第三話
ケマラと会ったその晩、あまりの轟音に目を覚ましたブラント。
(……ぐ、こんな時間に一体なんだ?)
眠い目をこすってから服を着替え、明かりに火を灯して外に出る。
(門の前から聴こえてくるようだな……)
ひとまず何が起こっているか確かめなくてはと門の方に歩き出そうとしたが、その時暗闇の中を必死にこちらに走ってくる者の気配に気づいて立ち止まった。
「誰だ!」
「そ、その声はブラントか?」
声の主はブラントの質問に答えずに質問を返してきたが、ブラントはその声の主の正体をすぐに理解した。
「その声はヘンドリーか。どうしたんだそんなに慌てて……」
ヘンドリーは近衛兵長である。主に宮廷の周囲の衛兵を率いているのだが。
「反乱だ、今衛兵を率いて抵抗しているが長くはもたん。王女殿下たちを逃がしてくれ!」
「……なっ!」
「頼んだぞ!」
一方的に要件だけを伝えて元来た道を立ち去っていくヘンドリー。だが、今はその無礼さに憤っている暇ではないようだ。
「反乱……?」
冷静にならねばと考えるほど混乱していくのを感じたが、今は考えている暇はないようだ。
「ブラント様……今の音は一体何なのでしょう?」
宮廷の前で色々と考えながら立ってたところ突然声をかけられ、びっくりして振り向くブラント。
「うわっ!なんだ、家政婦長さんでしたか……」
「だ、大丈夫ですか……?」
心配そうに顔色を伺う家政婦長だったが、ここで出会えたのはタイミングが良かった。
「頼みがあります。今すぐここにいる使用人すべてに逃げるようお伝えしてください」
「え?あの……」
「頼みましたからね?」
そう言って宮殿へとブラントは足を速める。先ほどのヘンドリーと同じような無礼な応対となってしまったが仕方があるまい、これは緊急事態なのである。
家政婦長に半ば強引に言伝た後、ブラントは歩き慣れた宮殿内を最短コースで王女の部屋へと到達する。
「殿下!ご無事ですか!?」
「ぶ、ブラント!?あ、あの音は一体なんなの?」
王女は広い私室の片隅に小さい体をさらに小さく丸めて子猫のように怯えていた。
「王女殿下、ここは危険です。早く逃げないと……」
「わ、私腰が抜けて……」
「私が先導します。付いてきてください」
「お、お願い……お、置いていかないでよね……?絶対よ?」
普段の高飛車ぶりがまるで嘘かと思うくらいにしおらしいヴァラ王女。普段からこれくらい素直であれば良いのになどと考えつつブラントは私室の扉に向かうが、扉に手をかけたところでドカドカと下の階から足音が聞こえてくる。
(ま、まさか反乱軍がもう下まで……)
「待ってください殿下」
「あああ、えええ、えぇ、待つわよ」
もう九割ほどパニックになっている王女が言われるがままに立ち止まる。
その王女にブラントは護衛用に持ち歩いていた短銃を渡した。
「使い方はわかりますか?殿下」
「へ!?あ、あは、えっとこれ確かかか火薬と弾を込めて手を肩より上に構えて……」
「これを持ってすぐにバルコニーから逃げてください」
「い、いいけれどブラントは?」
「反乱軍がもう下まで来ています。私が時間を稼いでる間に早く行ってください」
「え、えぇ!?嫌だ!ブラントも一緒に来てくれないと……」
「嫌でも行ってもらいます!私もすぐに行きますから!」
「や、約束よ!?絶対よ?」
その言葉には返事をせずブラントは扉を出てから宮殿内の階段へと向かう。階下で反乱軍が部屋を物色しているであろう音を聞きながらいかにして時間を稼ぐか考えていた。
(武器を殿下に預けてしまった……死ぬまで戦って時間を稼いだとて大した時間稼ぎにはならない……とすれば)
「そこに誰かいるのか!」
考えながら階段を下りていたらいつの間にか一階に来てしまっていたようだ。目の前の広い廊下に所狭しと展開した反乱軍のうちの一部隊であろう一団が今にも襲いかからん勢いでこちらを睨んでいた。全員覆面をして顔は分からないが殺気立っているのはひしひしと伝わって来る。
「誰だ?宮殿関係の人間か?」
「え、えぇ。関係といえばそうですね。私はここで主に給仕を担当しているバトラーで、ブラント・ステラといいます。実は郊外に家族がいまして、王女殿下の居場所を教えるので見逃していただけませんか?」
さて、自己紹介が終わった瞬間に縄目にかけられるブラント。ここまでは彼の思惑通りであった。あとはこの一団を適当な場所に案内すれば十分時間を稼げることであろう。
「さぁ、では案内してもらおうか?王女のいるところへ」
(思ったより簡単に信じてもらえたな……)
おそらく今ごろ王女は宮殿の外へと脱出しただろうと考えつつ反乱軍の部隊を先導しようとしたところでブラントの耳に聞こえるはずのない声が聞こえてきた。
「ああああなたたち!ブラントを放しなさい」
反乱軍の一団を嘘の居場所へと先導しようとしていたところで背後からそのように声をかけられれば振り向かないものはいないであろう。そして、ブラントを含む全員が振り向いたそこに佇んでいたのは、キャミソール姿でブラントからもらった短銃を両手で構えて今にも泣きそうな顔で睨みつけるヴァラ王女である。
(な、何をやってるんだあのバカ王女……!)
いらつくブラントを横に王女はさらに
「私が王女のヴァラよ!あなたたち父上がいないのをいいことにこんなことをして許されると思っているの!?」
(あぁ……終わった)
もはやここから挽回することは不可能、それを理解してがっくりと肩をうなだれるブラントだが、ヴァラは不甲斐ない給仕を助けに来てやったとでも思っているのか、泣きそうになりながらも肩だけはいからせ、胸を張っているように見えた。
「ささささぁ、あなたたち!死にたくなければ今すぐそこの給仕を解放して私たちを見逃しなさい!」
そう言ってなぜか反乱軍を脅した気になっている王女だが、反乱軍は顔を見合わせるだけで一向に動こうとしない。
「ななな、どうしたのあなたたち!グズグズしないで今すぐに彼を解放しなさいって……」
「王女殿下……」
「何よ!」
呆れながら話しかけるブラントに半ギレで答える王女。
「あ、いや。撃鉄が既に下がってます……」
次の瞬間には王女も捕まった。




