呼び出して
「なんで僕は君に呼び出されているんだろう?」
深緑の眼差しは私を見ているが、彼が気にしているのは無理についてきたスタンだった。
彼はミアの父親の妹の息子。スタンはミアの母親の兄の息子なわけだから親戚としては類似の位置にいる。ミアは幼少期を彼と共に過ごしていたとか。
「ミアのことが知りたいんだ。ミアは君に懐いていたようだから」
少し彼は考えるように黙ってからスタンに視線をおくる。
「ミアが十歳になる前あたりまで一緒に過ごしただけだけどね」
暗に最近を知ってるのはそちらだろうと言われてる気になる。スタンが以前そんなことをほのめかすような絡み方を彼にしたせいで警戒されているのも事実だろう。
「君はミアと私の婚約をどう見てる?」
もしかしたらそこも反感をもたれてるかも知れない。
「え? ミアからすれば別れ話待ちな状況で、そっちもはっきりした行動起こしていないんだろ?」
「別れる気はないよ!?」
寝耳に水な驚き発言したうえで、意外そうな表情をされるとなんか傷つくんだけど!?
「ふぅん。じゃあちゃんとミアを納得させた方がいいよ」
「ミアが別れ話待ちなんてなんでわかるんだよ」
スタン、ふてくされた声で彼の機嫌損ねるようなことを言うなら帰れ。
「なんとなくそうじゃないかと思ったことは?」
彼はスタンの反応を気にした風もなく続ける。その言葉に心あたりはあるし、好きをお互いに育てていこうと会話をしていたのも確かだ。
「なんていうかな、少し難しいんだけど、恋人同士の愛情へ……違うかな、自分が抱く愛情への不信感と自分が望まれることがないという自信があるんだよ。ミアは。かなり劣等感が強いから」
劣等感?
彼はうまく伝えようと悩みながら伝えてくれているのだろうけど、劣等感?
ミアが?
自分が望まれない?
望まれて愛された娘なのに?
「ミアの兄であるリューイとリョーイは、まぁ……、あの二人もしかたないんだが、二人で自己完結して他が入れない部分を持っていたし、両親とのつきあいは気難しいし、それでもそれが普通だったからね。ほんとうに色々問題があったし、それぞれがいっぱいいっぱいでミアはミアなりにうまくあろうとしただけなんだよ」
ピタリとスタンが黙った。
なにを言っていいのかがわからない困った沈黙。
ところどころ沈黙が挟まれるのは彼にとってもまとめにくいことなのか。
「つまり、まぁ環境が悪かったんだよね。両親がいるからって良い環境じゃないことはあるだろう?」
ままならない状況は理解できる。自分だってままならない環境を味わった。
友人や遠いデータとしてそういう事が意外に身近にも多いのも知識として知っている。
スタンを見れば不愉快そうにそれでも黙っている。
「ミアやノアに見せたくない、気づかせたくないとふるまっても問題が近すぎて無理だったし、それが自分が受け入れられていないとも見えてしまったんだと今なら思うよ。ノアは、自分が望まれて娘として迎えられたと知っているから条件が違うしね」
十歳近く年の差があっても補えることには限りがあって、現状私はミアのことがわからないままだ。
「それで……僕から見えるミアが知りたい? それとも、もう少し知ろうとしてみる?」
「ミアは私が嫌いなんだろうか?」
「好きだと思うよ」
ミアはあくまで兄の友人を憐れんだというだけだったと思うとひどくつらいと口に出した言葉は即否定された。
「好きだから、はなれていかれる前から距離をつくって痛みを受けない準備をしているだけだよ。それで、決断を君に任せている。とてもそれは君に失礼な罠だと思うよ」
なにかゴネそうなスタンを引きとめる。
「ひどいな」
かろうじて声がでた。
「それは失礼」
彼は軽く手を振って手元に置かれたマグを口に運ぶ。
「ありがとう。教えてくれて。うまく活かせればいいんだが、また連絡してもかまわないだろうか?」
私の問いだというのに彼がスタンに視線を送りかけたので、「変わらないミアのいとこだろう? スタンも、君も」と続けてみた。大人しくしていろの意図は通じたらしく、スタンが面白くなさそうにふくれっ面になり、彼は少し困ったように笑った。
彼が、スタンと私の友情のこれからを危惧し気づかう必要はない。
その後アドレス交換をした。ヘザーにウェイドへの伝言を頼む理由が減ったのは少し残念だが、利便性を優先したい。
それにしても。
「なんでスタンまでアドレスを交換してるんだよ」
気に入らないんじゃないのか。