性に触れられない事を笑う為に。それぞれの守護騎士はそれを心に思い、苦々しい光景を想像した。
『・・・・』
しかし女達が心を溶かすアリアの微笑みと差し出した手を、天から降りて来たとされる少女は取らなかった。そして憮然と見上げている。
(え・・・?むしろ、巫女様怒ってる?)
自分の腕に積極的に触れてきた、異国からやって来た少女の巫女に、船で戸惑った事のあるテハは瞠目する。自分より年下だと思われる少女、好奇心旺盛なつり目気味の黒い瞳は、自分に微笑んだ表情とは違い今はアリアを睨んで眇められていた。
「無理無理。ムリムリ。私は帰ります」
[おい、あれ東側の言葉だ、]
[そうか・・・ではやはり、捕まった者との混血かもしれないな]
[いえ、そうではありません、大神官様の話では、巫女様は東側の将軍に囚われて、そこで東言葉を強要されたとの事です]
[その話しは、私も他の方から聞いた。皇子の知人である、東のメアー・オーラ公も裏から巫女様の事を打診してきている]
[メアー・オーラ公とは、衛生軍の将ですね。帝国の将が動いたとなれば、やはり巫女様は本物の天上人なのでは]
エスクランザの王族には、一人に対して最低五人は守護者が付く。それは表に出ないように木陰や柱、隠し扉の中に控えるのだが、リーン付きの守護者達はまだ正式な巫女の認定をされていない巫女メイへの懸念として、ファルド国で奴隷とされた者達との混血児の可能性を考えていた。過去に何度も、天上人だと騙る肌の白い偽者が居たからだ。ところが、警戒された少女は彼らの疑念を覆す言葉を続けた。
『エート、エート』、
〈行くぞ、迷子になるなよ〉
[[!!!]]
王族は矜持として北方語しか学ばないが、守護者達はガーランド竜王国の言葉は常用語と同じく習得する。少女の突然の皇子に対する俗なガーランド語に、周囲の守護者達は息を飲んだ。しかも彼等が驚いている間に憮然とそれを言い放った少女は、アリアの手を取らずに背を向け立ち去ってしまったのだ。
[・・・・!]
これには誰しもが唖然とする。ただ立ち竦むアリアを見て、テハの心にスッと何か爽快なものが過ぎた。
[なに、今の]
初めて差し出した手を取られなかった第二皇子は呆然とそれを見送ったが、直ぐに我に返って少女の後を追う。そして振り向き様にリーンへ言葉を放った。
[第一皇子、ありがとう!天上人の巫女を僕に紹介してくれて]
[・・・・、]
もう付いてくるなと釘を刺した。第一皇子へ敬意を表さない女達を侍らせて、アリアは笑いながら物珍しい黒髪の少女の後を追って行った。
**
[エオト様が不審な行動をされていると、女官達が言っているが]
[不安だな、巫女様の正式認定が行われなければ、我々は緊急に、奥へ踏み込む事も出来ないぞ]
第一皇子達の守護者達は、今は姿を見ることも出来ない少女の身を案じる。皇太子アリアにより、第一皇子を始め彼の守護者達はメイ・ミギノ巫女への接触を禁じられたのだ。
[女官達により、地の下が不可侵の奥の神殿で、よく巫女同士での陰湿な嫌がらせがあるとは聞いている]
[幼稚な嫌がらせ程度なら介入出来ない事は分かるが、命に関わる事件もあったというぞ]
去年はアリアの目に留まった美しい女官が数人、奥の崖から身を投げた。何れも後ろ盾の無い中級貴族の女官たちは、自ら身を投じたのか、それとも投げ捨てられたのかも分からない。
それを思い、不安げに巫女神殿を振り返ったテハは、安否を心配していた小さな少女を渡り通路で発見した。
[ご無事で、]
安堵にため息を吐いたテハだが、仮にも高貴な称号を持つ巫女は、又もや気さくに地の下である自分へ満面の笑顔で手を降った。
[!!!、そんな、]
これにテハは、嬉しさと困惑で盛大に赤面する。動揺し周囲を見渡すと、少し離れた先では守護対象の第一皇子リーンが来客を見送る為に外に出て来たところだった。
「メアーさん!メアーさん!」
[!?]
突然背後から声がかかり、再び少女を見るとあろう事か巫女の礼装をたくし上げ、段差のある渡り通路から飛び降りた。
[巫女様!!]
皇宮女官長の初めての大声、愕然と身を固めた女官達。その者たちを置き去りに、小さな巫女は踏み石を渡らず道無き砂利を横切った。
ーーじゃりっ!
(あ、あああ、巫女様、そんな、)
引き詰められた玉砂利を飛ぶように走り、進みは遅いが必死でこちらに向かって来る。それを見た第一皇子の守護者達は動揺した。
[何てことだ、何だあれは、]
初めて目にする天の者の無作法。幼い子供でさえ、王族は人前で走り弾んだりはしない。テハより上位の守護騎士たちでさえ、初めて遭遇した事例に動揺し、徐々に迫り来る遅い弾みを眺めてしまった。
[俺が、]
[待て、俺達は接触を禁じられているんだ、話し掛ければ第一皇子へ咎が向かうぞ]
目の前の驚愕に、自らの言葉も職務を忘れて粗雑に変わる。だがその事にも気付く余裕無く、庭園に控えた者たちは狼狽える。
[・・・・っ、]
踏み留まるテハの前に、第二皇子付きの守護者トラー・エグトが横合いから飛び出した。騒然とする周囲を余所に何事かを大声で叫んでいた少女は、無事にトラーに行く手を阻まれて立ち止まる。
[・・・・]
『*レ、*ノォ、*イマセ*、ヨット・ウォイテクタサィ』
礼装をたくし上げた事、無作法に飛び降りて走った事、更に巫女が大声を上げたことに、周囲からは非難の声のさざめき合いは止まらない。
[巫女様へ、直接話し掛けなければいいですよね。俺が状況の確認に行きます。巫女様、リーン様の客人の名を呼んでいたみたいだし]
頷く上官の了承に、テハは足早にトラーの元へ走った。たくし上げられたままの装束、それから目を逸らすようにトラーを見上げたが、不満げに口を引き結ぶ少女は視界に入る。
[いかがされましたか?トラー殿、貴男が何故ここに?]
第二皇子アリアはここには居ない。何故皇子の守護を離れているかとのテハの問いかけに、トラーは軽く頭を振った。
[私はアリア様より、本日からメイ様付きになれと命じられた。リーン様の元へ走られては困るからな。ファルドの客人が顔見知りなのだろう]
[成る程、そうですか、認定の承認前にアリア様が貴男を巫女様の護衛に・・・]
次期皇王であるアリアの筆頭守護騎士トラー・エグト。それを手放し少女の護衛とした。思うところはあったが、テハは頷くと突然背後から当の巫女が、トラーの腕を軽く叩いた。
[[!!]]
『フィマセ・*キタインテッカ・*マ・イーイェスカ?』
[[!?]]
あり得ない出来事に、二人は驚愕し身を固めた。直ぐさま少女に穢れが移ってはいけないと、トラーは大きく一歩距離を取って目を伏せた。テハにも経験のあるそれに、トラーの動揺が手に取る様に分かる。
『アレ、?』
第一皇子付きの守護者達は、皇子リーンの命令で口当て布を外しているが、第二皇子付きのトラー達守護者は、穢れが洩れると王族氏族の前では口を覆う礼がある。そして全ての地の下は、高貴なる者が穢れに直に触れる事は言語道断だった。
[何てことを!]
[あり得ませんわ!]
少し離れた場所から、触れられた地の下と、穢れに触れ話し掛ける巫女少女への非難の言葉が聞こえるが、二人の守護者はそれに身を固めるしか方法は無い。
[巫女様、こちらです]
自身も初めて道無き玉砂利を踏みしめ、やって来た女官長は地の下であるトラーとテハを冷たい瞳で見下ろした。そして少女の手を引くと無言で背を向ける。
[トラー殿、どうしましょう、巫女様、船で私にも触れたんです。巫女様の穢れはどうしたら取れるのでしょうか、]
[・・・・]
[浄めの泉の水が、巫女様の穢れを浄化してくれたらいいのですが・・・]
身を震わせ、新しく神殿へ入った巫女メイを心配するテハに、上位神官からの言葉は無い。地の下に染みた血の穢れは、誰にも取り除く事は出来ないのだから。
**
その夜、審議の間に呼び出されたテハを、第二皇子が待っていた。
[おや、表の騎士は、我が国の伝統的な口封じを、何故付けていないの?第一皇子は、よほど君たちを甘やかしているのだね]
[も、申し訳、ありません]
呼び出された者はテハだけ。静まり返る冷たい会場に、皇子アリアと対面したテハは素早く膝をつき頭を下げた。その姿に皇子は鼻で笑ったが、見下ろす瞳は冷たいまま口元にも笑みは無い。
[ここに呼んだのは、君が天上人に穢れを与えたあの事だよ]
[!!]
天上人に触れたことは危険だと、下船して直ぐに表の中で引かれた箝口令は王族に伏せられた内容だったが、既にアリアの耳に届いていた。
ーー[第二皇子などは、異種に対して寛容ではないと聞くよ。天上人に触れられた事を〔八つ当たり〕に、目を付けられないように、慎重に・・・]
[面を上げよ]
頭の中に響いたセオルの言葉は冷たい皇子の言葉に遮られた。一呼吸したテハは、蒼白の顔で目の前を見上げる。
(そうか、天に帰る日とは、突然訪れるのか、)
若さ故に、真に想像もしたことの無かった自分の死。騎士として入隊してからも、その心構えは常に持っていると自負してしたが、実際に自分の命を握る者を目の前にすると、それは甘かったのだと悟る。
[どこに触れられたの?]
[!?、あ、はい!・・・あの、ここです、]
左の腕、少女が笑顔で触れた大切な場所は、セオルが上から触れてしまった。そんな些細な苛立さえ、今は全て自分の過ちだと心に突き刺さる。
[そう、話によると、巫女様が自ら君に、触れたそうだね]
[・・・・・・・・はい]
[地の下のテハ・カラト、穢れとは、心を腐らせ魔素に侵蝕するものだという]
[・・・はい]
[ならば巫女様と僕には魔素が無いのだけれど、穢れは何を食むのかな?メイ様は、今は健やかなお顔をしているけれど、何を失っていると思う?]
[!?]
突き刺さる氷のような青い瞳。そこから逃げ出せない少年騎士は、冷たい汗が背中に流れ落ちるのを感じた。呼吸をすることも躊躇われる静寂に、再び第二皇子の平坦な声が落ちる。
[お前、僕にも触れてみるかい?]
[お、お許し下さい!!]
呪縛から逃れるために、叩頭礼に額を床にまで伏せた。だが地に伏したテハに、無情な問いは続いて落ちる。
[何を許すのだ?お前は何を畏れているのだ?]
[っ、?、]
[巫女様を穢し、僕に触れられないと言うのなら、何故お前はそこに居る?最大の罪科を犯したのであれば、何で償うのだ?]
[・・・・・っ、]
[お前如きの命一つで、天上人を穢した罪は消えないよね?]
[お、・・・・、お許し下さい、]
[お前を造り出したのは、皇王を護る表第一位、同じく風の大神官を、その場に連座させようか]
[お許し下さいっ!!!]
絞り出された懇願は、両親の命乞いに無い命を賭けた。だが地に伏したままのテハに、アリアはため息に目を眇める。
[・・・・・・・・お前、煩いね。本当に、声が大きいよ]
[・・・おっ、お許し下さい、]
[ならばまず、その腕だね。あれを持て]
二人だけの審議の間。だが壁の後ろ側、周囲に守護として控える一人の騎士がやって来る。微かに頭を上げてそれを覗き見ると、両手に掲げた長剣を第二皇子に跪き捧げ上げた。
[!?、?]
[巫女様に触れられた、その目障りな腕から落とそうか]
ーー[!!!、]
巫女姫を穢した罪は、何故か不問に処されてテハは天弓騎士第九位にまで昇進した。
(巫女様を穢したと思いながらも、あの方に触れられた事を喜びと、浮かれたことが、俺の罪、)
流れる汗は、噛み締めた唇を過ぎて床に落ちる。
ーー[違うよ君、十位以下の雑兵とは違い、表も裏も、一桁になるとより天に帰る機会が増すという。そのためのご挨拶さ。今の君は、ある意味一桁の方よりも危ういからね]
(・・・ああ、まだお二人への、お別れの言葉は書きかけだった・・・)
セオルに言われた忠告が繰り返し頭に響く。そして死を目の前に思い出した後悔は、部屋の引き出しに入れたままの、書きかけの遺書のこと。まだ早い、いつでも書けると思った別れの言葉は、完成することなく終わったのだ。絶望に目を伏して、テハは差し出すように左腕を掲げた。
[・・・・]
ほんの僅かの刻の過ぎ去りが、永く永く身に染みる。迫る天の訪れを待っていたテハだが、ゴトリと重たい響きに全身が震えた。
[・・・・、?、]
[・・・・重いね、これ]
[・・・?、・・・・?]
[お前、何をしているの?]
[・・・・・・・・?、?、]
[テハ・カラト]
[ハイッ!!]
繋がったままの腕、落とされていない首で、勢いよく顔を上げた。すると目の前には、鞘から抜かれないままの長剣が立っている。徐々に上を見上げると、柄に手を添えたアリアが目を眇めていた。
[・・・だから、煩いよ。僕が重いと言ったんだ。そんな事も分からないの?]
[・・・えっ、]
乾いた口を、間抜けに開いたままの少年騎士。ため息と共に再び柄を握った第二皇子は、立て掛けた長剣を前に差し出した。
[取りなさい。お前を階位零に命じるよ。巫女様を穢したその腕、この剣で更なる穢れをその身に受けよ]
[!!?、????]
[返事は?]
[ハゥ!、ぅぐっ、・・・・ハィ・・・、こ、この身に刻みます・・・]
[そこは小さいんだね・・・。まあ、もういいよ]
跪き長剣を捧げあげた少年騎士の姿。それを見流したアリアは衣を翻す。足音が遠離った審議の間、刻が経ち、一人残されたテハはようやく顔を上げた。そして自分の手に握られた剣の柄に、特殊零位だけが身に付ける花の紋章を見て呆然とそれを見つめる。
[そんな、馬鹿な、階位零だと、]
陰から、それを驚愕に見つめる者がもう一人。その者は、年若くして昇進した生意気な少年騎士が、この場で第二皇子により首を刎ねられるだろうと確信しやって来た。だが少年は、皇太子により守護騎士として最上位の特位を与えられてしまった。
[あり得ない、]
蹌踉めき裏通路を進み審議の間を後にする。その神官騎士は、天上人が少年騎士に穢されたと、密告した者だった。