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腐浄なる魂

『まぁなんと欲望に満ちた魂だこと』


ほっとけ。人の勝手だ


『死に臨んで恐怖を感じるでもなく』

   

いやいや、感じたよ!だって山ほど女性向け同人誌抱えて事故に遭ったんだよ!?

身元確認のために荷物を見られたら・・・・・は!?最悪鞄が破損して中身が散乱なんてことになってたら!!


『己の人生を省みるでもなく』


もしそうなってたらごめんなさい。うっかり見てしまった一般人の皆さん。そして世間の目に作品を晒してしまった作者の皆さん。

全方位に向けて土下座するしかない!ほんと!ごめんなさい!


『残された誰かを案じるでもなく』

   

痛いところを突いてきやがる。親元を離れて十数年。

親はとっくに「子供なんか当てにしていない」と自分達で老後の計画を立てているし、結婚もしてないし。


『ひたすら自分の欲を満たすことに忠実』


・・・・・・・・人間だもの


『そしてそれを恥じることも・・・・・』


おい、こら!


裕子は好き勝手なことを言っている相手に顔を向ける。

ぬるんと重い空気のような、蜂蜜の中ででも泳いでいるような抵抗があり、身体全体がのろのろと揺れたような気がした。

はて、と裕子は内心首を捻って考える。

今自分は(倒れていると仮定して)手を突きながら頭を上げたつもりだった。

しかし手に何か触れるような感覚は無く、そもそも手が動いた感覚も無い。頭が動いたという気もしない。

まるで手も頭も無い一つの塊になったような?

(え?スライム的なものになってるとか?)

それはヤバイ。そんなことになっていたら訴えられるんじゃないだろうか?

あとパクリとかいってネットで炎上してしまう。

先ずは何とか自分の体がどうなっているのか、把握しようと神経を巡らせる。

自分の体と外の境界線を探るべく身体を揺らし、形を感じようとするのだが

(そも、そんなもの無かったりして?)

鈍い。

感覚?神経?の末端が拡散して、弱々しいながらどこまでも広がっているような。

逆に言えば全てが弱々しくしか感じられず頼りないような。

此処までが自分の体で此処からが外側!と確信できるだけのものがない。


『正解。死んだのだから身体などあるわけなかろう。今お前は魂だけの状態にある』


それを聞いて少し意外に思う。

死んだのは想定の範囲内だった。然程若くない自分が電車に撥ねられ、ただで済んだと思うほど馬鹿ではない。

むしろ死んだと思っているからこそ、魂だけだと言われたことが不思議で仕方ない。

死んだ経験なぞ当然無いから比べることはできないが、感覚的におかしいと感じるのだ。

何かが揺れるのを感じたり、感覚?に意識を向けることができたり。身体が無いにしては生々し過ぎる。

謎の声の反応からして、生前の感覚の再現というわけでもないようだ。

だから疑似的なものであるにしろ身体があるのではないかと思ったのだが。

(まぁいいわ。それで、死人に何の用?)

身体が無いのにどうやって会話したらいいのか。理屈じゃないんだろうが、どうやって話かければよいのか心許無い。

当たり前だが口も無いのだ。まさに死人に口無し。

(って、やかましいわ!)

思いつきのままくだらないノリツッコミをしていると、謎の声が感心したように応えた。


『さすが我が見込みんだだけのことはある。見上げた図太さよ』


普通あなたは死にました、今魂だけの状態ですと言われてノリツッコミする馬鹿がいるだろうか?

そう考えると確かに凄い図太さであると、裕子は自分でも少し感心した。

(だって焦ったて仕方ないと思って)

既に死んだ身だ。

しかも山ほど女性向け同人誌を持った状態で。

これ以上怖いことも恥ずかしいことも最早ない。

(俄然無敵な気分)


『それは良かった。ではもっと無敵にしてやろう』


嬉しそうな、顔が見えなくてもニヤリと笑ったのが分る声だった。

嫌な予感、というよりこういう展開知ってる!という確信が裕子を襲う。

(お前・・・・・・異世界へ転生させる気だろ)


『・・・・・・・・うむ』


(ふっ!こちとら現役、かつ歴戦のやおい女。それくらいは知ってるわ!!)

不慮の死、ゲームしてたら、あるいは何もしていなくても、それらは突然やってくるのである。

異世界転生!

突然剣と魔法の世界へ放り出され、強制的にその世界の争いに巻き込まれる。

ただし、だいたい主人公はチート。そういう展開のものが多い。

(漫画とか小説とかゲームとかアニメとか。もう適当に石投げたら当たるレベルでありふれた話よね)


『なら話が早い』


(嫌ですけど)

向こうがアニメやゲームといったサブカルチャーの発達した世界なら考えても良い。

しかし、そうでないなら今更そんな知らない世界に放り出されるのは嫌である。四十も過ぎて娯楽の少なそうな異世界で人生やり直しなんて、どう考えても良いことは無い。

こんなところで終わってたまるかとは思ったが、それは現代日本へ帰ってやるという意味だ。

愛して止まないあの漫画が連載されてる週刊少年漫画誌や、イケメン付喪神がたくさん出てくるブラウザゲーム。

可愛い野球少年が無料で見放題の夏の甲子園の放送も、声優さんがエッチな声を聞かせてくれるBLCDも、インターネットも。

増して同人誌も存在しない世界へ転生したかったわけではないのだ。

(それにファンタジー世界に四十路のおばさん放り込むって、熟女もののAVじゃないんだから。需要ないでしょ)

面倒臭いので、元の世界で生き返れないならそっとしておいてほしい。来世で再び日本に生れ、連載の続きを読めることに望みを掛けるから。

いや、何がなんでも現代日本へ転生して帰ってやる。

この思いは例え漫画の神様の作品に出てくる、その血を飲むと不老不死になる性格歪んだ鳥でも邪魔させはしない。


『需要があるから呼び止めた』


(え!?マジで!?どんなニッチな層に?)


『ちょうど空席となった魔王の座を埋めるための魂を探していたところ。お前の不浄の魂ならば魔王に相応しい』


(不浄とかいうなぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!)

欲望塗れとかならまだ仕方ないで済む。

しかし不浄呼ばわりはないだろう。

確かに欲望塗れで生きてはきたが、他人様に迷惑を掛けた覚えも無く、法を犯した覚えも無い。腐っていること以外は普通の地味なおばさんとして生きてきたのだ。

それを魔王に相応しい不浄の魂とは、酷過ぎる。


『欲望に塗れた不浄の魂よ』


(反論し難く言い直しやがった!?)

手があれば拳を握って地面を叩くところだが、生憎手も無ければおそらく地面も無い。


『我に従い魔王に転生するなら、お前の死から一年後の日本へ転生させてやろう。もちろん人間として』


(マジで!?)


『断るならその話は無しだ』


裕子はしばし思案した後、心の中で箇条書きを書き連ねる。

自分が死んでから一年後の日本に人間として転生できる。これは美味しい。

しばらく異世界で魔王やるだけで、よく知る日本へ帰ることができるのだ。

これはもう日本へ返してもらうための対価と考えて、腹括って魔王をやるしかないだろう。

いっそ開き直って理想の魔王国を建国してやる。

だが、あまり苦労はしたくない。

あっさり討伐されて死ぬなら良いが、捕虜にされて拷問されたり、生きたまま封印されて何千年とかいう展開は困る。

ついでに、強くなるために修行しなければいけないとか、そういうのもきつい。

なにしろ裕子は運動が苦手だし大嫌いなのだ。

インターネット、アニメ、漫画、ゲームをこよなく愛するインドア人間だ。例え青春スポーツ漫画が大好物でも、自分が身体を動かす趣味は無い。

この手の話は、主人公はチートと相場が決まっているのだ。

ならば要求するしかあるまい。チート能力。

(魔王と言うからには、それに見合った能力はくれるんでしょうね?)


『なるほど、道理よな。して、どんな能力を望む?』


(先ずは若さ!というか若い外見ね)

せっかくだからピチピチの若い肉体を貰おうじゃないか。それもとびきり性能の良いやつを。

魔王と言うからには、当然強大な魔力もいただこうか。

王たる者武芸にも秀でていて当然だな。

弓、槍、剣、徒手空拳での格闘。部下に舐められないためにも、このくらいは身に着けておきたい。

魔王なら病気になるとかおかしいだろう。傷の回復手段も持っているだろうな。

HPが残り少なくなると、回復魔法を連発してくるのは魔王(ラスボス)のお約束だ。

現在一般的に使われている文字は当然として、王として旧文明の文字や魔法文字、貴族や王族が使う宮廷文字的なものがあればそれらも読み書きできるようにしてほしい。

それから自分の国はもちろん、一般的な人間の国の宮廷作法、諸々の儀礼の知識も身に着けておきたい。


『どれも魔王として相応しい能力ではあるな。わざわざ能力をくれと要求するからには一体どんな無茶を言い出す気かと思ったが、よかろう。その程度なら造作も無い』


(いや、本番はこれからだけど?)

あといくつか貰っておきたいものがある。

今までの要求が簡単に叶えられるというなら、然程難しいことではないだろう。

だが、裕子が思い描く理想の魔王像には絶対に必要なものなのだ。

裕子の理想。

世界を腐らせる狂気の魔王には。

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