腐女子魔王の困惑と悪ノリ
明美ちゃんがメインヒロインなんです!
誰がなんと言おうと!!!
さわっさわっと布の擦れる音がして、裕子はそちらに目を向ける。
扉が無いのか、扉を隠しているだけなのか。ノックが無かったからたぶん扉が無く、代わりに何枚も布を垂らしているのだろう。
壁に掛けられた布が揺れ、その向こうに人影が見える。
蚊の鳴くような声で失礼しますと言って入ってきたのは、歴史の教科書で見るようなドレスを見た女性だった。
(フランス万歳!)
おぉう、この目で実際こんな格好で生活している人を見ることになるとは。
思わずバスティーユに散った女性士官のようなセリフを胸の中で叫びながら、穴が開くほど彼女の服装を観察する。
これはローブ・ア・ラ・フランセーズというやつではないだろうか?
まさしくマリー・アントワネットやデュ・バリー夫人のあの時代の、これぞロココという女性の盛装。
映画やアニメで見て憧れた女性も多いのではないだろうか?
実はこのローブ・ア・ラ・フランセーズ、現在一般的にドレスと言われて想像するものと違ってワンピース状ではないのである。
簡単に説明すると、胸当て、スカート、ガウンの組み合わせなのだ。
どれもこれもスカートの上にもう一枚前の開いたスカートを重ねているように見えるのは、胸当てとスカートを着た上から前開きのガウンを重ねているから。
彼女の服装は金色のレースがたくさんついたクリーム色の胸当てとスカート。その上に重ねているのは黒い薔薇の刺繍のワインレッドのガウン。
ちょっとゴスロリっぽい。色遣いとか。
薄い色のブロンドもやけに長く結いあげた、プーフという現代の水商売の女性もびっくりな盛りに盛った髪型だ。
塔みたいな髪に細い金の鎖を幾重にも撒きつけており、鎖には木の実や小鳥の形をしたガラスの飾りが沢山ついていた。
実のなった木に小鳥がとまっているというコンセプトの髪型なのかもしれない。
そう思うと少し可愛い。自分でやりたいかどうかは別として。
で、気になるお顔は・・・・・
(がっ!?)
奇声が出た。心の中だけだけど。
元の顔立ちが判らない程厚く塗った白粉。
山型に描かれた眉。扇みたいな付け睫毛。
黒い線で輪郭を描いてから紅色で塗られた目蓋と唇。
そしてがっしりした顎、角ばった顔の輪郭。
太い首に目を向ければ、予想通り喉仏があった。
服装に気をとられて見過ごしていたが、身長も180の後半はありそうだし、何よりたくましい。
たぶん今の裕子より余裕でマッチョ。
(うむ)
現代日本から転生してきた裕子は、なんと表現するべきか知っていた。
(ドラグァクィーンですね、解ります)
厚化粧や派手なドレスで過剰に“女性”を演出した女装の男性のことだ。
異世界で魔王に転生して、最初に会った人がドラグァクィーン。
ここは普通ツンデレ気味の美少女とかがセオリーなのではないだろうか?
ツインテールとかの。
(いや、待て!決めつけるのは良くない!)
つい元の世界の感覚で判断してしまったが、異性装の男性と決めつけるのは早計ではないか?
なにしろ此処は異世界である。
元の世界の常識が通用すると思ってはいけない。
自分だってたった今卵から生まれるという奇怪な誕生の仕方をしたばかりだ。しかもこんな育った状態で。
先ず単純に彼女が女性であるという可能性がある。
こちらの世界の女性は皆たくましく、彼女もこちらの感覚では普通の女性なのかもしれない。
またこの世界の住人に、性差による外見の違いが無い可能性もある。
そもそも男性女性といった区別の無い種族かも知れないし、文化の違いで男性がドレスを着て化粧をする世界かも知れないではないか。
(そう考えると不安になってきたな。これ私本当に女か?性別不明とかじゃない?)
数秒考えて、どうでも良くなった。
別に彼女が女装した男性であろうと女性であろうと、特に気にする必要はないだろう。
奇抜な化粧には驚いたが、だから何だ?
他人に迷惑を掛けるわけでもなし。
それに、そもそもそんなことを気にしている場合でない。
何故なら
「着るものをくれないか?」
なにぶん“生まれたままの姿”なのだ。
今生まれたばかりなだけに。
彼女は布を載せた盆を捧げ持っている。
たぶん着るものを用意してくれたのだろう、と思いたい。
他人の服より自分の服。せめて股間くらいは隠させてほしい。
手を差し出すと、彼女は緩慢な動きで布を差し出してきた。
やはり着るものを持ってきてくれたようだ。
(という事はやはり侍女的な立場の人なんだろうなぁ)
とりあえず翼を仕舞って、彼女?の持ってきてくれた服を着る。
余談だが、翼を仕舞う時、ラーメンを啜るような感触がした。
「さて、そこな娘」
肌触りの良いローブ?を着て、金色のぶっとい組み紐みたいな帯をちゃっちゃと締めて、威厳たっぷりに振り返ると侍女(暫定)さんが平伏していた。
何が悪かったのだろう?
前の副将軍に印籠を突きつけられた悪代官みたいに土下座している。
(これはアレか?私ヤバそうに見えてんのか?)
まぁ、魔王である。
ヤバイと言えばこれ以上ヤバイ奴はそうはいないわけで、お前が怖いと言われたら「そりゃそうですよね」と返す以外に無い。
むしろ目の前に魔王がいる以上に怖いことって何?
魔王が実在する世界でそれ以上に怖いことが、裕子にはちょっと思いつかなかった。
自分だって彼女の立場なら怯えるだろう。
ここは一つ、害意が無いことをアピールし、彼女を安心させてやらねばなるまい。
「特にさし許す。面を上げよ」
魔王だしこんなもんか?と時代がかった口調で声を掛けると、侍女(暫定)さんの背中がビクリと震えた。
ぐっと力が入っているのは判るのだが、なかなか顔を上げようとしない。
しかも何やらプルプルと震えている。
(あー・・・・・)
事情を察して、裕子はその巨大な頭を両手で支えてやった。
たぶんこの髪型は地毛だけではない。中に何か土台になる物を入れている。
髪飾りだってそれなりに重そうだ。
そんな頭で平伏したら、簡単には頭を上げられないだろう。
実際持ち上げた頭はやたらに重かった。
これでよく肩が凝らないものだ。
頭を上げるだけではなく立ち上がるのも大変だろうと、ついでに腕を掴んで立たせてやる。
性能の良い身体を要求しただけあり、長身で体格の良い彼女+巨大な髪型とドレスの重さにも何とか耐えられた。
なるほど。中世ヨーロッパの男性達が、階段では女性の少し下を歩いていつでも支えられるようにしていたのも頷ける。
こんな重い頭に重くて動きにくいドレスでは、ちょっとバランスを崩しただけで階段を転げ落ちてしまうだろう。
「も、申し訳、ございません」
「その様に畏まらずとも良い」
ここぞとばかりにセクシーな声で囁くと、侍女(暫定)さんはポッと赤くなった。
この厚化粧越しでも判るくらいだから、化粧を落としたら真っ赤だろう。
(こ、これはいける!今私めっちゃイケメンじゃない!?)
二次元でよくいる“色気があってノーブルな美貌の魔王”をイメージして、少し顎を上げて見下しつつ微笑むと、侍女(暫定)さんは益々赤くなってもじもじし始めた。
「恐れることはない」
「はぅ!」
侍女(暫定)さんは蕩けるような眼で目の前の魔王を見上げている。
ここはアレだろ!乙女ゲーでありがちなアレを試すチャンスだろ!?
裕子は片手を彼女の腰に回してグッと引き寄せると、もう片方の手で彼女の顎をクイッと持ち上げた。
アゴクイというやつである。乙女ゲーでもBLゲーでも百合でも薔薇でも大活躍の素敵なポーズ。
これがゲームなら、間違いなく美麗なスチルが挿入されるところだ。
「余はこれでも紳士のつもりだ」
たぶん女なので紳士というのもおかしいが、ここは一つ気づかなかったことにしておこう。
せっかくなので演じさせてもらおうではないか。
色気ムンムンのイケメン魔王を!!!
「乙女よ、名は何というのだ?」
「モ、モルガナ侯爵家の末子で、明美と申します」
(結構な上級貴族の御令嬢だった)
まぁ考えてみればそうなるか。
生まれたての魔王の世話を任されるくらいだ。下っ端の使用人に、全裸の魔王に着る物を届けさせたりはしないだろう。
「モルガナ侯爵家の明美嬢か。そなたに相応しい愛らしい名だ」
うっとりした顔で名乗った彼女の手を取って、手の甲に口づけしてみる。
「そうか。余の名は・・・・・・」
そこで裕子は言い淀む。
名前、考えてなかった。
男として転生するつもりだったから、男の名前しか考えてなかった。
だが、ここで間を開けるのも不自然だし格好がつかない。
別に男の名前でも良いかと、用意していた名前を名乗る。
「余の名はエルシオンだ」
これは裕子がRPG等をする際によく使った名前である。
なんとなく気品のあるイケメンっぽいから。
しかし、そんな心配をする必要は全く無かった。
何故なら、興奮の絶頂に達した侍女(暫定)さん改め明美嬢は、幸せそうな顔で失神していたのである。
それはもう幸せそうに。白目剥いて泣きながら。