あきらめろ
ワガママなお嬢様だってヘザーは会ったこともない少女をこき下ろす。
雇用主の婚約者を落とすのはやめておけ。会ったこともないのだからと思う。
それにワガママお嬢様ならウチの雇い主のところのチビ令嬢がハンパないんだがそれよりなのだろうか?
「あなた見た目が悪いからクビ」
初対面でそう言い放った令嬢は子守り役の男に凄まじい勢いで叱られていた。
付いてきたメイドたちが「彼の言うことしかきかないのよ」と苦笑い。彼だけが叱ることを許されているのだと。「大丈夫よ。不当な解雇は彼がいる時は止めてくれるから」
それ彼がいないとクビってことか。
彼女らは困ったように苦笑い。
彼は思ったより気安く穏やか。同行している子供たちを令嬢と令息に混ぜて面倒をみている。
叱られ率の高さが半端ないが令嬢は得意げに他の子たちを見下している。まるで『独占したわ』と言うように。
他の子たちの反応から気のせいではなさそうだ。
「ごめんなさいね。お嬢さんああ見えて人見知りだから、まず先制攻撃しちゃうの」
メイドの一人がにこりと笑う。視線の端で令嬢が胸をそらしている。
「あんた達は私の未来のお嫁さんの拾いっ子たちだから特別だけど、本当ならいなくていいんだから……きゃ」
「アディ。僕らは帰った方がいいのかな?」
「ダメよ」
ツンとした令嬢は幾度目だろうか彼の説教を受けていた。
それでもどこか和気藹々とした空気があった。許容される範囲を外していないワガママ。
その様子を耳にしながら俺はメイド達に近隣の危険箇所注意事項を聞かれるままに答える。子供達の興味を惹きそうな場所の安全確保はしておきたいらしい。
事前に警備だと言っていたバイパーという男がいろいろと増えた力作業を手伝ってくれる。
聞かれるままに幼馴染みへの想いをぶちまけていて少々照れくさい。憐れまれた気もするが、ヘザーにはきっと俺ぐらいが釣り合っている。
招かれた少女がヘザーの恋敵。
心配しているだろうからと使いに出された。
久々に会うレンフォードはひどく取り乱していた。彼女はこの地にはじめてきたのだ。もしなにかあればレンフォードにとっては故郷にまた誰かを奪われたことになるのだろう。
無事と聞いたレンフォードはひどく力が抜けたようだった。ちらっとヘザーを見ると何も言わないなりに手を強く握りしめていた。
おばさんとおじさんにお礼を言われ、その様子にレンフォードも慌てて礼を言う。追い詰められようが痛々しかった。
「甘やかされたお嬢様ってほんと迷惑」
他の人間の聞いてない場所でもらされたヘザーの言葉は嫉妬だと自覚しているのだろうか?
「ヘザー、ミア嬢をワガママっつったらお前超ワガママの陰険女になるからやめとけ」
それだけは忠告しておく。
彼女は俺にも笑って挨拶してくれる子だった。
ウチのお嬢様とは大違いだ!
ヘザーがふてくされる姿はかわいいが、おそらくお前のワガママによって引き起こされたレンフォードの不安をフォローできてねぇだろっとつつけば黙って唇を噛んでいる。年下の女の子をいじめるなよ。
「ヘザー、女って見られてないのはわかっていただろう?」
特別な恋しさがあれば一度でもレンフォードは帰ってきただろう。あいつは帰って会いたいと思える相手がここにはいなかったんだ。家族の喪失が受け入れていけるようになるまで。たぶんな。
翌朝、ヘザーの運転する車でレンフォードがお嬢さんを迎えにきた。
彼が誘う朝食の席でヘザーは自分が弟の彼女と見られていたことを知る。うん。知ってた。
ちびっこ達の食事の手伝いをするお嬢さんにレンフォードは優しい眼差しを送ってる。たまにしか会わない幼馴染みだったが、幸せそうな眼差しにほっこりする。ほら、ヘザー、あきらめろ。
俺がいるだろ?