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Prolog 8

 対テロ用アンドロイド Lapis Lazuliの戦い

25.適正装備

 ラミアAとBは、触手を壁面に這わせてゆっくりと降りてくる。

 自分達の勝利を確信し、しかし、Lapis Lazuliの装備に銃がある事を認識し、警戒して……ゆっくりと距離を縮めている。

 もっとも他に速度を上げることもできない理由もあった。

 重力。

 全てを引き摺り込む重力に対抗していなければ、ラミア達自身が落下して破壊されてしまう。

 重力に対抗する応力を発生させうる範囲内での移動しかできない。

 それは、彼女たちに与えられた論理命令。「できうる限り、自身の破損を防ぐ」という命令を守っているからだった。


 Lapis Lazuliは背負った銀色のアタッシュケースに伸ばした手をゆっくりと戻しながら、周囲を捜査し始める。今度は注意深く念入りに。

(銃は使えない!)

 不意に彼女の戦術思考回路が主演算回路にアラームを送信した。


 戦術思考回路の結論とは……

 もし、銃を使えばラミア達は破壊できるだろう。しかし、次の瞬間に動力を失った触手の腕はラミア達の身体を支えることはなくなり……落下する。

 底に居るLapis Lazuliに向かって数百kgと思われる大型の躯体が落ちてくるのだ。

 いや、衝撃を考えたらば「爆撃される」というほうが適切だろう。

 しかも、相手の身体には無数の触手が付いている。

 総ての触手を躱してLapis Lazuliが無傷で居る確率は……限りなく0に近い。

 そしてラミア達が落下し重力加速の衝撃がLapis Lazuliを無傷とする位置に達するまで撃たない場合は……撃つ前に容赦ないラミアの攻撃が浴びせられている。


 いま、彼女が装備できるのは短刀。ただそれだけだった。


26.脱出

(兎に角ここを脱出しないと……あった!)

 Lapis Lazuliが見つけた脱出口。それは……排気口だった。


 その排気口は底から約5mの位置。横スリットの塵除けが付いている。

(あの位置まで移動しないと……しかし……)

 Lapis Lazuliの跳躍力は、約3m。手は届く。しかし………指先が届くだけでは何の意味もない。

「どうすれば……そうだっ!」

 ホルダーから短刀を取出し逆手に握る。

 そして、排気口の真下に立ち、一呼吸おいて思いっきり跳ねた。

 脚部の中に仕込まれた衝撃吸収のためのアブソーバーと高反力コイルバネが軋む。

 内蔵センサーが確認した軋みから最大許容応力がかかった事を確認する。

「推定跳躍力3.2m、肘近くまで届くっ!」

 しかし、届いたのは……手首までだった。

 地面の砂が力を喰い流したのである。

「くっ! それでもっ!」

 落下を始めた瞬間、短刀を排気口の塵除けと壁の隙間に突刺した。


 がぃん……


 鈍い金属音が響く。短刀は隙間に突刺さり……しかし、塵除けを弾き飛ばすまでには至らなかった。

 Lapis Lazuliは、そのまま短刀にすがりぶら下がる。

「コレで、なんとか……しないと……えっ?」


 ぱきぃん


 しかし……短刀はLapis Lazuliの体重を支えることなく……刃の半ばから軽い金属音を立てて折れてしまった。


 背中から落下するLapis Lazuliの目に上からゆっくりとにじり寄るラミア達の姿が映った。

 その顔はLapis Lazuliの失敗を確認してほくそ笑んでいるように見えた。

「くっ! ……まだ、終わりじゃない!」

 くるりと体を回して、足から着地する。

 そして、素早くもう一降りの短刀を取りだして、再び逆手に握った。


 静かに後ずさりして、排気口の反対側の壁に背中をつける。

「……確認。排気口の位置。塵除けの除去および脱出方法、検索および仮想実行……」

 目を閉じて方法をあらゆる可能性を検索し、演算処理装置の中で方法と結果を仮想する。

 数秒後、かっと見開き高らかに宣言する。

「方法検索終了。仮想実行結果、成功率48パーセント」

 上を見上げ、ラミア達の位置を確認する。

 既に鞭として使うべく、数本の触手が回転振動を始めている。

「成功率訂正、32パーセント。しかし他の方法の成功確率0.1パーセント以下。……実行開始」

 Lapis Lazuliはその場にしゃがみ両手を地につれ、腰を高く上げた。

 まるで陸上の短距離走のスタート・フォーム。

 上空でラミアAの回転振動する触手が壁を叩いた瞬間、Lapis Lazuliは勢いよく走り始めた。

「はぁあぁぁぁぁぁ……」

 底の壁づたいに一周し、そして……そのまま壁を走り始める。

 遠心力を利用して壁を走り排気口の位置まで駆け上がろうとしたのである。

 だが、壁の摩擦力は想定したよりも低く、重力に逆らう摩擦(つまり、上に向かってのサイドステップ分)がうまく発生しない。

「くぅうぅぅぅぅぅぅぅぅうぁぁぁぁぁっ!」

 それでも、なんとか傷痕を利用して排気口の高さにまで駆け上がる。

 そして排気口の位置に達した時、逆手に握ったナイフを排気口の上の隙間に突き刺した。


 がしぃいん!


 当然、走るというよりは前方に転げ回るような体勢となり、高さを失う。

 素早く起上がり再び壁を駆け上がろうとした時、数本の鞭が襲いかかった!

 ラミアAの攻撃範囲に入ってしまっていたのである。

「はっ! やぁあぁぁぁ!」

 片手に持つ刃の折れた短刀で鞭を受け流し、加速し状況を確認する。

 排気口は……塵除けが取れかかっているが、取れてはいない。

「予定通り……くっ! やぁっ!」

 襲いかかる鞭を躱しながら、壁を一周して再び排気口へ近づく。

「はぁあっ!」

 走りながら屈み込み短刀を回収すると、渾身の蹴りを塵除けに浴びせる。


 がぃいぃぃぃん


 塵除けは外れて底に落下していく。

 Lapis Lazuliは……まだ壁面を走っていた。

「計算ミス! 原因……想定強度過小!」

 計算では蹴り破ると共に排気口に「(遠心力で)落下」する予定だった。

 塵除けが予定外の強度であったために、Lapis Lazuliを弾き返してしまったのである。

「もう一度……くっ!」

 Lapis Lazuliはもう一周して排気口に辿り着かなければならなくなった。


 しかし……

 既に攻撃範囲内にLapis Lazuliを捕らえているラミア達がそれを簡単に許すとは思えなかった。


27.空中戦

 ラミアAはLapis Lazuliの次の行動を確信した。

 今、蹴開けた排気口に潜り込む。その確率は99.9パーセント以上と。

 そして、そこに近づくために通るであろう位置に回転振動する触手を垂らす。厳重に。確実に叩き落とせる回転振動数で。

 相手が作った脱出口という餌の周りに張巡らされた罠。

 そして、壁を一周してLapis Lazuliが近づいて来た。罠に向かって。

「うぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 気合いのこもった声をあげてLapis Lazuliは……壁を蹴上がってきた。

 罠にではなく、ラミアAに向かって!


 Lapis Lazuliとて、ラミアAが脱出を阻止すべく行動することは容易に予測できた。

 回転振動する触手のカーテン。

 触れた途端に叩き落とされることは確実。

 それを躱し、排気口に辿り着く可能性は……極めて低い。

 ならば……ラミアAに接近戦を挑む。

 触手は……身体を支えている以外の触手は排気口の前でLapis Lazuliを待ち構えているだけで予備の触手は見当たらない。

 今ならば接近戦でラミアAを破壊する事も不可能ではない。

「やぁぁぁぁあぁぁぁ」

 両手に短刀を逆手に持ち全速力でラミアAに挑んでいく。


 不意を突かれたラミアAはあわてて攻撃用の触手を引き上げる。

 慌てて引き上げた触手が壁を叩く。

 そして、その衝撃は……Lapis Lazuliを叩き落とすべく威力を増していた鞭の衝撃は……ラミアAのバランスを崩し、彼女を底に叩き落とす結果となってしまった。


 油断。それが全てだった。

 予測演算回路の性能差が「油断」という結果を導いたのだが。


「やった! ……えっ? きゃあぁぁぁ……!」


 喜ぶLapis Lazuliの目の前に高速回転振動する触手が振り落とされる。

 それは、上空に待機していたラミアBのモノだった。


28.底は……

 上空に位置していたラミアBはLapis Lazuliが壁を駆け上がるのを認めた時に素早く戦闘を仕掛けていた。

 Lapis Lazuliを叩き落とす。そのためには仲間、ラミアAの損害すらも除外した。もし……ラミアAが落下しなければ……ラミアBの触手はラミアAに損傷を与えていた筈である。

 しかし、今振り下ろされた触手はラミアAにダメージを与えることはなく、Lapis Lazuliの目前、ぶつかる寸前だった。

「きゃぁあぁぁぁっ!」

 反射的にLapis Lazuliは跳躍した。

 持っていた運動エネルギーと与えられた運動エネルギーはLapis Lazuliを力学の法則に従って支配する。

 壁を遠心力に頼って走っていたものが跳躍する。

 それは底への落下を意味していた。

 底には……落下したラミアAが待っている。

 彼女、Lapis Lazuliはもっとも避けなければならない場所へと跳躍したのである。


 ラミアAは幾つかの触手を使って自分の体をできるだけ柔らかく着地していた。そして、頭上で戦っているであろう仲間、ラミアBと敵Lapis Lazuliとの戦いに参加すべく両者の位置を確認しようと見上げた視覚センサーに映ったのは……靴。Lapis Lazuliのスニーカーの靴底だった。


 べしっ……


 図らずも、ラミアAに両足蹴りを浴びせたLapis Lazuliだったが、それは彼女自身にも意外な結果であった。

「あ゛……ごめんなさい」

 敵であるラミアAに謝る必要なぞ全くないのだが、意図していなかった為にでた謝罪の台詞。

 蹴られたラミアAは暫し停止していたが、改めて触手を振り直し頭上の敵、Lapis Lazuliに攻撃をしかけた。


 がぎぃぃぃぃん


 が、その触手はラミアBの触手、Lapis Lazuliに向かって振り下ろされた触手とぶつかってしまい、素早く躱し逃げたLapis Lazuliに何一つダメージを与えることはなく……反動でラミアA、自分の頭部にダメージを与えてしまった。

 既にLapis Lazuliの蹴りを頭部に受けた時点でラミアAの光学センサーの半数は動作不能となっていた。そして今、自分自身の触手の直撃が総ての光学センサーを動作不能にしてしまったのである。

 攻撃を躱してふわりと底に着地したLapis Lazuliは、ラミアAとラミアBの触手が絡まっているのを確認した。

「え……っと……チャンス!」


 べししっ!


 Lapis Lazuliは即座にラミアAの頭部を踏台に蹴上がるとラミアBに飛び蹴りを仕掛けた。

 ラミアBはそれを打払うように触手を振るう。

「ジャスト・タイミング!」


 がしぃん!


 空中でくるりと体を変えて襲い来る触手に蹴りを……いや、触手を足掛かりにもう一度、蹴り上がる。

 Lapis Lazuliが蹴り上がった先は……塵除けの取れた排気口。

 行動を阻害しようとラミアBの次の触手がLapis Lazuli目掛けて振落された時には既にLapis Lazuliの身体は排気口の中に消えていた。

 なんとかLapis Lazuliは絶対不利な状況からの脱出に成功したのである。

 敵の一体に駄目押しともいえるダメージをも与えて。


29.追跡者

 暫くの間、筒の底でラミアAとラミアBは絡み合っていた。

 光学センサーを破壊されたラミアAがラミアBを敵と判断していたからである。

 同士討ち。当惑するラミアBはラミアAの攻撃を受け流すだけで精一杯だった。

 そして、それは上で金属音が響くまでの数十秒間にわたって続けられた。

 上の金属音。

 それは戦いを止めさせる為にラミアCが壁を叩いた物だった。

 ラミアBが見上げるとラミアCは壁の途中の搬入扉をこじ開けて、中に入りこもうとしていた所で下の様子に呆れたように壁を叩いたのである。

 手短に赤外線で情報を交換する。

 触手に仕掛けられた赤外線センサーで味方の声を聞いたラミアAはやっと絡みつくのを止め、小さく細い触手で自らの補修を始めた。

 自分の点検ハッチを開け、中に装備した交換用部品を取出して、破損した光学センサーを交換する。が、予備は一個しかない。それでも見えないよりはましである。補修を終えて壁を上ろうとした時、先に壁を上り壁の半ばの搬入路の扉をこじ開けて中に入っていたラミアBの細い触手がまだ垂れていた。その触手の先には……ラミアBが持っていた交換用光学センサー。

 暫しの時間が経過した後、ラミアAはそれを受取り、もう片方の補修をする。完全な補修を終えたラミアAは嬉々としてラミアBの後を追って搬入ロの中へと姿を消していった。

 ……Lapis Lazuliを追って。

 完全体となった3体のラミアが追跡を始めたのである。


「……『踊り子』をロスト。破壊に失敗したようです」

 会場でラミアの動きをトレースしていた技術者達は落胆の息を吐いた。

「まぁ、いい。DとEは? どうしている?」

「……別の入口を探査中。あっ……と、入口を見つけたようです。接近中、10分後には入り込めるようです」

(楽しそうに……まるでビデオゲームだな。だが失敗は失敗だ……)

 もう一度、深く息を吐いてチーフは小さく笑うとカウンターに叫んだ。


 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。


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