割り切れない
レンフォードは憧れの人だった。
遠方の全寮制の学校に行っていて長期休暇の時に戻ってくる少し年上の人。
両親は彼のお家に勤めていて、彼はだからおぼっちゃまだった。それでも、見かけると笑ってかまってくれた彼を好きになるのは自然な流れだった。「恋に憧れてるだけだろ」って幼なじみの声は聞こえない。
火事で彼の家族はみんな助からず、あたしの母も助かったものの大きなやけどが残った。
あたしたちの家族が家族のことで手いっぱいのうちに彼の権利はいいように掠め盗られていて父は落ち込んだ。理不尽な解雇。母の治療費。就職先の少なさによる人の流出。
あっという間に地域は衰退していった。
母がこの地にこだわっていなければ、きっと家族で引っ越しただろう。
レンフォードの遠縁が新たに建てたお屋敷はどこか悪趣味で、かつてを思い出しては辛くなる。
その遠縁が出ていって管理人として両親に打診が来た。
母のリハビリや治療費、あたしたちの学費が賄われた。
お屋敷の所有者はレンフォード。
帰っては来ないけれど、彼のために家を綺麗に居心地よくとつとめた。
「夢見てねぇで俺の嫁にこいよ」
幼なじみがそんなことを言う。
「婚約者だっているんだろう? おまえなんて最初から対象外だって」
婚約者は、お金と家を守るためだと決まっている。あんたにはわからない。
少し離れた場所にある別荘の管理人を勤める幼なじみは呆れたように舌打ちをする。
ああ。うるさい。うるさい。火がうるさい。
やけどの後遺症の残る母を助けて仕事をする。
料理掃除模様替え。ガーデニングも。
「坊ちゃんが一度お戻りになるって。奥様や旦那様にご報告しなくちゃね」
はしゃぐ母を落ち着かせて使うであろう部屋の確認と食材の発注、諸々の手配をする。
花を飾り数年ぶりの主人の帰還を喜ぶ。
「随分と変わったね」
館を見たレンフォードの言葉はそれだった。
両親が焼け落ちた後建て直したのはあの遠縁だったし、レンフォードはそこから帰って来ていなかったのだから仕方がないとなだめているのか責めているのかわからない発言をしている。
「ああ。ヘザー? ヘザーじゃないか。美人になったね! そばかすのお転婆さんだったのに」
天にも舞い上がる気持ちだった。
「もう、そんな子供じゃないわ」
そうだねと笑って屋敷の改装を考えないととレンフォードが隣にいた少女に微笑みかける。
「ミア、幼馴染みのヘザーだ。ここに帰ってくるとよく彼女の幼馴染みも含めて遊んだものだよ。ヘザー、婚約者のミアだ」
ふわふわの砂糖菓子のような少女が「こんにちは」と微笑んだ。
レンフォードが彼女に向ける視線がひどく優しくて、両親が可愛いお嫁さんねと笑いあうのが悔しくて少女に棘の強い言葉を向けた。
まさか家から消えるなんて思わないじゃない!
「少し散歩に」
そう、母に言いおいて出かけたとか。聞いた時に追いかけておくんだった。
なんて身勝手!
レンフォードが心配して外を回っては戻ってきて、戻っていないと落胆している。
「こんばんは」
訪れたのは幼馴染みだった。
彼女は彼の勤め先の別荘に居るのだとか。なんて抜け目なく要領がいいのか。レンフォードにふさわしいなんて思えない。
「子供にヤキモチはみっともないぞ」
すぐに迎えにいくというレンフォードを幼馴染みが止める。
「眠っているし、ちゃんと連絡は回してあるとのことですから御心配なく。お嬢さんの評判に影響が出ることもありません」
別荘に今来てるのはお嬢さんとお坊ちゃん、それと子守役の人で、その子守役の人が彼女のいとこだと言う。
どうして持っている人間ってなんでも持っているのかしら?
見てくれも財産も人からの愛情も。運も。
まるで周りの幸せを奪って笑っているようでうとましい。
迎えに行ったのは翌朝で出迎えた幼馴染みになんでお前いるのって顔をされた。
彼女はなんだかにぎやかしい場所で笑っていた。
レンフォードに呼びかけられて困ったように頬を赤らめる。ワザとらしい。
「朝食をご一緒にどうぞ」
レンフォードとは顔見知りなのか見覚えのない青年がエプロンを外すところだった。
小さな子供たちが騒がしくはしゃぐ。
昔話をレンフォードがする。小さな子供の頃の。
彼の弟の話。
「弟はヘザーが大好きで私は将来彼女が妹になるんだと信じてたんですよ」
幼馴染みが視線を逸らしたのが見えた。
知ってたのか。
悪意のない仮定に過ぎなかった家族への情。
それじゃない。
ダメなの。違うの。
悔しくてざわざわする。
はなれた場所で幼馴染みがなだめてくる。
「綺麗な思い出で終わらせて俺の嫁になってれば良かったろ?」
そんなふうに綺麗に割り切ったりできない。